湖北省日系企業、短期的な事業縮小が大幅増、中期的には現状維持(中国)
日本と武漢の直行便の拡充を望む声多数

2023年9月15日

ジェトロでは年に数回、中国の武漢日本商工会の協力の下、湖北省進出日系企業を対象に、同省のビジネス環境に関する実態把握を行っている。今回は2023年7月26日から31日にかけて実施、80社から回答を得た[武漢日本商工会の会員企業は162社(7月時点)、回答率約49.4%]。本稿では、2022年に行った調査結果と今回の結果を比較しつつ(2022年8月17日付2022年12月21日付2023年5月9日付地域・分析レポート参照)、2023年7月末時点の同省日系企業の実態や事業展開の意向などを紹介する(注)。

2023年事業について「規模縮小」が大幅増、6割超え

今回の回答企業の属性をみると、企業所在地別では武漢市が多く、全体の83.8%を占めた(図1参照)。企業規模別では、大企業が62.5%(図2参照)、業種別では製造業が65.0%を占めた(図3参照)。

図1:企業所在地(n=80)
武漢市が83.8%、孝感市8.8%、襄陽市2.5%、その他5.0%

出所:「湖北省のビジネス環境に関する実態把握」からジェトロ作成

図2:企業規模(n=80)
大企業が62.5%、中小企業37.5%

出所:「湖北省のビジネス環境に関する実態把握」からジェトロ作成

図3:業種(n=80)
製造業65.0%、非製造業35.0%

出所:「湖北省のビジネス環境に関する実態把握」からジェトロ作成

2023年のビジネスについて尋ねたところ、「当初予定から規模を縮小」(63.8%)が前回調査(2023年3月実施)より27.7ポイント上昇し、「おおむね年初計画通り」(31.3%)を上回り最多となった。なお、「おおむね年初計画通り」は前回調査より24.3ポイント減、「当初予定から規模を拡大」(3.8%)も1.8ポイント減となった(図4参照)。

中国国家統計局が8月15日に発表した7月の主要経済指標によると、消費(社会消費品小売総額)は前年同月比2.5%増だったものの、前月と比べると伸び幅が0.6ポイント減少した。また、商品小売りのうち、自動車関連は前年同月比1.5%減と減少した。自動車については、新エネルギー車を除き、販売が伸び悩んでいる。日系の完成車メーカーも一部で販売低迷に直面しており、受注が減少する日系メーカーも少なくない(2023年7月4日付ビジネス短信参照)。新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)関連の規制緩和後も、中国での消費の伸び悩みに加え、新エネルギー車を除く自動車の販売不振などもあり、多くの自動車関連企業を含む在湖北省日系企業は、足元ではビジネスが思うように復調していないようである。

図4:当年の事業実施計画について
おおむね年初計画通り31.3%(2023年3月は55.6%、2022年11月は54.5%、2022年7月は55.0%、2022年3月は73.6%)、当初予定から規模を拡大3.8%(2023年3月は5.6%、2022年11月は6.5%、2022年7月は3.0%、2022年3月は8.2%)、当初予定から規模を縮小63.8%(2023年3月は36.1%、2022年11月は35.1%、2022年7月は37.0%、2022年3月は15.5%)、その他1.3%(2023年3月は2.8%、2022年11月は3.9%、2022年7月は5.0%、2022年3月は2.7%)

出所:「湖北省のビジネス環境に関する実態把握」からジェトロ作成

中期事業展望では「現状維持」もしくは「規模拡大」が約6割

2025年以降の中期事業展望について尋ねたところ、約6割の企業が「現状を維持する(見込み)」(38.8%)もしくは「規模を拡大する(見込み)」(23.8%)と回答したことから、中期的なビジネス展開の方針に大きな変化は生じていないと考えられる。一方で、「規模を縮小する(見込み)」を選択する企業について、前回調査から6.4ポイント増加しており、ビジネス環境の不透明さや自動車市場の不況などの影響をある程度受けているようにみえる(図5参照)。

図5:2025年以降の中期事業展望について
現状を維持する(見込み)は38.8%(2023年3月は36.1%、2022年11月は27.3%、2022年7月は41.0%、2022年3月は32.7%)、規模を拡大する(見込み)23.8%(2023年3月は31.5%、2022年11月は45.5%、2022年7月は37.0%、2022年3月は47.3%)、規模を縮小する(見込み)13.8%(2023年3月は7.4%、2022年11月は6.5%、2022年7月は15.0%、2022年3月は0.9%)、まだ分からない23.8%(2023年3月は22.2%、2022年11月は19.5%、2022年7月は6.0%、2022年3月は19.1%)、その他0.0%(2023年3月は2.8%、2022年11月は1.3%、2022年7月は1.0%、2022年3月は0.0%)

