エネルギー安全保障の確保にむけた世界各国・地域の動向多方面外交で活路を探るASEAN
中東情勢のASEANへの影響(4)
2026年7月7日
2026年2月以降の中東情勢の緊迫化は、ASEAN各国に対して、エネルギー調達という喫緊の課題を突きつけた。こうした中、ASEAN各国は、エネルギー安全保障を巡る対外政策を急速に多角化させている。日本との連携やロシアとの接近など、多方面外交を同時並行で進めている。本稿では、2026年3月から6月にかけての各国の動きを整理する。
日本とASEANの連携深化
2026年3月13日に開催されたASEAN経済大臣会合(AEM)リトリート(非公式会合)の共同声明
(147KB)では、中東情勢の緊張激化に強い懸念が示されるとともに、エネルギー安全保障の強化に向けて、「対話パートナー(日本など)との協力」を進めることが確認された。その後、日本とASEAN各国との二国間連携が具体的に動き出している(表1参照)。
フィリピンでは、4月30日に自民党の岸田文雄元首相が、マニラでフェルディナンド・マルコス大統領およびシャロン・ガリン・エネルギー相と会談した。中東情勢を踏まえ、エネルギー安全保障・経済成長・脱炭素を同時に実現する「アジアゼロエミッション共同体(AZEC)」(注1)の重要性を確認するとともに、再エネ利用の導入推進や、2026年11月に予定される第4回AZEC首脳会合の共催に向けた協力強化で一致した。
さらに、経済産業省とフィリピン・エネルギー省は5月下旬、日本主導の金融支援枠組み「パワー・アジア」(注2)のもとで、フィリピンの「戦略的燃料備蓄(SPR)プログラム」の策定を支援する共同声明を発表した(経済産業省ウェブサイト参照
)。東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA)が事前調査を実施し、早ければ年内にも支援計画をまとめる予定としている。今後は、官民でのEPC(設計・調達・建設)参画も視野に、JOGMEC、JBICといった日本の政府系機関に加え、商社やエンジニアリング企業の関与も検討されている。
さらに、日ベトナムの連携では、「パワー・アジア」の第1号案件として、日本貿易保険(NEXI)を通じた同国の原油調達への金融支援が決定した。本件は、高市早苗首相が5月2日、訪問先のハノイで、日ベトナム首脳会談の共同記者発表で公表した。ベトナム国内での石油製品の精製を促すことで、日系企業のサプライチェーン維持や、日本向け医療物資の安定供給への貢献が期待されるとしている。
このように、日本のアプローチは、二国間の資源取引にとどまらず、ERIAやJBICといった多国間・政府系機関を活用し、地域の制度設計や金融支援を通じて地域全体の体制強化を後押しするものだ。エネルギー調達の文脈を超えた、経済安全保障上の戦略的関与とみることができよう。
一方、ASEAN側がエネルギー供給国として、日本との連携を深める動きもみられた。高市首相は6月10日、マレーシアのアンワル・イブラヒム首相と会談し、日本は液化天然ガス(LNG)のほか、医療用手袋などの石油関連製品や肥料原料の安定供給継続を要請した。これに対し、アンワル首相は、マレーシアの国営石油会社ペトロナスが、JERAに対し、2028年から年間最大200万トンのLNGを20年間供給することで合意したと言及した(注3)。また、両首脳はエネルギー安全保障とエネルギー移行に関する協力を推進するため、意向表明文書にも署名した(経済産業省ウェブサイト参照
)。
| 時期 | 日本との連携 | ロシアとの接近 | その他 | |||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 事象 | 主な連携内容 | 事象 | 主な連携内容 | 事象 | 主な連携内容 | |
| 3月 | — | — | フィリピン:ロシアから原油輸入再開 | ペトロンがロシア産原油の購入を発表 | AEM共同声明(ASEAN全体) | 「対話パートナーとの協力」を通じたエネルギー安全保障強化を確認 |
| — | — | ベトナム・ロシア首脳会談 | 原子力発電や石油・ガス協力などにおける二国間協力を強化 | — | — | |
