新エネ車企業が、ノルウェーを橋頭堡に欧州市場を狙う(中国)
スケールメリットを生かした低価格を武器に

2022年10月12日

スカンジナビア半島の西部に位置するノルウェー。充実した福祉制度や高い環境意識を持つことで知られている。そのノルウェーに近年、中国の新エネルギー車(NEV)企業が熱い視線を送っている。ノルウェーでは新車登録台数に占めるNEVの割合が非常に高いことから、ノルウェーを足掛かりにして欧州展開を目指す意図も見えてくる。

本レポートではノルウェーのNEV事情を概観しつつ、中国NEV企業のノルウェー進出事例を紹介する。

NEV比率が高い上に完成車メーカーがない

ノルウェーではNEVが急速に普及している。ノルウェーの道路交通評議会(OAF)によると、2021年の同国における新車登録台数は前年比24.7%増の17万6,276台。燃料種別にみると、バッテリー式電気自動車(EV)が48.1%増の11万3,715台(構成比64.5%)、プラグインハイブリッド車(PHEV)が32.0%増の3万8,166台(同21.7%)。EVとPHEVで、新車登録台数の86.2%を占めることになる(2022年1月14日付ビジネス短信参照)。国際エネルギー機関(IEA)によると、ノルウェーは、2021年の自動車販売台数に占めるEVの構成比が欧州最高だった(図1参照)。

図1:2021年の各国自動車販売台数に占めるEVおよびPHEVの割合
ノルウェーが86%、アイスランドが72%、スウェーデンが43%、オランダが30%、フランスが19%、イタリアが9%、スペインが8%であった。

出所:国際エネルギー機関(IEA)のGlobal EV Outlook 2022を基にジェトロ作成

ノルウェーでEVやPHEVの普及が進んでいる要因の1つに、ノルウェー政府の政策が挙げられる。2017年に策定した「国家運輸計画(2018-2029)」でも、2025年までに販売される新車の全てを排出ゼロ車にする目標を示していた。

そういった目標もあり、温室効果ガス無排出車〔EVと燃料電池車(FCV)〕の購入に対する優遇措置がある。具体的には、(1)税率25%の付加価値税(VAT)や車両購入税、交通保険料(注1)の免除、(2)高速道路利用料や駐車場料金の減免、(3)バスレーンでの走行許可、などの措置を受けることができる。

片や、化石燃料車には増税が見込まれる。「気候計画(2021-2030)」では、二酸化炭素(CO2)排出に、従前より高く課税することが示された。現時点での税率は、1トン当たり約590ノルウェー・クローネ(約8,260円、1ノルウェー・クローネ=約14円)だ。2030年までに、これを2,000クローネに引き上げるとした。自動車にも、これに準じて課税するという(2021年1月19日付ビジネス短信参照)。

ノルウェーはこれら政策で、消費者にNEV購入のインセンティブを与え、普及を促進している。しかし、国内にNEVを含めて完成車メーカーが存在しない。そのため、自動車需要を満たすには国外から輸入する必要がある。すなわち、外国企業の力が不可欠ということになる。

近年、ノルウェーでは、EVやPHEVの輸入台数が増加している。EV(HS 870380)とPHEV(HS 870360)の輸入台数を貿易統計で見ると(注2)、2020年以降の伸びが顕著だ。2021年は、EVが前年比49.1%増の12万7,371台、 PHEVが26.2%増の3万2,519台になった(図2参照)。

図2:ノルウェーのPHEV(HS 870360)およびEV(HS 870380)の輸入台数
2020年以降の伸びが顕著である。EV輸入台数は、2019年6万9,662台、2020年8万5,444台、2021年12万7,371台と増加。PHEV輸入台数は、2019年1万4,756台、2020年2万5,763台、2021年3万2,519台と増加した。

出所:Global Trade Atlasからジェトロ作成

ノルウェーの中国産NEV輸入が急増

そのようなノルウェーの状況に目を付けたのが、中国NEV企業だ。ノルウェーのEV・PHEV輸入を国別に見ると、中国からの輸入が近年拡大していることがわかる。特に2020年以降、EVの急増ぶりが顕著だ。2021年は、前年比約3.1倍の2万7,058台になった。EV輸入台数全体の21.2%が中国からということになる。ノルウェーにとって、いまやドイツに次ぐ第2位の輸入元が中国なのだ(図3、図4参照)。

図3:ノルウェーのEV(HS 870380)国別輸入台数
中国からの輸入台数は2020年以降急増した。2019年268台、2020年8,751台、2021年2万7,058台となった。

出所:Global Trade Atlasからジェトロ作成

図4:ノルウェーのEV(HS 870380)輸入台数国別構成比の推移
ノルウェーのEV輸入量に占める中国の割合は、2021年は21.2%となっており、第1位のドイツ(30.0%)に次ぐ第2位の輸入先となっている。

出所:Global Trade Atlasからジェトロ作成

PHEVにも、同様の傾向が見られる。2021年の中国からの輸入台数は前年比96.5%増の3,408台と急増。これは、ノルウェーのPHEV輸入台数全体の10.5%。輸入元としては、第4位に当たる(図5、図6参照)。

