中国経済が直面する持続的発展に不可欠な課題解決とは-有識者に聞く日本企業の中国ビジネスに起きている変化

2023年9月11日

中国経済は、財政赤字の拡大や不動産市場の低迷、人口減少、債務拡大などの構造問題がより顕在化しつつある。米中対立や経済安保などの外部要因もあり、中国を取り巻く環境は大きく変化している。一方で、中国が世界最大級の市場であることに変わりはない。米国の対中規制が強まる中、日本企業の中国ビジネスには以前と比べてどのような変化が起きているのか。日本企業の中国ビジネス動向に詳しい名古屋外国語大学外国語学部の真家陽一教授に聞いた(取材日:2023年8月15日)。


真家陽一氏(同氏提供)

中国の安定成長、地方政府の確実な政策運営がカギ

質問:
7月17日に2023年第2四半期(4~6月)の実質GDP成長率が前年同期比6.3%と発表されたが、足元の中国経済をどう評価しているか。消費が力強さを欠き、民間投資が不振といった指摘もあるが、現在の中国経済が抱える課題についても聞きたい。
答え:
中国に進出している複数の日系企業にヒアリングしたところ、日本で報じられているほど景気は悪くないという認識だった。成長率6.3%は先進国などと比較すれば十分に高い数字で、中国経済が不況に陥っているという状況ではない。ゼロコロナ政策の転換を受けた回復は当初の期待どおりではないものの、不動産分野を除き、景気が極端に悪くなっているわけではない。
ひと昔前は「新常態」という言葉で表現されていたが、中国経済は大きく発展する時期を過ぎており、その成長率自体は徐々に鈍化していくものだ。中国政府にとっては、安定成長をいかに維持していくかが大きな政策課題といえる。
経済をみる上では、タームを考えることが重要だ。本来ならば政治外交問題である地政学的問題や、米中対立が経済にも影響を及ぼしている。これは長期化するだろう。少子高齢化も長期的にみた場合の課題であることに間違いはない。中国は2021年に高齢化率が14.0%を超え(14.2%)、高齢社会に入った。日本が高齢社会になったのは1995年だった。高齢化の問題は徐々に影響が出てくるもので、すぐに問題は顕在化せず、ボディーブローのように効いてくる、対応の難しい課題の1つだ。
質問:
その他、中国経済の持続的発展を考える上で、特に注目しておいた方がよい課題があれば聞きたい。
答え:
経済成長を決めるのは労働、資本、全要素生産性だ。人口や労働力を増やすのはすぐには無理なことで、即効性がない。資本については、中国の場合、民間セクターが債務を抱えており、これまでのような投資は難しいだろう。名目GDP成長率と税収の伸びはだいたい同じ動きとなるため、今後、政府の公共投資が経済を支えるのは徐々に困難になってくるだろう。残るは全要素生産性(Total Factor Productivity:TFP)だが、中国はイノベーションと生産性向上を目指すしかない。国有企業改革や製造業の自動化、省力化などをいかに進めていけるかが課題となる。
中国政府は以前から、良くも悪くも「まずはやってみる」「うまくいかなければ軌道修正する」という姿勢だ。国務院常務会議(閣議)が毎週のように開かれ、多くの方針が打ち出され、矢継ぎ早にさまざまな対応を行っている。場合によっては場当たり的なものもあるかもしれないが、それでも社会を動かしていくことで、うまくいくものもある。中央政府の政策は全体的にはよく考えられているものが少なくない。問題は地方政府がその政策を確実に実行できるかであり、現場を担う地方政府の役割、責任は大きい。