注:2023年3月に実施した実態把握では「その他」の項目を設けていない。
出所:「湖北省のビジネス環境に関する実態把握」からジェトロ作成

2023年3月の調査から選択肢を一部追加・修正した「今後の中国事業での改善・見直しについて」(複数回答可)では、「取引先の多様化」と回答した企業が58.8%と最も多かった。中国では自動車市場の不況を受け、既存の取引先以外の取引先を開拓しようとする当地日系企業も少なくない。回答企業の中には自動車関連企業も数多く含まれていたことから、こうした状況が今回の結果に反映されたと考えられる。

「部品や部材などの調達先のさらなる多様化」は41.3%、「現地調達率のさらなる引き上げ」は40.0%と、前回調査(いずれも37.0%)よりもそれぞれ増加した。

また、「日本人駐在員の縮小、現地職員への切り替え」と回答した企業は38.8%となっており、前回調査より12.9ポイント上昇した。新型コロナにかかる防疫規制は2023年1月までにほとんど撤廃され、各種活動における制約が除去され利便性は大きく向上したものの、日本人駐在員減少の傾向は続いているようだ(図6参照)。

図6:今後の中国事業での改善・見直しについて(複数回答可)
取引先の多様化が58.8%、部品や材料などの調達先の更なる多様化41.3%(2023年3月は37.0%、2022年11月は41.6%、2022年7月は43.0%、2022年3月は44.5%)、現地調達率のさらなる引き上げ40.0%(2023年3月は37.0%、2022年11月は41.6%、2022年7月は42.0%、2022年3月は47.3%)、環境対策強化38.8%(2023年3月は32.4%、2022年11月は37.7%、2022年7月は51.0%、2022年3月は35.5%)、日本人駐在員の縮小、現地職員への切替え38.8%(2023年3月は25.9%、2022年11月は23.4%、2022年7月は25.0%、2022年3月は21.8%)、工場の自動化・倉庫の自動化が35.0%(2023年3月は43.5%、2022年11月は41.6%、2022年7月は47.0%、2022年3月は45.5%)、事業のさらなる多様化35.0%(2023年3月は37.0%)、在庫水準の引き上げ5.0%(2023年3月は5.6%、2022年11月は15.6%、2022年7月は7.0%)、その他2.5%(2023年3月は8.3%、2022年11月は14.3%、2022年7月は16.0%、2022年3月は17.3%)

注1:2023年3月の実態把握から選択肢に「事業のさらなる多様化」を、2023年7月の実態把握から選択肢に「取引先の多様化」を追加した。
注2:「環境対策強化(工場のグリーン化など)」については、単純な比較はできないものの、2022年11月の実態把握までは「カーボンピークアウト、カーボンニュートラルへの対応(工場のグリーン化など)」という質問項目で調査を実施し、回答割合は2022年3月が35.5%、2022年7月が51.0%、2022年11月が37.7%となった。
注3:「日本人駐在員の縮小、現地職員への切り替え」について、単純な比較はできないものの、2022年11月の実態把握までは「新型コロナに伴う隔離リスク回避などを理由とする駐在員の現地職員への切り替え」という質問項目で調査を実施し、回答割合は2022年3月が21.8%、2022年7月が25.0%、2022年11月が23.4%となった。
出所:「湖北省のビジネス環境に関する実態把握」からジェトロ作成

また、2023年3月の調査から選択肢を一部追加・修正した「湖北省政府、地元政府への要望」(複数回答可)については、「日本との定期航空便のさらなる拡充」(71.3%)と回答する企業が最も多かった(図7参照)。

2020年に新型コロナの感染拡大を受けて運休した武漢市と日本を結ぶ定期直行便は、当地日系企業関係者を中心とした多くの要望などにより、2023年7月に再開され(2023年6月9日付ビジネス短信参照)、日本との移動はスムーズになった。しかし、7月末日時点で運航されている定期直行便は週2便のみで、就航している日本側空港は成田国際空港のみとなっており、日程や日本での居住地などによっては、中国の他都市を経由する便を利用せざるを得ない面も多くある。円滑な往来のためにも、定期直行便のさらなる拡充が望まれている。

「人件費上昇に対する支援(減税、補助金など)」(61.3%)、「外国人の中国駐在にかかる就労許可、査証・居留証取得にかかる柔軟な対応」(48.8%)と回答する企業も多かった。特に、査証については免除措置の復活や申請の容易化などを求める声は多く聞かれる。新型コロナ感染拡大前まで、中国は日本に対し滞在期間15日以内の査証免除措置を認めていたが、2020年にこの措置は停止された。新型コロナ関連の規制がなくなった現在、同様の免除措置が認められていたシンガポールとブルネイに対して、同措置は再開されたものの、日本に対しては中国政府が「対等の措置」が必要だと主張していることなどにより(2023年7月27日付ビジネス短信参照)、今なお認められていない。当地日系企業などからは、査証取得手続きの煩雑さや査証センターの混雑が課題で、これらにより日中間の往来が困難になっているという声も聞かれる。

