ASEANで進むDX:日系企業の事例・規制対応の実態・人材の実像日本企業の展望(ヒアリング・アンケートから)
ASEANのDX(5)
2026年2月16日
ASEANのデジタル経済は急速な成長を続けており、進出日系企業による期待も高まっている。一方、政府主導の政策を背景にデジタル化が進む国々と比較すると、ASEANにおけるデジタル競争力は相対的に低く、進出日系企業の活用状況にも同様の傾向が見られた。本稿では、ジェトロが2025年8月から9月にかけて実施した「2025年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(以下、日系企業調査)(注1)の回答結果と企業ヒアリングによる事例を基に、進出日系企業のデジタル技術の導入・利用や投資状況を整理し、今後の展望について明らかにする。
ASEAN進出日系企業のデジタル活用はこれから
日系企業調査によると、アジア・オセアニア地域に進出する日系企業(4,442社)のうち、「デジタル技術の導入・利用および投資をしている」と回答した企業の割合はオーストラリアで最も高く66.7%に達した(図1参照)。近年、経済成長が著しいインドも60.8%と高い水準だった。一方、ASEAN進出日系企業は52.1%と、全地域の平均(53.5%)を下回った。
注:カッコ内は回答企業数。
出所:ジェトロ2025年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)
進出日系企業のデジタル活用実態と必ずしも比例しないが、オーストラリアやインドの割合が高い背景には、現地政府がデジタル技術の導入を促進するための高い実行力が影響していると考える。オーストラリアでは、2021年に国家戦略「Digital Economy Strategy 2030」を公表した。当該戦略は、「基盤整備」「新興技術」「デジタル成長」の3本柱で形成され、大規模な予算を投下のもと2030年までに包括的なデジタル化の達成を目指している。また、インフラ、知識、セキュリティー、コンプライアンスなど、各分野における政策実行のためのKPI(注2)を定めている。同様にインドも2015年に「Digital India」を発表し、光ファイバー網の整備や行政サービスの電子化、ICT教育・雇用創出などに取り組んできた。さらに、両国のデジタル化の進展は、定量的な指標からも確認できる。世界銀行が開発した政府のデジタル成熟度を評価する指標「GovTech Maturity Index(GTMI)(注3)」によれば、全198の国と地域の中で、オーストラリアは5位、インドは7位という高い評価を得ている(注4)。ASEANでも各国政府はデジタル技術の推進に向けた国家戦略を掲げているが、政府の実行力や制度・インフラの整備体制には国ごとに差がみられる。以下では、シンガポールとベトナムを例にみる。
シンガポールでは、「サイバーセキュリティ―の強化」や「企業のデジタル化支援」などを目的としたデジタル国家戦略「Smart Nation2.0」を2024年に発表している。また、同国政府はデジタル分野に特化した協定の締結も積極的に進めている。2024年末時点で発効されている取り組みは表1のとおり。日系企業調査では58.1%と6位(16カ国中)、前述のGTMIでも18位(198カ国中)と相対的に高い結果となった。
| 協定 | 発効年 | 主な内容 |
|---|---|---|
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シンガポール・オーストラリア デジタル経済協定(SADEA) |
2020年 | 越境データ流通の円滑化、電子インボイスや電子認証などデジタル貿易プロセスの促進、AI・デジタルID・個人情報保護などの新技術分野で協力体制の構築を目指す。 |
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デジタル経済 パートナーシップ協定(DEPA) |
2021年 | 初のデジタル専用多国間協定。電子商取引の円滑化、AIやフィンテックなど新技術の協力枠組みを盛り込む。2020年6月にシンガポール・チリ・ニュージーランドの3国間で電子署名した後、2021年までに各国で発効。その後、2024年には韓国が加入。 |
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英国・シンガポール デジタル経済協定(UKSDEA) |
2022年 | 英国と欧州外の先進国シンガポールとの、自由貿易協定(FTA)を超えるデジタル貿易の効率化、安全性確保、先端技術協力などを包括的にまとめた双方向型の協定。 |
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韓国・シンガポール デジタルパートナーシップ協定(KSDPA) |
2023年 |
両国企業における国境を越えたデジタル取引の促進とコスト削減。 デジタル接続強化により、エコシステム融合や協調的技術開発の土台形成を目指す。 |
