課題と動向
バングラデシュとインド北東地域の連結性(1)

2023年8月1日

バングラデシュは、インドの東に位置する国というイメージが強いかもしれない。しかし、実は、東西北の三方をインドに囲まれている。

そのバングラデシュを取り囲むように立地するインドの地域は、「7姉妹州(Seven Sisters))と呼ばれる(具体的には、(1)アルナーチャル・プラデシュ、(2)アッサム、(3)マニプール、(4)メガラヤ、(5)ミゾラム、(6)ナガランド、(7)トリプラの7州)。これに、(8)シッキムを加えた8州で「インド北東地域」(以下、北東地域)が構成される(図1参照)。近年、その地政学的な位置づけから、この地域とバングラデシュとの連結性が注目を集めている。

この連結性への関心の高まりは現地だけにとどまらない。日本政府が打ち出す外交方針(「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」)の中でも、南アジア地域の連結性は重要テーマの1つになっている。実際、今年4月のバングラデシュのシェイク・ハシナ首相来日(2023年5月9日付ビジネス短信参照)時にも、岸田文雄首相が「ベンガル湾産業成長地帯(BIG-B)構想の下、日本とバングラデシュ間の協力をインド北東部の開発と有機的に連結させていくことで、相乗効果を生み出していきたい」と首脳会談にて発言している。

本レポートでは、バングラデシュとインド北東地域の連結性に関するこれまでの展開を紹介する。あわせて、ジェトロ・ダッカ事務所が実施した現地視察やヒアリング調査を基に、両地域間の貿易の現状や現地企業の取り組みを紹介する。

図1:インド北東地域
インド北東州の位置を示す地図。インド北東州は全部で8州から構成され、バングラデシュを北と東から囲むように各州が位置している。また、中国、ミャンマー、ブータン、ネパールといった国々とも接している。

出所:freemapを基にジェトロ作成

孤立してきた北東地域

バングラデシュとインドとの間の貿易は、もともと活発とは言えない〔ただし、近年は増加傾向にある(図2参照)〕。世界銀行のレポートによると、バングラデシュの全貿易額に占めるインドの構成比は、10%にとどまる。インドの貿易に占めるバングラデシュに至っては、わずか1%だ。東アジアやサブサハラアフリカでは、域内貿易の割合がそれぞれ50%、22%を占める。そうした地域と比較して、いかにも少ないと言わざるを得ない。

その要因としては、(1)関税障壁(関税率や諸税・手数料が高率・高額)と(2)非関税障壁(手続きが複雑で不透明)の両方を挙げることができる。バングラデシュとインドはともに南アジア自由貿易地域(SAFTA)に加盟し、協定も2006年に発効してはいる。しかし、現実にはあまりうまく働いていない。バングラデシュ対外貿易研究所(BFTI)リサーチマネジャーのズルフィカル・イスラム氏は「同じく加盟国のパキスタンとインドの間で、関係が改善していない。そうした理由などにより、SAFTAが十分有効に機能しているとは言い難いのが実情。SAFTAの加盟国経由で域外商品が違法に流入することに、インドが懸念を示しているといった話もある」と分析する。また、世界銀行は「センシティブリストに含まれる品目の割合が高いことや、輸入品にかかる一般関税以外の不透明な諸税により、SAFTAがもたらす特恵関税適用の効果が小さいことが課題」と指摘する。非関税障壁としては、バングラデシュとインド間で相互承認協定が存在しないことなどが挙げられる。また、トラック、鉄道ともに、越境乗り入れが認められておらず、国境での積み替えが必要になってしまっていることも物流面における大きな課題の一つだ。

そして、このような連結性の欠如の影響を最も受けてきたのが北東地域といえる。例えば、コルカタ(インド東部の中心都市で、港湾を擁する)から北東地域に物資を輸送する際、現時点では、「シリグリ回廊」と呼ばれるルートを利用するのが一般的だ。このルートは、バングラデシュを迂回するような形となっているため、かなり大回りになってしまう。このようにインド主要部にアクセスが悪いことと、山がちな地形が北東地域の発展の足かせとなっている。実際、7姉妹州のインド(全28州)の経済成長(GDP成長)への寄与は2.8%にとどまる。この地域はインドの中でも開発から取り残されてきたというのが、一般的な認識だ。

