野心的な政府の取り組みに注目(インド)
フォックスコン合弁解消の反響(後編)

2023年7月27日

インド政府の半導体政策のこれまでの経緯を巡っては、国内にさまざまな意見がある(前編「現半導体政策に賛否両論(インド)」参照)。

他方、政府の「野心的な取り組み」に、内外ビジネスが注目すべきなことは間違いない。米中対立を背景にして、特にインドと米国の連携強化が加速していることがうかがえる。

米国との間で、迅速に具体的成果

半導体政策を巡っては、国際関係を確認しておくことも有意義だ。目下、特に米国と関係を強化する動きが迅速で具体的だ。米中間で対立が続いていることを背景に、米国は、安全保障上の懸念から先端半導体や製造機器の輸出規制を実施。また、中国が絡んだビジネスやサプライチェーンについて、米国企業のデカップリングを進めている。そのため、米国企業もインド投資に本格的に目を向け始めている。この流れに応じて、インド政府も半導体をはじめ、電気自動車(EV)、航空機エンジンといった分野で、米国企業を積極的に取り込みたい構えだ。動きが活発化している背景には、こうした事情がある。

米国とインドは2023年1月末、米インド重要新興技術イニシアチブ(iCET)に基づき、第1回会合を持った。これにあわせ、米国半導体産業協会(SIA)とインド・エレクトロニクス半導体協会(IESA)が、半導体製造エコシステム形成で産官学連携強化に向けたタスクフォースを立ち上げる計画を発表した。その後、3月10日に開催された「米国インド戦略商業対話」で、米国のジーナ・レモンド商務長官とインドのピユシュ・ゴヤル商工相が「半導体サプライチェーン確立とイノベーション・パートナーシップ」に関する覚書を締結(2023年3月22日付ビジネス短信参照)。続く5月9日には、アシュウィニ・バイシュナウ鉄道・通信・電子・IT相が訪米。グーグル、マイクロン、アプライド・マテリアルズをはじめ、大手有名企業の経営幹部と会談した(注)。この訪問によって、インド進出案件が具体的に前さばきされたことになる。6月のモディ首相訪米で、成果につながったのは明らかだろう(2023年6月5日付地域・分析レポート参照)。

新たな連携事業で、日本にビジネスチャンスも

一方で、ベダンタとフォックスコンは、今回の合弁解消を受けどう動くのか。両社はそれぞれ、別合弁企業での半導体製造を目指している。そのため、新たなパートナーとの連携を模索しているところだ。フォックスコンは今後、インドに2種類の半導体工場を設立する計画とも言われる。ベダンタが別途模索する新事業と合わせ、インドに新たに3つの半導体製造事業が生まれることが見込まれている。各社の組む相手次第では、これまでインドにアクセスしきれていなかった日本企業にも、新たなビジネスチャンスが生れる可能性を秘めている。

実際、日本政府や日本企業にも動きがある。直近では7月6日、日印協会会長の菅義偉・前首相を団長として、100人規模の経団連ミッションがインドを訪問。ナレンドラ・モディ首相と会談した。ミッションの一部は、グジャラート(GJ)州アーメダバードも訪問。サバルマティ複合輸送ハブ(インド高速鉄道のGJ側起点)視察などの日程が組まれた(7月5日「デシ・グジャラート」紙)。

またルネサス・エレクトロニクスの柴田英利社長は、5月11日にモディ首相と面談。同首相は「技術やイノベーション、世界の半導体分野でインドがどう歩んできたのかについて、柴田社長と意見交換した。有意義だった」とツイートした。7月12日には、ラピダスの小池淳義社長が経済産業省の関係者とともに、バイシュナウ鉄道・通信・電子・IT相と面談。半導体設計・製造で日印協力の促進について意見交換したと報じられている(7月13日「エコノミック・タイムズ」「テレコム」紙)。さらに、西村康稔経済産業相が7月19日からインドを訪問。半導体分野の連携強化による最適なサプライチェーン構築に向け、政策対話の枠組みを立ち上げた。

