取得企業に聞く、認定を受けるまでの道のり(日本)
中小企業のSBT認定(前編)

2023年4月28日

大企業のみならず、中小企業にも求められる脱炭素化への取り組み。最初の一歩は自社がどれだけ温室効果ガスを排出しているかを算定・把握することだが、次のステップとして、対外的に温室効果ガスの削減目標を掲げるため、SBT(Science Based Targets)認定を取得する企業が増えている。ジェトロは、すでにSBT認定を取得した企業、今後取得予定のある企業や支援機関に対し、SBT認定取得までの背景や課題、取得のメリットなどについて聞いた(取材日:2023年3月14~15日)。

SBT認定とは?中小企業にとっても他人事ではない

SBT(Science Based Targets)とは、パリ協定が求める水準に整合した、企業が設定する温室効果ガス排出削減目標のことを指す。パリ協定が求める水準とは「世界の平均気温の上昇を産業革命前より2度を十分に下回る水準、できる限り1.5度に抑えることを目指す」ことで、一般的に「2度(1.5度)目標」と呼ばれることが多い。SBTに取り組む企業は、SBTi(SBTイニシアチブ、運営事務局のこと)(注1)に申請を行い、自社が設定した削減目標について「認定」を受けることができる。SBT認定の取得は、投資家、顧客、サプライヤー、社員などのステークホルダーに対して「サステナブルな企業である」ことのアピールにつながるのだ。

SBTの削減対象は「サプライチェーン排出量」、すなわち、その企業自らの排出だけではなく、企業の事業活動に関係するあらゆる排出量、となる。排出量を排出の方法や主体で分類するときに用いられる区分が、Scope1(自社による直接排出)/Scope2(他社から供給された電力などの使用に伴う間接排出)/Scope3(Scope1とScope2以外の、調達、製造、物流、販売、廃棄など、各段階での排出)という考え方だ。SBT認定企業は、Scope3の排出量削減目標を設定する必要がある。つまり、大企業と取引のある中小企業の排出量は、大企業にとってはScope3の排出量算定の対象となるため、中小企業にも排出量の算定、ひいてはSBT認定の取得の必要性が生じているのだ。

この必要性をいち早く認識した企業が、次々とSBT認定の取得に動き出している(注2)。以下では認定を取得した中小企業3社の事例を紹介し、最後に、事例から読み取れる取得にかかるポイントについて報告する。

取得企業1:樋口製作所(本社:岐阜県各務原市)

金属プレス加工、特に深絞り加工に強みを持ち、日本のみならず中国、米国、メキシコにも工場を有している。自動車産業関連企業として、以前からカーボンニュートラル(CN)に着目していたが、2022年初頭に受講した脱炭素セミナーを機に、SBT認定の取得を視野に入れたCN委員会を社内に立ち上げた。認定取得のために金融機関からコンサルティング会社の紹介を受け、2022年11月に中小企業向けSBT認定(注3)を取得した。

いち早くSBT認定を取得したことは、取引先に積極的に排出量削減に取り組んでいる当社の姿勢をアピールことに役立っている。ある取引先(大企業)から当社の排出量の確認があったことがある。その企業に納めた製品の製造過程で排出されたCO2(二酸化炭素)、つまりScope3排出量を算出するためだ。認定申請時の計測による当社の排出量は1.00トン(t)-CO2/100万円であり、業界平均値4.72t-CO2/100万円の4分の1以下である(注4)。つまり、当社がこの取引先に対し、正確な排出量データを提供することによって、業界平均値を用いるよりも、Scope3の値を大幅に下げることに貢献することになる。

また、排出量の算定結果を社内に伝えたが、当初は誰もピンときていなかった。そこで「当社の排出量を、木に吸収させるとしたら、直径何メートル、高さ何メートルの木がどれぐらい必要か」「電気使用量を太陽光発電に置き換えると、どれぐらいのパネル面積が必要か」など、排出量から逆算したイメージとして伝えた。目に見えるもの、想像しやすいものに具体化させ説明することで、社員が理解できるようにすることも重要だと考えている。

SBT認定の取得は、従業員の意識にも良い影響をもたらしている。CO2排出量算出の基となる各エネルギーの使用量の見える化により、当社のCO2排出量の大部分を占める電気使用量削減のための取り組みが自発的に始まっている。

取得企業2:東洋産業(本社:岐阜県安八郡輪之内町)

車両のシート生地などの製造、不織布製品の製造・販売のほか、不動産事業も手掛けている。将来のために企業として今、取り組むべきことは何かを考えた結果、脱炭素に取り組むことを決めた。取引先の金融機関と相談しながら、SBT認定を取得することにした。取引先から取得要請を受けたわけではなく、自発的な取り組みだ。

認定の取得にあたって、まずは使用している燃料の種類と、それぞれの排出係数(単位生産量等当たりのCO2排出量を示す指標)を確認した。電力は電力会社が公表する排出係数を利用し、その他の燃料は環境省が公表する排出係数(注5)を利用した。排出量値の測定結果は、取引先銀行が提携先の環境コンサルティング会社を通してすぐに確認してくれた。SBT事務局からは2回ほど申請内容について問い合わせを受けたが、申請後約1カ月経った2022年9月に中小企業向けSBT認定を取得した。

