国民IDシステムの利活用に期待、日本企業に商機も(アフリカ)
アフリカICT産業 現地レポート(2)

2019年10月10日

アフリカ諸国では、国民IDシステム構築に向けた官民の取り組みが活発化している。南アフリカ共和国のヨハネスブルクでは、同国内務省主催の「第5回ID4Africa Movement 2019」が6月18~20日に開催された。テーマには「サービス拡充のためのIDエコシステムの形成」が掲げられ、世界95カ国から政府や国際機関、民間企業の関係者ら約1,500人が参加した(注)。国民IDシステムの普及およびその利活用のための協力促進、導入に当たって考慮すべき課題について議論されており、特に各国政府や企業などが進める最新の取り組みや課題について取り上げたい。

国民へのサービス向上やビジネス活性化に期待

6月18日に開催された開会セレモニーでは、ID4Africaのジョゼフ・アティク事務局長、アーロン・モツォアレディ内務相、ナレディ・パンドール外務相が、南アの国民IDシステム整備の現状と期待について言及した。

アティク事務局長は、国民IDシステムはアフリカで非常に重要な技術であると述べ、「先進国やアフリカ諸国および国際機関の取組について情報共有して、自国の施策に生かしてほしい」と、本会議の目的を改めて参加者に訴えた。モツォアレディ内相は、南アでの国民ID登録推進の取り組みについて説明、「ICT(情報通信技術)や国民IDを活用することで、多くの国民がさまざまなサービスを享受できるようになり、ビジネス活性化や雇用創出にもつなげたい」と、今後の取り組みへ意気込みを表した。パンドール外相は、国民IDの活用により、現在ばらばらに行われている政府関連サービスを、ワンストップでできるようにすることも重要、と指摘。また内務省では、スマートIDカードを活用したオンライン・シングルウィンドーサービスである「eHomeAffairs」というサイトを構築しており、これらを活用して南アにおける第4次産業革命を進めていきたい、とした。


ナレディ・パンドール南ア外務相のスピーチの様子(ジェトロ撮影)

確実に進む国民IDシステム整備の裏に予算確保やセキュリティ対策の問題も

国民IDシステム構築に向けた、アフリカの主要国の動きはどうか。各国のIDシステムの開発における経験と、そこから見えてきた課題、今後のロードマップについて見ていく。

  • 南アフリカ共和国
    チュラニ・マブソ内務省事務局長代理によると、アフリカ諸国における多くの政府が抱えている課題として、十分な予算確保が困難なこと、デジタル化されていない古いシステムとオフィスの取り扱い、国民IDの盗難やなりすまし、未登録者への対応が挙げられるという。国民IDを活用した電子政府システム構築のためには、セキュリティ基盤が確立されたシステムが必要不可欠だ、と強調した。
    現在、南アのほとんどの都市には、国民IDサービス提供オフィスが設置されている。2013年からは、安全なスマートIDカードも導入。さらには、国家個人認証システム(NIS)で各種情報を一元管理し、各種市民サービスに活用している。このような積極的な取り組みの一方、セキュリティ対策により多くの投資を行い、犯罪・汚職が少なく、安全で早くて安いサービス提供をすることで、さらなる国民活力の向上を実現していきたい、と意欲を示した。
  • ケニア
    ロバート・ムゴ情報通信技術省次官からは、当初バラバラのシステムであったパスポート情報や、出入国情報などの個人情報を一元化するべく進めてきたプロジェクトについて、説明があった。ケニアでは2018年に国家統合個人情報管理システム(NIIMS)を設置。指紋認証による国民データベースを構築する、国家プロジェクトが進められているという。具体的には、各省横断的な管理委員会を設置し、すべての国民に単一のIDを付与、各種政府データベースの一元化によるシングルウィンドー化などを進めている。犯罪者やテロリストの特定など国家安全保障にも活用し、農業補助金、送金、健康、教育などの情報を収集して国民の経済活動の把握にも役立てているとのこと。課題は、南アと同様に、情報の誤登録、なりすまし、ネットワークの高速化などだ。
  • ナイジェリア
    国家個人情報管理委員会(NIMC)事務局長兼最高経営責任者であるアリユ・アジーズ氏からは、ナイジェリアでの国民IDシステムの整備について、言及があった。指紋情報を活用し、特定企業の技術に偏らないよう技術中立性を重視しており、セキュアなデータベースを構築しているとのこと。課題の1つは、データの重複を管理したり削除したりするのに、コストと時間が非常にかかっていることだという。今後は、政府内での連携強化を進めており、今後3~5年で国民IDシステムを完成させ、全国民のデータ収集することを目指す。また、国民IDに関する法制度の強化、強固な基盤システムの構築、多種多様なサービスへのアクセス促進を進めていく予定。このような国民IDの整備を通じて、デジタルペイメントやデジタルガバナンスなど各種デジタルサービスの活発化による、投資、社会経済、国際競争力の強化にもつなげる。なお、ナイジェリアでは、パスポートなどの公的申請、口座開設、保険購入、税金の支払い、学校への入学の際には、国民IDを利用することが義務付けられている。
  • ルワンダ
    ルワンダにおいても、データベースによる国民情報登録システムの構築を行っている。国家個人認証局(NIDA)のジョセフィン・ムケシャ事務局長は「ルワンダでは、指紋認証による国民IDカードの発行、リアルタイムID検索処理の達成を目指しており、既に1,150万人(総人口:約1,220万人)が登録し、その99%が指紋認証による国民IDカードを持っている」と、国民IDシステムの高い普及率を明らかにした。今後は、バラバラに構築された既存システムで、国民ID情報統合のための法整備が必要になるとのこと。
    政府のみならず、関連団体や民間企業も国民IDシステムに注目している。