米中対立の受け皿としての好機を生かせるか

ベダンタグループは7月12日、第58回株主総会を開催した。これは、ベダンタ・フォックスコンの合弁解消が発表されてから2日後に当たる。アニル・アガルワール会長は、インドでの半導体製造事業にとどまることを確認。「わが国には、投資しやすい環境づくりに鋭く焦点を当てる政府がある。そのため、チャイナ・プラス・ワン戦略の経済的恩恵を受けることができる」と述べた。インドが米中対立から利益を得ることができる好機と強調したと理解できる(2023年7月19日付ビジネス短信参照)。

また、インド政府も米中対立を好機と捉え、戦略物資・半導体を国内で製造できるようにしたい考え。そのエコシステム育成を目指している。半導体やエレクトロニクス製品のグローバルサプライチェーンに参画することで、貿易赤字削減と供給の安定化を実現するのが、その狙いだろう。

インド政府が目指そうとしているのは、(1)高関税での製品・部品輸入制限を継続する、(2) iPhoneなどのエレクトロニクス製品の組み立て分野の事業者を誘致する、(3)その上で、川下の半導体組み立て・テストのみならず、付加価値が高い川上の半導体製造を誘致し、将来的にインド製半導体を使用したエレクトロニクス製品をインドで内製化してもらう、ことのようだ。その内容面からは、保護主義的な輸入代替政策と評価できる。そのため、副作用として、一時的な輸入部品増や、コスト上昇によって競争力低下につながる可能性も指摘されている。

他方で、政府が現在試みているのは、(1)世界情勢の変化に伴う地政学的要因による製造サプライチェーン全体の戦略的再構築、(2)半導体産業を主導してきた国々や主要企業間の力学的調整、とも言えるかもしれない。そうしてみると、移転候補先国で生産基盤になる産業インフラを整備し、専門人材育成を進めたり人材層を厚くしたりする上での壁など、さまざまに絡む複雑な制約条件を読み解かなければならなくなる。難しい判断が求められる取り組みと言えるだろう。

インドが現在推進する半導体政策については、有効性や是非についていろいろな見方が出てきそうだ。短・中長期的に足元を評価するのか、どのような切り口で評価するかなど、立場によっても異なってくるだろう。インド半導体政策はさまざまな課題を抱えている。ただ、いずれに軸足を置くにしても、政府による「野心的な取り組み」ということは間違いない。ビジネス的視点からは、まさに今、注目しておくべきなのだ。

一方で、インド政府と州政府は、半導体・エレクトロニクス政策を実施していく過程で、インドを今日取り巻く政治経済的な国際情勢の変化に対応しようとしている。同時に、国内外に政治力を駆使してイニシアチブを発揮しようとしているようでもある。政府には、常に事実に基づいた客観的事実から戦略を再検証し、新規施策導入も含め、必要に応じて政策を修正していく機動性や柔軟性が求められているとも言えそうだ。

そのような中で7月28~30日、「セミコン・インディア2023」が半導体ハブ構築を目指すGJ州で開催される(2023年7月14日付ビジネス短信参照)。これは、インド電子・情報技術省(MeitY)が所管する政策「インド半導体ミッション(ISM)」に基づく企画でもある。今回は、前年に続き2回目の開催になる。第1回と同様、モディ首相が開会宣言する予定だ。となると、半導体政策の先行きに関して首相から何らか重要なメッセージが発せられるかもしれない。


注:
記事で取り上げたグーグル、マイクロン、アプライド・マテリアルズの3社は、後にインド進出を明らかにした(2023年7月10日付ビジネス短信参照)。

フォックスコン合弁解消の反響

  1. 現半導体政策に賛否両論(インド)
  2. 野心的な政府の取り組みに注目(インド)
執筆者紹介
ジェトロ・アーメダバード事務所長
古川 毅彦(ふるかわ たけひこ)
1991年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ北九州、大阪本部、ニューデリー事務所、ジャカルタ事務所、ムンバイ事務所長などを経て、2020年12月からジェトロ・アーメダバード事務所長。