製造業を振興
グローバル・サプライチェーンに加わるインド(1)

2023年9月13日

米中貿易摩擦の継続や新型コロナ禍、ロシアによるウクライナ侵攻など、世界を取り巻く情勢は大きく変化している。その中で、各国は経済安全保障の観点も踏まえながら、既存サプライチェーンの再構築を迫られている。特に見直し気運が強いのが、これまで製造・調達機能が中国に集中しがちだったことだ。その分散化などがしばしば話題に上る。そうした観点から、インドへの注目が高まってきている。

本稿では、インドの現在の経済や製造業振興、ビジネス移管の状況を確認。あわせて、新型コロナ禍における輸出入の変化などに触れる。さらに、直近のインドのグローバル・サプライチェーン参画の様子を見ていく。前編では、昨今のインド経済、製造業振興の経緯と投資流入の様子を解説する。

人口世界一市場の経済が回復

国連の予測によると、インドは2023年4月末には世界最大の人口大国になった。中国を抜いたかたちだ。この巨大市場と人材が、インドの大きな魅力となっている。

直近の経済状況に目を向けると、新型コロナ禍で落ち込んだGDP成長率が回復を見せている。インド商工省によると、2022年度(2022年4月~2023年3月)は7.2%。2023年度も6.5%が予測されている。また、2022年のインドの対内直接投資額は、約523億4,500万ドルだった。新型コロナ禍にもかかわらず最高額となった2020年には及ばないものの、前年を約2%上回る好調が続いている(図参照)。

図:インドの対内直接投資額推移(実行ベース)
2018年は424億800万ドル、2019年は476億4,300万ドル、2020年は646億7,800万ドル、513億3,900万ドル、2022年は523億4,500万ドル。

出所:インド商工省「FDI New letter」

各国企業がインドで事業を拡大

中でも目立つのが、台湾系電子機器受託製造(EMS)大手の動きだ。富士康科技集団(フォックスコン)、和碩聯合科技(ペガトロン)、緯創資通(ウィストロン)の3社はそれぞれ、インド南部でiPhone生産に乗り出している。なお米国アップルは、2025年までにiPhone生産の25%をインドに移管する方向で、生産事業者に働きかけたい意向があるとの見方もある。特にフォックスコンは、2022年11月にタミル・ナドゥ(TN)州での生産拡大のための3億5,000万ドルの投資が報じられた(表参照)。このほか2023年に入ってからも、TN州のほか、テランガナ州、カルナータカ州での投資も発表している。

また、米国企業もインドへの投資を拡大している。マイクロン・テクノロジー(半導体メモリー大手)は、ナレンドラ・モディ首相が訪米中の6月、インドに半導体組み立て・テスト工場を建設すると発表。8億ドル超を投じるとした。テスラ〔電気自動車(EV)大手〕のイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)も、同じくモディ首相の訪米中に会談。席上、「インドへの進出を確信している。今後大きな投資をする可能性がかなり高い」などとコメントしたとされる。

インド事業増強などの動きは、韓国企業からも聞こえてくる。現代自動車は5月、進出先のTN州で、向こう10年間にわたり2,000億ルピー(約3,600億円、1ルピー=約1.8円)を追加投資すると発表した(表参照)。あわせて、TN州内の工場での生産能力を年間85万台に引き上げ、EVなど新たなモデルも投入するとした。

このように、各国企業がインドでの製造業投資を進めている。

表:2022年1月~2023年5月の製造業における主な対印投資事例 (単位:100万ドル)
発表
時期
企業名 投資元
(国・地域名)
投資額 投資予定の報道内容
2022年6月 IGSSベンチャーズ シンガポール 3222.2 タミル・ナドゥ州に半導体パーク設立。
2022年5月 ISMC イスラエル 3000 カルナータカ州に半導体製造工場設置。
2023年5月 ヒュンダイ・モーター・インディア 韓国 2417.1 タミル・ナドゥ州で生産拡大とEV新モデル投入の追加投資。
2023年2月 サルコンプ 中国 1324.4 アップルサプライヤーの同社が増員など追加投資。
2022年6月 ArcelorMittal Nippon Steel India ルクセンブルグ 1100 グジャラート州の製鉄所に先端製造ライン設置。
2022年9月 ネスレ・インディア スイス 611.9 2025年までの拡張投資について言及。
2023年3月 セフィエド 米国 457.9 ベンガルールにツベルクリン検査キット工場を設置。
2022年11月 フォックスコン 台湾 350 タミル・ナドゥ州の工場での生産拡大。
2023年4月 フォルクスワーゲン ドイツ 229.5 EV生産のための投資を検討。
2023年4月 三菱エレクトリック・インド社 日本 222 エアコンとコンプレッサーの工場をチェンナイに設立。

