社内コンプライアンス体制構築、テロ関与リスクを低減
タイの安全保障貿易管理(4)

2022年6月6日

タイ商務省外国貿易局(DFT)による安全保障貿易管理の解説シリーズ。最終回は、大量破壊兵器(WMD)やテロへの関与から会社を守るため、社内体制の整備に役立つ内部コンプライアンスプログラム(ICP)について、開発に向けたポイントを説明する。タイのICPには6つの基準があり、16の書類と16の情報を提出することで、DFTから認証を取得できる。任意の認証とはなっているが、公式に研修なども用意されており、積極的に参加して社内コンプライアンス体制を整備することが望まれる。

内部コンプライアンスプログラムのメリット

ワンティダ・ラマスート商務専門官は内部コンプライアンスプログラム(ICP)について説明した。ICPは、企業が事業運営をする上で、大量破壊兵器(WMD)の拡散に関与しないよう、社内でWMD関連品目を管理するためのプログラムのことを指す。これは強制ではなく、任意参加型の措置となっている。既に日本や欧州、米国など厳格な輸出管理体制を有する国・地域ではICP制度を導入しており、WMD関連物品を扱っている事業者が指定基準を順守するために活用している。

ICPに参加するメリットは以下のとおりである。

  • WMDやテロへの関与から会社を守ることができる。企業に国際的に認められたコンプライアンス体制が構築できていることを社会に対してアピールできる。
  • 企業は行政が定めた規定を漏れなく効果的に順守でき、取引を行うためのプロセスと担当者を明確に決定することができる。
  • 行政機関がキャッチオール規制(CAC)措置を行使する場合、すなわち、企業が輸出する物品がWMD拡散に関連すると疑われる場合、行政機関がその企業の取引に関する情報または書類の提出を要請することがあるが、ICPに参加している企業については、当局に対して速やかに情報や書類を十分に提出することが可能となる。

タイでは、外国のICP基準を参考にして基準を開発している。日本の経済産業省のICP基準も取り入れており、多くの類似点がある。DFTは2021年9月6日に発効した通達「2021年ICPの基準とガイドライン」で、以下の6つの基準をICPとして定めた。基準ごとに書類と情報を提出する必要がある。

  1. コミットメント管理体制:7書類、2情報
  2. 最終用途および最終需要者のモニタリングシステム:4書類、6情報
  3. 研修システム:2書類、3情報
  4. 文書管理システム:2情報
  5. 監査・是正措置体制:3書類、2情報
  6. 報告体制:1情報

ICP策定に当たっての必要書類と情報

6つの基準ごとに提供すべき書類や情報は以下のとおり異なり、全部で16書類、16情報をDFTに提出する必要がある。

1.「コミットメント管理体制」

1)書類:
商務省事業開発局(DBD)が発行するアフィダビット(会社登記簿)
組織図
コンプライアンス順守宣言書
ICP責任者を示す書類
ICPマニュアル(1)(人材採用時のリスク評価規準などの社内基準)
ICPマニュアル(2)(会社方針、規定、管理活動の実施手順)
ICPマニュアル(3)(マニュアル見直しの条件に関する内容)
2)情報:
宣言書やICP管理基準の周知手段に関する補足情報(例:社内イントラネットや社内ウェビナー、取引先への宣言書共有)
社内外に対するWMD関連品目貿易管理の情報公開手段(2つ以上、例えば、社内イントラネットとウェブサイト)

2.「最終用途および最終需要者のモニタリングシステム」

1)書類:
受発注プロセスを定める資料(物品区分や最終用途・需要者の確認、WMDの疑いがある場合の取引中止プロセスと当事者)
注文書(PO)またはインボイス(物品の供給元、数量、納入場所などがわかること)
物品区分の一覧表(会社が取り扱う物品の中でDUIに該当する品目が何点あるか、リスト1、リスト2に基づくこと)と担当者
エンドユーズ・ステートメント(物品の使用用途がWMDに該当しないことを明確に記載、現物資料やサンプル資料でも可)
2)情報:
最終用途または最終需要者のWMDとの関連性(国連安全保障統合リストや民間調査会社資料)
最終需要者がWMDに該当すると疑われた際の取引中止プロセス
最終用途がWMDに該当すると疑われた際の取引中止プロセス
WMDにかかる資金洗浄の制裁対象者リストを確認したデータ(資金洗浄防止取締事務局のウェブサイトから確認)
物品輸送ルートの確認データ(ルートの変更がないことを示し、利用フォワーダーの会社名も提示)
物品を出荷する際、別部門管理者や第三者による最終確認が実施されることを証明するデータ

