北東地域市場を攻める
バングラデシュとインド北東地域の連結性(3)

2023年8月1日

本連載の(1)では、バングラデシュとインド北東地域(以下、北東地域)の連結性に関する全体的な課題と動向、(2)では、現地視察で得た情報を基に陸上港を通じた貿易の状況を紹介した。 本編では、原材料の調達拠点や市場としての北東地域の可能性について検討する。また、バングラデシュの地場企業の取り組みを紹介する。

北東地域に市場としての魅力あり

表は、北東地域の各州の主要データを示している。 まず産業に着目すると、この地域が依然として農業や養蚕業などの一次産業や、観光業で支えらえていることが見てとれる。インド政府はこの地域への製造業誘致を進めてはいる。しかし、その発達は極めて限定的。工業製品の多くを他地域からの調達で賄っている状況だ。そのため、北東地域から調達できるのは(2)で解説したように、建設用の石材、竹、農産品などに限定される。いわゆるサプライチェーンの一画として同地域を調達拠点として位置づけるのには、時間を要すると言わざるを得ない(「バングラデシュとインド北東地域の連結性(2)陸路国境の今」参照)。

もっとも一部の州では、1人当たりGDP(データ入手が可能な2019/2020年度時点)がインド全体(2,050ドル、2019年、世界銀行)やバングラデシュ全体(2,122ドル、2019年、世界銀行)を上回っている。最も低い州でも、1,300ドル程度に達している。人口密度は1平方キロメートル当たり193人。インド全体(同428人)やバングラデシュ(同1,152人)と比較して低い。しかし、北東地域全体で人口は5,000万人を超え、消費市場の規模として一定の魅力がある。

またバングラデシュ企業にしてみると、地理的なプラス要因があることも注目点だ。現状では、インド主要部からの物流よりもバングラデシュから運ぶ方が、経費的メリット生じやすい。(1)で紹介したようなトランジット輸送が本格的に活用されるようになると、その優位性は薄れる可能性があるが、それでも、優位である点には変わりない。

ただ、北東地域をひとくくりにするわけにはいかない。その立地や特性は様々だ。例えば、シッキム州やアッサム州などは比較的、インド主要部と距離的に近い。これに対し、トリプラ州やミゾラム州などは、ほぼ完全に隔離されているというべき位置関係にある。言語や宗教も一様でない。例えばトリプラ州では、バングラデシュと同じくベンガル語が公用語として採用されている。ミゾラム州やメガラヤ州などでは、キリスト教信者の比率が高い。北東地域を市場として捉える際には、州ごとの違いも十分に考慮する必要がある。

表:インド北東地域各州の概要(-は値なし)
州名 面積
(平方キロ)
人口
(100万人)
識字率(%) GDP
(2019-20)
(10億ドル)
1人当たりGDP
(2019-20)
(ドル)
州公用語 宗教 主要産業
アルナーチャル・プラデシュ州 83,743 1.57 65.38 3.98 2,633 英語 キリスト教 30%
ヒンドゥー教 29%
イスラム教 2%
その他 39%
農林業、観光、生地・手工芸品、鉱業
アッサム州 78,438 34.14 73.18 47.56 1,430 アッサム語、ベンガル語、ボド語、英語 ヒンドゥー教 61%
イスラム教 34%
キリスト教 4%
その他 1%
茶、農業関連、観光、養蚕
マニプール州 22,327 3.36 76.90 4.51 1,311 マニプリ語 ヒンドゥー教 41%
キリスト教 41%
イスラム教 8%
その他 8%
手織り、農業、養蚕、竹加工
メガラヤ州 22,429 3.56 75.48 5.19 1,457 カシ語、プアル語、ガロ語、英語 キリスト教 75%
ヒンドゥー教 12%
イスラム教 4%
その他 9%
農業・園芸、水力発電、観光、鉱業
ミゾラム州 21,081 1.18 91.33 3.57 2,456 ミゾ語、英語 キリスト教 87%
ヒンドゥー教 3%
イスラム教 1%
その他 9%
竹関連、生地・手織り、農業関連、観光
ナガランド州 16,579 1.97 80.11 4.19 1,934 英語 キリスト教 88%
ヒンドゥー教 9%
イスラム教 2%
その他 1%
農業、観光、養蚕、養蜂
トリプラ州 10,491 4.10 87.22 7.94 1,980 英語、ベンガル語 ヒンドゥー教 83%
イスラム教 9%
キリスト教 4%
その他 4%
農業、天然ゴム、天然ガス、観光
シッキム州 7,096 0.67 81.42 4.37 6,553 英語 ヒンドゥー教 58%
キリスト教 10%
イスラム教 2%
その他 31%
農業、食品加工、園芸、観光、花卉(かき)栽培、養蚕、製薬
(参考)
インド全体
3,287,469 1475.6 74 2,840.00 2,050
(参考)
バングラデシュ
147,000 167.42 75.60 351.24 2,122

