社会的背景・事例・展望
トランプ米大統領のDEI廃止の影響(後編)

2025年4月14日

米国のドナルド・トランプ大統領は2025年1月20日、連邦政府の多様性、公平性、包摂性(DEI)プログラムを終了する大統領令に署名し(2025年1月28日付ビジネス短信参照)、1月21日には、連邦政府全ての省庁に対し、民間企業のDEIに基づく取り組みの撲滅にも働きかけるよう指示した。

連邦政府のDEI廃止に連動した州政府

連邦政府の動きに合わせて、DEI廃止を発表する州知事も出始めている。1月31日には、テキサス州のグレッグ・アボット知事(共和党)が州政府の機関におけるDEI導入を廃止する知事令に署名した(グレッグ・アボット知事ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。続いて、アーカンソー州のサラ・ハッカビー・サンダース知事(共和党)は2月3日、DEIを廃止すると解釈できる内容の知事令に署名した。2月18日にはミズーリ州のマイク・キーホー知事(共和党)も、州政府機関におけるDEI導入を廃止する知事令に署名した(マイク・キーホー知事ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。同時期にサウスカロライナ州で提出された法案は、全ての州政府機関は「違法なDEI」の優遇、強制、政策、プログラム、および活動に立ち向かわなければならないとした。同州の地元メディアは、DEIを支持する企業は同州と取引をすることはできなくなるだろうと示唆している。

他方、逆の姿勢を取っている州政府もある。2025年1月10日には、イリノイ州のクワメ・ラウル司法長官が、13州(注1)共同でウォールマートに対し、同社がDEIへの取り組みから脱却する計画を発表したことについて、懸念を表明する書簡を送った(クワメ・ラウル司法長官発資料参照PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(441KB))。書簡には、ボイコットや訴訟など、企業収益に悪影響を与える脅迫から、DEIへの取り組みに背を向けるという決断に至ったのかもしれないが、多様性の経済的利益などもう一方の側面を考慮しなかったことを懸念している、と書かれている。ウォールマートの本社はアーカンソー州にあり、前述のとおり、同州では州政府機関におけるDEIを廃止している。そのような州において、州政府と相違した思想でビジネスを続けることは難しかったのかもしれない。トヨタも、本社は州政府機関におけるDEIが廃止されたテキサス州にあり、日産は、州政府機関におけるDEIの廃止案が提出されているテネシー州に位置する。

DEIを推奨する動きも根強い

全米黒人地位向上協会(NAACP)によると、黒人消費者の購買力は年間1兆8,000億ドルを超える。NAACPは2025年2月、「黒人消費者向けアドバイス」で黒人の消費者に対し、「警戒と情報の入手を怠らず、経済的な決断は常に意図的に下し、企業や組織から説明責任を求めるために団結するよう」呼びかけた。NAACPはウォールマートを、アマゾン、グーグル、マクドナルド、メタ、ターゲット、トラクターサプライと共に、DEIを縮小した7社の企業としてリストアップした。NAACPは逆に、DEIへの取り組みを再表明した企業として、アップル、ベン・アンド・ジェリー、コストコ、デルタ航空、E.L.F.ビューティーの5社を挙げた。

DEIで恩恵を受ける対象となっているLGBTQ+の購買力も大きい。米国のヒューマン・ライツ・キャンペーン財団(HRC、2022年3月28日付地域・分析レポート参照)は2024年9月、Z世代成人の30%近くはLGBTQ+で、LGBTQ+の消費者の購買力は1兆4,000億ドルに上るため、企業がDEIから早々に退くことは、収益と従業員の定着の面で有害であると発表した。また、HRCが2024年8月に、全米から集めた2,432人のLGBTQ+の成人を対象とした調査によると、企業がDEIを縮小した場合、回答者の75.7%が企業に対する好感度が下がる、80.1%が企業に対してボイコットを起こすと回答している。

LGBTQの文化政治情報誌「アドボケート」は2024年10月、「ここ数年、世界有数のブランドが、『反woke』である保守派からの反発に屈しているのを目の当たりにした」「多くの企業にとって、LGBTQ+に適応したブランド再構築は、期間限定の同盟表明で、ほとんどがいつでもすぐに取り消せるマーケティング戦略にすぎなかった」と報じた。

DEI方針の決定に関わるさまざまな要素

今日のDEIの対象は、異性愛者で白人男性以外の人全てとなっている。そのため、黒人擁護団体のNAACPとLGBTQ+擁護団体のHRCが、各企業のDEIへの取り組みを図る基準は必ずしも同じとは限らない。実際に、NAACPがDEIへの取り組みを縮小したとしてリストアップした7社のうち、アマゾン、グーグル、マクドナルド、メタ、ターゲットの5社は全て、HRCの企業平等指数(Corporate Equality Index)(2022年3月28日付地域・分析レポート参照)の2025年版(注2)では、満点の100点を獲得している。

これまでにDEI方針を縮小する決断に至った企業の特徴には、(1)トランプ政権の政策方針に沿う活動をしている場合、(2)本社が所在している州の政府機関のDEI方針が廃止された、または廃止案が出されている場合、(3)外部からDEI方針を維持していることに関して批判され、圧力をかけられた場合、が挙げられる。DEIを縮小した企業はこれら3つのうち、1つ以上が当てはまっているとみられる。(1)に関しては、トランプ氏に対して選挙資金を寄付していたアマゾンとメタが、DEI方針を縮小した企業の例として挙げられる。

今後のゆくえ

トランプ氏は2025年1月21日、民間企業のDEI方針の撲滅に働きかけるよう連邦政府の省庁に対して指示した。司法長官に対しては、関係省庁と協議した上で、民間企業によるDEIの廃止を奨励するための適切な措置を講じる勧告を含む報告書を、3月24日までに大統領補佐官(国内政策担当)に提出するよう命じた。また、トランプ氏が1月20日に発令した、連邦政府におけるDEIを考慮した採用を廃止する大統領令に関しては、メリーランド州の連邦地方裁判所により2月21日、一時的に阻止された。しかし、バージニア州に拠点を置く米連邦控訴裁判所は3月14日、この判断に反対し、トランプ政権がDEIプログラムの廃止を一時的に実施できると述べた。

今後、これら司法判断がどのように動いていくか注目されるが、どちらに転んでも、米国社会でDEIを反対する動きと、推奨する動きが併存することに変わりはない。DEIは一概には言えないさまざまな要素が組み合わさった課題だ。企業が今後、DEI方針を再構築する過程において、DEIに関するあらゆる取り組みの中で、企業として何が重要かを熟考していく必要がある。


注1:
カリフォルニア、コネティカット、ハワイ、イリノイ、メーン、メリーランド、マサチューセッツ、ミネソタ、ネバダ、ニュージャージー、ニューヨーク、ロードアイランド、バーモントの13州。
注2:
2025年版は、2024年4~6月に調査実施。DEIの取り組みを縮小すると発表した企業の中には、縮小の1つとして、この企業平等指数への協力をとりやめたところもある。

トランプ米大統領のDEI廃止の影響

  1. 目的と対象者拡大の経緯
  2. 社会的背景・事例・展望
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所
吉田 奈津絵(よしだ なつえ)
在米の公的機関での勤務を経て2019年からジェトロ入構。