ASEANで進むDX:日系企業の事例・規制対応の実態・人材の実像デジタルツイン導入、データ可視化と技術継承
ASEANのDX(8)

2026年2月16日

ASEANでは、サプライチェーンの高度化や技術継承の課題を背景に、製造現場のデータを可視化し遠隔支援を行うことを目的としたデジタルトランスフォーメーション(DX)が進んでいる。中でも、デジタルツイン(注1)は、実際の工場や設備を仮想空間上に再現することで、工程全体の最適化や設備異常の予兆検知を可能にする技術であり、設備更新のタイミングや熟練人材の退職期を迎える工場において、実装効果が期待される分野である。本稿は、レゾナックがマレーシア拠点で進めているデジタルツイン実証について、ジェトロが実施した同社へのヒアリング(2025年12月時点)(注2)を基に、実装の狙い、技術面での工夫、人材面の課題、そして今後の展望を紹介する。

デジタルツインで海外の製造現場を再構築

質問:
御社のASEAN拠点の役割と、今回の実証事業の概要は?
答え:
当社は機能性化学品メーカーであり、特に、半導体材料に注力している。マレーシアのペナン工場では、エポキシモールディング(封止材)、ジョホール工場ではフォトセンシティブフィルム(配線板の回路形成用など)を製造する。今回、ジェトロの「デジタル技術を活用したサプライチェーンの高度化支援事業(注3)」の下、DX化を実証したが、その主な舞台は、このマレーシアの2カ所の工場。これら2拠点と、日本の拠点(マザー工場)をモノのインターネット(IoT)で繋ぎ、日本から海外工場をリアルタイムで管轄するというもの。
図1:デジタルツインの導入イメージ
製造プロセスデータ共有システム完了後の姿。各設備や検査データベースから容易にデータを抽出・解析し、拠点間のデータの活用が可能になる。最終目標は、解析で得られた知見をシステムに織り込み、制御や判断の高度化、自動化を目指すもの。

出所:同社提供

背景には、長期操業に伴う設備の老朽化とデータ可視化の不足、現地の幹部級従業員の退職期に伴う技術継承の必要性がある。例えば、両工場とも、操業開始から年数が経っている。設備は部分的に更新してきたが、デジタル活用による、詳細データの可視化までは対応できていなかった。また、工場設立当時からいる現地の従業員が、定年に近づいており、彼らが蓄積したノウハウを、次の世代に伝えていく必要がある。この2つの目的のため、デジタルツインを導入した。

IoTで工程異常を瞬時に把握

質問:
デジタルツイン構築で、どのようなデータを取得・活用しているか。
答え:
ジョホール工場では、フィルムに機能性樹脂を塗る「塗工ライン」における異常が発生した場合、従来は、日本のマザー工場(茨城県)に電話やメールで報告・相談していた。そのため、事態の深刻度や原因の把握に時間を要した。今回、ジョホールと日本の両拠点に、同一の製造プロセスデータ共有化システムを導入し、情報をリアルタイムで共有できるようにした。結果、異常の瞬時把握と対策立案の迅速化が進んだ。また、ジョホール工場における熟練エンジニアの退職後も、日本側の熟練者とオンライン連携することで、タイムリーな対応が可能となる。
質問:
ペナン拠点の品質改善では何に注力したか。
答え:
コンパウンドを混ぜたものを生形する「混錬プロセス」では、温度設定・乾燥スピード・圧力が品質を決める。そのため、ラインの要所にセンサーを多数装着することで、温度・スピード・圧力を可視化、データベース(DB)に蓄積し、茨城のマザー工場とオンラインで共有した。これにより、作業の途中段階でも異常検知が可能となり、製品ロスを削減し、利益改善に寄与した。