| 4月 | 岸田元首相のフィリピン訪問 | 再エネ利用推進、11月の第4回AZEC首脳会合(予定)の共催に向けた協力 | インドネシア・ロシア首脳会談 | ロシアからの原油調達、エネルギー協力 | マレーシア・オーストラリア首脳会談 | エネルギー安全保障の強化。ペトロナスの余剰燃料をオーストラリアに優先供給、オーストラリアから鉱物購入など |
| AZEC+オンライン首脳会合開催 | 「アジア・エネルギー・資源供給力強靱(きょうじん)化パートナーシップ(パワー・アジア)」の立ち上げを発表 | タイ:農業協同組合相が、ロシア副首相らと会談 | ロシアから尿素肥料を優遇価格で輸入する計画について協議 | — | — | |
| 5月 | 経済産業省とフィリピン共和国エネルギー省との備蓄協力に関する共同声明 | フィリピンの「戦略的燃料備蓄(SPR)プログラム」の策定を支援 | — | — | インドネシア:フランス首脳会談 | エネルギー転換・重要鉱物・産業の下流化投資などの分野での連携強化 |
| 日ベトナム首脳会談 | 日本貿易保険(NEXI)を通じて、原油調達を金融支援 | — | — | 第48回ASEAN首脳会議 | 中東情勢への対応共同声明を採択。APSA強化、調達先多様化、地域共同備蓄研究推進などを確認 | |
| 6月 | 日マレーシア首脳会談 | LNGや医療手袋などの日本への安定供給。エネルギー安全保障・エネルギー移行に関する協力推進 | マレーシア・ロシア首脳会談 | ロシアからのエネルギー供給(継続) | インドネシア:UAE大使と会談 | サプライチェーン強化、食糧安全保障、産業の下流化で投資拡大 |
| — | — | ASEANロシア首脳会談 | エネルギー協力に関する共同声明。エネルギー安全保障、エネルギー転換に向けた協力拡大 | — | — | |
注:筆者が情報収集し得た範囲内であり、網羅的ではない。
出所:各国政府発表および各種報道などからジェトロ作成(2026年6月末時点)
ロシアへの接近、実利優先の外交選択
中東情勢の緊迫化を受け、ASEAN各国では燃料調達先としてロシアへの関心が高まっている。ロシアによるウクライナ侵攻後も、ASEAN各国の多くは、国連での対ロシア非難決議に賛成しつつも、シンガポールを除き対ロ制裁を科していない。この基本スタンスが、エネルギー危機下で、実利的なロシアへの接近を可能にしたと思われる。
まず、複数の報道によれば、フィリピンは3月にロシア産原油の輸入を5年ぶりに再開した。石油元売り大手ペトロンが、248万バレルのロシア産原油を購入し、「前例のない地政学的混乱への特例的非常措置」であるとしつつ、重要な調達先の1つとして位置付けた。
ベトナムも3月下旬にファム・ミン・チン首相がモスクワを訪問し、ウラジーミル・プーチン大統領と会談した。ベトナム政府は、会談に先立って、ロシアを「エネルギー安全保障を確保する上での戦略的パートナー」と位置付け、原子力発電や石油・ガス協力における二国間協力の強化に向け、複数の協定に両国が署名する予定と述べた(注4)。
インドネシアでは、プラボウォ・スビアント大統領が4月13日、モスクワでプーチン大統領と会談し、エネルギーや経済分野での協力強化で一致した(注5)。現地報道によれば、その後、インドネシア政府は会談の成果として、優遇価格で最大1億5,000万バレルのロシア産原油を調達すると発表した。バフリル・エネルギー・鉱物資源相も4月26日、インドネシアの燃料油消費量が1日当たり約160万バレルであるのに対し、依然として、1日約100万バレルを輸入していることに言及するほか、単一国への依存を避けるため、供給源の多様化が必要との認識を示した(注6)。
また、タイ政府の発表(注7)によれば、4月13日、スリヤ・ジュングランルンキット農業協同組合相が、ロシアのドミトリー・パトルシェフ副首相らと会談し、最大200万トンの尿素肥料を優遇価格で輸入する計画について協議した。
マレーシアでも、アンワル首相が6月17日にプーチン大統領と会談し、エネルギー供給を巡るロシアの支援に謝意を表明した(注8)。 こうした各国の動きを集約したのが、6月18日にロシア中部カザンで開催されたASEAN・ロシア首脳会議だ。同会議で採択された「エネルギー協力に関する共同声明
