在宅勤務拡大でベイエリアの経済環境に変化(米国)
オフィス賃料下落や都市部からの人口流出が進む

2021年1月5日

米国で新型コロナウイルス感染が拡大して以降、北カリフォルニアのベイエリア(注1)では、オフィス市況の悪化、都市部からの人の流出、公共交通機関の利用者数の低迷が続く。これら経済環境の変化の要因の1つと考えられるのが、企業の在宅勤務の拡大だ。現地進出日系企業向けのアンケート調査結果やベイエリア地域が掲げる長期目標をみると、感染終息後も、ベイエリアでは在宅勤務が定着・拡大する可能性も考えられる。

ベイエリアで一層広がる在宅勤務

新型コロナウイルス感染拡大を契機に、ベイエリアでも企業の在宅勤務が拡大した。例えば、ツイッターやドロップボックスが、希望する従業員に対して永続的に在宅勤務を認める方針を打ち出した。このほか、グーグルやフェイスブック、ウーバーテクノロジーズも、2021年夏まで在宅勤務を認めるという。このように、ベイエリアに本社を構える大手テック企業は、オフィスへの通勤を前提としない働き方を一気に実践に移した。ベイエリアではこれまでも、柔軟な勤務体制をとる企業は少なくなかったが、新型コロナウイルスに伴う経済活動制限が、それに拍車をかけたといえる。

また、ベイエリアの日系企業も、2020年3月以降の新型コロナウイルス感染拡大で、在宅勤務体制を敷き、その後、感染状況やカリフォルニア州、所在する郡の命令の動向にも左右されながら、在宅勤務体制を続ける企業が多い。

オフィス市況の悪化による賃料下落

在宅勤務の拡大は、ベイエリア経済に大きな影響を及ぼしている。その1つが、オフィス需要の減少だ。不動産サービス大手CBREによると、サンフランシスコ中心部のオフィス空室率は近年、低下基調にあった。しかし、2020年第3四半期(7~9月)には8.3%と、前年同期(3.8%)から2倍以上に跳ね上がった(都市圏全域でも4.8%から9.0%に上昇)。また、吸収需要(Net Absorption、一定期間で占有された面積の合計から手放された面積の合計を減じた差)をみると、サンフランシスコは2020年第1~第3四半期までに、約マイナス420万平方フィート(約39万平方メートル)だった。全米の主要都市の中でもマイナスが大きかったことになる。サンフランシスコに本社を構える企業の中には、既に持つオフィスを売却する例がある。それだけでなく、写真共有サイトを運営するピンタレストのように、新規オフィスのリース契約を取りやめる事例も出ている(2020年9月4日付ビジネス短信参照)。

こうしたオフィス需要の低迷は、賃料の下落を招いた。CBREによると、サンフランシスコ中心部の2020年第3四半期の平均オフィス賃料は、1平方フィート当たり80.64ドル。前年同期比8.0%減だった。今後のオフィス市況に関して、現地不動産関係者は、「サンフランシスコでは、市況の回復に時間がかかるのではないか」「オフィスの立地が郊外へより広がる可能性があり、中心部のオフィス需要は低い状態が続く」との見方を示している。

加速する都市部からの人口流出

在宅勤務の機会が増え、都市中心部からの人口流出も進む。引っ越し関連サービスなどを提供するマイ・ムーブが米国郵便公社(USPS)に提出された住所変更届のデータを分析したところ、2020年2月1日~7月31日の期間に移住した人数は、米国全体で前年同期比3.9%増の1,590万人だった。都市別に増減をみると、大都市部で流出が顕著だ。サンフランシスコからは、全米4位の規模となる約2万7,000人が移転した(図1参照)。在宅勤務の拡大や人口流出の影響もあり、新型コロナ禍でベイエリア5郡(注2)を結ぶ鉄道BARTの利用客数は、3月中旬以降、運営会社の想定に比べて80%以上少ない日が続いている。

図1:米国の移住者流出入数上位10都市(2020年2月1日~7月31日)
流入数上位10都市は、1位から順にケイティー(テキサス州)4,414人、リッチモンド(テキサス州)3,000人、フリスコ(テキサス州)2,604人、イースト・ハンプトン(ニューヨーク州)2,476人、ジョージタウン(テキサス州)2,337人、リアンダー(テキサス州)2,294人、サイプレス(テキサス州)2,147人、カミング(ジョージア州)2,128人、リバービュー(フロリダ州)2,093人、メリディアン(アイダホ州)2,088人。流出数上位10都市は、1位から順にニューヨーク(ニューヨーク州)11万978人、ブルックリン(ニューヨーク州)4万3,006人、シカゴ(イリノイ州)3万1,347人、サンフランシスコ(カリフォルニア州)2万7,187人、ロサンゼルス(カリフォルニア州)2万6,438人、ネープルス(フロリダ州)2万2,100人、ワシントンDC1万5,520人、ヒューストン(テキサス州)1万4,883人、フィラデルフィア(ペンシルベニア州)1万2,833人、フォート・マイヤーズ(フロリダ)1万1,889人。

