支援機関に聞く取り組みのポイント
中小企業のSBT認定(後編)

2023年5月2日

大企業のみならず、中小企業にも求められる脱炭素化への取り組み。前編では、排出量の算定や把握、SBT(Science Based Targets)認定を取得した企業の事例を紹介した。後編の本稿では、岐阜県での事例をベースに、中小企業が環境対応の取り組みを進める際のポイントと、具体的なステップについて、各支援機関へのヒアリングを基に示していく。

ステップ1:支援機関に相談する
脱炭素に向けて何かしたいと考えたときや、どう取り組んでいいか分からないときは、まずは身の回りの支援機関に相談すると、自社ができることは何か、どのような方針を取るべきかの整理ができるだろう。岐阜県の企業のさまざまな経営課題の解決を支援する公的機関の岐阜県産業経済振興センターは、増加する脱炭素化関連の相談に、エネルギー管理士を1人増やして3人態勢で対応しているという。企業の相談内容に応じて、時には「脱炭素とは何か」を説明しながら、基本的にコストのかからない省エネ方法を企業に伝えている。
他方、金融機関は顧客の脱炭素経営を支援するべく、顧客企業の状況やニーズに応じたソリューションを提供している。例えば、十六銀行(本社:岐阜県岐阜市)は環境コンサルティング会社のウェイストボックス(本社:名古屋市)と連携し、取引先の脱炭素経営実現に向けたコンサルティング施策を積極的に展開している。前編で紹介した日幸製菓のSBT認定の取得に際しては、同行のコンサルティング担当者が企業を訪問し、排出量算定から削減方針提案を行い、SBT認定の取得支援まで手掛けている。それだけでなく、日幸製菓の従業員に向けて、会社全体での脱炭素の取り組みを促すため、同行担当者を講師にセミナーを複数回実施している。
ステップ2:自社の状況を把握する
脱炭素化に何かしらの方法で取り組むに当たって、まずは自社がどれだけ温室効果ガス(GHG)を排出しているかを知る必要がある。最も排出量が多い領域や工程を把握し特定することによって、効率的に脱炭素の取り組みを行うことができる。
状況把握のために最適なサービスがある。省エネ最適化診断サービスだ。専門家が企業のエネルギー利用をあらゆる角度から調査、分析してくれるサービスで、ウェブサイトからセルフ診断をすることもできる。セルフ診断でも、必要な数値を入れていくだけで、Scope1、Scope2における年間の二酸化炭素(CO2)排出量の概算を算出してくれるだけでなく、具体的な削減行動の提示を受けることができる。なお、2023年度は4月18日から応募を受け付けている。
排出量の算定と把握について、ウェイストボックスの担当者は「Scope1と2の排出量算定については、環境省のマニュアルを参照しながら進めれば、グローバル対応が求められる大企業は別として、企業が自前で排出量を算出できるだろう」とコメント。同時に「中小企業にとっての課題は人員態勢で、担当を1人割くのも難しい企業はたくさんある。また、排出量算定はコスト面で即時性のあるものではなく、費用対効果をみて二の足を踏む企業も一定数ある」とも話している。
ここで重要なのは、脱炭素の取り組みを進めることは省エネを進めることと同じことで、昨今のエネルギー価格の高騰の中、脱炭素に取り組むコストメリットが十分にあるということだ。環境への取り組みは「余計なコストがかかるもの」と捉えられがちだが、現代では経営の中心に据えられるべき要素といっても過言ではない。脱炭素化の取り組みを進める経営者なり担当者が取り組みの金銭的価値をしっかり理解していれば、一過性のものにならずに進んでいくだろう。例えば、省エネで月2万円の削減効果が生まれたとすると、年間で24万円、売上高利益率が仮に5%なら480万円の売上高を毎年獲得することに相当する。取り組む価値は十分にあるだろう。
ステップ3:顧客に取り組み情報を開示、算定・把握から「公開」へ
排出量を算定し、具体的な削減行動を策定することができたら、それを社外に開示しよう。見える化した自社の排出量データやグラフをそのままウェブサイトに表示しても良いし、目標年と削減目標値を公開するのでも良い。形式に正解はないので、積極的に開示していこう。発注先を探す営業担当者も、購買権限を持つ責任者も、契約先のウェブサイトを必ず1度は目を通すだろう。自社の取り組みをしっかりアピールすることが大切だ。

取り組みを着実に進める企業も

実際に前述のステップで進んでいる企業を紹介したい。工作機械を中心に航空機や工作機械用部品関連の精密部品加工を行う大堀研磨工業所(本社:岐阜県各務原市)は数年前、大手自動車メーカー系の自動車部品の相見積もりに応札した際、技術要件や価格面はクリアしたが、「環境への取り組みが見られない」という理由で落札できなかったという。環境面への取り組みが求められる事例が今後増えていくだろうとも感じた同社は、複数の支援機関に相談し、省エネ最適化診断を受けながら、排出量削減の考え方や取り組み方法について学び、2023年内のSBT認定申し込み、取得を目指している。

あらためて、「脱炭素」という言葉の意味は「GHGの大気への排出量を実質ゼロにすること」だ。「GHG排出量=活動量×排出係数」で求められる。活動量は生産量、使用量、焼却量など排出活動の規模を表す指標で、うちエネルギー起源のCO2の排出活動量は燃料、電気などの利用量に比例する。脱炭素という言葉が先行して世に普及してしまったあまり、抽象的に理解している企業は多いかもしれないが、省エネにつながる行動は全て脱炭素の取り組みとも言うことができる。脱炭素化の取り組みはコスト削減につながる。何も最初から太陽光パネルを導入する必要はない。できることから始めればいい。自社にできることは何か、まずは第三者の専門家に相談することで捉え直すことができるだろう。

中小企業のSBT認定

  1. 取得企業に聞く、認定を受けるまでの道のり(日本)
  2. 支援機関に聞く取り組みのポイント
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課
渡邉 敬士(わたなべ たかし)
2017年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課にて東南アジア・南西アジアの調査業務に従事したのち、ジェトロ岐阜にて中小企業の海外展開を支援。2022年11月から現職。