TCWMD法の輸出管理開始、違反者に刑事罰も
タイの安全保障貿易管理(1)

2022年5月17日

タイでは、「2019年大量破壊兵器および関連品目貿易管理法(TCWMD法)」が2020年1月に発効し、大量破壊兵器(WMD)関連物品やデュアルユース品目(DUI)の輸出を管理するキャッチオール規制(CAC)措置が2021年12月から開始された。タイでは輸出に携わる日系企業も多く、本件にかかる法制度や具体的な対応に関する情報ニーズが高いことから、ジェトロは3月23日にタイ商務省外国貿易局(DFT)と共催で、タイ安全保障貿易管理セミナーを実施した。本稿では4回シリーズにわたって、セミナーで解説された内容を中心に、どのようにタイでの安全保障貿易管理に対応していけばよいのかを紹介する。

近年加速した安全保障貿易管理制度の構築

DFT副局長であるタチャヤーポン・アピモンテーチャブット博士の講演によると、タイにおける大量破壊兵器(WMD)および関連品目貿易管理にかかる法制度は次のようになっている。

タイでは、2020年1月に同国の安全保障貿易管理の基礎となる「2019年大量破壊兵器および関連品目貿易管理(TCWMD:The Trade Controls on Weapons of Mass Destruction)法」が施行されている。その後、2021年12月になって、WMD関連物資および最終用途や最終需要者がWMDに用いられる物資にかかる貿易管理上の措置についての通達が発出された。同通達が、「キャッチオール規制(CAC)措置」に該当する。また、同年には内部コンプラインスプログラム(ICP)の基準とガイドラインにかかる通達も発出された。これが、日本でいう輸出管理内部規程(CP)に該当する。

DFTはこれらの貿易管理規定について、輸出製品の生産拠点であるタイにおいて、民間企業、進出外資企業、行政機関を含めて推進すべく、法律・ガイドラインに関する正しい知識を普及させる必要があると考えている。特に外国人投資家が、タイで事業を行うにあたってルールを順守できるよう、適切かつ効果的なメカニズムを整えようとしている。

国連決議に基づき2019年TCWMD法が成立

続いて、DFT商務専門官のピツィニー・サリ氏は、TCWMD法について、(1)WMD拡散防止措置の必要性、(2)国連安全保障理事会決議第1540号(UNSCR1540)、(3)UNSCR1540に基づいてDFTが展開する取り組み、の3点について解説した。

まず、WMD拡散防止の必要性について、世界ではこの10~20年、テロをはじめ多数の事件が発生しており、人類・環境に大きな損害をもたらした。例えば、1995年の東京地下鉄サリン事件、2001年の米国同時多発テロ、2005年のロンドン同時爆破、2013年のシリア内戦における化学兵器攻撃などが挙げられる。国連安全保障理事会は、こうした事案への対応から、2004年4月にUNSCR 1540を採択した。同決議の内容は4ページにわたり、12項目から成る。

UNSCR 1540では、WMDの拡散を防止するため、次の4つの国際輸出管理レジームに該当する物資に対し、タイを含めた各加盟国において適切な国内管理措置を設けることを求めている。

  1. 原子力供給国グループ(Nuclear Suppliers Group:NSG):核兵器開発への技術転用が可能な核燃料や原子炉、原子力関連資機材、技術の輸出管理
  2. オーストラリア・グループ:化学兵器、生物兵器の輸出管理
  3. ワッセナー・アレンジメント:通常兵器およびデュアルユース品目(DUI、軍事用途と民生用途の両方に使える物品)の輸出管理
  4. ミサイル技術管理レジーム(Missile Technology Control Regime:MTCR):ミサイル関連物資の輸出管理

前述の製品は、全人類および環境に重大な危害を及ぼす製品の開発、入手、生産、保有、輸送、移送に利用される可能性がある。これを踏まえ、DFTはUNSCR1540に基づいた管理制度を4期にわたって導入してきた。

