NamiTech-ノイズや非英語言語に強い音声AI
ベトナムスタートアップに聞く(9)
2025年9月3日
ASEAN域内で「コンシューマードリブン(Consumer-driven)イノベーション」の地に分類されるベトナム(注1)。本シリーズでは、さまざまな社会課題の解決に取り組むスタートアップ創業者などへのインタビューを通じ、同国のスタートアップエコシステム、デジタルトランスフォーメーション(DX)、グリーントランスフォーメーション(GX)の最新動向や、日本企業との協業に向けたヒントを探る。第9回は、非英語言語、外部環境の騒音、複数話者の環境の処理に強みを持つ音声AI(人工知能)ソリューションサービスを開発・提供するナミテクノロジー(Nami Technology、略称 NamiTech)を取り上げる。
AIの活用意向の割合が高いベトナム
世界的ソフトウェア企業であるマイクロソフトは、2025年4月に世界各国でAIによる知識労働と組織構造の再構築に関する調査「2025 Work Trend Index Annual Report」を発表した。当調査によると、労働キャパシティの拡大に、AIエージェント(注2)を今後活用すると回答したビジネスリーダーの割合は、グローバルの平均82%、日本の79%と比べ、ベトナムは95%と全世界で最も高い。さらに、AIを活用してワークフローやビジネスプロセスを完全に自動化していると回答した割合は、グローバル平均の46%に対し、ベトナムでは65%と、活用率でも高い。
AIの活用がもたらす経済効果に期待
AIがベトナム経済に与える影響について、ベトナム国家イノベーションセンター(NIC)の発表によると、2040年までに1,200億~1,300億ドルの経済効果をもたらすと予想されている。内訳をみると、AI搭載製品やサービスに対する消費者需要の創出額が450億~550億ドル、AIによる自動化、予測分析、パフォーマンス強化など、生産性向上に伴うコスト削減額が600億~750億ドルとなっている(2025年6月15日付VnExpress)。
AI技術を活用している企業の例としてNamiTechがある。バックグラウンドノイズキャンセル(周囲の雑音の除去)や非英語圏言語に強みを持った、音声AIソリューションサービスを開発・提供するスタートアップ企業である。同社は2022年、ベトナムIT最大手エフピーティーコーポレーション(FPT Corporation)からのスピンオフで設立された。日本法人FPTジャパンの代表取締役社長を務めたグエン・ラム(Nguyen Lam)氏をはじめ、ベトナムのビングループのグループ企業「ビン・エーアイ(Vin AI)」に在籍していたメンバーなどが設立メンバーだ。2021年にFPT社からシード(注4)資金(非公開金額)を、2023年にティエンベト証券(TVS)からプレシリーズA(注5)で200万ドルを調達している。同社の起業の経緯から今後の展望まで、ドゥー・チャン(Do Trang)共同創業者兼最高事業開発責任者(Chief Business Development Officer)に聞いた(インタビュー日:2025年2月14日)。

- 質問:
- 設立のきっかけと、本分野を選んだ理由は。
- 答え:
- 私たちは、英語をベースとしないテクノロジーが直面する不利な点を認識していたため、音声テクノロジーに重点を置いてNamiTechを設立した。AIは英語を活用すれば高い性能を発揮するが、ベトナム語やタイ語、日本語などの言語ではその有効性が大幅に低下し、英語圏と非英語圏で差が生じている。
- さらに、ベトナムや東南アジア諸国では、カフェなど雑音の多い環境で商談が行われることが多く、特有の課題があることに気づいた。この雑音は、既存のシステムで通話を録音し、分析用のテキストに変換する際に深刻な影響を及ぼしていた。そこで、この課題を解決するために、NamiTechのソリューションで提供するサービスを考え、事業を開始した。創業チームは、2018年と2019年にVinグループのVinAIでともに働いていたこともあり、円滑に結成できた。FPTからシードで資金調達した後、FPT傘下で1年半ほど事業を運営、2022年5月にスピンオフする形で創業した。FPTは現在もNamiTechの株主である。
- 質問:
- 提供しているサービスは。
- 答え:
- 当社は、音声AI技術に特化したB2Bのソリューションプロバイダーである。ノイズキャンセル、会話内容の分析、音声による生体認証、会話の要約作成、チャットボットなどのAIを活用したサービスを提供している。現在展開している製品やテクノロジーは主に次の通り。
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- 雑音除去ソリューション「Crystal Sound」:AI技術で周囲の雑音や他者の声を除去し、話者の音声のみをクリアに届けるソリューション。リアルタイムのノイズ低減機能を備え、Google Meet、Microsoft Teams、Zoomなどの主要なオンライン会議プラットフォームのほか、Cisco、Avayaなどの主要コールセンターシステムとの互換性も備える。コールセンターやオンライン会議の場において、従業員が抱える問題の1つである電話越しの相手から聞こえる騒音などの軽減が可能になる。
- 声紋認証「Voice DNA」:AIと機械学習技術を駆使し声紋を解析、最短2.5秒で高精度な本人確認を実現する、PINやパスワードに代わる安全な音声認証。コールセンターや、証券会社のモバイルアプリでの本人認証、自動音声応答システムなどで活用されている。従来の繰り返しの質問による認証プロセスにかかる時間を削減し、顧客満足度と生産性の向上につなげる。
- コンタクトセンター向け音声認識ソリューション「NamiSense」:コールセンター、店内、インタビューなどでの顧客との会話音声を分析し、要点を抽出するソリューションである。顧客のフィードバックや感情を読み解き、顧客との対話における担当者のパフォーマンスをスコア化し、担当者に指導や支援ツールを提供する。様々なコールセンターサービスとの互換性を有しており、リアルタイムおよびオフラインで使用可能である。
