目的と対象者拡大の経緯
トランプ米大統領のDEI廃止の影響(前編)
2025年4月14日
米国のドナルド・トランプ大統領は2025年1月20日、連邦職員の業績評価を含む連邦雇用慣行は個人の積極性や技能、業績、勤勉度に基づくべきだとし、連邦政府の多様性、公平性、包摂性(DEI、注1)プログラムを終了する大統領令に署名した。これまで推奨されてきたDEIへの取り組みとは逆行するため、DEIに対する方針を維持または変更すると発表する企業も出始めている。前編ではまず、米国におけるDEIを理解するために、DEIの成り立ちや本来の目的、対象者が拡大した経緯、2020年以降の取り組みなどについて説明する。後編では、トランプ政権のDEI対応や今後の展望について解説する。
DEIの始まりと対象者の変化
米国におけるDEIの始まりは、1961年にジョン・F・ケネディ大統領(当時)が連邦政府の請負業者向けに出した大統領令からだといわれている(2023年8月31日付地域・分析レポート参照)。この大統領令はアファーマティブ・アクション(積極的格差是正処置、以下、AA)と呼ばれ、「応募者が人種、肌の色、宗教、性別、国籍に関係なく平等に」扱われることを目的としていた。ここで「平等に」とされているのは、当時の米国では、全ての産業での雇用対象が事実上ほぼ全員白人男性であったという背景がある。食料品店や百貨店では白人が接客し、黒人の仕事は清掃などに限られていた。政府機関でも、例えば警察官と消防士の応募資格はほとんどの地域で白人男性に限られていた。
1966年には、前年に成立した雇用機会均等委員会(EEOC)が、従業員50人以上の連邦政府請負業者と従業員100人以上の民間企業雇用主に対し、雇用している人種的・民族的マイノリティと女性の数を記した報告書を毎年提出することを義務付けた。このころ、黒人の雇用は、大部分が低賃金の職種に制限され、ヒスパニック系の雇用は1970年代に入っても深刻に制限されたままであった。
民間の職場におけるAAの採用が考慮される中、連邦最高裁判所は1978年、高等教育の場でもAAを用いて多様性を図ることができるとの判決を下した。このころから、「AA」という言葉は、徐々に教育機関と関連付けられるようになった(2023年8月31日付地域・分析レポート参照)。一方で、企業では、このような取り組みを1980年代からDEIなどと呼ぶようになった。政府は民間企業に対してDEI方針設置を義務付けてはいないものの、推奨はしてきた。
また、1960年代当初、AAの対象者は、人種的・民族的マイノリティと女性だったため、白人男性以外となっていた。その後、DEIなどと名称が変わった1980年代からは、性的マイノリティ(LGBTQ+)も含まれるようになったため、今日では、事実上の対象者は異性愛者の白人男性以外となった(注2)。
AAの違憲判断と連邦政府のDEI廃止の大統領令
DEIはもともと、不公平に白人男性が引き立てられて採用されるという米国の社会で、多様性・包括性を図るために、同じような資格や業績を持つ全ての人々に平等な雇用機会を提供することを目的としていた。ところが、恩恵を受ける対象者が拡大されるにつれ、これが今日では、対象となっていない異性愛者の白人男性に対する差別につながっていると解釈する動きが出始めた。このような中、2023年6月29日に最高裁が大学でマイノリティの入学枠を設けるAAは違憲だと判断し、2025年1月には、連邦政府がDEIを禁止する大統領令を出した。
企業による2020年以降のDEIへの積極的な取り組みと縮小
2020年代に入り、2025年1月に大統領令が発布されるまで、企業におけるDEIの取り組みには様々な動きがあった。企業でのDEI関連の求人数は、ブラック・ライブズ・マター運動が発生した2020年5月以降に急増したものの、2021~2022年には減少した。新型コロナ禍以降の売り上げ鈍化がDEI推進の取り組みに打撃を与えたとの見方もあったが、企業が時代の流れに乗ってDEIを取り入れたものの、実際には真摯(しんし)に取り組んではいなかったことが要因だったとの見方もある(2023年8月31日付地域・分析レポート参照)。
2022年に、人事用ソフトウエア企業のレバーが全米の企業500社と従業員1,000人を対象に実施した調査によると、66%の企業は、DEIの方針を満たすことだけを目的として面接をしたことがあると回答した。また、従業員の32%が、雇用主によるDEIへの取り組みは採用過程の表向きのものだけで、実際には重視されていなかったと回答した(「インク」2022年11月21日)。