注:インドでは、連邦政府の公用語のヒンディー語と英語に加えて、州ごとに州公用語が指定されている。
出所:India Brand Equity Foundation(IBEF)資料、インド北東地域開発省資料、世界銀行統計、外務省ウェブサイトを基にジェトロ作成

地場企業事例1:食品メーカーがトリプラ州では生産

そのような状況下、バングラデシュの地場企業は既に北東地域のマーケット開拓を始めている。

その筆頭格が同国最大の食品メーカーのプラン・フーズ(Pran Foods)だ。同社は1998年に輸出事業を開始し、現在は中東、アフリカ、アジアなど世界中の国々に向けて輸出している。同社マネジングディレクターのイリアシュ・ムリダ氏によると、現在、全生産量の20%が輸出向け。中でも隣国インドは最大の輸出先で、全輸出の36%がインド向け。さらにそのうち40%の仕向け地が、7姉妹州(北東地域8州のうち、シッキム州を除く7州)となっており、7姉妹州が重要な市場になっていることがわかる。「ライチドリンク(Litchi Drink)」や「ポテトクラッカー(Potato Cracker、一種のポテトチップ)」が7姉妹州全域で人気商品となっているほか、麺類やパンなどさまざまな商品を展開している。同社によると、7姉妹州の中でも地域ごとに人気商品が異なるという。取り組むのは完成品の輸出だけでない。約10年前には、トリプラ州に工場を構えた。これにより、輸出するのをポテトパレットなどの半製品に抑え、当該工場で完成品を製造する取り組みも行っている。これによって、関税など諸税を低減させている。

北東地域への輸出は、トラック輸送がほとんどだ。経路としては、シェオラ―スタルカンディ国境や、アカウラ―アガルタラ国境を主に活用している。河川を利用した船舶輸送も過去に試みたことがある。しかし、積み下ろし施設の不足やボリュームの問題などから、本格的な運用には至らなかったという。

北東地域を含むインドへの輸出の課題として、ムリダ氏が挙げた点は以下のとおり。

  • パッケージ規制など、諸制度が頻繁に変更される。
  • 制度上、本来なら無税で輸出できるケースでも、相殺関税など一般関税以外の税を請求されるケースがある。
  • 一部食品の輸出時に、インド側でラボテストが必要になる。このテストのために通常7日程度の時間を要する(注1)。

このほか、バングラデシュの物流業者によると、プラン・フーズの製品を含むバングラデシュのFMCG製品は、非正規ルートで大量に北東地域へ輸出されている。これも正規品を流通させる上で、問題の1つだと言えるだろう。

それでも、同社は北東地域を重要なマーケットとして位置づけている。「当社の商品は北東地域で極めて需要が高い。インド企業の商品をコルカタからトリプラ州などに運ぶには、約18日も要する。そのため、当社の商品をバングラデシュから輸出した方がコスト・時間的に効率的。消費者にとってもメリットがある。今後もこの市場には引き続き注力していく方針」と、ムリダ氏は話す。


北東地域で販売されているプラン・フーズの
「Potato Cracker」
店舗によってインド製(左)とバングラデシュ製(右)の2種類が販売されていた(ジェトロ撮影)

シロン市内の雑貨屋
バングラデシュ製プラスチック製品(イスや物入れなど)が販売されていた。その中には、RFL社(プラン・フーズと同グループ)の商品も見られた
(ジェトロ撮影)

