運用面:キーワードから見る原産地手続き
深化を続ける日EU・EPA(2)

2020年3月24日

日・EU経済連携協定(以下、「EPA」)は、発効から1年となる2月までに協定内容の明確化が進み、企業が利用しやすくなった(2020年3月24日付地域・分析レポート参照)。深化を続けるEPAを概観する2回シリーズの後編の本稿では運用面に焦点を当て、在欧州日系企業やEU加盟国の税関当局、関係機関へのヒアリングから読み取った実務上の改善点と残る課題などについて報告する。

専門委員会での検討などを通じて手続きの明確化が進む

前編で取り上げたように、2019年6月26日に原産地規則と税関に関連する事項に関する専門委員会第1回会合が開催され、日本とEU双方が手続きの改善を約束した。例えば、日本はEU側から輸入申告時に税関に提出する貨物の原産地に関する説明(EPA第3.16条3)の簡略化を求められていた。専門委員会での合意を受けて、日本税関では2019年8月1日から、輸出者が作成した自己申告文以外に、輸入者が原産品であることの追加的な説明ができない場合、追加の説明は不要とすることなど手続きを見直した。また、EUは原産地申告における各種の定義の明確化を求める日本の要請を受け、EPAの運用に関するガイドラインの見直しや追加をすることに専門委員会で合意し、これを受けて2019年12月16日付でガイダンスを更新した(2019年12月26日付ビジネス短信参照)。このガイダンスでは、例えば、輸出者が原産地に関する申告をインボイス以外の「その他の商業上の文書」に記載する場合、どのような書類への記載が有効となるかを例示している。

キーワードから見る日EU・EPA原産地手続き運用上の課題

発効からの1年間で、EPA特恵関税適用のための諸手続きは簡略化や明確化が進んできたと評価できる。EPAへの企業のポジティブな評価はアンケート結果などからも読み取れる。ジェトロ「2019年度 欧州進出日系企業実態調査」によると、「日EU・EPAが与える影響」について、日EU間で輸出または輸入取引があるEU進出日系企業406社の64.3%が「メリット大」と回答。他方、ジェトロによるヒアリング(注1)では、ポジティブな評価に加え、EPA原産地規則について適用上の課題も幾つか指摘された。以下では、ヒアリングを通じて浮かび上がってきたEPA原産地手続きのキーワードを紹介する。

1.複数回輸送における原産地申告

EPA第3.17条5項(b)に基づき、輸出者が作成する原産地に関する申告は、同一の産品の2回以上の輸送に適用することができる(原産地に関する申告に記載する12カ月を超えない期間内に行われる場合に限る)。つまり、同一の産品であれば、1回目の輸送時に作成した原産地に関する申告に記載した期間内であれば、2回目以降の輸入申告では1回目の申告文を使用することができる。EUのガイダンスPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます) (95KB)によると、日本からEUへの輸出で複数回輸送の規定の適用を受けるには、輸入者は輸入申告の際に所定のコードを入力し、関連する商業上の書類を所定の期間保管すればよく、2回目以降の貨物の商業書類に原産地に関する申告を含める必要はない。

この規定は、輸送頻度の高い企業にとっては、原産地に関する申告の作成を省略できるため、EPAの利用手続きを簡略化する手段となり得る。ヒアリングでは、この規定を利用してEUに輸入する日本企業も一部加盟国で散見されるが、総じて少ない。日系企業などにEPA利用のアドバイスを行うドイツの商工会議所の担当者は「非常に効果的なルールなので、利用企業が出始めているのは非常に望ましい。他方、使わない企業は規定への認識が不足しているか、当局による確認(verification)を警戒していると思われる」と述べている。他の加盟国でも、ヒアリングした複数の税関当局における同規定の利用例はほとんど確認されていないかわずかだった(注2)。加盟国税関からは「複数回輸送の対象は同一の産品でなくてはならないため、例えば多くの部品から加工されている産品では、調達部品が変更になる場合もあり、その場合にはこの制度の利用は難しい」(ベルギー)とのコメントがあった。さらに、複数の加盟国の税関担当者が「それぞれ輸入申告ごとに原産性の証明が完結しているほうが確認の上ではシンプルだ」と述べ、複数回輸送の利用は原産品であることの確認(以下、検認)を複雑にするとの見解を示した。同規定はEUにとって、EU・カナダ包括的経済貿易協定(CETA)で初めて導入され(注3)、日本が2例目で実例も少ないことから、制度として十分浸透していないのが実情とみられる。