日本企業のサプライチェーンにみられる3つのキーワード

質問:
米中対立など外部環境の変化などにより、中国では経済安全保障やセキュリティーの強化、自国産業や企業の競争力向上のため、国産化推進の動きが見られるとの指摘がある。その一方で、中国は世界最大級の市場であることに変わりはない。米国の対中規制が強まる中、日本企業の中国ビジネスは、以前と比べてどのような変化が起きているか。
答え:
日本企業の中国ビジネスに関して、サプライチェーンについて3つのキーワードでみることができる。それは(1)国内回帰、(2)地産地消、(3)選択と分散だ。
(1)については、最先端技術を国内に置くという企業自身の方針のほか、円安の影響や、中国の人件費などコスト上昇が行動の背景にある。ただ、日本の労働力が減少していることから、国内回帰が可能なのはあくまで先端分野で、かつ自動化や省力化が可能な分野に限られている。(2)については、多くの日本企業が行っている。現地で調達し現地で販売するというもので、このマーケットインの流れは今後もさらに進んでいくとみられる。(3)については、中国の人件費などのコスト上昇や地政学リスクの高まりなどで、中国で製造したものを世界に販売していくのが既に難しくなっている。米中貿易摩擦で一部製品に対して双方で引き上げられた関税がまだ引き下げられていない中で、企業は中国で製造するものと製造しないものを選択し、対応を変えることで最適化してきている。
質問:
米国のジョー・バイデン大統領は8月9日、半導体・マイクロエレクトロニクス、量子情報技術、人工知能(AI)の3分野で、米国から懸念国への対外投資に関する大統領令に署名した。事実上の対中規制の強化だが、その中国経済、中国企業、日本企業などへの影響をどのようにみているか。
答え:
先端半導体など、当該分野に関連する企業以外への直接的な影響は限定的なものの、間接的な影響はある。米国が中国に対する規制を強めているという状況が日本など外資系企業の対中投資マインドを悪化させる可能性がある。対中投資や中国のプレゼンスが低下することが懸念されるし、既に一部にその傾向が出ている。このことは、いずれ日本経済にも悪影響を及ぼす可能性がある。

