地政学的影響を踏まえた中東・アフリカの物流動向海上輸送混乱による航空貨物の需要拡大とその動向
2024年9月26日
2023年11月に、イエメンの武装組織のフーシ派が日本企業の運航船を拿捕(だほ)する事件が発生した(2023年11月20日付ビジネス短信参照)。IMFの推計では、フーシ派の攻撃により航路変更の動きが顕著になったことも報告された(2024年1月10日付ビジネス短信参照)。フーシ派の攻撃による海上輸送への影響が拡大する一方で、国際航空運送協会(IATA)は2024年7月30日、2024年上半期の航空貨物についての報告を行い(2024年7月30付IATAプレスリリース参照)、ウィリー・ウォルシュ事務局長は航空貨物量の拡大の背景の1つに海上輸送の制約を挙げた。
新型コロナウイルスや2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻など、近年、世界の物流は世界情勢から大きな影響を受けてきた。そうした中で本稿は、新型コロナウイルスやロシアのウクライナ侵攻と同様に、フーシ派による攻撃が世界の物流に新たに影響を与えつつあることを踏まえ、海上輸送の代替手段の1つとなっている航空輸送(貨物)に焦点を当て、日本を含めたその動向と今後の見込みを概説する。
航空貨物量は2023年後半から増加
まず初めに、2021年から2024年6月(上半期)までの各年の航空貨物需要の動向について、IATAが毎月発表する月次レポートを基に時系列でまとめる(表1参照)。
年 | 前年比 | 2019年比 |
---|---|---|
2021年 | 18.7 | 6.9 |
2022年 | △8.0 | △1.6 |
2023年 | △1.9 | △3.6 |
出所:IATAの月次レポートからジェトロ作成
2021年の世界の航空貨物量は、2020年比18.7%増(1990年の統計開始以降2番目の前年比伸び率)、新型コロナウイルス流行前の2019年比6.9%増だった。この結果にはサプライチェーンの問題があったものの、年間を通じた堅調な商品需要が増加要因となった。物品貿易が2020年比9.8%増であったため、航空総貨物量が物品貿易の回復の2倍の伸びを記録しており、IATAはこれを景気回復期の典型的なパターンとした。このような場合、企業は需要の急増に対応することが求められるため、貨物輸送が増加する。また、IATAは、海上輸送コストの上昇やサプライチェーンの問題が重なり、航空貨物が海上輸送に比べて相対的に魅力的になったと指摘した。そして、この年の航空貨物市場の逼迫は航空貨物料金の高騰につながった。2021年12月には2019年12月の料金を150%上回り、航空会社にとっては収入の大幅な増加につながった。2021年の輸送容量は2020年比13.8%増で、2019年比では10.9%減となり、減少を示しているものの、貨物機への転換や新規納入も多く、改善に向かっていくとの見方が示された。
2022年の世界の航空貨物量は、2021年比8.0%減、2019年比1.6%減だった。減少の背景には、インフレ率の高止まりや異常な米国ドル高、ロシアとウクライナの衝突による貿易の混乱など複数の要因が存在し、物品貿易の減少も影響した。IATAは2022年11月の物品貿易が前年同月比1.5%減となったのに対し、同時期の航空貨物量が13.5%減となった例から、世界の貿易の縮小の影響を海上輸送よりも航空貨物の方が強く受けていると指摘した。ウォルシュ事務局長は、経済の引き締めのための主要国政府のインフレ対策が続くことから2023年は2019年比5.6%減となる見込みを示した。なお、輸送容量については2021年比3.0%増、2019年比8.2%減となった。
