トランプ関税下でも生産拠点としての重要性を維持するメキシコ
国内の雇用環境に変化も
2026年2月12日
メキシコは近年、米国に近い地理的特性から、米国向けの生産拠点として日系企業を含む多くの企業が進出した。外務省の海外進出日系企業拠点数調査によれば、2014年に814拠点だった進出日系企業の拠点数は、2024年には1,607拠点となり、10年間でほぼ倍増している(注1)。しかし、2025年1月に就任した米国のドナルド・トランプ大統領は、米国国内への生産回帰を目指し、相次ぐ追加関税措置を発動した。メキシコに対しても、国際緊急経済権限法(IEEPA)による25%の国別関税のほか、1962年通商拡大法232条(以下、232条)による品目別関税が課されており、対米輸出ビジネスを行う企業にも影響が出ている。一方で、メキシコは米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)を利用すれば多くの製品の米国における関税が無税となり、追加関税の影響を軽減できる状況にある。本稿では、ジェトロが2025年8~9月にかけて行ったアンケート調査「2025年度海外進出日系企業実態調査(以下、アンケート調査)」および同年11月に現地メキシコで行った進出日系企業(製造業)へのインタビューを元に、トランプ関税下におけるメキシコでの生産活動の実態を分析する。
トランプ関税は自動車産業を中心に大きな打撃
海外進出日系企業実態調査の結果を見ると、米国の追加関税措置によるマイナスの影響が大きいと回答した企業の割合は、メキシコ全体で48.9%と、中南米各国の中でも突出して高い(図1参照)。自動車産業(注2)に属する企業に絞ると、同割合は61.2%とさらに高い。自動車(完成車)が232条関税の対象となっており、USMCAの原産地規則を満たしても、追加関税が賦課される(注3)ことが大きい。メキシコ国内で生産している完成車メーカーは、米国への輸出時に同関税によるコストアップや利益圧縮を強いられ、サプライヤーへの受注量減少というかたちで業界全体に悪影響を及ぼしている。ジェトロが行った自動車部品メーカーへのインタビューでも、追加関税措置の発動後、受注量が減少したとのコメントが一定数あった。
注:調査実施時期は2025年8~9月。
出所:「2025年度 海外進出日系企業実態調査(中南米編)」
一方で、メキシコの自動車関連統計を見ると、そこまで大きな変化はみられない。2025年の自動車(大型バス・トラックを除く)生産台数は前年比0.9%減の395万3,494台とほぼ横ばい、過去2番目に多い記録となった(図2参照)。輸出台数は前年比2.68%減の338万5,785台で、トランプ関税の影響がみられるものの、国内販売台数は1.35%増と微増しており、メキシコでの自動車生産が大幅に縮小したわけではなさそうだ。企業が生産拠点を移管させるのには数年かかるため、トランプ関税の発動後1年も経過していない状況では、各企業は引き続きメキシコ国内で生産活動を行っていると考えられる。ただ、2025年12月の輸出台数は前年同月比14.5%減と縮小している。2026年以降に追加関税の影響が顕在化する可能性は高い。
注:大型バス・トラックを除く販売台数。
出所:メキシコ自動車工業会(AMIA), 国立統計地理情報院(INEGI)
現調率上昇圧力の反面、新規投資の動きは限定的
メキシコで生産する自動車部品メーカーの中には、メキシコ国内ではなく米国に直接輸出を行っている企業も多い。2026年1月時点において、自動車部品に対する232条関税は、USMCAの原産地規則を満たせば無税(注4)となり、逆にUSMCAを利用しないと25%の追加関税が課せられる状況だ。25%の関税が賦課されるかどうかは製品のコスト競争力に大きく影響するため、これまでUSMCAを利用していなかった企業にとっても死活問題となっている。アンケート調査の回答やインタビューにおいても、USMCAの利用により追加関税を回避しているとのコメントが多くみられた。米国国際貿易委員会(USITC)のデータを見ても、2024年通年では49.6%だったUSMCA利用率(金額ベース)は、2025年9月には87.6%と急激に上昇している。
USMCAの原産地規則を満たすには、メキシコ国内での調達割合、いわゆる現地調達率を高めることが重要になる。メキシコ進出企業の間では、従来輸入により調達していた原材料・部品をメキシコ国内調達に切り替えようとする動きが加速している。アンケート調査で今後調達先の見直しを予定しているかを聞いたところ、メキシコ進出企業のうち55.8%が「見直しを行う」と回答した。原材料・部品の調達先内訳を聞く設問では、メキシコ進出日系企業(製造業)の現地調達率の平均値が2024年度調査では34.4%だったが、2025年度には49.3%に拡大している(図3参照)。こうした中、メキシコ国内に競合が少ない一部の企業に注文が集中する現象が発生しており、インタビューの中でも「キャパシティーがいっぱい」という企業もあった。
注:調査実施時期は2025年8~9月。
出所:「2025年度 海外進出日系企業実態調査(中南米編)」
一見すると、この状況はメキシコに進出するチャンスであるように思えるが、新規投資には慎重な姿勢を示す企業が多い。日本からメキシコへの直接投資額は2025年1~9月で28億8,200万ドルに上るが、2024年1~9月の44億7,200万ドルに比べると少ない。また、このうちほとんどは既進出企業の利益再投資と親子間勘定で、新規投資はわずか3.3%だ(図4参照)。
注:2026年1月確認分。在米・在オランダ日系企業からの投資など、第三国経由の投資を除く。
出所:経済省外国投資局