市場変化への対応急ぐ日本企業、事業ポートフォリオを転換

質問:
中国での日本企業の競争力が地場企業の台頭や第三国企業の参入などにより、相対的に低下しているとの見方がある。例えば、自動車市場の足元では在中日系企業の苦戦が指摘されている。労働集約型産業のみならず、日本の主力産業でも厳しい現状をどのようにみているか。
答え:
いま中国では、EV(電気自動車)販売が伸びていてガソリン車の販売が低迷している状況にあるが、EVだから売れているわけではないことをしっかり把握しておく必要がある。
補助金が支給されたり、ナンバー規制の対象外となっているからEVが売れているのではなく、中国の消費者が車に求めるものがスマホに求めるものと同じになってきており、スマホ的なサービスがあるEVが売れているのだ。実際にただ走るだけのEVはあまり売れていない。
総じていえば、中国の消費者は乗り心地よりもコネクテッド、インフォテインメント、自動運転など高度な通信技術やコンテンツを導入した機能をより重視しているといえる。中国の自動車市場が世界に先駆けてスマート化している事実にもっと注目すべきで、他の地域で売れたものをモディファイして中国に持ってきても売れない。中国市場は大きく変化している。
日本企業もこの変化に対応すべく動きを速めている。中国の地場企業に開発段階から参画してもらい、一緒に新しい車を作り出すという試みを行う企業も出始めた。いち早く変化する中国のEV市場でR&Dを行わないと世界でも勝てない。中国市場向けのR&D、地産地消を中国企業に負けないスピードで行わないと負けてしまうといった危機感がある。
このところ、中国ビジネスの業績が好転している日本企業も少なくないという印象を持っている。例えば、資生堂が2023年8月8日に発表した2023年上期実績をみると、中国事業のコア営業利益は前年に対し75億円改善し、54億9,800万円と黒字転換した。ダイキン、デサント、ユニ・チャームなども中国事業の回復が顕著で、私が知るところでも、このような日本企業が出てきている。中国向けの製品開発が進んでいることの表れだと思う。
以前からいわれていることだが、日本人社員だけで考えても中国の消費者には受け入れられない。中国人社員に開発から任せることが重要だ。時にはライバルともいえる地場企業ともパートナーシップを組んで製品開発を行うというオープンな姿勢で連携すると、中国人消費者に刺さる開発ができる。日本企業は今後さらにもう一歩、現地化のレベルを上げる必要があろう。日本の常識を捨てる、現地社員の感覚を生かせる体質を社内でつくるべきだ。
質問:
生産の一端を担う製造企業、特に中小企業にとっては、なかなか対応が難しい面もあるのではないか。中小企業へのアドバイスは。
答え:
まずは、日本の大手企業の変化をいち早く捉えることに注力してはいかがか。例えば、近年、リスクマネジメントのコストが上がっており、自社で高いコンサルフィーを支払うことも簡単ではなくなっている。積極的に大手企業から情報収集を行い、状況を把握して対応を検討できるとよい。また、撤退や事業再編をネガティブに考える必要はない。事業のスクラップ&ビルドをしっかり考え、ポートフォリオの入れ替えを行うのは自然なことだ。日本の大手企業も中国市場の変化に合わせた事業のスクラップ&ビルドを進めている。
例えば、AGCは2022年12月、大連のガラス製造会社を中国企業に譲渡すると発表し、中国での太陽光パネルや建築用ガラス製造から完全撤退した。その一方で、車載ディスプレーや次世代パネル向けの投資を増やしている。キリンホールディングスも2022年2月、中国の清涼飲料事業から撤退することを発表し、保有する合弁会社の全株式を中国の投資ファンドに売却した。他方で、日本国内のウイスキーの生産体制が整ったことから、同年4月から中国向けに日本国内産の原酒のみを使った「富士」を輸出し始めるなど、中国事業のポートフォリオを大きく入れ替えた。
中国市場の変化を受け、どの企業も中国事業の変化を模索していたのだと思う。その動きが顕在化したのは新型コロナ(ウイルス)の影響が大きかったとみている。人の往来が制限されたため、現地で意思決定をすることが必要となったからだ。本社の幹部が現地を理解し信頼していることが大前提となるが、それも含め、われわれは日本企業の中国ビジネスのこうした変化をもっと注目するべきだと思う。

中国経済をいかに活用していくかを考える視点を持つ

質問:
中国を取り巻く国内外の情勢が大きく変化しており、複雑化の様相を呈している中国ビジネスだが、今後期待できるビジネスチャンスを含め、日本企業へのアドバイスは。
答え:
米中対立はますます厳しくなり、長期化することは間違いない。米中双方は規制を強めていくだろう。この政策動向は注視する必要がある。規制に対するコンプライアンスには十分に注意すべきだ。一方で、経済安保への対策は、過度になるとビジネスそのものに影響を与える。欧米など他国企業の実態も把握しながら、経営判断を行うべきだろう。
日本にとっては、米中ともに経済的に重要なパートナーだ。日本経済は中国経済なしでは成り立たないというのも事実。先端分野は別としても、コンプライアンスを守りつつ、ビジネスを通じて日本の経済や競争力を維持、発展していく必要がある。中国経済を活用していくという視点も必要だ。現実をみて、中国をどう活用し、日本経済の活性化につなげていくかを考えるべきだろう。
略歴
真家 陽一(まいえ・よういち)
銀行系シンクタンクなどを経て、日本貿易振興会(ジェトロ、現・日本貿易振興機構)入会。海外調査部中国北アジア課長、北京事務所次長(調査担当)などを経て、2016年9月から名古屋外国語大学外国語学部教授に就任。主な著作に『アジアの経済安全保障』(共著、日本経済新聞出版)などがある。
執筆者紹介
ジェトロ調査部中国北アジア課長
清水 顕司(しみず けんじ)
1996年、ジェトロ入構。日本台湾交流協会台北事務所、ジェトロ・北京事務所、企画部海外地域戦略主幹(北東アジア)、ジェトロ・広州事務所長などを経て、2022年12月から現職。