現代奴隷法、報告書から読み取る企業の取り組み(オーストラリア)
アジアのサプライチェーンにおける人権尊重の取り組みと課題(4)

2021年10月7日

新型コロナウイルス禍のオーストラリアで、現代奴隷法(Modern Slavery Act 2018)に基づく最初の報告書の提出・公開が始まった。同法は、被害者搾取の手段として威圧や脅迫、だましなどにより、人の自由を侵害する現代奴隷(modern slavery)に対応するためのもの。企業は、リスク評価の手法などを報告する義務がある。

本稿では、提出された報告書から分かった企業の取り組み状況とともに、オーストラリアでの現代奴隷をめぐる動きを紹介する。

初めての報告書提出に基づく公開を開始

オーストラリアでは、なおも新型コロナウイルス感染拡大の影響が続く。その中で、2019年1月1日に施行された現代奴隷法に基づく最初の報告書の提出・公開が始まった。同法は、オーストラリア国内で事業を行い、傘下の事業体を含む年間収益が1億オーストラリア・ドル(約81億円、豪ドル、1豪ドル=約81円)を超える企業などを対象に、サプライチェーンとそのオペレーションにおける現代奴隷のリスクを評価・分析し、報告することを義務付けている(2021年6月30日付地域・分析レポート参照)。会計年度にあわせた事業年度を採用している企業の場合、2019/2020年度(2019年7月~2020年6月)が最初の報告対象期間になる。本来、その報告期限は6カ月後の2020年12月末だった。しかし、コロナ禍により、2021年3月末まで延長されていた。

提出された報告書は、内務省のデータベース(The Modern Slavery Statements Register外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)上で一般公開されている。2021年7月9日時点で、2,214件が確認される。以下、公開されている報告書などから確認された当地大手企業の事例を紹介する。

  • 小売り大手ウールワースは、マレーシアのサプライヤーでミャンマーからの移民労働者が雇用手数料の負担を強いられていたことを確認した。また、同社が扱う53の食品分野のうち魚介類、ココア、ナッツをはじめとする9分野で、また138の非食品分野のうち木綿、家具、縫製などの5分野で、過度の強制労働リスクが確認された。
  • ウェスファーマーズは、事業のアウトソーシングや労働派遣企業の利用から現代奴隷のリスクが高まっていると報告した。また、カンボジアでの人身売買、マレーシアやインドネシアでの強制労働や外国人労働者の搾取、バングラデシュやベトナムでの過度の残業など、複数の国で特定のリスクを確認した。 なお同社は、ハードウエア販売バニングス、ディスカウント販売Kマートなどを傘下に持つ複合企業。
  • 百貨店大手マイヤーは、プライベートブランド(PB)の製造に携わるサプライヤー約350社のうち、274社とその工場411カ所で監査を実施。その結果、過度の残業や安全性向上の必要性など、73件のリスクの高い問題を特定した。なお、同社のPBは、バングラデシュ、中国、インド、インドネシア、パキスタン、スリランカ、タイ、トルコ、ベトナムなど17カ国の工場で製造されている。また、その約8割は中国にあるという。
  • 鉄鉱石採掘大手フォーテスキュー・メタルズ・グループのアンドリュー・フォレスト会長は公共放送ABCのインタビューの中で、同社のサプライヤーのうち少なくとも12社で現代奴隷のリスクが確認されたことを明らかにした。また、フォレスト氏は中東のサプライヤーを訪れた際、労働者18人がパントリー(キッチンに隣接する収納用の小部屋)よりも小さい部屋で寝起きし、最低限の食事を与えられているだけで、パスポートを没収されて逃げ出すこともできない状態にあったことを確認した、と述べた。

日系企業による報告書は107件

日系企業については、2021年7月9日時点で107件の報告書が公開されている。鉱物資源、自動車、機械、金融・保険、不動産、電子・電気機器、情報通信など業種は多岐にわたる。報告書の作成に1年ほどかけた企業もあった。サプライチェーン全体の可視化のため、日本本社と海外拠点や工場などとの連携が不可欠なことがその一因だ。施行後初めての報告書ということもある。サプライヤーに対しては、アンケート調査などでコンプライアンスチェックを行っている企業が多かった。全てのサプライヤーへの調査を完了するのに半年近くを要した事例もあった。また、サプライヤーとの契約に現代奴隷に関する条項を導入している企業も多い。リスクを最小限に抑える観点から、現代奴隷法が適用されている有名サプライヤーに限定して取引を行っている企業も見受けられた。

