ASEANで強まる市場・人材競争
25年度日系企業調査(後編)
2026年4月7日
前編では、ASEAN進出日系企業が内需取り込みと供給網再編を進め、事業拡大意欲は高水準を維持していることを確認した。一方、事業拡大において、競争環境と雇用市場の変化への対応は避けて通れない。進出日系企業からは、「中国企業の存在感が増した」という声が多く聞こえる。販売市場での競合としての存在感に加え、雇用市場における採用・定着にも影響が及んでいる。「2025年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」でも、アジア・オセアニア全体の営業利益見通しは黒字が6割強と堅調さを保つ一方で、中国企業の存在感拡大を背景に、価格競争や人材獲得競争が強まるなど、競争の構図が変化しつつある。
本稿(後編)では、ASEAN主要6カ国(インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)を中心に、調査結果と企業の声から、競争環境と人材採用・定着の二つの観点で日系企業が直面している課題について概観する。
競争環境:中国企業を最大の競合と捉える割合が3割強
調査結果より「進出先市場で競争力が強いと思われる競争相手(1番目)」を見ると、ASEAN主要6カ国の製造業では「中国企業」を最大の競合と回答する割合が33.3%となり、地場企業(22.5%)や日系企業(22.4%)を上回った。国・地域別にみて差はあるものの、タイでは40.1%と4割に達する。マレーシア(34.2%)、ベトナム(30.8%)、フィリピン(31.3%)、インドネシア(29.0%)、シンガポール(27.8%)でも3割前後となり、主要国・地域において中国企業の存在感が広く及んでいることがうかがえる(図1参照)。
注:カッコ内は回答企業数。
出所:ジェトロ2025年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)
ASEAN主要6カ国の非製造業では、「地場企業」が36.2%と最大の競合とされており、中国企業は18.6%と相対的に低かった。ただし、非製造業の中でも、販売会社(39.1%)や商社・卸売業(32.1%)では、中国企業を最大の競合とみる割合が高く、特に流通分野においてその存在感が強く意識されている。業種によって競争相手の構図が異なる点に留意が必要だ。
自由記述では、「中国製品の流入により価格が下落し、利益率が低下している(マレーシア、一般機械)」との指摘がみられるなど、価格面での競争激化が意識されている。また、「中国企業の進出により価格競争で不利な状況にある(シンガポール、一般機械)」との声もある。もっとも、競争相手は中国企業に限られるわけではない。日系製造業では、最大の競合として地場企業が22.5%、日系企業が22.4%と、中国企業以外を挙げる回答もみられた。これは、産業や市場の成熟度によって、競争構造の現れ方が異なることを示している。
ASEAN6で最大の競合を中国企業とみる企業が、特に力を入れている対策として挙げた項目の上位は、「価格の引き下げ(利幅の調整を含む)」が35.7%、「生産効率改善などのコスト削減」が33.6%だった。これらの割合は、競合が中国企業以外の場合(それぞれ27.3%、23.9%)と比べて高く、価格・コスト面での対応の必要性があることを示している。
中国企業を最大の競合と捉える企業では、上記のような価格対応に加え、「製品・サービスの多角化」(31.1%)、「市場ニーズに合わせた製品・サービスの開発」(26.0%)、「現地企業との協業・連携」(21.6%)、「営業・広報の強化」(20.6%)を選択した。価格・コスト面での対応が上位を占める一方、多角化や開発、協業、営業強化も選択されており、複数の方策により競争力の強化を図っているようだ。
自由記述では、価格競争が厳しい分野において「付加価値品へシフトしたい」「販売・サービス機能を厚くして顧客接点で勝負したい」といった声がみられた。製造拠点としての強みを保ちつつ、設計・品質・サービスなどの機能も合わせて強化し、収益性を確保しようとしている。
業種別に見ると、中国企業を最大の競合と捉える企業の割合は、電気・電子機器部品(38.6%)、輸送機器部品(34.1%)、鉄・非鉄・金属(30.1%)などで高い。一方、食料品(14.5%)などでは地場企業との競合が中心になりやすく、中国企業の割合は相対的に低い。中国企業の存在感は広がっているが、その影響の度合いは業種や製品特性によって異なる。
人材:採用難が続き、中国系との獲得競争が可視化
労働市場について「直近2年間で悪化(採用が困難になっている)」とする回答は、ASEAN6で36.2%に上り、「改善(容易になっている)」と回答する企業割合(4.8%)を大きく上回った。国別ではベトナムで48.2%、マレーシアで44.9%が悪化と回答しており、人材確保の難しさが際立つ(図2参照)。自由記述でも「人件費高騰、高離職率」「特に専門職確保難」といった指摘がみられ、競争環境の変化が雇用市場と重なって現場を圧迫している様子が見える。
(ASEAN6、国・地域別)
注:カッコ内は回答企業数。
出所:ジェトロ2025年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)