図2:バングラデシュの対インド貿易(輸入額と輸出額の変化)
輸入額に関しては、2015-16年度は5,452millionUSDで、多少の増減はあるものの全体として増加傾向にあり、2021-22年度には13,690millionUSDとなっている。一方、輸出額に関しては、2015-16年度が690millionUSDで、同じくその後全体として増加傾向にあり、2021-22年度には1,991millionUSDとなっている。

注:各年度の期間は7月~6月。
出所: 輸出振興局(EPB)とバングラデシュ銀行(Bangladesh Bank)の統計を基にジェトロ作成

北東地域周辺の輸送統合に向けて

このような状況の中、近年、インド主要部から北東地域への輸送効率化に向けて議論が進んでいる。その焦点の1つが、バングラデシュを通過するトランジット輸送の活用だ。

トランジット輸送を利用した場合、インドの主要部から当地域へのアクセスは格段に改善する。例えばコルカタ港から、アガルタラ(北東地域のトリプラ州州都)まで輸送する場合、シリグリ回廊を経由すると総距離1,600キロに及ぶ。対して、バングラデシュ領内を通過すると450キロに短縮できる(現時点でこのルートの利用は承認されていない)。また、バングラデシュのチョットグラム港(旧・チッタゴン港)(当国の最大港)まで海上輸送すると、そこからアガルタラまでの陸上輸送距離はわずか200キロで済む。モーダルシフトの効果も生じ、シリグリ回廊経由でアガルタラまで輸送した場合と比べ、コストが80%削減できる試算になる(図3参照)。

世界銀行の調査では、インドとバングラデシュ間で完全な輸送統合が実現した場合には、バングラデシュの所得水準は16.6%、インドは7.6%増加すると試算する(注1)。そうなると、これまで開発が遅れてきた北東地域の発展にも寄与することになる。

図3:コルカタからトリプラ州アガルタラまでの
経路の比較
インド東部の主要都市コルカタからインド北東州のうちの一つトリプラ州のアガルタラまでの輸送距離を経路別に表した地図。まず、バングラデシュを通過せず、バングラデシュを北から迂回するような経路の場合は1,600km。陸路でバングラデシュを西から東へ横断して通過するような経路の場合450km。コルカタ港からバングラデシュのチョットグラム港まで船で運び、トラックに積み替えて運ぶ経路の場合、チョットグラム港からアガルタラまでの距離は200kmとなっている。

出所:freemapを基にジェトロ作成

このような輸送統合に向けた動きとして、バングラデシュ、ブータン、インド、ネパールの4カ国(BBIN諸国)は2015年、自動車協定(MVA)に調印した。MVAは、BBIN諸国間で、貨物、旅客、自家用車の国境を越えた無制限の移動を促進することを目指すものだ。協定上は、国境の陸上港で輸出入貨物やトランジット貨物を積み替えることなく、協定国領土内を移動可能とされる。しかし、このMVAは枠組み協定にすぎない。実際に運用していくためには、今後、運用手順などについて各国間で合意を形成した上で、国際的・国内的に法的な措置を確保していく必要がある。それ以前に、MVA自体の発効も課題含みだ(注2)。さらに別の観点からも、MVA実現に向けた不安材料が考えられる。バングラデシュの物流関係者は「ブータンやネパールの2カ国はこれまで、海上経由の輸出入には、主にインドのコルカタ港を利用してきた。しかし、MVAが本格的に導入されると、北東地域を経由してバングラデシュの港湾を利用する芽が出てくる。そうなると、インドにはその分、コルカタ港の利用料収入を失う可能性が生じる。MVAの本格導入に後ろ向きになっても不思議ではない」と語った。各国の思惑が交錯し、本格運用までの道のりは平坦ではない。