地場企業事例2:フランチャイズでショールーム展開

国内家具メーカー最大手のハティル(Hatil)も、北東地域に輸出するバングラデシュ企業の1つだ。同社は、いわゆるフラットパック型組み立て式家具を製造・販売。モダンでシンプルなデザインが特徴だ。バングラデシュ国内やインド、ブータンなどで自社ブランド品を展開するほか、米国や中東向けにOEM(注2)生産も引き受けている。現在、国外向けの売り上げ比率は5%程度だ。2017年には、インド第1号店を出店した。その後、インドでは、フランチャイズ形式で店舗(ショールーム)を展開。その数はインド全体で既に27店舗に達する。そのうち5店舗は北東州(アッサム州、マニプール州、ミゾラム州)に所在する。同社のアシスタント・ゼネラル・マネジャー、ラナジット・ロイ氏は「インドで家具は激しい競争市場だ。しかし、北東地域は比較的競合が少ない」と説明。その上で、「有望なマーケット」と評した。

同社の場合、完成品のインドへの輸出時は、無税輸出できている〔南アジア自由貿易圏(SAFTA、注3)の下で後発開発途上国に適用される特恵関税を活用〕。一方で、輸出向け製品に使用する原材料をバングラデシュへ輸入する際に、保税ライセンスが付与されていない。その結果、原材料に関税がかかり、コスト増につながっている。これが目下通商面での課題だ。今後はさらなる輸出拡大を視野に、輸出向け商品製造に特化した新工場を建設中だ。また、これをきっかけに保税ライセンスの取得を試みる方針という。


「ダッカ国際貿易フェア」(Dhaka International Trade Fair:DITF、2023年1月開催)でのHatilブース
(ジェトロ撮影)

バングラデシュを拠点に、北東地域への展開も視野に

ここまで(1)(2)(3)と、両地域の連結性について見てきた。主にモノの移動の観点から、トランジット輸送や、北東地域からバングラデシュへの調達、バングラデシュから北東地域への完成品輸出などを確認してきたかたちだ。

その中で、(3)で紹介した北東地域の市場に商品を展開するバングラデシュ企業の取り組みは、日系企業が今後、バングラデシュに進出する上でも1つの示唆を与えてくれる動きと言える。現時点で、バングラデシュの内需向けに商品展開する日系企業は極めて限られている。しかし、今後はバングラデシュ市場の成熟に伴い、内需を狙う日系企業も徐々に増加していくことが期待される。その一環として、バングラデシュを拠点に北東地域への展開可能性を検討していくとおもしろいだろう。

一方で、バングラデシュと北東地域を含むインドの間で、物流面・制度面での課題が山積しているのも事実。前段で述べた展望を実現していくためには、今後の改善が不可欠になる。また、「連結性」には、本レポートで触れたモノの移動以外にも、見るべき視点がある。例えば、ヒトの移動やエネルギー調達などが一例だ。

こうしてみると、バングラデシュとインドの二国間包括的経済連携協定(CEPA、注4)の交渉内容は重要な注目ポイントの1つだ。2国間の連結性改善に向けた今後の動きを注視していきたい。


注1:
ムリダ氏によると、従前は毎回の輸出ごとにラボテストが求められていた。しかし現在では、1回のテストにつき6回の輸出が許可されるようにはなったとのこと。
注2:
OEMは、Original Equipment Manufacturingの略。委託者のブランドで製品を生産すること。
注3:
関税を引き下げ、南アジア地域内の貿易を促進することを目的に、SAARC(南アジア地域協力連合)の加盟国間で調印し、2006年から発効した協定。
注4:
両国は2022年、二国間CEPAの締結に向けた議論を開始した。これは、2026年がバングラデシュの後発開発途上国(LDC)を卒業することを見据えた動きだ。

バングラデシュとインド北東州の連結性

執筆者紹介
ジェトロ・ダッカ事務所
薄木 裕也(うすき ゆうや)
2020年、ジェトロ入構。市場開拓・展示事業部海外市場開拓課を経て、2022年から現職。