排出量算定からSBT認定の取得にあたっては、取引先銀行の支援もあって、特段大きな困難はなかった。当社にとって認定取得はあくまでもスタートで、今後どのようにして  排出削減を着実に進めるか、これが最も大切なポイントだ。例えば、当社の主な温室効果ガス排出源として判明したのが、ダンプカーが使用する軽油とボイラーで利用する重油だ。しかし、ディーゼルエンジンのダンプカーと同等のパワーがでる電気自動車はないし、電気ボイラーも同様で、重油ボイラー1台分の性能を実現するために複数台の電気ボイラーが必要になる。また、再生可能エネルギーの導入について、太陽光発電の検討も当然行ったが、工場の建屋が古くソーラーパネルの重量に耐えられないことが分かっている。折しも、電気代の高騰が著しいタイミングのため、再生可能エネルギーの導入は当分見送らざるを得ない状況だ。まずは電球のLED化や間引き消灯からはじめて、補助金を活用しながら高効率な空調の導入など、できるところから取り組んでいく。

取得企業3:日幸製菓(本社:岐阜県各務原市)

チョコレートやゼリーなどの菓子食品メーカー。当社の主な取引先である大手の小売業は環境への取り組みに力を入れており、サプライヤー向け説明会の場でも、取り組みへの協力を要請する旨の発言があった。取引先銀行に相談したところ、提案を受けたのがSBT認定の取得だった。食品の衛生管理関連の認証の取得が大手小売業との取引条件の1つになっていったように、SBT認定の取得が環境配慮への取り組み度合いを対外的に示す1つの指標になり、環境面での取引条件のスタンダードになるだろうという勘所があった。

排出量の算定からSBT認定取得まで、取引先銀行に支援してもらった。当社が過去に活用した補助金にエネルギー使用量の報告義務があったため、排出量算定に必要なデータがある程度そろっていたので、排出量算定にほとんど時間がかからなかった。逆にこのベースがなかったら、伝票をひっくり返すことになって大変だったろうと思う。なお、シンガポールの協力工場については、資本関係がないため、SBT認定取得の算定対象には含まれなかった。

中小企業であっても、環境配慮は企業の責務だ。当社はSBT認定の取得前から、環境配慮への取り組みをはじめていた。省エネ補助金を活用して、電球のLED化、高効率なエアコン、コンプレッサー、チラー(冷却水循環装置)、ボイラーなどへの更新を進めている。また、電気使用量を感知できるデマンドシステムを入れており、使用量が一定のラインを超えると社内放送を流している。SBT認定取得を機に今後は、コンプレッサーの配管を工夫してエネルギーロスのさらなる削減に努めていく。昨今は電気代、ガス代が高騰しているが、これまでの省エネの取り組みによって、まだダメージを抑えられていると感じている。環境面はもちろん、コスト面においても、省エネに一層取り組まなければならない。

事例からみるポイント-SBT認定取得はスタート地点-

3社のSBT認定取得事例からみえるポイントは、まず、金融機関や専門家に相談している点だ。中小企業にとって、排出量算定やSBT認定の取得といった新しい経営課題に対して、自前で柔軟に対応していくことは難しいので、外部専門家の知見を積極的に活用していくことが求められる。この点は連載後編でも触れる。

次に、削減目標を立てたこと、SBT認定の取得をスタートと捉え、これからの排出削減行動に目を向けている点だ。太陽光パネルや産業用ヒートポンプの導入には費用がかかる。そのため、足元の取り組みはどうしても地味な行動になりがちだが、小さなことでも着実に取り組む姿勢が、大きな変化をもたらすためには必要となる。

そして、最後のポイントとして、経営層だけでなく、従業員も排出量削減の重要性を理解しなければならない。樋口製作所の事例は、自社の排出量を吸収するために必要な森林面積に言い換えるなど、目に見えず数値のイメージもわきにくい排出量を、可視化させ親しみやすいテーマにして社内周知を図っている。会社全体として取り組むという意思の共有に貢献している。

連載後編では、企業の脱炭素化の取り組みを支援する支援機関へのヒアリングを通して、中小企業が環境対応の取り組みを進める際のポイントと、具体的なステップを示していく。


注1:
SBTiは、世界自然保護基金(WWF)、CDP、世界資源研究所(WRI)、国連グローバル・コンパクトによる共同イニシアチブ。SBTiは、設定した削減目標がSBTに適合していると認められる企業に対して、SBT認定を与えている。削減目標の提出先、SBT認定取得に必要な書類はSBTiウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を参照。
注2:
日本企業のSBT認定取得件数については、環境省が定期的にとりまとめ、更新している。2023年3月1日時点で認定企業は369社(2022年3月時点で164社)。詳しくは環境省ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を参照。
注3:
中小企業向けSBTは、通常のSBTと異なり、独自のガイドラインが設けられている。従業員500人未満など条件を満たした企業が対象で、削減対象範囲(中小企業向けSBTではScope3が対象外)、申請費用(中小企業向けSBTについては1,000ドル)などが異なる。詳しくはSBTiウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます および環境省ウェブサイトPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(515KB)を参照。
注4:
Scope3の排出量を算定する際、取引先が排出量算定を行っていない場合、産業連関表の排出原単位(≒業界平均値)を用いる方法があるが、この方法はデータ収集がしやすい一方、精度が落ちる上に一般的に排出量が多くなる。
注5:
例えば、東京電力エナジーパートナーはウェブサイトで排出係数を公表しているが(東京電力エナジーパートナーウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )、年・契約プランごとに数値がわずかに異なっている。電力事業者別の排出係数やその他の燃料の排出係数については環境省ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 参照。

中小企業のSBT認定

  1. 取得企業に聞く、認定を受けるまでの道のり(日本)
  2. 支援機関に聞く取り組みのポイント
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課
渡邉 敬士(わたなべ たかし)
2017年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課にて東南アジア・南西アジアの調査業務に従事したのち、ジェトロ岐阜にて中小企業の海外展開を支援。2022年11月から現職。