ASEANで進むDX:日系企業の事例・規制対応の実態・人材の実像ASEANデジタル経済と日本企業の展望
ASEANのDX(1)
2026年2月16日
ASEANのデジタル経済は、域内の産業構造を変えつつある。その背景にあるのは、急速な成長と制度整備だ。
当地では、クラウド、人工知能(AI)、モノのインターネット(IoT)など、技術革新が幅広い分野で進展。これが企業の競争力の源泉になっている。日系企業にとっても、大きな事業機会をもたらしている。
一方で、課題も顕在化してきた。例えば、現地規制への適応力やデジタル人材の確保、導入効果の可視化などだ。
この特集では、ASEANのデジタル経済の最新動向と制度面の変化を概観する。あわせて、(1)日系企業によるデジタルトランスフォーメーション(DX)の実践や、(2)デジタル人材や制度などについて分析する。本稿はその総論として、特集全体の背景と課題を整理する。個別レポートへの導入になると幸いだ。
ASEANのデジタル経済が成長
ASEANでは、デジタル経済の急速な成長が続く。それが、域内の経済成長に大きな変化をもたらしている。例えば、米国グーグルなどがまとめた報告書「e-Conomy SEA2025
」には、次のような指摘がある。
- 域内6カ国(インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)のデジタル市場規模(GMV)は、過去10年間で7.4倍に拡大。2025年には、約2,990億ドルに達する見込み(前年比15.0%増)。
分野別には、電子商取引(EC)が約1,810億ドル。全体の約6割を占めると予測している(注)。 - 2025年から2030年にかけて、シンガポールを筆頭に、ベトナムやマレーシアで、デジタル分野の資金調達が大幅に増える期待がある。
分野別には、ソフトウエア、AI、ディープテックに加え、ヘルスケアやサステナビリティー関連分野への関心が高い。 - ASEANでは、AI関連のスタートアップが約700社活動している。直近1年間(2025年第3四半期時点)では、民間資金調達の約30%が、AI関連の投資に回った。
こうした中、ASEANデジタル経済枠組み協定(DEFA)の交渉が進んでいる。DEFAは、2025年10月に実質的妥結に到達。2026年中の署名を見込む(2025年10月29日付ビジネス短信参照)。
産業の成長を、地域全体で制度面から支える動きと言えるだろう。地域全体を対象にし拘束力のあるデジタル経済協定としては、世界初になる見込みだ。目指すのは、デジタル取引、越境データフロー、EC、サイバーセキュリティーなどに関して共通ルールを整備すること。世界経済フォーラム(WEF)
によると、DEFAのこうした統合的枠組みにより、域内デジタル経済が2030年までに2兆ドル規模に成長する潜在力を有する。スマートフォンの高い普及率と急成長するデジタル市場を背景に、ASEANの持続的成長を支える制度的基盤として期待が高まっている。
外資企業と地場企業が多層的に支え合い
ASEANでは、グローバル企業と地場企業の双方が関与してデジタル経済を形成している。とりわけ、欧米・中国・韓国などのグローバル企業は、「情報通信技術」「AI」「ビッグデータ解析」「クラウドサービス」「半導体」などの技術分野を牽引している。例えば、次のとおりだ。
- 通信インフラ(ICT):
Ericsson、Nokia、Google、Huaweiなどが、デジタル接続性向上に向けた技術を供給している。 - AI:
Google、Microsoft、Alibaba、Samsungが、医療や物流など多様な産業にスマートソリューションを提供。業務効率化と生産性向上を支える。 - ビッグデータ分析、クラウドサービス、データセンター設立:
Amazon、IBM、SAPなどが、当該事業を進めている。その成果は、ASEAN各国の政府・企業のデジタル活動に大きく貢献している。
例えば、デジタルを活用して情報を収集・共有・可視化し、迅速に意思決定するためには、適切なプラットフォームが必要だ。その構築のためには、こうした技術・施設が欠かせない。当地でデータ活用型経済への移行が加速しているのも、これらがあってこそだろう。 - 半導体:
Intel、Nvidia、Infineonなどが高度なチップを供給。地域のデジタルインフラを支える重要な基盤になっている。
一方、ASEAN各国の地場企業も、デジタル経済の発展に当たり欠かせない存在だ。分野別にみると、次のとおり。
- ICT:
通信サービスの提供やITソリューションの開発を通じて、都市部だけでなく地方にもサービス展開している。
企業例としては、タイのアドバンスト・インフォ・サービスや、インドネシアのテレコム・インドネシアなどを挙げることができる。 - AIやビッグデータ:
この分野でも、地域特有のニーズに対応したアプリケーション開発が進む。例えば金融や医療などで意思決定を高度化するのに貢献している。さらに、クラウドサービスやデータセンターの整備にも積極的に関与。ASEANのデジタルエコシステムの基盤構築を支えている。