2.輸入者の知識

日EU・EPAでは、EPAに基づく関税上の特恵待遇の要求は、輸出者による原産地に関する申告のほか、産品が原産品であることについての輸入者の知識に基づいて行うことができる(EPA第3.16条2項および第3.18条)。同規定はEU、日本双方にとって初めて設けられたルールだ(注4)。

ヒアリングによると、輸入者の知識に基づく要求の利用頻度についての税関当局の認識は、加盟国によって異なった。経済規模の比較的大きい加盟国では「輸出者による申告が圧倒的に多い」「日本からの輸入で(輸入者の知識が)用いられた例はほとんど把握していない」との見方だった一方で、中小規模の加盟国では「輸入申告ベースでは相当数の利用がある」(注5)との例もあった。

輸入者の知識に基づく要求を行うためのEUへの輸入申告時の手続きは、欧州委員会のガイダンス(339KB)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)によると、所定のコードを記載するのみでよく、輸出者による自己申告のような申告文の作成は不要という利点がある。ただし、検認の対象となった場合、輸入者は当該輸入品が原産品であることについて十分な情報を提供しなければならない。通常、原産性に関する情報は生産者(輸出者側)が持っているため、「輸入者の知識による要求は親子会社間での貿易など、輸出者と輸入者間で情報を共有できる関係にある場合に限られる」と税関当局もみている。

少なくない企業が輸入者が十分な情報を提供できるか不確かなため、輸入者の知識に基づく要求の利用をためらっているとみられる。ドイツのある日系現地法人(輸入者)は、親子会社間取引で輸入者の知識に基づく要求を行おうとして、税関当局に対して「輸入者は通関時に全ての情報を持っているわけではないが、親会社と電子データベース上でつながっており、必要な時には輸入者側で証拠書類を検索・抽出できる態勢になっている。この状態で、輸入者の知識による申告は可能か」と尋ねた。ドイツ当局からは「その証拠書類が英語で、当局が内容を理解できるのであれば問題ない」という回答があり、前述のデータベースは日本語だったため、輸入者の知識による申告の利用を断念したとのことだった。この事例のいきさつを添えて、ジェトロが申告可否をあらためて複数の税関当局に意見を求めたところ、恐らく同様の回答となるとのコメントだった。

輸入者の知識に基づく要求は、現状では企業側も当局側も運用のあり方を模索している段階にあるようだ。既にこの方式を用いて特恵関税の適用を受けている日系企業(輸入者)の場合、「事前に税関当局と、検認の際にどのような情報を提供すれば十分か、念入りに打ち合わせた」という。輸入者の知識に基づく要求を用いる場合は、輸入者が日ごろ税関当局とコミュニケーションを図れる関係にあることが望ましいと言えるだろう。

3.特恵関税の遡及的(そきゅう)適用

EUの連合関税法典(UCC:Union Customs Code)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます では、特恵関税の遡及的適用を認めている(第56条2項と3項)。日EU・EPAでは遡及的適用に関する規定は設けられていない〔経過規定(第3.29条)を除く〕ため、日系企業からはEPA発効時点では適用が認められるか不安視する見方があった。現在は、UCCに基づく遡及的適用がEPA利用上も可能なことがEUのガイダンス(原産地に関する申告)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(482KB)上に明記されている。

他方、今回ヒアリングを行った国や企業から得た情報の範囲であるが、日系企業からは「遡及的適用を受けるための手続きが税関により異なる」といった運用上の課題が指摘されている。ある加盟国税関は「遡及的適用に基づく関税の還付手続きは各税関窓口で対応しているのが実状で、中央税関では必ずしも実務の全体像を把握できていない」と認めており、現場対応に委ねられている一面がうかがわれた。この点、欧州委の税制・関税同盟総局からは「現在、遡及的適用の通常の手続きのあり方を整理している段階にあり、均一化できる点があれば改善していきたい」とのコメントがあった。

4.原産品であることの確認(検認)

輸入国の税関当局は、EPA第3.21条以下の規定に基づき、輸入産品がEPA上の原産性を満たしているかの確認を行うことができる。EPAでは、輸入国税関による検認はまず必ず輸入者に対して行われる。その上で、輸出者による原産地に関する申告に基づく場合、輸入国の税関当局は追加の情報が必要と認める場合には輸出国の税関当局に情報提供を要請することができる(第3.22条2項)。輸出国の税関が関与する検認制度は、日本が締結するEPAでは初めてだ。また前出の輸入者の知識に基づく要求も初めて導入されたため、検認の内容も明確とは言い難い。EPAの利用に当たり、検認への不安感がハードルの1つになっていることは否めない。

