中国最新経済動向(1)変革期にある消費とイノベーション
在中国事務所長による経済動向セミナーより

2018年10月23日

ジェトロは9月27日、東京で「中国最新経済動向セミナー」を開催した。同セミナーではジェトロの上海、広州、成都事務所の各所長が、各管轄地域の最新経済動向などについて紹介、終了後には「各地の特性と日本企業のビジネスチャンス」をテーマとしてパネルディスカッションが行われた。本レポートでは、ジェトロ上海事務所の小栗道明所長とジェトロ広州事務所の天野真也所長の講演を紹介する。

ジェトロ上海事務所の小栗道明所長は、華東地域の経済概況や消費市場の最新動向について解説した。


ジェトロ上海事務所の小栗道明所長(ジェトロ撮影)

華東地区の経済規模は一国に匹敵

華東地域(上海市、江蘇省、浙江省、安徽省)の経済データ(注1)を世界と比較した場合、人口は2億2,205万人で5位、GDPは2兆6,228万ドルで6位、輸出額は7,968億ドルで日本を上回り4位、輸入額は5,394億ドルで8位となっている。

2018年第2四半期のGDPは全国平均(6.8%)よりも高い伸びとなった。このうち、最も伸びが大きかったのは安徽省(8.3%)で、デジタルエコノミーなどで注目されるアリババなどIT企業が集積する浙江省(7.6%)が2位となった。上海市(6.9%)と江蘇省(7.0%)も全国平均を上回り、足元の景況感は悪くない。

社会消費品小売総額(省市別、2016年)をみると、トップの広東省は最下位のチベット自治区の約100倍と地域格差が大きい。一方、都市住民の平均可処分所得(省市別、2016年)をみると、トップは上海市で、北京市、浙江省、江蘇省、広東省が続く。ほとんどの省市が上海市の約半分の水準にまで上昇しており、住民間の格差は縮小しているといえる。

消費市場を牽引する新世代

中国ではショッピングモールの建設が活発であり、2017年は全国504カ所で新規開業し、総面積は4,600万平方メートルを超え過去最大規模となった。一方で需要と供給のギャップや業界間の競争の激化により、新規プロジェクト数の伸び率は鈍化している。2017年に新設されたショッピングモールは主に3、4級都市(地方都市)に集中し、数量・面積ともに60%近くを占めた。華東地域をみると、2017年は202カ所のショッピングモールが開業し、商業面積の増加分は1,850平方メートル(前年比7.3%増)となった。このうち、上海市が最も多く、34件のプロジェクトの総面積は262万2,000平方メートル(16%増)となった。特に郊外エリアでの発展が目覚ましく、近年は体験型の店舗づくりを重視しているものが多い。また、上海市では同市に「初出店」する企業の誘致にも注力しており、2017年に上海市に初出店した店舗数は中国に初出店した店舗の約半分の226店舗(前年の2.2倍)に達し、2018年第1四半期も72店舗に上っている。

拡大を続ける中国の消費市場を牽引しているのは「80後」(1980年代生まれ)や「90後」(1990年代生まれ)の新世代である。1人当たりの年間消費金額(2017年)は「80後」が6万1,974元(約99万1,584円、1元=約16円)、「90後」が5万6,676元(約90万6,816円)で、「70後」(1970年代生まれ)の3万5,107元(約56万1,752円)を大きく上回る。新世代は収入が決して高いわけではないが、不動産収入を得ている親から支援を受けるなど、消費が活発化している。中国の新世代の消費についてはジェトロのレポート「CHINA'S NEW GENERATION '80 '90 '00 ―中国の新世代:80年代~00年代のライフスタイル―」で詳細を確認できる。

最後に中国のイノベーションについて紹介する。2010年に中国のイノベーションランキングは43位だったが、2018年には17位に上昇した(注2)。行政区別の特許数をみると、北京市、上海市、深セン市の3都市に集中している。これら3都市の特許申請において、深セン市ではほとんどが民間企業による申請であるのに対し、北京と上海では公的研究機関や大学も一定割合を占める。また、特許の技術分野をみると、深セン市はITに集中しているが、北京市や上海市では化学、医薬・医療、エレクトロニクス、機械など幅広い分野に分散している。日本ではイノベーションに関しては深セン市に注目が集まりがちだが、他の地域についてもフォローする必要があろう。