2023年の世界の航空貨物量は、前年比1.9%減、新型コロナウイルス流行前の2019年比で3.6%減と、2022年と2019年の水準をいずれも下回った。一方で、ウォルシュ事務局長は、航空貨物市場は安定に向かっていると発言した。特に2023年の後半にかけての総貨物量の前年比の伸び率は2桁で、特に同年12月は全ての主要貿易ルートで増加を記録した。この背景には、世界の貿易と工業生産が新型コロナ渦の水準を超えたことがある。特にアフリカとアジアを結ぶルートが大きな成長を記録し、その他にも欧州とアジア、欧州と中東、中東とアジアのルートが2023年の後半にかけて他のルートを上回る伸び率を記録した。これらのルートの拡大には、紅海での地域紛争が起因している、とIATAは指摘した。紅海周辺での地域情勢の不安定化により、従来の海上輸送ルートに大きな混乱が生じた。その結果、製造業者は、商品の輸送の代替手段として航空貨物を選択することが増えた。ウォルシュ事務局長はこうした状況について、「総貨物量の増加により歩留りが急上昇した。全ての貨物ではないものの、この異常な状況下での最も緊急の輸送には航空貨物が適切で不可欠な選択であり、世界経済にとって重要である」と述べた。また、IATAが2024年1月31日に報告した紅海の地域情勢の不安定化による航空貨物への影響は表2のとおり(2024年1月31日付IATAプレスリリース参照)(注1)。
地域名 | 総貨物量 | 輸送容量 |
---|---|---|
世界 | 1%増 | 5%増 |
アジア太平洋 | 2%増 | 6%増 |
欧州 | 横這い | 3%増 |
中東 | 横這い | 4%増 |
中国とその他 | 1%増 | 11%増 |
出所:IATAからジェトロ作成
なお、2023年の輸送容量については前年比11.3%増、2019年比2.5%増となった。
2024年上半期の世界の航空貨物量は、2023年同期比13.4%増(注2)、2022年同期比4.3%増、2021年同期比0.02%増だった。月単位でみると、2024年6月まで7カ月連続で前年同月比2桁の伸び率となった。IATAは、この増加には電子商取引(EC)の成長と海上輸送の度重なる混乱が背景にあると指摘する。ウォルシュ事務局長も、2024年5月と6月の2カ月連続で月次レポート内のコメントで拡大の要因にECの急拡大と海上輸送能力の制限を強調した。また、IATAによると、アフリカとアジア間は2024年1月に前年同月比52.5%増、2月に同42.3%増、中東と欧州間は1月に同46.1%増、2月に同39.3%増と高い伸び率を記録した。
なお、2024年上半期の輸送容量は過去最高を記録した。また、2022年1月から2024年6月までの世界全体と各地域の総貨物量と輸送容量の前年同月比の伸び率をまとめた図1と図2は次のとおり。
日本の航空貨物も徐々に拡大
次に、日本の航空貨物について見ていく。国土交通省によると、日本の国際航空貨物の取扱量は、2017年度をピークに大規模自然災害や米中貿易摩擦、さらには新型コロナウイルスの流行により減少したが、2021年度は貨物需要の高まりを受けて増加した。しかし、2022年度は海上輸送の正常化や中国経済の停滞などを受けて減少した。一方で、2024年夏期(2024年3月31日~2024年10月26日)の事業計画によると、貨物便の運航便数は1週間当たり513.5便で、コロナ渦前の14%増となった。
一般社団法人航空貨物運送協会(JAFA)がまとめている日本の航空貨物の国際輸出の取扱実績(混載貨物)は、2023年通年で件数が228万件、重量が76万トンであった。2022年は262万件、102万トン、2021年は283万件、117万トンであったため、減少傾向にあることがうかがえる。月ごとに見ても、前章の世界的なトレンドと比較すると、2023年後半にかけて大きく増加する傾向は見られなかったものの、2024年に入ってからは2023年の低水準に比べて徐々に回復していることが分かる。また、重量ベースで仕向地が中近東の貨物にも増加傾向が見られた(図3参照)。
また、東京税関が報告している貿易概況によると、2024年7月の日本の輸出入のうち、成田空港は輸出額の15.8%、輸入額の17.7%のシェアを占めている。2024年7月8日の発表では、同年6月の輸出は過去最高を記録した。2023年1月から2024年6月までの輸出額、輸入額の推移は図4と図5のとおり。