ヒアリングを行った時点でヒアリング対象の当局はいずれも、2019年の検認実績をまとめていなかったが、欧州委員会が「日EU・EPAの適用において検認の実施は極めて限られているという認識」と述べたのをはじめ、加盟国税関からも「日本、カナダなど対先進国の協定では検認の件数は少ない」(スペイン)、「日本の税関当局に(検認の)協力要請をした実績はない」(ベルギー)といった声が聞かれた。他方、「日本に限らず、新しい協定が発効した時は、軌道に乗るまで正しい運用がなされているかを慎重に確認する傾向にある」(英国)という当局の見解もあった。検認を実施する税関当局の人的資源は限られており、一般特恵制度(GSP)の適用国など途上国からの輸入に人員を割かざるを得ないのが実情という点ではどの加盟国も共通しており、過度な懸念を持つ必要はないだろう。

なお、ある税関当局では「複数の港を経由した輸入であることは、検認の対象となり得る合理的な疑い(reasonable doubt)(注6)の要素を強める可能性がある」と指摘している。この点、欧州委員会は「第三国で加工が行われるなど、積送基準を満たしていなければ当然原産性は失われるが、第三国を経由すること自体は問題ではない」とし、上記の可能性を否定している(2019年12月26日付ビジネス短信参照)。しかし、他の税関当局からも、「税関として、特定の港から来た貨物について警戒を高めているという点は否定しない」「第三国にある程度の長期間(例えば1カ月以上)保管されていたとすれば、税関としてはEPA適用の妥当性について慎重に判断せざるを得ない」などの声があり、特定の第三国からの貨物に対しては通常より慎重に対応しているのが実態のようだ。

今後も深化する日EU・EPA

このように、日EU・EPA利用の幅はこの1年で広がりつつある。中でも、輸入者の知識に基づく特恵関税適用の要求は、EPA発効前にはこれを利用すると述べた日本企業はヒアリングの範囲では皆無だったが、現在は一定の利用が確認されている。協定に規定された選択肢から利用企業が最善の方法を選ぶという望ましい状況が生まれつつある。今後も制度をめぐる日EUの対話と、企業と税関による運用の両面でEPAが一層深化していくことが期待される。


注1:
2019年10月~2020年3月にかけて、欧州委員会と加盟国税関、商工会議所、日系企業に対し実施。加盟国、企業名が特定されることを避けたいとの要望が多くあったため、その場合には情報元を伏せている。
注2:
ヒアリングした中で、統計が得られたベルギーでは2019年、EPA特恵関税適用の要求する輸入申告の約1%で複数回輸送に基づく申告が行われていた。
注3:
CETAでは原産地に関する議定書第19条(5)で規定されるが、EU側の公表ガイダンスPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.2MB)によると、1月時点でカナダからEU向けの輸出者は同規定を利用できないとされている。
注4:
同じ概念ではないものの、日オーストラリアEPAの自己申告制度には類似する規定があり、日EU・EPAにも影響を与えた可能性がある。(ジェトロ地域・分析レポート「TPP11と日EU・EPAの原産地証明制度の相違点」注7参照)
注5:
ヒアリングによると、当該国では日EU・EPAに基づく特恵関税適用の要求の約45%が輸入者の知識に基づく要求だった。割合は大きいものの、輸入者の知識に基づく要求を行った企業は「自動車産業および農産物・食品業など数社」によるという。
注6:
EPA上、原産品であるかの確認(検認)は「危険性を評価する方法(無作為抽出を含む)」によって行われる。EUでは、危険性を評価する方法には大きく分けて、無作為抽出と、「合理的な疑い」が存在する場合の2つがある。

深化を続ける日EU・EPA

  1. 制度面:専門委員会などで分野別の対話進む
  2. 運用面:キーワードから見る原産地手続き
執筆者紹介
ジェトロ・ブリュッセル事務所
安田 啓(やすだ あきら)
2002年、ジェトロ入構。海外調査部国際経済研究課、公益財団法人世界平和研究所(現・中曽根康弘世界平和研究所)研究員、海外調査部国際経済課などを経て、2019年から現職。