日系企業をはじめ企業の報告書作成を支援する会計事務所A社によると、現代奴隷法の適用対象となる事業体の定義がそもそも難解だ。その結果、報告主体となる事業体やその傘下となる事業の範囲を決定するのが最初の課題になる。同法には罰則規定がない。しかし、投資家や株主がESG(環境・社会・ガバナンス)を重視する傾向が強まっていることから、企業はどこまでコストをかけて対応するかの判断を迫られることになるという。さらに、大手日系企業のように幅広い事業分野を持ち、広範なサプライチェーンを有する企業の場合、サプライチェーン上のリスクの特定はさらに複雑化する。A社はまた、同法が毎年の報告を義務付けていることから、期待されるデューデリジェンスのレベルが次第に引き上げられていく可能性を指摘した。すなわち、企業はより踏み込んだ対応を求められることがありうることになる。なお、日本の法律と違い、オーストラリアでの法律規定には概念的なものが多い。その場合、具体的な制限事項などが不明確なため、日系企業は同法を理解する段階から困難に直面することがあるという。

企業の対策に改善余地ありとの指摘

ESGを専門とするコンサルティング企業フェア・サプライは、提出された報告書446件を分析した。その結果、半数以上の企業が基本的な対策としてサプライヤーとの契約に現代奴隷に関する条項を取り入れていることが分かった。また、75%の企業が内部通報制度を設けているものの、実際に制度が利用されたことを報告した企業はわずか3%だったという。

また、オーストラリア退職年金投資家協会(ACSI)がオーストラリア証券取引所(ASX)に上場する主要企業151社の報告書を分析した調査では、ほとんどの企業が最小限の情報開示にとどまる。すなわち、1次サプライヤー(Tier1)から先は掘り下げたリスク分析・評価が実施されていないと指摘した。また、多くの企業はサプライチェーン上のリスクだけにフォーカスし、企業運営における一般的なリスクの確認がなされていないともした。

現代奴隷法の効果的なエンフォースメントのため、連邦政府は2020年5月、専門家諮問グループを設立した。同グループはオーストラリア商工会議所(ACCI)、オーストラリア産業グループ(Aiグループ)、オーストラリア・ビジネス評議会(BCA)、国連グローバル・コンパクト・ネットワーク・オーストラリア(GCNA)、オーストラリア弁護士連合会(LCA)を常任理事とし、産官学の専門家10人が参加している。2020年6月以降、6回の会合を開催し、オーストラリア企業による海外サプライチェーン上のリスクへの対応や、報告書から読み取れるコンプライアンスの傾向、新型コロナ感染拡大による影響などについて議論している。なお、工場の閉鎖や注文のキャンセル、人員削減、サプライチェーンの再構築など、新型コロナ感染拡大によって生じた問題が現代奴隷のリスクを増大させる可能性があるとして、連邦政府は企業向けのガイダンスを提供している。

現代奴隷法の見直しや別法案の動きも

最大野党・労働党は、中国・新疆ウイグル自治区での強制労働などの人権侵害に対して厳しい態度を示すべき主張。罰則の導入によって現代奴隷法を強化し、サプライチェーンの透明性を高める必要があると強調する。これに対し、マリス・ペイン外相は「オーストラリアは、新疆ウイグル自治区での人権侵害に関して、英国などの国際的なパートナーの深刻な懸念を共有している」とした。ただし、現代奴隷法については「2022年に見直しが行われる」と述べるにとどまった。

なお、連邦議会のレックス・パトリック上院議員(無所属)は2020年12月、新疆ウイグル自治区での強制労働に関連する製品の輸入を禁止する新たな法案を提出した。法案付託を受けた上院外交・防衛・貿易委員会は2021年6月17日に報告書を公表。「地理的起源にかかわらず、強制労働に関連する製品の輸入を禁止するため、税関法の改正を推奨する」と結論付けた。その後、修正された法案が6月24日に上院へ提出されている。

オーストラリアでは現代奴隷法への対応が始まったばかりだ。しかし、人権問題に対する企業の取り組みに向けられる視線は、世界的にも厳しくなっている。企業は、法改正やエンフォースメント強化などの動向に留意しつつ、現代奴隷のリスクに対する認識を高め、リスクマネジメントの強化に取り組む必要がある。

執筆者紹介
ジェトロ・シドニー事務所
住 裕美(すみ ひろみ)
2006年経済産業省入省。2019年よりジェトロ・シドニー事務所勤務(出向) 。