3.「研修システム」

1)書類:
社内研修計画書(少なくとも年に1回、輸出管理またはICPに関する研修が開催され、教育内容・講師名・カリキュラム・実施日などの詳細を記載すること)
研修実施基準(カリキュラム内容が最新か、DFT指定基準を満たしているか)
2)情報:
講師のTCWMDに関する知識を証明するデータ(DFTの研修を受けた者であること)
研修実施前と実施後のテスト結果
研修関連資料保存にかかるデータ

4.「文書管理システム」

情報:
資料が安全に保管され速やかに資料にアクセスできることを示すデータ(ICPマニュアルにおける文書管理の方針を示してもよい)
会社において資料の保存が義務付けられることを示すデータ(5年以上の保存)

5.「監査・是正措置体制」

1)書類:
ICPマニュアル(1)(ICP制度の監査計画または実施手順)
ICPマニュアル(2)(ICP制度の監査基準)
問題再発防止策を示す資料(フローチャートなどで、社員が隠れて物品を出荷した場合などの対応プロセスで、発生時はDFTにも情報共有すべき)
2)情報:
ICP制度の監査を実施する責任者を示すデータ(社内、社外を問わず、親会社でもよい)
ICP制度の見直し・改善に関するプロセスや内容

6. 「報告体制」

情報:
ICP制度の監査、改善の結果を報告するデータ。担当者は、社内の責任者に定期的に報告を上げる必要があるほか、DFTにもICP制度に関するレポートを年に1回以上提出する必要がある(DFTへのICP制度に関する報告書のテンプレートを準備しておくと便利)

デュアルユース品目のリスト

DFTは、ICPに関する事業者の理解を深めるため、従業員向けに「ICPネットワーク」と「ICPインハウス」の2つの研修プログラムを開始している。ICPネットワークは、親会社から厳格なICP制度を移植された外資系企業などで働いている従業員が参加しており、ある程度ICPに関する知識を有する人が募集されている。同プログラムの参加者はDFTの代理人といったような存在となり、タイにおけるICPの先導役として、ICPインハウスプログラムの参加企業に対して指導も行う。他方、ICPインハウスでは、ICP制度の基礎知識がない場合や、ICP制度を導入したばかりの企業などの担当者向けに研修が行われ、DFT担当官やICPネットワークの代理人から指導を受けることができる。

DFTは過去に2回の研修を実施しており、第1回ではインハウスに59社66人が参加し、ネットワークに11社15人が参加した。第2回ではインハウスに50社58人、ネットワークに5社5人が参加した。

DFTは6つのICP基準の達成度合いについて、「B級:Basic(基礎)」「I級:Intermediate(中級)」「T級:Total(完全)」の3段階を設定しており、企業は任意でレベルを選択することができる。B級の場合は6基準のうち2基準を達成していれば取得できる。I級は4基準、T級は6基準の全てを達成している必要がある。ICPインハウスではDFTに実施計画書を提出するだけでよいが、ICPネットワークに参加した場合は実行に移さなければならない。

従業員ではなく、会社としてICP認証を取得したい場合、ICPインハウスやICPネットワークに参加していなくてもよいが、評価は従業員に対するよりも厳密に行われる。会社としても、B級、I級、T級の3段階からレベルを選択でき、実際に社内で実行されていることを示す必要がある。認証取得を希望する場合は、TCWMDウェブサイト(タイ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます から登録を行う必要があり、書類や情報を提出する必要がある。

執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、大阪本部、ジェトロ・カラチ事務所、アジア大洋州課リサーチ・マネージャーを経て、2020年11月からジェトロ・バンコク事務所で広域調査員(アジア)として勤務。