日本の経験が、製造業DXに活かされる

質問:
データ活用と知見継承の仕組み化について
答え:
当社では、先述した「技術伝承」も、今回のDX実証の重要な柱だ。具体的には、製造過程で発生する、エラー解決フローの標準化をしている。これにより、従来、師弟間の暗黙知で継承されていた技術を可視化し、海外と日本の拠点間で、共有可能なツールへと発展させたい。この際、重要なことは、製造業DXにおけるデータ基盤の整備は、出発点に過ぎないという点だ。DXにより、現場のノウハウ・技術を可視化した後、そのデータをどう活用するかが重要。そのためには、現場のエンジニアの知恵や経験が必要。これを可視化することが、製造業DXの成功のカギと言える。世界では、ポスト生成AIの議論が始まっているが、今後も、日本の製造業の経験が活かせると思う。現場の状況にどう対応するかの知恵をシステム化し、目の前のデータにどう対応するかを考えるのが、今後のDX・AI時代における勝ち筋と言える。
図2:デジタル活用による技術継承イメージ
熟練知識管理システムの詳細。製品の品質は、製造現場のスタッフの経験値に依存しているのが現状。これをナレッジエンジニアが、問題解決知識として汎化した上で、海外工場の非熟練スタッフでも、適切な品質工場に誘導できるナビゲーションへと展開する。結果、全社内で高いレベルの品質マネジメントを運用できるようにする。

出所:同社提供

現地課題を克服し、広域展開へ

質問:
現地での課題と対応は。
答え:
今回の実証では、日本のマザー工場で有効とされた仕組みを海外拠点にも展開したが、拠点ごとに環境や条件が異なり、それぞれで工夫が必要だった。例えば、ペナン工場では、センサー装着を現地業者に委託したが、日本で行う場合に比べて作業スピードが遅く、実証実施までに一定の時間を要した。また、デジタル人材の確保も重要だ。現地では、スキルアップ志向による離職が文化的に根強く、賃金だけでの抑止は困難と認識している。ジョホール工場でも、従業員の離職傾向はあるが、従業員の就労動機は、一人一人違う。そのため、いかにモチベーション高く働いてくれるか、当社の良さを理解してもらうかなど、考えながら対応している。
質問:
実証の成果を踏まえた今後の展開は。
答え:
まず、本社の視点から述べる。当社は海外拠点数が多いため、本社と海外拠点をオンライン接続により、リアルタイムで問題解決するシステムは、企業全体として有効だと考えている。ジョホール工場における生産ラインは、他のASEAN諸国や韓国の拠点とも分業している。今回の実証が軌道に乗れば、より広域で、地域横断のデータ連携に拡張したいと考えている。具体的には、ジョホールでは今回、塗工プロセスのみを対象にDX実証をした。効果を検証の上、他の工程へも順次拡張し、その後、韓国・台湾・ベトナムなどの拠点ともデータ接続を模索したいと考えている。また、ペナン工場でも同様に、混錬工程に続き、配合などの前後の工程もDX化して、リアルタイムでのモニタリングを可能としたい。これらは、日本本社と連携しながら、段階的に進めていきたいと考えている。

DX実装には、効果と評価の可視化が不可欠

レゾナックの事例は、製造現場におけるデータ可視化、熟練技術の継承、サプライチェーンの広域化が進行する中で、デジタルツインが短期的な運用改善のみならず中長期的な組織競争力の強化に有効であることを示している。実装の過程では、海外拠点と本社をリアルタイムで結ぶ情報共有体制の構築、現場で蓄積された知見のDB化と標準化、工程別に段階的に拡張していくという実装パターンがみられた。補助事業の活用を踏まえ、現場起点で得られる効果を把握し、それを評価する基準を確立することが、今後、日本企業のDXを通じた競争力の維持・強化に向けて必要となろう。


注1:
実世界の設備・工程からIoTでデータを収集し、サイバー空間に同期・再現して、設計・立ち上げ・製造・保全を一体で検証・運用する技術。工程シミュレーションによるサイクル短縮、異常の予兆検知、保全の最適化、品質の安定化に資する。 本文に戻る
注2:
同ヒアリングでは、以下の方々に話を伺った:
  • Resonac Materials Malaysia, Manufacturing&Engineering , Sr. Manager, 小野昭夫氏
  • Resonac Materials Johor, M&E, Advisor 岡本真典氏
  • レゾナック・エレクトロニクス事業本部 渉外部長 井深栄治氏
  • 共同事業者:グリーンCPS協議会 理事長 中村昌弘氏(工学博士)(東京都市大学大学院 教授)本文に戻る
注3:
サプライチェーン高度化へ向け、日アセアン間で共通のデータ連携・共有基盤の構築を支援。サプライチェーンデータ利活用を目的とする設備導入や実証プロジェクトの経費を一部補助する。本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課 課長代理
田口 裕介(たぐち ゆうすけ)
2007年、ジェトロ入構。アジア大洋州課、ジェトロ・バンコク事務所を経て現職。