- AIを用いた音声、動画録音および自動検証ソリューション「VoiceGate」:高度なノイズキャンセリング機能、高精度な音声認識、正確な話者識別機能を搭載し、銀行、金融、保険業界における対面式の販売取引用に特化している。音声による生体認証により、担当者と顧客の本人確認を可能にし、生成AIが会話内容(口頭で伝えられた重要な情報)を精査して、顧客が契約条件を正しく理解していることの裏付けを取る。
- 会話型チャットボット「NamiGen」:生成AIを用いたボイスボットとチャットボットがカスタマーサポートとセールスコールの自動化を支援するソリューション。顧客の過去のデータを学習し、人間同士のような会話を実現。
- 質問:
- 本分野のベトナム市場での可能性は。
- 答え:
- AIを基軸としたソリューションサービスに対する需要は、あらゆる業界で急増している。ベトナムでは、2020年に国家デジタル変革プログラムが開始されたことを受け、政府の強力な主導によりデジタルトランスフォーメーションが加速している。ベトナム国内において、銀行の85%がAI戦略を掲げ、金融機関の44%も過去1年間にAIを導入するなど、BFSIセクター(注6)におけるAI技術の採用が進んでいる。ベトナムの金融サービス業界における会話型インテリジェンスとAI主導のコミュニケーションの市場規模は1億ドルと推定されている。一方、日本の市場規模は数倍大きく、東南アジアの各国もベトナムと同程度の市場規模が見込まれている。当社は、最先端のテクノロジーと強固な事業基盤を構築してきたため、これらの事業機会を最大限に活用する独自のポジションを確立している。
- 質問:
- 本分野のベトナム市場で困難な点は。
- 答え:
- AI分野では、その有用性が人々に認識されつつあることは良い傾向である。一方で、市場の急速な変化と変化への対応は大きな課題だ。例えば、中国のAI開発スタートアップ、ディープシーク(DeepSeek)が開発した大規模言語モデル(LLM)は現在、ユーザー数で米国の企業オープンAIが開発する「チャットGPT」を上回っている。NamiTechでは、BFSIセクターをターゲットに選んだが、このセクターは、高い精度だけでなく厳格なデータセキュリティーも必要とされる厳しい環境に。そのため、私たちはこうした顧客のニーズに応えられるチームを構築する必要がある。AI分野のもう1つの大きな課題はコストである。給与水準の高い日本とは異なり、ベトナムでは、AIは人件費と比較すると、依然として高価である。私たちの目標は、AIをより手頃な価格にして、より幅広い層が利用できるようにすることである。
- 質問:
- 今後の事業計画について。
- 答え:
- ベトナム国内と海外向けの両方で計画している。
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- ベトナム: BFSI(銀行、金融、保険)や小売り部門のマーケットリーダーとしての地位を保ちながら、政府機関とも関係を構築していきたいと考えている。
- 海外:日本では、2025年6月にNamiTech Japanを設立。現地パートナーとの提携を強化、現地人材の採用を進め、日本市場における音声AIのリーディングプロバイダーとなることを目指している。東南アジアの他の国々(タイ、インドネシアなど)では、ベトナムで成功した事業モデルの再現を目指す。
- 質問:
- 日本企業に期待することは(注7)。
- 答え:
- 資金調達と事業の協業だ。当社の製品に関心があり、市場開拓や製品開発のほか、顧客獲得における協業を期待したい。
- 注1:
- ジェトロの調査レポート「東南アジアにおけるイノベーション創造活動に関する調査」(2022年8月)「概要版」P9、「調査報告書」P14を参照。
- 注2:
- ユーザーに代わって最適な手段を、自律的に選択してタスクを遂行するAIの技術。
- 注3:
- 企業が既存の事業部門や子会社を切り離し、独立した会社として新たに設立すること。
- 注4:
- スタートアップの資金調達のラウンドの最初の段階にあたる。主にアイデアやプロトタイプを具現化し、市場の反応を探るための初期資金を調達する段階。
- 注5:
- スタートアップの資金調達ラウンド「シリーズA」の前の準備期間を指す。プレシリーズAは、シードラウンドの次の段階であり、製品やサービスを市場に投入し、一定の顧客を獲得した段階である。
- 注6:
- Banking (銀行)、Financial Services (金融サービス)、Insurance (保険)の頭文字をとった金融業界全体を指す略称。
- 注7:
- このスタートアップへの取り次ぎを希望する場合は、ジェトロ・ホーチミン事務所(VHO@jetro.go.jp)まで連絡を。ジェトロは、日本企業と海外スタートアップなどとのオープンイノベーション・協業・連携を促進する「J-Bridge」というプロジェクトを実施している。その他のベトナムスタートアップの情報については、J-Bridge会員サイトから確認可能。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・ホーチミン事務所 事業統括ディレクター
三木 貴博(みき たかひろ) - 2014年、ジェトロ入構。海外見本市課、ものづくり産業課、ジェトロ岐阜を経て海外調査部アジア大洋州課にてベトナムをはじめとしたASEANの調査業務に従事。2022年7月から現職。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・ホーチミン事務所
ファン・チュック - 2024年から、ジェトロ・ホーチミン事務所勤務。日本とASEANなどの企業によるデジタル技術を活用した連携を推進する「J-Bridge」事業や、日本企業のベトナム展開支援事業を担当。