図5:ノルウェーのPHEV(HS 870360)国別輸入台数
ノルウェーのPHEV輸入台数を見ると、中国からの輸入台数は2020年以降急増、2021年は前年同期比96.5%増の3,408台となった。

出所:Global Trade Atlasからジェトロ作成

図6:ノルウェーのPHEV(HS 870360)輸入台数国別構成比の推移
ノルウェーのPHEV輸入量に占める中国の割合は、2021年は10.5%となっており、ノルウェーにとって第4位の輸入先となっている。第1位は日本28.9%、第2位はドイツ16.2%、第3位はスウェーデン11.8%。

出所:Global Trade Atlasからジェトロ作成

2020年ごろから新興企業を含めた中国NEV企業によるノルウェー進出の動きが目立ってきた。上海蔚来汽車(NIO)や嵐図汽車(VOYAH)のように、最初の海外進出先としてノルウェーを選択するケースも存在する。

もっとも、ノルウェーはNEV需要が大きいとはいえ、人口規模は約540万人。決して巨大な市場ではない。そのため、ノルウェーに進出した中国NEV企業には、ノルウェー進出を契機に欧州市場への展開を見据える例も見られる。例えば小鵬汽車(Xpeng)は2020年の進出時点で、同国への進出を「欧州市場への最初のステップ」と位置付けることを表明していた。2022年には実際、ノルウェー以外の国でのEV予約販売を開始している。ほかにも、2021年5月に進出したNIOは、同年12月時点で国外展開を加速させる方針を明らかにし、2022年にはドイツ、オランダ、スウェーデン、デンマークといった欧州各国でEV販売を開始。2025年までに世界25以上の国・地域の市場へ参入する計画を発表している(2021年12月27日付ビジネス短信参照)。

中国NEV企業は、普及率が高いノルウェーを橋頭堡(きょうとうほ)として、欧州市場への進出機会を探っているようだ。今後、中国NEV企業による欧州市場参入が、より活発になっていくと予想される(表参照)。

表:中国NEV企業のノルウェー・欧州進出事例
上海蔚来汽車
(NIO)
2021年5月6日、ノルウェー市場への参入を正式に発表。同社にとってノルウェーは初めての海外進出先になる。10月にはショールーム「NIOハウス」をオスロに開設した。12月18日、ノルウェーを皮切りに、国外展開を加速させる方針を明らかにした。2022年末までにノルウェーで20カ所の電池交換施設を設置する計画。
2022年にはドイツ、オランダ、スウェーデン、デンマークでEV販売を開始。2025年までには世界25以上の国・地域の市場への参入を計画。
嵐図汽車
(VOYAH)
2022年2月17日、(1)東風汽車工業輸出入と協定を締結したこと、(2)欧州市場への参入および最初の海外進出先としてノルウェーを選んだこと、を発表。3月10日、ノルウェー進出に先立ち、東風汽車工業輸出入およびノルウェーの自動車ディーラーであるエレクトリックウェイと戦略的業務提携を行う旨の覚書を締結。6月12日、オスロにショールームを開設。ショールーム開設時、盧放最高経営責任者(CEO)兼最高技術責任者(CTO)は「海外に自社販売拠点を設置した最初の国有NEV企業として、運転性能とスマート技術を融合させた製品を世界に提供。中国ブランドの世界に対する影響力を積極的に高めていく」と述べた。また、「北欧で最初の販売拠点を開設することは、嵐図汽車がグローバル市場に参入するための第一歩。東風グループの強力な海外リソースを利用して、海外市場を展開し続け、中国ブランドの継続的なブランド力向上を推進する」とした。
2022年7月26日には同社の車種「VOYAH FREE」が欧州の車両認証である欧州統一車種認証(ECWVTA)を取得。これにより、VOYAH FREEは、EU全ての国で量産しナンバープレートを取得することが可能になった。
小鵬汽車
(Xpeng)
2020年12月21日、ノルウェーでSUV「G3」の納車を開始。同社にとって欧州初進出になる。この時点で、「ノルウェーへの進出は欧州への最初のステップ」と表明していた。
2021年8月25日にEVセダン「P7」を出荷開始したことを発表。2022年3月11日にはノルウェー、スウェーデン、デンマーク、オランダでEVセダン「小鵬P5」の予約販売を開始したことを発表。
2022年5月19日、ノルウェーにXpeng体験館を設置。
比亜迪
(BYD)
2020年5月4日、欧州で乗用車の試験導入に取り組む戦略を発表。長期計画に基づき新型小型商用車(LCV)やeトラックを欧州市場に投入し、第1弾としてコンパクトSUVの「唐」をノルウェーに出荷すると発表。「乗用車や小型商用車(LCV)からトラックやバスに至るまで、ゼロエミッションEVを欧州の顧客に提供する」と、同社の今後の取り組みを強調した。2021年6月7日、ノルウェー向けに電気SUV「唐」の輸出を開始したことを発表。
2022年8月30日、「漢」「唐」、欧州仕様の「ATTO 3(元Plus)」のEV乗用車シリーズで欧州市場に参入することを発表。これら3モデルは、10月のパリモーターショーに出展予定。同時に、大手自動車ディーラーとの戦略的パートナーシップの締結も発表。具体的には、オランダ向けはLouwman、スウェーデンとドイツ向けはHedin Mobility Group、デンマーク向けはNic. Christianen Group、ノルウェー向けはRSA、イスラエル向けはShlomo Motorsと戦略的パートナーシップを締結。
中国第一汽車集団
(FAW)
2021年9月29日、紅旗ブランドのEV・スマートSUV「E-HS9」のノルウェー向け出荷セレモニーを開催したと発表。同社の徐留平董事長は「ノルウェーはNEVの普及率が世界で最も高い。そのことに加え、ノルウェーの環境政策、インフラ整備状況、環境保護意識、イノベーションを追求する文化が、紅旗の今後の発展ビジョンと一致する」とコメントした。