最高裁のAA憲法違反が契機に
2023年6月に米国連邦最高裁判所が大学でマイノリティの志願者を優先的に入学させるAAを憲法違反と判断してから、これが職場でのDEIの取り組みにどのように影響するか注目されてきた。DEI関連の雇用は先述のとおり2021~2022年に減少したものの、「ワシントン・ポスト」紙に提供された人事用ソフトウエア企業レベリオ・ラボのデータによると、その後伸びを見せ、2023年初頭にピークを迎えた。だが、最高裁の判断前後に再び5%減少し、2024年に入って8%減少した。このころ、ズーム、メタ、テスラ、ドアダッシュ、リフト、ホームデポ、X(旧ツイッター)などは、社内のDEI部門を50%以上縮小したと報じられている。雇用関連情報サイトのHRダイブによると、最高裁の判断を受け、企業はDEIへの取り組みが訴訟の対象となる可能性も考慮しなければならなくなったと指摘している。
連邦政府に対しても、2024年3月18日には、テネシー州のジョナサン・スカーメッティ司法長官が24州(注3)共同で、米労働省(DOL)のミシェル・バジンスキー政策開発・調査部長に向け、同省の全米技能実習制度にDEIを組み込むという規則案は、議会の権限を超え、違法に人種差別を助長し、平等な米国の理想に反するものだとして抗議文を送っている(ジョナサン・スカーメッティ司法長官発資料参照(460KB))。
DEI反対派による企業への圧力
DEIへの取り組みが必ずしも肯定的には捉えられなくなりつつある中、DEI反対派による企業への圧力が目立ち始めた。各米主要メディアは、ロビー・スターバック氏が大企業に圧力をかけたことが、企業によるDEI縮小の要因の1つとなったと考えられると報じている。同氏は、2024年の6月初めから、「ウォーク(woke)」(注4)やDEIに反対し、SNS上で活動している。同氏の圧力によりDEIへの取り組みを縮小した企業には、トヨタ、日産、フォードなどが含まれていると報じられている。
他には、「真の資本主義を擁護し、『woke』による米国企業の支配に反対」することを目的として、保守派シンクタンクのナショナル・センター・フォー・リサーチが2007年に発足したフリー・エンタープライズ・プロジェクト(FEP)が、2022年から米大手通信会社のAT&Tに異議を唱える報告書を提出していた。この報告書は、AT&TがDEI方針を使って人種、性別、性的指向などを重視して採用する方針に懸念を示したもので、FEPは2025年1月、交渉の結果、AT&TがDEIを縮小したことに対して「正しい方向に進んでいる」と発表した。
- 注1:
- Diversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包摂性)の頭文字のDEIにAccessibility(障がい者などに対するアクセス可能性)を含めてDEAI、DEIA、IDEAなどとも呼ばれているが、本稿では、大統領令に合わせてDEIに統一する。
- 注2:
- 性的マイノリティに関しては、ジョー・バイデン前大統領が大統領就任初日の2021年1月20日に、性自認および性的指向を理由とした差別を撤廃する大統領令に署名し、その一環として、職場での当該差別も禁止した(2022年3月28日付地域・分析レポート参照)。
- 注3:
- アラバマ、アーカンソー、フロリダ、ジョージア、アイダホ、インディアナ、アイオワ、カンザス、ケンタッキー、ルイジアナ、ミシシッピ、ミズーリ、モンタナ、ネブラスカ、ノースダコタ、オハイオ、オクラホマ、サウスカロライナ、サウスダコタ、テネシー、テキサス、ユタ、バージニア、ウエストバージニアの24州。
- 注4:
- 「Wake(目覚める)」の過去形で、本来は、米国社会で黒人に対する政治的な差別に敏感な意識と自覚を持つこと、または持つ人、という意味だった。今日では、黒人以外の人種的・民族的マイノリティと女性、LGBTQ+に対する差別反対者も「woke」と自称する。これに対し共和党ら保守系は、人権運動を起こす人々を否定的に極左として批判する際に、「woke」という言葉を使っている。
トランプ米大統領のDEI廃止の影響
- 目的と対象者拡大の経緯
- 社会的背景・事例・展望

- 執筆者紹介
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ジェトロ・ニューヨーク事務所
吉田 奈津絵(よしだ なつえ) - 在米の公的機関での勤務を経て2019年からジェトロ入構。