(40.8KB)」は、ロシアをASEANの主要エネルギーパートナーと明記している(表2参照)。また、石油・ガス・LNG・電力分野における貿易・投資の拡大を通じたエネルギー供給の安全確保と多様化、戦略的備蓄の改善に加え、再エネ・原子力・水素を含むエネルギー転換に向けた協力拡大でも合意した。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 前文・背景 | ロシアをASEANの「主要エネルギーパートナー(major energy partner)」として認識。地政学的緊張・サプライチェーン混乱・市場変動に起因するエネルギー不安に強い懸念を表明。 |
| (1)エネルギー供給の安全確保・多様化 | 石油・ガス・LNG・電力の貿易・投資・長期商業パートナーシップの拡大を通じ、エネルギー供給の安全確保と多様化を強化する。 |
| (2)危機対応・強靭性の強化 | 情報共有・共同研究・調整の強化を通じた危機対応力の向上。戦略的備蓄・備蓄慣行の改善に向けた協力を探求する。 |
| (3)エネルギー転換への協力拡大 | 水力・バイオエネルギーなどの再エネ、水素、原子力、天然ガス・LNG、省エネ・低炭素技術など幅広い分野で、共同プロジェクト・技術協力を拡大する。 |
| (4)民生用原子力協力 | 国際的な安全基準・保障措置・不拡散基準に従い、民生用原子力(小型モジュール炉含む)の協力分野を特定・推進する。 |
| (5)連結性・インフラ強化 | ASEANパワーグリッド(APG)、トランスASEANガスパイプライン(TAGP)、ASEAN石油安全保障枠組み協定(APSA)を支援。エネルギー輸送・貯蔵への共同調査・投資を探求する。 |
| (6)APAEC 2026-2030との整合 | ASEAN・ロシアの協力枠組みを、ASEAN行動計画(APAEC 2026-2030)と整合させる。 |
| (7)制度的連携の深化 | 定期的な高レベル対話・知見交流・共同研究・能力構築を通じた制度連携の強化。エネルギー専門家の育成・研修プログラムの推進。 |
| (8)国際フォーラムでの協力強化 | ASEAN主導メカニズムを含む地域・国際フォーラムにおける協力強化を通じ、地域のエネルギー安全保障と強靭性を向上させる。 |
| 中長期枠組み:CPA(2026-2030) | 同サミットで採択された「包括的行動計画(CPA)2026-2030」にて、エネルギー分野での具体的協力計画(石油・ガス探査、天然ガス普及、TAGP推進、再エネ・水素・原子力協力など)を制度的に位置付け。 |
出所:Joint Statement of ASEAN and the Russian Federation on Energy Cooperation(2026年6月18日)、Comprehensive Plan of Action to Implement ASEAN-Russian Federation Strategic Partnership(2026-2030)からジェトロ作成
ASEAN諸国のロシアへの接近は、中東依存からの脱却を図るため、代替的なエネルギー調達先を急いで確保した結果という側面があると理解できる。他方、ASEAN・ロシア首脳会議で採択されたエネルギー協力共同声明が、ロシアを「主要エネルギーパートナー」と明記したことに加え、「ASEANとロシアの戦略的パートナーシップのための包括的行動計画(2026~2030)」にも、エネルギー分野での具体的な協力計画が明記された。これらを踏まえると、今回の接近は単なる緊急措置にとどまらず、中長期的な連携へと発展していく可能性が高い。
域内外のその他の連携
日本・ロシアとの連携に加え、ASEAN各国は、オーストラリアやフランス、アラブ首長国連邦(UAE)などの国・地域とも多様な協力を進めた。 マレーシアでは、アンワル首相が4月16日、オーストラリアのアンソニー・アルバニージー首相と会談した。両国が原油や天然ガスで強い相互依存関係にあることや、中東情勢を背景に、エネルギー安全保障の協力強化で一致した(注9)。具体的には、エネルギー貿易で重要な変化(輸出制限、価格変更、供給量の変更)が生じる場合、事前に相手国に通知・協議する仕組みを導入する。また、アンワル首相は、会談後の共同記者発表で、国営石油ペトロナスの余剰燃料をオーストラリアへ優先供給する点や、マレーシアがリン鉱石などの鉱物を購入する一方、尿素を供給する構想にも言及した(注10)。 インドネシアでは、プラボウォ大統領が5月、パリでエマニュエル・マクロン大統領と会談し、エネルギー転換・重要鉱物・産業の下流化投資などの分野での連携強化を確認した(注11)。さらに、アイルランガ経済調整相は6月、UAE大使と会談し、サプライチェーン強化・食料安全保障・産業の下流化に向けた投資拡大方針を確認するとともに、既に発効済みの包括的経済連携協定(CEPA)を活用した経済関係の深化でも一致した(注12)。