華東地域においては各地でスタートアップ、イノベーション関連のイベントが相次いで開催されている。2018年はフィンランド発のSLUSHが上海で、米国発のTech Crunchが杭州などでそれぞれ開催されている。人工知能(AI)分野においても、2018年9月に中国IT主要企業の第一人者が一堂に会する「2018世界人工知能大会」が上海で開催された。会期中、上海市は「人工知能のハイレベルな発展推進を加速することに関する実施弁法」を公布し、人材、技術、資金面で支援を行っていくことを発表した。

中国企業は技術力よりもスピード感を重視

続いて、ジェトロ広州事務所の天野真也所長は、深セン市のイノベーションとグレートベイエリア構想について、講演を行った。


ジェトロ広州事務所の天野真也所長(ジェトロ撮影)

天野所長は、深セン市の競争力の源泉として以下の3点を挙げた。

  1. 巨大な電子部品の集積があること。
  2. 巨大な電子部品の集積を利用するハードウエアサプライチェーンやエコシステムが完備されていること。
  3. 華為技術やテンセントなどの大手民営企業が積極的にスタートアップ企業を支援していること。

次に、日系企業が深セン市の企業とどのようにすればつながれるのかについて、日系企業による深セン市企業への評価を中心に、以下の3点を挙げた。

  1. 資金力が豊富で、資金提供をしようにも他の企業からの資金提供が決まっていることもある。
  2. 商品を開発後のレイターステージのプロジェクトのものが多い。
  3. 華僑などの中国人によるスタートアップ事例が圧倒的に多い。

また、天野所長は、深セン日本商会の会員数が減少傾向にあることについて触れ、現状では、日本企業が現地のスタートアップ企業と具体的なビジネスを展開する事例は極めて少ないと指摘した。

ジェトロも深セン市企業とのマッチングなどを目的に、さまざまなイベントを行っている。これらのイベントに参加した中国企業は、日系企業の持つ技術力は有望としつつも、対応スピードが遅いと指摘する。天野所長は、日本企業と中国企業が協力する際には、技術よりも、中国企業と同じスピード感を持って一緒に進められるかが重要とした。

香港もイノベーションに積極的

ベイエリア構想は、広東省、香港、マカオの連結性を高めるプロジェクトで、2017年7月1日、香港返還20周年に合わせて、同構想の枠組み協定である「広東・香港・マカオ協力深化によるビッグベイエリア建設の協力枠組み協定」が締結された(2018年5月22日付地域・分析レポート参照)。2018年9月23日に開通した、広東省と香港を結ぶ「広深港高速鉄道」など、インフラ関連プロジェクトが目を引くが、それ以外にも、市場の一体化やイノベーション・産業の発展、協力プラットフォームの構築など、7つの協力重点項目および具体的な協力分野が明示された。

ここで注目すべきは、同構想がイノベーションの発展に大きくかかわっていることだ。

現在、中国大陸と比較して、香港の経済におけるプレゼンスは低下している。経済規模では既に上海市と北京市に抜かれ、深セン市にも差を詰められている。香港の産業構造をみると、第三次産業が中心となっており、香港人の起業意欲も低い。加えて、香港人は一般的にあまり変化を好まず、これまでどおりの生活水準が維持できれば満足と考えている人も多いといわれている。

現在、キャリー・ラム行政長官を中心とした香港政府は、前述のような「現状」への安住に危機感を持っており、香港の競争力向上に向け、政府の関与が必要と考えている。イノベーション分野では、2022年までにGDPに占める研究開発支出の比率を1.5%に引き上げること、イノベーション産業育成のために2018年度予算から500億香港ドル(約7,250億円、1香港ドル=約14.5円)を拠出することなどを打ち出している。

現状、深セン市には、日中の具体的なスタートアップの取り組み事例はないが、中国のデジタル社会への取り組みに日本企業も注目していく必要がある。

天野所長は以上のように述べ、日本政府もスタートアップ企業を支援する方針を示す中、日本企業は強みと弱みを把握し、中国を含むその他のエコシステムとの積極的な関係構築を継続することが重要とした。


注1:
いずれも2016年データ、中国国家統計局、IMF World Economic Outlook、UNCTAD Statisticsの発表値に基づき算出。
注2:
WIPO “The Global Innovation Index”より。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中国北アジア課
方 越(ほう えつ)
2006年4月、ジェトロ入構。展示事業部海外見本市課、金沢貿易情報センターを経て2013年6月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中国北アジア課
楢橋 広基(ならはし ひろき)
2017年4月、ジェトロ入構。同月より現職。