ASEANで進むDX:日系企業の事例・規制対応の実態・人材の実像日本の当たり前を世界に。富士フイルムの戦略
ASEANのDX(6)

2026年2月16日

本稿は、ASEAN地域におけるデジタルヘルスの活用事例として、「富士フイルム」を紹介する。同社は、ベトナム・タイ・フィリピン・マレーシアなどのASEAN地域に順次健診センター「NURA(ニューラ)」の開設を進めており、ASEAN地域の第1号店を2024年7月にベトナムのハノイにオープンしている。富士フイルムはNURAを活用し、ASEAN地域で「人工知能(AI)を活用した先進的な健診センターの展開・普及」と、「医療データの分析・蓄積・利活用が可能な枠組み構築の実証」を事業計画に掲げている。本稿執筆に際しては、ベトナムにおけるNURAの事業内容、現地で直面する法的規制の影響、また今後のASEAN地域における事業展開の方向性について、同社ガバメントリレーションズ推進部の山﨑直也氏、福田浩司氏、イメージング・インフォマティクスラボの大坪隆信氏、新宮淳氏に話を聞いた(ヒアリング日:2025年12月9日)。


左から山崎氏、福田氏、新宮氏、大坪氏(富士フイルム提供)

NURAをきっかけとした健診文化の醸成

質問:
ASEANにおけるデジタルヘルス市場のトレンドについて。
答え:
ベトナムをはじめ、ASEAN域内で健康診断が制度として定着している国・地域は多くないと認識している。日本とは異なり、「病気にかかって初めて受診する」といった考え方が一般的で、医療機関を訪れた時点で既に症状が進行している患者が少なくないのが実情だ。このような状況を改善するため、当社はNURAを通じて、「治療のため」ではなく「予防・早期診断のため」に健診を受ける文化の醸成を目指している。多くの人々が健診を受けられるよう、中間層にも手の届く価格帯での健診サービス提供を重視している。あわせて、新たな取り組みとして、現地企業と連携しつつ、企業の福利厚生制度の一環としてNURAでの健診を導入する取り組みも進めている。

ベトナムのNURA健診センターのエントランス(富士フイルム提供)
質問:
NURAのビジネスモデルについて。
答え:
日本の文化である「おもてなしの精神」を念頭に置きながら、先進の医療診断機器を活用し「健康な人が受けたくなる医療サービス」の提供を目指している。具体的には、コンシェルジュによる各検査フロアの案内を行い、画像撮影と同時にAI画像分析による診断支援を活用したスピード診断を行うことにより、来院から検査、診断、医師による所見説明までをわずか120分で実施している。日本では健康診断受診後に検査結果が判明するまで数日を要することが多いが、NURAでは即時に医師から直接説明を受けることができる。また、検査結果の説明だけでなく、生活習慣の改善に向けた健康アドバイスも提供している。さらには、健診で得られた匿名の医療データを、医薬品、医療機器、健康関連製品の開発につなげるための、プラットフォームの実証も予定している。

超低線量CTで全身検査をする様子
(富士フイルム提供)

3D画像も用いて医師が診断結果を説明する様子(富士フイルム提供)

デジタルプラットフォームの形成で個人情報を保護

質問:
個人情報保護法など、法規制に対する対応は。
答え:
医療データは、各国の個人情報保護法の対象となるデータの中でも、特に機微情報(センシティブ情報)に相当するため、その利活用にあたっては適切な法令順守が必要だ。当社が構築を進める医療データ利活用の為のプラットフォームは、受診者が自らの意思で自身の医療データの提供を行うための仕組みであり、必須となる受診者による情報提供の承諾や提供するデータ範囲の厳格な管理を可能とする「デジタルトラストプラットフォーム(図参照)」をブロックチェーンで形成している。
図:医療データの利活用を実現するためのプラットフォーム構築
データオーナー(受診者):個人データ利用同意、法的権利行使、データ提供依頼、データ利用同意、利用データの成果説明責任。データ管理者:同意に基づき個人データ提供、AI分析レポート。受診者アプリケーション:デジタルトラストプラットフォーム プライバシー、アカウンタビリティ、セキュリティ、医療データのマッチング。データ利用者(保険・製薬など):データ提供依頼、同意に基づき個人データ作成、データ利用成果・AI分析レポート。

出所:富士フイルム提供

また、ASEANの健診センターに、例えば他の国から受診希望者が来訪した場合、当該患者の出身国における法令順守も必要となるケースがある。従って現状ではどの国の受診者にも対応できるよう、世界から厳格な基準として認められている欧州のEU一般データ保護規則(GDPR)(注)への準拠をベースにしている。一方で、新興国特有の課題として、例えばデータ保護について大枠ルールはあるが細則が未公表、または規制が固まっていない国が散見される。各国ごとの規制に個別対応する事は非常に高い開発負荷を伴うため、ASEAN域内の規制統一が望まれるところだ。継続的な法令調査とPIA(プライバシーリスク評価)とを行うことによる、戦略的なリスク管理が必要と考えている。

パートナーに求めるのは志

質問:
医療機関や政府との連携体制、パートナー企業選定の秘訣は。
答え:
各種機関と連携して事業展開するにあたり、運営形態には直営とパートナー運営の2つがある。地域に根差した企業や団体によるパートナー運営は、高い集客力が期待でき、またスピード感をもって施設数を増やしていく上で有効だ。一方で提供品質を担保しNURAブランドを維持していく上で、地域拠点として直営店の設立も進めていく。ベトナムの1号店は、良い提携先(現地の日系病院グループ)と出会えたことからパートナー運営で設立した。当社では、パートナー選定にあたって、資本力や現地での影響力もさることながら、現地医療体制向上への高い貢献意欲を重視している。

世界100か所にNURAを設置「VISION2030」

質問:
今後のASEAN域内での事業拡大の方向性について。
答え:
ベトナムでは2025年11月に2施設目を開設しており、2026年1月にはタイ初となるNURA健診センターが開業する。当社は、中期経営計画「VISION2030」において、2030年までに「全世界で100カ所のNURAの設置」を目標として掲げている。またNURA設立にあわせ、医療データの利活用を実現するプラットフォームを構築し運用開始する。受診者自らが自身の健診データを健康維持・増進に利用する、またはデータの提供を通して医療技術の発展に貢献するといった、健診受診以外の価値も創出していくことで、健診文化の醸成・定着につなげていきたい。NURAで蓄積された医療データを全世界で活用できるシステム基盤の構築に向けて開発・実証を進めていく。

注1:
EU域内の個人データ保護を強化するため、2018年5月25日に施行されたEUの包括的なデータプライバシー法。EU居住者の個人データを扱う世界中の企業に適用され、違反には巨額の制裁金が科されるのが特徴。詳細はジェトロ「EU 一般データ保護規則(GDPR)について」を参照のこと。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課
野本 直希(のもと なおき)
2016年大手生命保険会社入社、2025年から現職。