出所:シンガポール政府のリリース内容を基にジェトロ作成
一方、ベトナムは日系企業調査では12位、GTMIは81位とシンガポールと比べると後退している。ベトナム政府はデジタル国家戦略「National Digital Transformation Program, 2020–2030」を掲げており、官民一体となって行政サービスのデジタル化や中小企業のDX促進などに取り組んでいる。規制面では例えば、シンガポールでは個人情報保護法として2014年7月に包括的な法律「Personal Data Protection Act 2012(PDPA)」が施行された(2021年に一部改正)。一方、ベトナムは、2026年1月に初めて成文化された法律「Personal Data Protection Law(PDPL)」が施行されるなど、遅れを取っている。また、同国ではシンガポールのようにデジタル分野に特化した国際的な枠組み協定はこれまで発効されていない。
以上から、進出日系企業のデジタル活用の進展には、各国政府のデジタル戦略の有無だけではなく、その実行力や制度整備の成熟度が大きく影響している。ASEANでは共通してデジタル国家戦略を掲げているものの、規制整備や国際連携において高い実行力を示す国と、遅れを取る国とがある。このことが、域内における日系企業のデジタル投資や活用度のばらつきを表していると考えられる。
デジタル活用の最大の目的は「業務効率化」、課題は「人材」「導入コスト」
前述のとおり、ASEAN諸国のデジタル技術の導入・利用・投資状況はオーストラリアやインドと比較して低いが、デジタル技術を活用している進出日系企業はどのような目的で取り組んでいるのか。後述の表は「デジタル技術の導入・利用および投資を拡大」と回答したASEAN進出日系企業(2,381企業)を対象に、拡大目的に関する回答結果を示したものである。効率化(管理・事業)が8~9割と最も高く、国・地域別でも同様の結果だった。次に、図2はデジタル技術活用にあたっての課題に関する回答結果を示している。日系企業が最大の課題として挙げたのは「デジタル人材の不足(61.2%)」であり、次いで「コスト面(55.8%)」が続いた。
| 国・地域名 | 効率化(管理) | 効率化(事業) | 新規事業推進 | 研究開発 | 法制度対応 |
|---|---|---|---|---|---|
| ASEAN(2,381) | 91.1 | 70.8 | 22.4 | 11.7 | 14.3 |
| カンボジア(57) | 93.0 | 77.2 | 33.3 | 10.5 | 15.8 |
| インドネシア(189) | 93.7 | 71.4 | 20.1 | 7.9 | 10.1 |
| ラオス(24) | 83.3 | 70.8 | 20.8 | 12.5 | 12.5 |
| マレーシア(194) | 86.6 | 73.7 | 22.7 | 11.3 | 17.5 |
| ミャンマー(20) | 95.0 | 80.0 | 35.0 | 15.0 | 15.0 |
| フィリピン(96) | 94.8 | 69.8 | 29.2 | 18.8 | 14.6 |
| シンガポール(227) | 92.5 | 70.9 | 22.5 | 14.5 | 16.3 |
| タイ(284) | 91.9 | 68.0 | 18.7 | 8.5 | 13.0 |
| ベトナム(438) | 90.0 | 70.1 | 22.1 | 12.6 | 14.2 |
注:国別の回答状況はASEAN地域のみ掲載、カッコ内は有効回答企業数。
出所:ジェトロ2025年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)
出所:ジェトロ2025年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)
進出日系企業がASEANにおいて、デジタル技術を活用した事業展開を行うためには、各国における「デジタル人材」「コスト・インフラ」「規制環境」などの基盤条件が前提となる。前述のとおり、ASEANではこれらの条件が国ごとに大きく異なるため、政府の実行力や制度整備の成熟度が企業のデジタル投資意欲に影響を及ぼしている。さらに、企業にとってデジタル技術の導入・利用や投資の可否は、市場における需要構造や競争要因に加え、各社の中・長期的なデジタル戦略や経営資源配分に基づく投資判断といった要因が複合的に作用していると考えられる。
デジタル活用にあたっては地場企業との差別化が必要
前段ではデジタル技術の拡大目的や課題について、アンケート調査の回答結果を基に整理した。ただし、ASEANでデジタル技術の導入・利用や投資を行う企業による事例や直面している課題は多様である。以下では、ASEANでデジタル技術を展開している日系企業3社を対象に個別ヒアリングの結果について紹介する(ヒアリング日:10月下旬~11月上旬)。