ほかにも、「日本国総領事館の設立にかかる支持」(41.3%)と答える企業も引き続き多かった。

図7:湖北省政府、地元政府への要望(複数回答可)
日本との定期航空便のさらなる拡充71.3%(2023年3月は94.4%、2022年11月は84.4%、2022年7月は88.0%、2022年3月は86.4%)、人件費上昇に対する支援(減税、補助金等)61.3%(2023年3月は50.9%、2022年11月は44.2%、2022年7月は57.0%、2022年3月は53.6%)、外国人の中国駐在にかかる就労許可、査証・居留証取得にかかる柔軟な対応48.8%(2023年3月は49.1%、2022年11月は46.8%、2022年7月は45.0%、2022年3月は40.0%)、法規執行の安定性・透明性・利便性の維持・確保46.3%(2023年3月は37.0%、2022年11月は33.8%、2022年7月は38.0%、2022年3月は37.3%)、日本国総領事館の設立にかかる支持41.3%(2023年3月は47.2%、2022年11月は46.8%、2022年7月は45.0%、2022年3月は37.3%)、工場運営、生活維持のための電力等エネルギーの安定供給38.8%(2023年3月は39.8%、2022年11月は42.9%、2022年7月は37.0%、2022年3月は22.7%)、工場のグリーン化、スマート化に伴う湖北省の助成政策(補助金等)の説明会開催38.8%(2023年3月は31.5%、2022年11月は20.8%、2022年7月は36.0%、2022年3月は30.9%)、現地職員確保に対する支援25.0%(2023年3月は23.1%、2022年11月は16.9%、2022年7月は37.0%、2022年3月は31.8%)、武漢新港(陽羅港)の取扱い貨物の範囲拡大(電池、化学品等)22.5%(2023年3月は16.7%、2022年11月は14.3%、2022年7月は19.0%、2022年3月は10.9%)、夏季集中豪雨に伴う浸水被害防止の徹底17.5%(2023年3月は23.1%、2022年11月は11.7%、2022年7月は29.0%、2022年3月は28.2%)、鄂州花湖空港(アジア最大の貨物空港)の早期利用開始15.0%(2023年3月は13.9%、2022年11月は15.6%、2022年7月は16.0%)、その他1.3%(2023年3月は1.9%、2022年11月は0.0%、2022年7月は10.0%、2022年3月は1.8%)

注1:新型コロナに係る規制措置の撤廃を受け、2023年3月の実態把握から「新型コロナ感染症対策(隔離措置等)の緩和」を削除した。
注2:「日本との定期航空便のさらなる拡充」について、単純な比較はできないものの、2023年3月の実態把握までは「日本との定期航空便の早期再開」という質問項目で調査を実施し、回答割合は2022年3月が86.4%、2022年7月が88.0%、2022年11月が84.4%、2023年3月が94.4%となった。
出所:「湖北省のビジネス環境に関する実態把握」からジェトロ作成

中国経済の復調や往来の円滑化に期待

前述の通り、中期的なビジネス展開の方針に大きな変化は生じていなかったが、2023年の事業方針については、縮小を見込む企業の割合が前回調査より27.7ポイント増加するなど、中国での消費の伸び悩みなどの影響を受けて事業拡大意欲が低下していることが分かった。新型コロナ関連規制は2022末時点でほとんど撤廃されたものの、中国市場のリスクを恐れる本社の様子見姿勢や、自動車市場の不振も、足元のビジネスに影響している可能性もある。2023年7月の消費(社会消費品小売総額)は前年同月比2.5%増で増加しているものの前月から伸び幅は0.6ポイント減と回復ペースが遅いことに加え、一定規模以上の企業による工業生産増加額は同3.9%増(前月から0.9ポイント減)にとどまる。また、1~7月の不動産開発投資が前年同期比8.5%減(1~6月から0.6ポイント減)と力強さを欠いている。さらに、米中対立の長期化といった中国の国際関係に潜む不確実性もある。

こうした背景から、依然として中国経済の先行きは不透明な印象が強い。調査実施後にジェトロが湖北省進出日系企業へヒアリングしたところ、「中国市場のリスクを恐れる本社の姿勢が現地でのビジネス展開の方針に大きく影響している」といった声も聞かれた。また、新型コロナ感染拡大以降、中国への渡航が厳しく制限され、本社の担当者が現地を視察できない状況が長く続いていたことから、「日本との円滑な往来ができてこそ新たな投資の検討が進む」といった声も多く聞かれた。直行便は復活したものの就航本数は多くはなく、渡航には依然として査証が必要であり、日本との円滑な往来が実現しているとはいえない状況だ。

湖北省進出日系企業の投資拡大に向けて、中国経済の安定的な成長、日本と武漢市を結ぶ定期直行便の拡大などにも期待がかかる。


注:
2022年実施調査は2022年の事業について、2023年実施調査は2023年の事業について聞いている。
執筆者紹介
ジェトロ・武漢事務所
楢橋 広基(ならはし ひろき)
2017年、ジェトロ入構。海外調査部中国北アジア課、ジェトロ・ワルシャワ事務所、市場開拓・展示事業部海外市場開拓課などを経て2021年10月から現職。