出所:マイ・ムーブ調査結果から作成

また、ベイエリアのテック企業の従業員を対象に実施されたアンケート(注3)によると、「在宅勤務開始以降、ベイエリア外へ移転したか」という質問に、15%が「移転した」と回答した(回答者数:3,334人)。さらに、未移転の回答者に「好きなだけ在宅勤務ができるなら、ベイエリアからの移転を検討するか」と聞いたところ、「移転を検討する」との回答が59%に上った(回答者数:2,418人、図2参照)。ベイエリアからの人口流出には、こうしたテック系人材の移動も寄与しているとみられる。さらにテック業界では、ヒューレット・パッカード・エンタープライズやオラクルなど大手テック企業が、本社をベイエリアから移す動きもみられるようになってきた(2020年12月21日付ビジネス短信参照)。

図2:ベイエリアからの移転に関するテック系企業の従業員の意識
「在宅勤務開始以降、ベイエリア外へ移転したか」という質問に対して、回答者3,334人のうち、15%が「はい」、85%が「いいえ」と回答した。また、「好きなだけ在宅勤務ができるなら、ベイエリアからの移転を検討するか」という質問に対して、回答者2,418人のうち、59%が「はい」、41%が「いいえ」と回答した。

出所:ブラインド調査結果から作成

コロナ後も在宅勤務が定着・拡大する可能性も

新型コロナウイルス感染の再拡大を受け、カリフォルニア州では2020年12月に入り、地域単位の自宅待機令(2020年12月9日付ビジネス短信参照)が発令された。12月現在、州内の多くの地域で、在宅勤務ができない重要なインフラ部門(注4)以外の企業は、在宅勤務が求められている。しかし、新型コロナ禍が終息しこうした経済制限措置が解除されたとしても、在宅勤務は維持または拡大する可能性がある。ジェトロが11月に在カリフォルニア州の日系企業向けに実施したアンケート調査(注5)で今後の勤務体制を聞いたところ、半数以上(55%)が、新型コロナウイルスの完全終息後に「オフィス勤務と在宅勤務を組み合わせた勤務体制を検討している」と回答した(2020年12月4日付ビジネス短信参照)。地域別には、ベイエリア(60%)は、ロサンゼルス都市圏(51%)よりもその割合が高かった。

また、ベイエリアの地域目標として、長期的に在宅勤務の拡大が図られる可能性もある。都市交通委員会(MTC、注6)が策定中のベイエリアの長期ビジョン「Plan Bay Area 2050」では、目標の1つに「排出ガスの削減」を掲げた。2020年12月にMTCが発表した最終計画に関する資料によると、2015年時点で通勤手段の71%を占める「車」の割合を2050年までに53%に減らし、その分を公共交通機関や徒歩・自転車での通勤、在宅勤務の拡大で代えることを目指す、とした。環境対策の一環として、在宅勤務の活用が位置付けられたかたちだ。今後の在宅勤務に関係する政策の行方が注目される。


注1:
サンフランシスコ湾を囲む9郡(サンフランシスコ、サンマテオ、サンタクララ、アラメダ、コントラコスタ、ソラノ、ナパ、ソノマ、マリン)を含む地域の総称。ベイエリアの人口は2018時点で約775万人(米国勢調査局)、域内総生産は1兆364億ドル(米商務省経済分析局)。ベイエリア日系企業調査の動向については、ジェトロの「ベイエリア(北カリフォルニア)日系企業実態調査2020年」も参照。
注2:
サンフランシスコ、アラメダ、コントラコスタ、サンマテオ、サンタクララの5郡。
注3:
人材関連プラットフォームを運営するブラインドが実施。調査結果は、2020年8月に発表された。
注4:
必要不可欠なインフラ部門に該当するのは、医療関係、緊急サービス部門、食品・農業、エネルギー、上下水道、輸送・物流、情報通信など。
注5:
調査実施期間は11月16~20日。回答企業数は284社。回答企業には、現地在住の日本人が起業した会社など、日本に本社を構える企業の現地法人以外も含まれる。
注6:
ベイエリア9郡の輸送機関の計画策定や資金調達などを担う公的機関。各自治体幹部も参加する。MTCは、Metropolitan Transportation Commissionの略。
執筆者紹介
ジェトロ・サンフランシスコ事務所
石橋 裕貴(いしばし ゆうき)
2011年、ジェトロ入構。海外調査部(2011年~2016年)、ジェトロ沖縄(2016年~2018年)を経て、2018年7月より現職。