ASEAN6で労働市場が悪化したとする企業のうち、その対象として、スタッフ・ワーカーを挙げた企業が81.9%、専門職が60.5%、管理職が46.5%となった。現場作業者の確保に加え、技術者や品質管理、購買・生産管理、営業などの専門人材、さらには現地組織を束ねる管理職まで、幅広い層で採用難が進んでいる。
他社との人材獲得競争で「特に競争が激化している相手企業の資本国・地域」を見ると、ASEAN6では地場企業(34.7%)に次いで中国系(29.2%)が高く、日系(28.4%)とほぼ同水準となった。国別にみれば、タイでは中国系が34.3%と日系(29.3%)を上回り、ベトナムでも中国系が33.9%と日系(33.7%)と拮抗(きっこう)する(表参照)。ベトナムの回答では「中国・台湾企業の進出が増加しており、人材確保が困難」「賃金が毎年上昇し製造原価を圧迫する」との声もあり、賃金上昇圧力と採用難が同時に進む構図が示されている。
| 国・地域名 | 地場 | 日系 | 中国系 | 台湾系 | 米国系 | 欧州系 | 韓国系 | インド系 | 激化なし |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ASEAN6(2,842) | 34.7 | 28.4 | 29.2 | 9.6 | 8.4 | 10.1 | 13.1 | 0.7 | 31.8 |
| インドネシア(368) | 28.0 | 27.2 | 25.3 | 2.4 | 3.8 | 5.4 | 9.5 | 1.1 | 44.6 |
| マレーシア(354) | 45.5 | 22.3 | 31.4 | 4.8 | 15.5 | 18.1 | 4 | 0.6 | 27.4 |
| フィリピン(168) | 45.8 | 26.2 | 17.3 | 7.1 | 25 | 22 | 8.3 | 1.2 | 21.4 |
| シンガポール(449) | 42.3 | 23.4 | 18.7 | 3.1 | 12.2 | 13.6 | 4.2 | 1.1 | 34.3 |
| タイ(627) | 32.1 | 29.3 | 34.3 | 4.1 | 2.7 | 4.3 | 3.3 | 0.5 | 34.9 |
| ベトナム(876) | 29.0 | 33.7 | 33.9 | 22.4 | 6.4 | 8.8 | 30.7 | 0.6 | 26.6 |
注:カッコ内は回答企業数。
出所:ジェトロ2025年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)
採用難への対応には、賃金の引き上げに加え、働き方やキャリアパス、教育訓練の設計が不可欠だ。採用・定着に向けた取り組みとして、ASEAN6では「給与面での待遇改善」(61.4%)、「福利厚生や働きやすい労働環境の整備」(60.9%)がいずれも過半を占めた。これに加え、「スキルアップ・キャリアアップ支援の拡充」(32.3%)や「採用手法の多様化」(28.1%)なども上位に挙げられている。こうした結果から、賃金の引き上げだけでは十分でなく、成長機会の提示や採用チャネルの拡張など、総合的な戦略が進んでいることが分かる。特に離職率が高まりやすい環境では、賃金水準に加え、評価と処遇の一貫性、学習機会の提供、将来のキャリア像の提示が、定着に大きく影響する。また、「イベントやコミュニケーション機会の拡充」(27.9%)、「働き方の改革・柔軟化」(25.1%)、「採用基準の見直し」(24.2%)なども一定の割合で選択されており、採用から定着までのプロセス全体を見直す動きが広がっている。
一方で、競争激化に伴い、育成した人材が他社へ流出しやすくなるという側面もある。日系企業は従来、現場改善や人材育成を競争力の源泉としてきたが、進出企業の増加により、育成した人材がより条件の良い企業へ転職するリスクが高まっている。こうした中、専門職・管理職の確保と定着は、生産性や品質、現地組織の安定運営にも関わるため、現地事業の基盤を左右する要因となっている。
ASEANにおいて中国企業の存在感が高まる中、販売市場での競争激化に加え、雇用市場でも人材獲得競争への影響が広がっている。日系企業は、価格・コスト対応といった短期的な課題に向き合う一方で、製品・サービスの多角化や市場ニーズに即した開発など、中長期的な差別化に向けた取り組みも進めている。
前編でみた内需の取り込みや拠点機能の高度化を着実に進めていくためにも、競争環境と雇用環境の変化に対応した事業運営と人材確保の在り方が、今後の現地展開を左右する要素になりそうだ。
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- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部アジア大洋州課
八木沼 洋文(やぎぬま ひろふみ) - 2014年、ジェトロ入構。海外事務所運営課、ジェトロ北九州、企画部企画課、ジェトロ・ジャカルタ事務所を経て、2025年11月から現職。





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