スリランカ、政府・企業レベルで進む人権尊重の取り組み
アジアのサプライチェーンにおける人権尊重の取り組みと課題(7)
2021年10月18日
スリランカでは、本特集に合わせて、民間レベルで尽力する企業に焦点を当て、人権に配慮した取り組みの実態を確認した。人権上の課題としては、製造業の主な輸出先である欧米の法規制への対応、女性の賃金引き上げによる労働参加の拡大がある。ヒアリングを行った企業は、製造・調達において自社の行動規範の順守、バイヤーが求める労働基準や環境基準の順守などに取り組んでいた。特に、国際的な基準や欧米の基準に対応する取り組みが見られた。
人権に関連する国家行動計画を策定
スリランカでは、1996年に制定された人権委員会法(Human Rights Commission Act)に基づき、1997年に人権委員会が設置された。同委員会の主な役割は、スリランカの憲法に規定されている基本的な人権の順守促進とモニタリング、そして政府の国際人権基準の順守促進となる。
スリランカでは、「ビジネスと人権に関する国連指導原則」に基づく国家行動計画(NAP)がまだ策定されていない(注1)。しかし、人権全般にかかる国家行動計画「National Action Plan for the Promotion and Protection of Human Rights (NHRAP)」は2011年から作成されており、第1回は2011~2016年(1.84MB)、第2回は2017~2021年(5.45MB)が対象となっている。NHRAPでは、女性の権利、子供の権利、国内避難民の権利など、権利ごとに計画が策定されており、労働者の権利もこの中に含まれている。2017~2021年のNHRAPでは、以下の7つの項目を労働者の人権にかかる目標としている。
- 全ての職場における労働衛生の確保
- 16~18歳の危険で有害な児童労働の撤廃
- 迅速な労働争議の決着
- 特定大学卒業生を対象とする公務義務期間規定の修正(注2)
- 義務教育年齢と労働にかかる最低年齢の一致
- インフォーマルセクター(契約に基づかない雇用)労働者の実効的な保護
- 家内労働者の保護
児童労働に関して、2020年にUSAID(米国国際開発庁)が発行した報告書によると、スリランカでは約4万人の子供が児童労働を行っていると推計されている。その多くが危険で有害な労働に従事している、と指摘している。スリランカ政府は、2021年1月には法改正(Employment of Women, Young Persons and Children Act、女性、青年、子供雇用法)を行い、雇用可能な年齢を14歳以上から16歳以上に変更した。また、児童労働にかかる新しいガイドラインを全国の県の職員に配布し、16~18歳の危険で有害な児童労働の撤廃に取り組んでいる。同国の児童労働数は、2008年と2016年の比較で減少している(注3)。
欧米規制への対応、女性の労働参加がカギ
スリランカにおけるサプライチェーン上の人権尊重の取り組み課題として、(1)欧米における法規制への対応、(2)女性の賃金引き上げによる労働参加の拡大、の2つが主に挙げられる。それぞれを以下に説明する。
(1) 欧米における法規制への対応
近年、英国、フランス、オランダ、ドイツ(注4)において、強制労働・児童労働を含む人権リスクのデューディリジェンス(予見可能なリスクに対する分析調査)を自国企業に課す法律(906.58KB)が制定・施行されている。一方、米国では、2012年にカリフォルニア州でサプライチェーン透明化法が施行された。スリランカの輸出先の39%が欧州、28%が北米である。今後も欧州・北米を中心にサプライチェーン上の人権保護が法制化される傾向が続くと考えられる。スリランカの各企業は欧米のクライアントが設ける発注の基本要件に準じて各種取り組みを行っており、ビジネス持続のためには今後も継続した取り組みの強化が必須となっている。
(2) 女性の賃金引き上げるによる労働参加の拡大
スリランカにおいては、男性と比べて女性の労働参加率が大変低いことが長年の課題となっている。最新の労働統計(24MB)によると、男性の労働参加率は73.0%であるが、女性は34.5%だった(2019年)。労働参加率は、2011年の数値(男性:74.0%、女性:34.3%)と比較しても改善していない。女性の労働参加率の低さの背景には、女性の賃金の低さや家庭での女性の役割の多さがある。国際労働機関(ILO)が2016年に実施した調査(3.23MB)によると、スリランカの民間セクターにおいて、女性の賃金は男性の賃金よりも30%~36%低い。また、同調査報告書では、退職した500人の女性にインタビューした結果、女性の家事労働の負担が労働市場への参加を阻む一因になっている、としている。
なお、関連として、スリランカの失業率のデータも確認しておきたい。図からは、年間失業率は4~5%で推移し、2018年以降、男女ともに失業率が緩やかな上昇傾向にあることが分かるが、注目したいのは男女の失業率の違いだ。おおむね、女性の失業率が男性の約2倍で推移している。このことからしても、女性の労働参加が課題であることが分かるだろう。
日系企業だけでなく、現地企業も人権への配慮を重視
スリランカにおける企業の人権への取り組みの具体的動向を調査するために、ノリタケランカポーセレン、トロピカルファインディングス、YKKランカ(以上3社は日系企業)、リニアアクア(現地企業)にヒアリング調査を行い、ブランディックス(現地企業)についてはデスクトップ調査を行った。
- 事例1:ノリタケランカポーセレン
日系陶磁器メーカーのノリタケランカポーセレンは、労働安全衛生の基準を満たしていることを示すISO45001を取得している。また、毎年、Great Place to Workの調査を受け、従業員による会社への信頼度を検証・確認している。調達先に対しては、ガイドラインや国際的な基準に沿っているかを質問票で確認している。原材料の調達先である鉱山において、健康上・環境面での問題がおきていないかも確認している。 - 事例2:トロピカルファインディングス