代表的な例には、シンガポールのプリンストン・デジタル・グループ(PDG)や、ベトナムのベトテルなどがある。
ASEANのデジタル経済は、もはや単に外資に依存しているだけではない。外資依存型から地域主導型に発展する上で重要な役割を担っているのが、ここで挙げたような地場企業と言える。
こうしてみると、グローバル企業による技術供給と、地場企業による地域密着型のソリューション展開が相互に補完し合うことが分かる。ASEANのデジタル経済はそうして、一層多様で持続可能な成長段階に移行しつつある。
日系企業も貢献、その課題は
日系企業も、当地デジタル経済の基盤を支えている。日本国内で培った技術力やノウハウを活かしながら、事業を成長させている。
事業分野は、金融、物流、製造、ヘルスケア、小売りなど、多岐にわたる。「AI」や「クラウド」「IoT」「ビッグデータ解析」など先端技術を積極的に活用している。また、製造業を中心に、AIやIoTを活用した予防保全や品質管理の自動化、データウエアハウスによる業務の一元管理などが進展している。生成AIやローコード開発ツールの導入も進展。クラウド環境への移行によって、システムの柔軟性とスケーラビリティー向上に期待が集まっている。
当地デジタル経済の急成長は、日本企業に多くのビジネス機会をもたらしている。その一方で、複雑な課題にも直面している。
- デジタル人材の確保:
日本企業にとって、共通の悩みと言える。 - 意思決定のスピードや柔軟性に見劣り〔出所:現地日系企業ヒアリング(2025年3月時点)〕:
この点で、欧米や地元企業に比べて後れを取るケースが多い。
意思決定が慎重になりがちな理由の1つは、デジタル導入効果を定量的に測定することが困難なことだ。それが、デジタル技術を導入する上で障壁につながる場合があるという。
デジタル導入の迅速化と成功率を高めるには、定量的評価やKPIの設定により、デジタル導入効果の「可視化」していくのが糸口になるだろう。あるいは、現地スタートアップと協業して、補完的な取り組みを進めることも有益かもしれない。 - 現地法人の裁量不足〔出所:在タイ日系商社からのヒアリング(2025年11月時点)〕:
日本企業のデジタル化が、本社主導で進む場合、現地法人の裁量に制限が生じることがある。これは、ASEAN各国の市場特性に即したツール導入が遅れるリスクにつながる。
これを解決するには、全世界一律の展開を差し控えるのが有益かもしれない。また、現地ニーズに応じたローカライズ戦略の構築が大切だろう。 - 各国規制への対応:
データセキュリティーや個人情報の保護に関しては、国ごとに規制がある。その対応が大きな障壁になっている。在ASEAN日系企業は、国ごとに異なるデータ保護法やローカライゼーション規制があることで、統一的なデジタル戦略の策定が困難になった事例を示した。企業にとっては、(1)法務部門との連携を強化すること、(2)各国の規制を絶えず継続的に把握すること、(3)効率性と安全性を両立したデータ管理体制を構築すること、が急務になっている。
一方、今後、ASEAN域内で規制の調和や統一化が進むと、企業の対応負担が軽減していく期待が高まる。その場合、より自由度の高い、国境を越えた事業展開がしやすくなりそうだ。
今後のデジタル戦略再構築に向けて
ASEANのデジタル経済は今後も「クラウド」「AI」「IoT」「スマートシティー」「EC」などの分野で発展していくと予測できる。これらの技術は、ソリューション提供企業にとって、新たな市場機会を創出する。一方、利用企業にしてみると、競争力を維持・強化するため必須条件になるだろう。
一方、サイバーセキュリティーやプライバシー保護の重要性は一層、増している。信頼性の高いデジタル環境の整備が不可欠だ。また、日本企業がASEAN市場で持続的な競争力を確保するためには、先述の通り、現地ニーズへの適応力の向上、迅速な意思決定体制の構築、デジタル人材の育成、規制対応力の強化などが重要になる。特に、現地企業やスタートアップとの協業を通じて、ASEANのデジタルエコシステムの一員として価値創造に貢献する姿勢が大切だ。
今後、日本企業には、(1)単に技術を導入するにとどまらず、デジタル戦略を根本から見直すこと、(2)市場環境の変化に柔軟に対応できる体制を構築することが不可欠だ。ASEANの成長とともに、日本企業が果たすべき役割はますます大きくなっている。持続可能で競争力のある未来を築くため、戦略的な取り組みに期待が集まる。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部アジア大洋州課 課長代理
田口 裕介(たぐち ゆうすけ) - 2007年、ジェトロ入構。アジア大洋州課、ジェトロ・バンコク事務所を経て現職。






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