第1期(2004~2014年):2004年4月にUNSCR 1540が採択。同年8月、タイ内閣が関係省庁に対し、UNSCR 1540に基づく取り組みを導入するよう指示。DFTは関係機関と議論し、UNSCR 1540に沿った今後の取り組みの方向性を検討した。2010年7月、内閣が商務省にDUIを管理する仕組みの構築を指示。DUI輸出運営委員会は2013年、商務省に対して1979年輸出入管理法に基づいたDUI貿易管理の通達発行を指示し、他の行政機関によって管理されていないDUIについて管理することを決定。これに加えて、タイは規制対象品目リストを作成するにあたって、EUの規制品目リストをベースにすることを決定した。

第2期(2015~2019年):DFTは、DUI許可申請が求められる物品を指定し、「国外輸出規則事項の整理措置に準拠すべき品目」に関する通達を発表した。これは、UNSCR 1540に基づいて施行した最初の通達で、2015年10月16日に官報に掲載され、2021年1月1日に発効した。続いて、第2号の通達が2019年1月1日に発効した。この2つの商務省通達は輸出入管理法に基づくものだったが、UNSCR 1540で求められる要件(特に再販業者や無形品目の取り扱い)をカバーしていなかった。そのため、DFTは安保理決議に基づいた内容を網羅するTCWMD法を新たに制定し、2020年1月1日に正式に発効した。その後、先に発効された2つの商務省通達は廃止となった。

第3期(2020~2021年):TCWMD法に基づいて、補足的な規則が制定された。1つ目が、「2021年大量破壊兵器関連物資および最終用途・最終需要者が大量破壊兵器に用いられる物資にかかわる貿易管理上の措置に関する規則」(CAC措置)である。2つ目は、「2021年WMD拡散リスクにかかる情報の報告フォームにかかる通達」である。また、DFTは「内部コンプライアンスプログラム(ICP)の基準とガイドラインに関するICP認証基準の通達」を発行し、行政・民間企業においてWMD拡散関連品目を効率的に管理するためのガイドラインを定めた。

第4期(2022年以降):DFTは、民間企業におけるICPシステムによる評価実施を促進するため、WMD関連品目を扱う事業者のための「ICPネットワーク」「ICPインハウス」という研修プログラムを立ち上げ、参加を促している。

大量破壊兵器・関連物品の貿易を管理

メニサ・タンギアットヤンユーン商務専門官は、TCWMD法の目的や概要、用語の定義、貿易管理委員会、貿易管理の方法、制裁措置の6項目を解説した。TCWMD法は、以下のとおり全6章32条によって構成されている。

  • 第1章第1~5条:原則とその理由、前文、名称、発効日、用語定義
  • 第1章第6~11条:貿易管理委員会に関する規定
  • 第2章第12~20条:WMD拡散防止の貿易管理に関する規定
  • 第3章第21~22条:控訴に関する規定(貿易管理の当事者は第2章に基づいて外国貿易局長が下した行政命令に不服がある場合、商務大臣に書面をもって30日以内に控訴する権利を有する)
  • 第4章第23~26条:担当官の職権、担当官身分証の提示、担当官を刑法典に基づく捜査官として任命するといった、担当官に関する規定
  • 第5章第27条:民事責任に関する規定
  • 第6章第28~32条:制裁措置に関する規定

TCWMD法において重要となる用語の定義だが、「大量破壊兵器(WMD)」とは、核兵器、生物兵器、化学兵器、または大量無差別の殺傷や広範囲にわたる環境汚染を生ずる可能性がある兵器を指す。「物品」とは、有形品目および無形品目のことを指す。「デュアルユース品目(DUI)」は、民生用と軍事用の双方に用いることができ、WMD用の設計、生産、開発に転用できる品目を意味する。「WMD拡散関連物品」は、(1)WMD自体のほか、(2)通常兵器、(3)DUIのことである。