出所:各社ウェブサイトや各種報道からジェトロ作成

スケールメリットを生かした低価格が強み

中国NEV企業の強みは、生産台数から生じるスケールメリットだ。中国・工業情報化部の辛国斌副部長は2022年2月28日の会見で「2021年の中国のNEV生産台数は前年比2.6倍の354万5,000台。販売台数は2.6倍の352万1,000台。7年連続で世界一だった」と説明した。

米国の投資会社、SPEAR Investの創始者イバナ・デレフスカ氏(注3)は、「中国のEV市場規模は欧州の2倍」とした上で、中国NEV企業の強みとして、(1)スケールメリットによって製造コストを大きく抑えられること、(2)迅速に技術革新できること、(3)素早く利益を上げられること、を挙げた(「FORBES」2022年7月5日)。

欧州のEV市場は、高価格なEVによって席巻されていると言われる。それだけに中国車の低価格は魅力的だ。確かに、中国からEUに自動車を輸出すると、EUで10~20%の関税がかかる。しかし、デレフスカ氏は「それでも中国のEV価格は欧州のEVを下回る。価格の低さが、中国のEVが欧州で成功すると信じている理由だ」と指摘した(同)。

中国製NEVは、欧州で信頼を獲得し始めている。ユーロNCAP(欧州の自動車安全試験機関)は2021年9月8日、リンク・アンド・コー・インターナショナル(吉利汽車傘下、注4)のSUV「01」とNIOのSUV「ES8」が5つ星(最高評価)を獲得したと発表した。これは中国ブランドとして初めての快挙だ。これを受けて、ユーロNCAPのミヒール・ファン・ラティンゲン事務総長は、さまざまな中国製NEVが欧州でも発売されていることと、欧州にも中国製NEVの波が及んでいることに言及。「残念ながら、今まで中国製の車は欧州の消費者に安全性を示すことができていなかった。しかし、リンク・アンド・コー・インターナショナルとNIOは安全性を示し、『中国製』がもはや侮蔑的な呼称でないことを示した。この2社の車は、我々のテストで極めて良い成果を出した」とコメントした。

欧州で中国NEVの勢いは止まらない

欧州での中国NEV企業の勢いは、今後も続いていくと予想される。当地メディアは、「日本や韓国の自動車メーカーが続々と欧州の低価格自動車市場から撤退している。その空白が中国NEV企業に残されているため、今後中国ブランドの販売台数はさらに伸びる」と報じた(「環球時報」2022年7月30日)。

全国乗用車市場信息聯席会(CPCA)の崔東樹・秘書長(事務局長相当)は、2022年1~6月のNEV乗用車輸出台数(36万2,160台)のうち、欧州向けは17万8,356台と全体の49%を占めたと発表し、欧州が中国によるNEV輸出の重要な牽引役の1つであるとしていた(2022年8月8日付ビジネス短信参照)。

中国は世界最大のNEV市場だ。その中での激しい競争の結果、ハイペースで技術力を高めており、品質も上がっている。中国NEV企業は、スケールメリットからくる低価格を武器に、NEV需要の強い欧州市場で戦えるだけの力を身に付け、欧州市場へと進出し始めている。

中国NEV企業は、そう遠くないうちに、欧州でビジネスを展開する自動車メーカーにとって無視できない競合相手になるだろう。


注1:
VATは、日本でいう消費税と同様の税目。車両購入税は、車種・排出量に応じて課せられる。また、交通保険料は、道路利用税に相当する。
注2:
当記事での計上にあたっては、公式貿易統計に基づく商用データベース(Global Trade Atlas)を利用した。
注3:
デレフスカ氏は、SPEAR Investのファンド運用・調査部門最高責任者でもある。
注4:
リンク・アンド・コー・インターナショナル(Lynk & CO International)は、吉利汽車とその子会社のボルボが共同出資して、スウェーデンで設立された。中国語では領克汽車。
執筆者紹介
ジェトロ・武漢事務所
楢橋 広基(ならはし ひろき)
2017年、ジェトロ入構。海外調査部中国北アジア課、ジェトロ・ワルシャワ事務所、市場開拓・展示事業部海外市場開拓課などを経て2021年10月から現職。