タイに進出する日系企業A社(情報通信業)は、現地にある自社の工場でRFID(注5)を活用した勤怠管理を導入している。従来はタイムカードによる個別管理を行っていたため、従業員の出退勤時間や休憩時間を正確に把握することが難しく、打刻のために長蛇の列が生じるといった課題があった。こうした問題を解決するため、従業員の社員証にICチップを埋め込み、RFIDによる出退勤記録の自動化・一括化を実現したことで業務時間の正確な把握や従業員の業務負荷軽減に繋がったという。
また、同じくタイに進出しているB社(商社・卸売業)は、業務効率化とガバナンス強化を目的に、これまで手作業や目視で行っていたHSコードなどの輸出品目の入力・確認作業の自動化を予定している。これにより、業務時間の削減に加え、手入力に伴う誤入力の防止を目指すという。
次に課題について、B社(商社・卸売業)はデジタル化を進める上での課題として「本社主導と現場対応の両立」を挙げた。現場主導のデジタル化は、迅速かつ顧客ニーズに即した対応が可能である一方、現地でのデジタル導入に際しては、システム基盤構築の観点から本社・本部サイドでの管理や承認が必要となる。現場の独断で導入を進めてしまうと、全社的なシステム基盤が継ぎ接ぎとなる恐れがある。このため、本社主導のガバナンス管理と現場の柔軟性・スピード感とのバランスが重要であると指摘した。
また、C社(事業関連サービス)からは「地場企業との差別化」が課題として挙がった。日本企業が現地でデジタル技術を活用するにあたっては、データへのアクセスや規制対応といった側面をふまえると、現地の有力パートナーとの協業が不可欠である。ASEAN諸国のデジタル市場では、地場企業の存在感がきわめて強く、日系企業がデジタル技術を導入する際には、地場企業にはない技術やノウハウを持ち、明確な差別化を図らなければ受け入れられにくいという。アンケート調査の回答結果では「人材不足」や「コスト面」といった課題が挙げられた一方、企業ヒアリングでは企業ごとに抱える課題の内容や性質が異なることが明らかになった。
刻々と変化するビジネス環境に対応するためのデジタル戦略を
本稿では進出日系企業によるデジタル技術の導入・利用や投資に関して、アンケート調査およびヒアリングを通じて、その実態や課題、今後の方向性を明らかにした。アンケート調査によれば、政府の政策実行力が比較的高いオーストラリアやインドと比べ、ASEANに進出する日系企業のデジタル技術の活用状況は相対的に低いことが確認された。また、ASEAN域内においても、国ごとに活用状況に大きな差が生じている。一方、近年のASEANではデジタルインフラの整備や人口知能(AI)、ビックデータ解析といった最先端技術の導入も進んでいる。さらに、2026年にDEFA締結(2025年10月29日付ビジネス短信参照)で域内共通の規制整備が進み、巨大な単一市場としての競争力強化が期待されるなど、着実に前進がみられる。各国で異なる規制対応に伴う負担の軽減も見込まれ、今後は各国政府が掲げるデジタル政策の実行力が一層高まる可能性がある。
ただし、魅力を高めるASEANのデジタル市場において、地場企業や非日系企業との競争環境が一段と厳しくなることが予想される。日系企業には、単なるデジタル技術導入にとどまらず、急速に変化する市場環境に柔軟に対応するための適応力が求められる。そのためには、本社による統制と現場対応の両立、競合との差別化を意識し、また、制度整備の動向を踏まえた戦略的なデジタル活用の構築が求められる。
- 注1:
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日系企業1万2,900社(うちASEANは8,656社)を対象とし、5,109社(3,172社)から回答を得た。
- 注2:
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Key Performance Indicator(重要業績評価指標) の略で、企業や組織が目標達成度を測るための具体的な定量指標。
- 注3:
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2020年に世界銀行が開始。4つの評価軸(政府の基盤システム、公共サービス、市民のデジタル浸透度、人材・戦略)を基にその国における政府のデジタル化成熟度を測定する。
- 注4:
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世界銀行のリリース資料「GOVTECH MATURITY INDEX 2025
(8.2MB)」参照。 - 注5:
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電波を用いてICタグを読み書きし、人やモノを識別・管理するシステムのこと。特長としては、複数のタグの一括読み取りや、遠隔での読み取りが可能。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部アジア大洋州課
野本 直希(のもと なおき) - 2016年大手生命保険会社入社、2025年から現職。






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