「管理される活動」とは、輸出、再輸入、積み替え、輸入通関、仲介者になること、そして技術やソフトウエアの提供を含める。仲介者とは、物品の移動の手配や、それに対して便宜を図ることを意味する。例えば、タイにいる仲介者が、A国からB国にDUIを移動することも含まれる。

TCWMD法の下、中心的な役割を担う貿易管理委員会

TCWMD法に基づく貿易管理委員会が組成されており、タイ政府の各省庁の13の関連部局から構成される。DFTは、その中でも大きな責任を負っている(注)。

TCWMD法の第6~11条では、貿易管理委員会と同委員会の会合に関する規定がされている。商務大臣が委員長を務め、商務事務次官が副委員長、関連部局長12人が委員となり、外国貿易局長が委員兼書記役となる。この委員会には重要な役割があり、例えば内閣に対して貿易管理政策や計画を提案し、同法第12条(WMD拡散防止の貿易管理)に基づく措置を定めるために閣僚に措置案およびガイドラインを提案すること、関連品目に関するアドバイスを提供するために小委員会を設置することなどの役割を担う。

2021年7月にジュリン・ラクサナウィシット副首相兼商務大臣が議長を務め、第1回貿易管理委員会が開催された。本会議では、DUI関連品目の貿易を管理するため、同法第12条(3項)に基づいてDFTがキャッチオール (CAC)政策を制定し、2021年内に発効することが決議された。これに加えて、将来的にEU規制品目リストに基づいて、通常兵器の仲介者を管理するため、DFTと国防省が連携する措置を検討した。

貿易管理委員会には、(1)WMD拡散に関連する品目検討小委員会、(2)WMD拡散リスク検討小委員会の、2つの小委員会が設置されている。これらの小委員会にて、WMD拡散に関連した事業グループに該当する事業者のリスクを調査し、行政命令を発するための情報を提供する。例えば、商務大臣は、貿易管理委員会の助言に基づいて、以下のような適切な措置を行うための省令を発する権限を持っている。

(1)
ライセンス制度の措置(Licensing)
(2)
WMD拡散関連品目に該当しない品目認証制度の措置(Self-Certification)
(3)
WMD拡散関連品目、最終用途および最終需要者がWMDに用いられる物資の貿易管理(キャッチオール規制:CAC)のための措置

これらの措置を実行するにあたって適用する基準や方法、条件は、別途、商務省の通達にて定められる。

TCWMD法に違反した場合の罰則

TCWMD法による制裁措置には、民事制裁と刑事罰がある。民事制裁とは、第27条に基づいて発生した損害賠償である。一方、刑事罰は、第28~29条で定められており、禁固刑と罰金刑がある。第28条では、故意と過失の場合に分けられている。第12条に基づいて定められた措置に違反した場合、2年以下の禁固刑または20万バーツ(約70万円、1バーツ=約3.5円)以下の罰金刑、または、その両方が科せられる。人に危害を加える目的や、WMDの設計・開発・生産・使用・改造・保管・輸送に用いる目的、WMDを入手する目的などで違反があった場合には、10年以下の禁錮刑、または100万バーツ以下の罰金刑、または両方が科せられ、当該物品は没収の対象となる。ライセンス発給を受けるため、担当官に虚偽の情報を提供したり、情報を隠蔽したりした場合は、1年以下の禁錮刑、または10万バーツ以下の罰金刑、または両方が科せられる。


注:
その他の12部局の省庁は、さまざまで、内閣府資金洗浄防止取締事務局、内閣府国家安全保障局、内閣府国家情報局、工業省工場局、農業・協同組合省農業研究局、保健省医療科学局、財務省関税局、外務省国際機構局、保健省食品医薬品局、科学技術省原子力平和利用事務局、防衛省防衛産業局、国家放送通信委員会である。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、大阪本部、ジェトロ・カラチ事務所、アジア大洋州課リサーチ・マネージャーを経て、2020年11月からジェトロ・バンコク事務所で広域調査員(アジア)として勤務。