多極化するASEANの外交と、日本の立ち位置
以上の動きを総合すると、ASEAN各国は中東、ロシア、日本、オーストラリア、UAEなど多様なパートナーとの協力を同時並行で進め、特定の大国への過度な依存を避けながら、エネルギー調達や経済協力関係の選択肢を多様化する戦略を実践しているとみることができる。
同時に、ASEANは各国による個別外交と併せて、地域全体としての協調行動を取っている点も注目に値する。5月8日にフィリピンで開催された第48回ASEAN首脳会議では、中東情勢危機への対応に関する共同声明が採択された。声明は、ホルムズ海峡における「差別的または一方的な措置に深い懸念」を表明し、エネルギー供給の安定確保に向けた「石油安全保障枠組み協定(APSA)」の早期批准・運用強化や、燃料調達先の多様化などを確認した。さらに、ASEANプラスワンやASEANプラススリーなど、ASEAN主導の多国間枠組みを通じた対話と調整の強化も明記した。こうした協調行動は、エネルギー危機への対応にとどまらず、大国間の地政学的競争の中にあっても、ASEANが特定の陣営に取り込まれることなく、自らの多国間枠組みを通じた関与を各パートナーに求めるという、「ASEANの中心性」維持に向けた動きとしても位置付けられる。
中東情勢の緊迫化は、ASEAN各国のエネルギー外交を短期間で大きく変化させた。3月の緊急備蓄確認に始まり、4~5月の調達多角化、そして6月のロシアとの首脳会議に至るまで、各国が、極端に1つの陣営に依存し過ぎないという方針のもとで、日本・ロシア・域内外のパートナーと同時並行の外交を進めてきたことを示している。
日本にとっては、AZECを通じた関与を強化する機会となっており、今後の制度設計と資金支援の実行力が問われる局面に入っていると言えよう。6月19日の米・イラン覚書署名により、ホルムズ海峡の開放への期待が高まっているが、地政学リスクは依然として残る可能性がある。今後の中東情勢の推移次第では、各国がこの間に構築した多方面外交の枠組みが、一時的な危機対応ではなく、より中長期的なエネルギー外交戦略として定着していくと見込まれる。
- 注1:
-
日本が2022年に提唱した構想。各国の実情を踏まえた、多様な道筋という共通認識の下、パートナー国である10カ国(ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム、オーストラリア)と、域内のカーボンニュートラルに向けた協力を進める。
- 注2:
-
AZECの下、2026年4月に日本が立ち上げた「アジア・エネルギー・資源供給力強靱化パートナーシップ」の通称。同枠組みに基づき、日本とのサプライチェーン上で、課題が発生している現地企業向けに、国際協力銀行(JBIC)、日本貿易保険(NEXI)から金融面での協力などを実施する。
- 注3:
-
JERAプレスリリース
参照(2026年6月10日付)。 - 注4:
-
ベトナム政府公式ウェブサイト(2026年3月22日)
参照。 - 注5:
-
インドネシア内閣府ウェブサイト
参照(2026年4月14日付)。 - 注6:
-
インドネシア内閣官房ウェブサイト
参照(2026年4月16日付)。 - 注7:
-
タイ政府公式ウェブサイト(2026年6月4日)参照
。 - 注8:
-
ロシア政府公式ウェブサイト(2026年6月17日)参照
。 - 注9:
-
オーストラリア政府ウェブサイト「マレーシアとの首脳会談共同声明(2026年4月16日)」
参照。 - 注10:
-
オーストラリア政府ウェブサイト「マレーシアとの共同記者発表(2026年4月16日)
」参照。 - 注11:
-
フランス政府ウェブサイト「インドネシア・フランス首脳会談共同声明(2026年5月28日)」
参照。 - 注12:
-
ANTARA(インドネシア国営通信社)2026年6月15日付
参照。
中東情勢のASEANへの影響
- 執筆者紹介
-
ジェトロ調査部アジア大洋州課 課長代理
田口 裕介(たぐち ゆうすけ) - 2007年、ジェトロ入構。アジア大洋州課、ジェトロ・バンコク事務所を経て現職。





閉じる