輸出額については、図4からも分かるように増減はあるものの、2023年の後半から徐々に増加していることが見受けられる。総取扱量を見ても、東京税関の成田空港貨物出張所の資料によると、2024年4月に26カ月ぶり(注3)に、輸出量だけを見ても、同年5月に29カ月ぶりに前年同月比でそれぞれプラスに転じている。さらに、同年上半期は3年ぶりに総取扱量が前年同期比でプラスとなった。成田空港では、2024年上半期の主要輸出品目が半導体等製造装置(シェア9.7%)、科学光学機器(同5.1%)、IC(同4.6%)、同じく主要輸入品目が医薬品(同14.4%)、通信機(同12.3%)、IC(同10.2%)であった。前年同期比の伸び率については、輸出では半導体等製造装置が53.0%増、輸入では電算機類が66.7%増でそれぞれトップとなった。特に半導体等製造装置の輸出については、2023年10月と11月にそれぞれ前年同月比21.6%減、33.2%減と単月の減少率が最も大きかったこと、財務省が発表している2024年上半期の貿易統計で輸出額(前年同期比24.2%増)の伸び率がトップであったことを踏まえると、日本の貿易における航空貨物の重要性もうかがえる。
図4を見ると、図3の中近東と同様に、中東向けの輸出額が2023年前半までに比べて2024年前半は高い水準で推移していることも確認された。
今後の展望
これまで世界と日本に分けて航空貨物についてまとめてきた。フーシ派の攻撃で物流は混乱した一方で、海上輸送の代替手段の1つとして航空輸送の需要は拡大していることが確認された。IATAのウォルシュ事務局長は、2024年6月の月次レポートで「2024年下半期まで好調を維持する」と見込んでおり、今後のフーシ派の動向も含めた国際情勢によっては航空貨物需要がさらに高まっていく可能性もある。一方で、成長に若干の鈍化も見られている。同氏は、米国が中国にECでの配送に厳しく条件を課していることで、北米とアジアという最大の貿易ルートで成長が妨げられると指摘するなど、課題も残る。また、IATAが公表している航空機燃料価格の推移についても、2024年8月末現在では落ち着いているものの(IATAウェブサイト参照)、昨今激化する中東情勢などにより燃料価格が急騰する可能性も考えられ、航空輸送にとっては予断を許さない状況だ。
日本だけも見ても、最近になって航空貨物需要は拡大しており、海上輸送から航空輸送にシフトしていることが分かる。また、「物流の2024年問題」の影響などから、陸上輸送の代替手段としても航空輸送が注目されている。2024年4月に、ヤマトホールディングスが日本航空などと連携したことが1つの例として挙げられる。自然災害の多い日本にとって、物流網寸断リスクへの一助になると考えられる。このように、世界でも日本でも今後も航空貨物への重要性は大きい。こうした中でIATAは、航空貨物の優先事項としてサステナビリティ、デジタル化、安全性の3つを掲げ、取り組んでいる(2023年4月25日付IATAプレスリリース参照)。特に今回のフーシ派の攻撃で、輸送の安全性は改めて見直された。IATAは2024年3月に進捗を報告し(2024年3月12日付IATAプレスリリース参照)、2023年は3,800万便で事故は30件であったと、航空業界の安全性を強調している。今後の航空貨物需要拡大には安全性だけでなく、サステナビリティやデジタル化も必要不可欠で、これらがさらに進捗することで、世界の貿易のさらなる成長につながっていくと考えられる。
- 注1:
- 2023年11月4日に始まる週と、同年12月9日に終わる週のデータの比較。
- 注2:
- 2023年上半期は貨物量が減少していたことで、貨物市場全体が停滞していたことに留意する必要がある。
- 注3:
- 2024年4月から最新の発表である同年7月まで4カ月連続で増加している。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部中東アフリカ課
加藤 皓人(かとう あきと) - 2024年2月、都市銀行から経験者採用で入構し、現職。