宝飾品部品を製造する日系企業であるトロピカルファインディングスは、CSR(企業の社会的責任)方針、人権方針、地域開発方針を有している。意見を表明した個人が追跡されない中立性と独立性を保った苦情処理メカニズムとして、意見箱と苦情窓口を設置している。調達先にも自社の行動規範の順守を求め、仮にコストが高くても行動規範を順守している企業を調達先としている。宝飾業界の団体である「責任ある宝飾のための協議会」が発行する行動規範の資格を取得し、環境と人権に配慮した鉱物を使用している。 - 事例3:YKKランカ
日系ファスニング製品メーカーの現地法人YKKランカは、YKKグループの「善の循環」とグループの経営理念を基本として、環境方針、YKKグループ人権方針・中期安全衛生基本方針などを定めている。CSR担当者とコンプライアンス委員会を設置し、従業員へのセクハラ・パワハラにかかる教育を毎年行っている。調達先の9割がグループ内企業だが、グループ外企業に対しては国際的な基準の順守を監査で確認している。バイヤーからの評価の向上を目指し、近年はアパレル関連企業の製造における環境負荷、労働環境をもとにサステナブル・アパレル連合(SAC)が製品、施設、ブランドを評価する指標Higg Indexの数値(特に環境分野の数値)の向上に取り組んでいる。フランスのスポーツブランドメーカーのデカトロンや米国のウォルマートなど各バイヤーが求める基準の順守や、監査(GAP Quality Audit、SEDEX Compliance Audit)の実施も行なっている。 - 事例4:リニアアクア(スリランカ)
海外向け水着メーカーのリニアアクアは、人権方針と環境方針、コンプライアンス方針、労働・人事、労働安全衛生に関する基本方針を有する。バイヤーが要求する資格〔WRAP、WCA(Work Place Assessment)〕を必ず更新するようにしている。自社方針は、掲示板への掲示や従業員へのハンドブックの配布を通じて従業員に周知している。調達先の選定に際しては、バイヤーの監査で基準を満たした企業が、バイヤーから提示される。 - 事例5:ブランディックス(スリランカ)
スリランカ大手アパレルメーカーのブランディックスの縫製工場の多くは、WRAPの3段階評価のうち最上位の認証であるプラチナ資格を有している。WRAPの12の原則は、国内法の順守、強制労働の廃止、児童労働の廃止、ハラスメントや嫌がらせの禁止などから成る。また同社は、労働衛生・安全向上に向けた取り組みのロードマップを作成し、ワークショップやプログラムを実施しており、現在、ISO45001の取得を計画(ブランディックスSustainability Report 2019 - 2020資料参照(4.37MB))している。
欧米企業とのビジネス関係が素地
スリランカの主要輸出先国である欧米諸国においては、人権リスクへのデューディリジェンスの義務化や、サプライチェーンの透明性に関する法制化が進められており、欧米のサプライチェーンにベンダーとして組み込まれている在スリランカ企業としては、これら欧米の動きに逐次対応していかねばならない立場にある。かねてローカル企業や日系企業をはじめとした海外進出企業などが、前述の事例紹介からも分かる通り、人権・環境・コンプライアンス・従業員の健康などに対して真摯(しんし)に対応してきたのは、欧米クライアントとの関係維持・ビジネス持続のための裏返しでもある。企業は自社のビジネス展開のために、国が定める人権全般にかかる国家行動計画を念頭に置きながら、欧米クライアントの要求に応えつつ、人権尊重への取り組みを継続していくことが今後も重要になってくる。
- 注1:
- UNDPとEUが、Business and Human Rights in Asia: Enabling Sustainable Economic Development through the Protect, Respect and Remedy Framework (B+HR Asia)プロジェクトを通じて、スリランカ政府によるビジネスと人権にかかるNAP策定を支援している。
- 注2:
- 同国の「必須公務法(Compulsory Public Service Act)(1961年)」によれば、特定の公立大学卒業者(主に医大生)には5年間の公務従事が義務付けられており、違反には罰金が伴う。同国の公立大学は入学金、学費ともに無料であり、現在も医学生については、国費で教育を受けたからには公立病院に勤務して国民に奉仕すべきであるという考え方が残っている。ただし、同法律は実際には厳格に適用されておらず、医大生に公立病院での勤務を強制したり、違反した場合に罰金を課したりする事例はない。政府は2017年に策定した人権全般にかかるNHRAPにおいて、ILOの強制労働の禁止の協定を精査して同法律を改定する方向で検討している。
- 注3:
- 詳細は、国際労働機関(ILO)資料(1.09MB)を参照。なお、女性、青年、子供雇用法改定にあわせて、工場法(Factories Act)、最低賃金法(Minimum Wages Act)、店舗・事務所労働者法(Shop and Office Employees Act)も、勤労開始年齢の引き上げなど、年齢にかかわる部分が改正された。
- 注4:
- 各国の施行年は以下のとおり。英国:2015年、フランス:2017年、オランダ:2022年、ドイツ:2023年。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・コロンボ事務所 所長
糸長 真知(いとなが まさとも) - 1994年、ジェトロ入構。国際交流部、ジェトロ・シドニー事務所、環境・インフラ担当などを経て、2018年7月から現職。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・コロンボ事務所
ラクナー・ワーサラゲー - 2017年よりジェトロ・コロンボ事務所に勤務。