一方、バングラデシュとインドの2国間では、具体的な進展も見られる。例えば、内陸水運に関する二国間協定「内水面貿易・輸送に関する議定書(Protocol)」(PIWT&T)が、2015年と2020年の2回にわたって更新された。PIWT&Tは、現時点でバングラデシュを通過するトランジット航路を含む内陸水運10航路(注3)を「インド・バングラデシュ議定書(IBP)航路PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.56MB)」として指定。既に、両国船舶による利用を承認済みだ。また2018年には、インドからバングラデシュの南部チョットグラム港とモングラ港を経由して、インドの北東地域へトランジット輸送するルートも承認。運用試行(trial run)されている。とは言え、報道によると、これらのトランジット輸送ルートは、利用が極めて限定的なのが現状だ。その理由としては、(1)インド側での知名度の低さや(2)道路インフラ、河川港インフラの未整備などがあるという。図4、5のとおり、IBP航路を利用した2国間の国際貿易の取扱量は増加傾向にある。しかし、トランジット輸送に限ると、2020/2021年度は実績が確認できず、伸び悩んでいる状況がみてとれる。インド本土側から出荷する物量に比べて、バングラデシュや北東地域側から出荷する物量が圧倒的に少ないという問題もある。片荷になってしまい、当該ルートのコスト増につながりかねないからだ。

図4:IBP航路での国際貿易の取扱量
2012-13年度は約150万トンであったが、その後年々増加し、2020-21年度には約400万トンとなっている。

注:各年度の期間は7月~6月。
出所:バングラデシュ内陸水運局の統計を基にジェトロ作成

図5:IBP航路でのトランジット輸送の取扱量
2012-13年度は約1万9千トンで、2014-15年度に約3万7千トンとピークを迎えたが、翌年度以降急激に減少し、その後は伸び悩み、2020-21年度には0トンとなっている。

注:各年度の期間は7月~6月。
出所:バングラデシュ内陸水運局の統計を基にジェトロ作成

インフラ整備やCEPA締結の動きにも注目

このように、インド・バングラデシュ間の連結性をめぐっては、既にさまざまな動きがあるものの、まだまだ課題山積みというのが実情だ。もっとも、インドのモディ政権が、東アジアとの経済連携強化を目指す「アクト・イースト政策」の下、北東地域の開発を重要視(2018年3月30日付ビジネス短信参照)していること、バングラデシュのハシナ政権も同様に、インド(北東地域、西ベンガル州など)との連結性改善に積極的な姿勢を示していることは、前向きな要素だ。

そうした中、道路や鉄道、国境設備など、ハード面でのインフラ整備が徐々に進んでいる。日本からの支援の動きもあり、例えば国際協力機構(JICA)は、連結性改善に向けたインフラ整備プロジェクト(北東州道路網連結性改善事業、クロスボーダー道路網整備事業)を有償資金協力というかたちで実施してきた。また世界銀行も、この地域の連結性改善を重要テーマとして認識している。既述の調査結果を踏まえ、2022年には、両国の連結性改善を期してインフラ開発などの予算に充てるため、約7億5,000万ドルの融資を発表した。

また、バングラデシュは、2026年に後発開発途上国(LDC)からの卒業を控えている。そうしたことも見据え、インドとの間で、2022年から二国間包括的経済連携協定(CEPA)の締結に向けた議論が始まっている。CEPA締結により、関税やその他諸税が引き下げられ、非関税障壁も撤廃されていくことが期待されるところだ。

これらのインフラ整備やCEPA締結に向けた取り組みがどのようなかたちで実を結ぶのか、今後の動きに注目したい。

続く(2)と(3)では、バングラデシュとインド北東地域間での貿易実態などについて、ジェトロ・ダッカ事務所が実施した現地視察や関係者へのヒアリングに基づいて紹介する。


注1:
世界銀行の試算は、両国がトラック輸送のあらゆる障壁を撤廃し、トラックが自由に国境を往来することが可能になった場合を想定した結果。
注2:
ブータンの国会は2017年、環境への影響などに懸念を示した結果、MVAの批准案を否決した。
注3:
IBP航路には、バングラデシュの港とインドの港を結ぶ二国間国際貿易用の航路と、インドの港を始点としバングラデシュを通過して別のインドの港を終点とするトランジット航路の両方を含む。

バングラデシュとインド北東州の連結性

執筆者紹介
ジェトロ・ダッカ事務所
薄木 裕也(うすき ゆうや)
2020年、ジェトロ入構。市場開拓・展示事業部海外市場開拓課を経て、2022年から現職。