出所:fDi Markets

日本企業の関心も引き続き高い。国際協力銀行(JBIC)は2022年12月、アンケート調査の結果を発表。「今後3年程度の有望な事業展開先国・地域」を聞いた設問では、中国が回答率を大きく落とした。その一方、幅広い業種でインドが回答数を伸ばし、3年ぶりに首位に返り咲いた。

ジェトロが実施する「海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」では例年、進出日系企業に景況感などを聞いている。2023年1月に発表した2022年度調査結果によると、インドで、2022年の営業利益見込みを「黒字」と回答した割合は71.9%。これは、アジア・オセアニア進出企業平均の65.6%を上回る結果だ。同時に、インドにおける過去最高値にもなった。また、今後1~2年の事業展開の方向性に関する設問では、在インド日系企業の72.5%が「拡大」と回答した。これは、アジア・オセアニア地域平均(44.4%)や全世界平均(45.4%)を大きく上回る。全世界で実施した同じ設問と比較しても、国別でトップになった。

では、この設問で「拡大」と回答した在インド進出企業は、どのような機能を拡大しようとしているのか。最も大きな比率を占めたのは、「販売機能」(63.7%)だった。もちろん、「生産機能」の回答もある。とりわけ興味深いのは、その対象として汎用品(24.9%)よりも高付加価値品(33.5%)を挙げた企業が多かったことだ。なお、高付加価値品を拡大するとの回答は、2018年の28.5%から上昇傾向にある。インドの製造業のレベルが着実に向上してきていることが、この結果からも読み取れる。

インドが取り組む製造業振興

2014年のモディ首相就任時から、インドは製造業振興策「メーク・イン・インディア」を掲げている。製造業を振興して雇用創出するとともに輸出を拡大。その狙いは、インドが抱える貿易赤字を削減しようとするところにある。自動車、電子部品、化学、食品加工など25分野を対象に、大々的にアピールしてきた。もっとも、この施策自体に活用しやすい投資優遇措置はなく、企業の進出をわかりやすく後押ししてきたわけではない。むしろ、キャンペーン的な色合いが濃いとも言えるだろう。

その後、「自立したインド」というコンセプトが打ち出された。折しも新型コロナウイルス感染拡大下、2020年5月のことだ。このコンセプトでは、(1)経済、(2)インフラ、(3)テクノロジー主導のシステム、(4)人口、(5)需要が柱になっている。海外投資を有効に誘致して、インド国内産業の競争力を高める方針を示した。

これを裏打ちするのが、先立って発表されていた生産連動型インセンティブ(PLI)スキーム。基準年度から約5年間、インドで製造された製品の売り上げが増加した額に応じて補助金を付与するという仕組みだ。大型投資を呼び込み、国内産業を振興する上での具体的な誘因が提供されたことになる。その対象として、(1) 2020年3月に、医薬品有効成分(API)と医療機器、(2)同4月に携帯電話製造、特定の電子部品の組み立て・検査など、(3)同11月に、自動車・自動車部品やセル電池などの10分野、が指定された(2020年11月17日付ビジネス短信参照)。さらに(4) 2021年11月には、ドローンと同部品について、PLIの概要が発表されている(2021年12月3日付ビジネス短信参照)。

新たな課題は半導体産業育成

新型コロナ感染拡大期、インド経済は大きく落ち込んだ。経済はその後、内需主導で活性化に向かう。しかし、世界的な半導体不足の影響をインドも受け、自動車産業をはじめとする製造業を直撃した。

打開策として2021年12月、政府は半導体産業の誘致・育成を図る包括的な政策パッケージを導入。半導体・ディスプレイ工場の誘致や半導体研究所の近代化推進を開始した(2021年12月22日付ビジネス短信参照)。その予算総額は7,600億ルピーと、過去最大規模になった。

半導体産業は、安定して電力や水を供給できるインフラが必須。インド国内では、まだ未成熟な産業と言える。それだけに、振興策の役割が大きい。規模感のある当該施策により投資を誘致し、半導体エコシステムの構築を図る構えだ。

その成果としてはどうか。現時点で、前述のマイクロンのほか、フォックスコンなどが半導体製造に参入する可能性が報道されている。インドの半導体産業が成長していく期待が高まっている(2023年5月24日付地域・分析レポート参照)。

グローバル・サプライチェーンに加わるインド

  1. 製造業を振興
  2. 電気・電子がカギ
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課 リサーチ・マネージャー
古屋 礼子(ふるや れいこ)
2009年、ジェトロ入構。在外企業支援課、ジェトロ・ニューデリー事務所実務研修(2012~2013年)、海外調査部アジア大洋州課、 ジェトロ・ニューデリー事務所(2015~2019年)を経て、2019年11月から現職。