インドの個人認証関連団体モジュラー・オープンソース・アイデンティティ・プラットフォーム(MOSIP)のサンジャイ・ジェイン委員長は「アフリカの国民IDシステムは、各国がそれぞれ多種多様な独自のシステムを構築しようとしている。これは国民IDシステム間の相互運用性の欠如を招く畏れがあり、国民ID関連サービスを提供・拡張する際にコスト高が懸念される」とした。一方で、「独自システムを構築するのではなく、オープンソースプラットフォームを構築すれば、さまざまな異なる国民IDサービスを相互に運用・提供することが可能となる。また、オープンソースプラットフォームであれば、国際標準化されているため、コマーシャルライセンスが不要、カスタマイズも容易、プライバシー・セキュリティ関係も国際的にバグ取りができていて強固、各国独自システム・サービスへ拡張することも容易、人口増大時にスケールアップすることも容易となる」と、今後について助言した。

アクセンチュアのダニエル・バッケンハイマ―総括は、デジタルIDが世界のトレンドとなっているとした上で、「信頼性がなく、アナログな国民IDを使うと、金融包摂、経済成長、人材育成が停滞するとともに、ID盗用・乱用の可能性が非常に高い」と、その危険性について言及した。また信頼性が高い上に、取引内容がしっかり確認でき、さまざまなデジタルIDサービスへの活用が可能な、ブロックチェーン技術の活用を提案した。同社では、ブロックチェーンによるデジタルIDを活用した医療情報管理、運動情報管理、保険証明、ライドシェア、サプライチェーンなどのプロジェクトを実施しているという。

アフリカにおける国民IDとその利活用サービスに期待

現地では、国民IDシステムの整備の必要性だけでなく、国民IDを活用した具体的な利活用サービスについても、検討が進められている。中でも、携帯電話を活用したデジタルIDへの関心の高さがうかがわれた。ブロックチェーンやオープンソースプラットフォームを活用した国民IDシステムについても、多くの発表がなされた。企業側は、アフリカ各国でも固有の技術に拘泥しないシステム(技術中立性)が導入されることで、各先進国と同様のサービスが展開できるようもくろんでいるように思われる。一方で、セキュリティ対策などの課題は山積しており、高度な生体技術などを有する日本企業がこれらを補うことができれば、アフリカにとって有望なパートナーとなり得るのではないだろうか。わが国においても、マイナンバー整備が進められており、それらの知見を活用・共有することによって、アフリカにおける国民ID関連サービスへの参入を検討することも、一考の余地があるだろう。


注:
参加者数は登録ベース。

※本調査は総務省「平成31年度アフリカにおける情報通信・郵便分野の情報収集・調査事業」の一環として実施したもの。

執筆者紹介
ジェトロ・ヨハネスブルク事務所
川崎 大佑(かわさき だいすけ)
2018年8月より現職。