メキシコへの新規投資が拡大しない理由の1つが、2026年7月に予定されているUSMCAの共同見直しだ。この見直しにより、USMCAの自動車分野における原産地規則が厳格化される可能性も指摘されている。現時点でも、同分野の原産地規則はかなり厳しい基準となっているため、厳格化されれば原産地規則を満たすことが困難になる状況も考えられる。そうなると、USMCAの恩恵を受けにくくなり、米国市場向けにメキシコで生産するメリットは少なくなる可能性がある。アンケート調査でも、USMCA見直しによる原産地規則の厳格化を懸念するコメントが多く、「現時点では具体的な見通しを立てることは困難」と不確実性の高い中でビジネス拡大の判断を行うことは難しいとの見方が広がっている。建設関連の企業によれば、以前に比べてメキシコでの新規の工場建設案件は大幅に減少しているという。メキシコの自動車部品メーカーにとっては、現地調達化を進めたくても、肝心の調達先の生産能力が不足しているという悩ましい状況となっている。
メキシコ製造業を取り巻く雇用環境の変化
メキシコが米国向けの生産拠点として重要性を維持している大きな要因は、北米域内で競争力のある労働コストだ。ジェトロが行った2024年度投資関連コスト比較調査によれば、メキシコ・イラプアトにおける一般工場労働者の月額賃金は445ドルであるのに対し、米国・デトロイトでは約9.2倍の4,113ドルだ。もちろん、地域によって程度は異なるが、この労働コストの差によって、長らくメキシコでは労働集約的な工程が行われてきた。しかし、アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(AMLO)前政権に始まり、現シェインバウム政権が引き継ぐ労働者保護的な政策によって、メキシコの雇用環境に変化が生じている。
影響が大きい政策の1つが、最低賃金の大幅な引き上げだ。2021年以降、法定最低賃金が毎年2桁以上引き上げられており、2026年1月からは13%引き上げられた(2025年12月4日付ビジネス短信参照)。2021~2025年の年間インフレ率の平均である5.6%よりも速いペースだ。これにつられて賃金は年々増加し、企業にとっては急激に労働コストが上昇することになる。そのほか、2025年12月には労働時間を週48時間から40時間に引き下げる連邦労働法の改正案が提出された(2025年12月9日付ビジネス短信参照)。改正案が成立すれば、2027年から毎年2時間ずつ労働時間が削減される見込みだ。複数のインタビュー企業からは、シフト調整など生産体制の見直しに加え、人員の増加も必要になるとの声が聞かれた。
こうした状況の中で、生産工程の自動化・省人化や高付加価値品の製造など、労働集約的な生産から移行する動きもある。アンケート調査で今後拡大する機能を聞いたところ、26.5%が高付加価値品の生産を拡大させると回答した。メキシコでの付加価値を高めることで、利益率の上昇を狙えるほか、USMCAの原産地規則を満たしやすくなるという効果もある。一方で、これを実現するには、新しい設備の導入やそれを扱う人材の育成など、追加投資が必要だ。先述のとおり、USMCAの見直し先など通商環境が見通せない中では、企業もすぐに方針転換ができるとは考えにくい。長期的には高付加価値品への移行が進む可能性は高く、過渡期ともいえる状況だ。労務コストの上昇により、企業は自動化・省人化を進めるか、労働集約型を維持するかの選択を迫られている。
トランプ関税下でもメキシコでの生産は続く
アンケート調査において、1年前と比較した生産拠点としてのメキシコの評価を聞いた設問では、「評価が高まっている」との回答が18.6%、「変化はない」が53.5%、「評価が低下している」との回答が27.9%だった(図5参照)。「評価が低下している」との結果が比較的多い結果となったが、「変化はない」との回答が半数以上を占めることから、メキシコは米国のニアショアリング拠点として重要性を維持しているといえるだろう。今後1~2年の事業展開の方向性を聞いた設問でも、「第三国(地域)へ移転・撤退」するとの回答はなかった。
注:調査実施時期は2025年8~9月。
出所:「2025年度 海外進出日系企業実態調査(中南米編)」
評価が低下した要因としては、「米国の関税政策によるデメリット」の回答割合が75.0%と最も高く、次いで「人件費の水準」が54.2%だった。一方、評価が高まった要因としては、93.8%が「USMCAの適用によるメリット」、37.5%が「競争力のある人件費の水準」を挙げた。この結果から、関税コストや人件費の上昇によりコストアップに直面する一方で、USMCAの存在や米国より相対的に低い労働コストを引き続きメリットと捉える企業は一定数いることが分かる。
今後、このメリットが維持されるかどうかは先述のUSMCAの見直しの結果に左右されるが、現状その動向は不透明だ。メキシコ政府としては、USMCAの枠組みを維持するため、米国政府と粘り強い交渉を重ねている(2026年1月26日付地域・分析レポート参照)。一方、米国のトランプ大統領は2026年1月13日に開催された企業主催のイベントで「USMCAは米国にとって重要ではない」と発言するなど、交渉の先は見通せない。今後、共同見直しによってUSMCAの枠組みがどのように変化するかが注目される。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部米州課中南米班
加藤 遥平(かとう ようへい) - 2023年、ジェトロ入構。調査部調査企画課を経て、2025年4月から現職。




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