中国経済が直面する持続的発展に不可欠な課題解決とは-有識者に聞く地方財政圧迫する社会保障対策で、求められる高齢者就業

2023年9月11日

2022年、中国の人口が減少に転じた。長らく実施された一人っ子政策などにより、少子高齢化は急速に進み、高齢者の長寿化により今後は「多死社会」が待ち受ける。巨大市場を吸引力に発展してきた中国であるが、これら人口変動はこれまでの発展パターンに大きな疑問を投げかける。「多死社会」が中国経済の発展、社会の安定にどのような影響を与えるのか、中国の社会保障制度や少子高齢化対策などに詳しいニッセイ基礎研究所の片山ゆき主任研究員に聞いた(取材日:2023年8月10日)。


片山ゆき氏(同氏提供)

「多死社会」でも高齢者扶養率は上昇、高齢者が働ける社会の意識変化が必要

質問:
14億人以上の人口を抱える中国で今後起こる「多死社会」。中国が目指す持続的な経済成長や社会の安定に対し、どのような影響を与えるのか。中国社会がいま直面している課題を含め伺いたい。
答え:
重要なポイントは、「多死社会」の到来に伴い高齢者が減少し中国全体の人口が減少したとしても、高齢者扶養率は上がり続け、財政負担は増え続けるということである。このことが経済や社会にどのような影響を与えるのかをしっかり考える必要がある。そもそも少子化・生産年齢人口の減少が進んでいるため、製造業やサービス業に携わる人が減り、供給面の縮小が考えられる。一方、高齢者扶養率の上昇により現役世代への負担が増し、結婚、出産・教育、住宅購入などライフイベントに伴う大型の消費を控えるようになり、需要面の縮小も考えられる。
若年層の失業も大きな問題である。中国政府は2015年以降、世界トップレベルの高等教育機関を持つ「高等教育強国」を目指し、人材の高度化に積極的に取り組んでいる。2017年には「世界一流大学・一流学科建設実施弁法(暫定)」が発出されており、同年の大学院生の定員枠は大幅に拡大された。これまでも高度人材の育成に力を入れてきていたが、今後はさらに大卒・院卒の人材が増えることになる。しかし、これら高度人材を受け入れるだけの経済社会の構造、体制が追い付いていない。2022年末時点での都市部の求人倍率は1.46。製造業では1.5を超え、高級エンジニアなどの高級ワーカーでは2.0を超えているにもかかわらず、大卒・院卒など若年層の失業率は高止まりが続いている。明らかにミスマッチが起きている。このような状況において問題となっているのがニートの増加である。このニートには激しい競争を避けてゆっくりと就職先を決めるといった場合もあるが、新型コロナ(ウイルス)による企業の採用枠縮小など短期間で就職ができなかったため、結果的にニートを選択せざるを得ない場合もある。このままでは中国全体として、技術の継承や社会経験の習得が遅れてしまう。人口が減少する社会では、生産年齢人口をいかに社会で活用していけるかが重要となる。中国政府も若者の就業支援の補助金を出したり、農村への就業を進めるなどの措置もあるが、学生としては過酷な受験戦争に耐えて大学まで出てブルーカラーにはなりたくなく、学歴やメンツ、今後の生活水準を考えると妥協もできない状態にあるようだ
中国は他国・地域に比べ、生涯で働く期間が短い。定年退職年齢は男性で60歳、女性は50歳または55歳だが、実際はもっと若い段階でリタイアをしているケースが多い。定年退職年齢が延長されていない状況で長寿化が進行しているため、働く期間と退職後(老後)の期間がほぼ同じとなりつつある。また、最初の就職は妥協がしづらい(その後の転職を考えた場合、原職が基準となるため)という背景もあるようだ。
経済成長を維持するためには、高齢者が働けるような社会意識の変化が必要である。中国では「孝」の伝統的な概念が強く残っており、高齢者の就労は進んでいない。高齢者の雇用促進に向けた法律や施策の整備、社会意識の醸成が必要となるが、それには長期にわたる時間が必要となる。

社会保障経費の約7割が地方負担、経済減速などで高まる地方政府への圧力

質問:
中国の社会保障制度は日本や欧米とどのような違いがあるのか。また、その特徴は何か。さらに、中国政府は現行制度の課題をどのように認識し、今後に向けてどのような制度改革を検討しているのか。
答え:
現行の社会保障制度は1990年代から2000年代において、市場経済への移行に伴う形で改革が進んだ。その後、胡錦涛政権時代は経済も大きく成長し生活自体も豊かになる一方で、都市部と農村部の格差が社会問題となった。よって、格差是正の観点から社会保障の拡充を目指し、農村部や都市部の非就労者向けの公的年金や公的医療保険制度の導入や制度の拡充がはかられた。それに伴って社会保障に関する経費は2008~2011年にかけて毎年前年比20~25%増と大幅に増加した。
しかし、習近平政権になるタイミングで、それまでの拡充路線から大きなモデルチェンジが起きた。経済成長の鈍化、少子高齢化の進展もあり、社会保障への積極的な財政投入が難しい状況となったからである。しかし、社会保障関連経費は高齢化の進展などを背景に、2016年から2021年までの5年間で1.5倍に拡大している。
加えて、経済成長とともに民間保険市場が急成長していた点から、国庫の更なる投入や国債の発行に頼らず、民間市場を積極活用する「多層的な社会保障体系(福祉ミックス体制)」の構築が進められた。中国では1990年代の制度改革当初より「行政」は基礎的な給付にとどめ、それを補完する「市場」の活用を促進するとしており(図参照)、社会保障制度の設計も給付が限定的となっている。
図:中国の福祉ミックス体制
三段階の構造になっている。まず行政が担う基本医療保険がベースにあり、それを補完するものとして、保険会社などの民間企業、もしくはNPOなどの非営利組織と行政が協働運営する大病医療保険、さらには個人で加入する民間の医療保険商品である。

出所:社会保障関連規定より片山ゆき主任研究員作成

この福祉ミックス体制の中で、中国独自の取り組みとして挙げられるのが「官民協働の保険」である。通常、社会保険として「公」が担う部分、私的保険として「私」が担う部分やその経営は明確に役割分担されている。中国は医療保障分野において、「公」(地方政府)と「私」(地方に進出した保険会社)が協働で保険を運営し、当該地に居住する人々の医療リスクを補填する仕組みがある。例えば、農村部・都市の非就労者向けの「大病医療保険」は医療費が一定額を超えた高額な療養費について補填する保険である。さらに、市民向けの「恵民保」は、高齢者や慢性病患者も加入が可能で、日本の都道府県民共済のような役割も果たしている。
質問:
社会保障関連経費の急増は特に地方政府に大きなプレッシャーとなっていると聞く。中国の社会保障制度における地方財政の役割、重要性について伺いたい。
答え:
社会保障の運営・給付などの経費は、およそ70%が地方財政から拠出されており、中央からの財政移転はわずか30%にとどまっている(2021年)。地方政府の財政状態や社会保障に関する方針が社会保障サービスや給付の多寡に大きな影響を及ぼす構造になっている。財政収入の減少や不安定化が続くと、構造的に、制度の維持や持続性の確保が難しい状況となる。特に財政状況が厳しく、高齢化率が高く、人口流出が起きている東北地域は、その他の地域と比べて社会保障制度の維持がより厳しい状況にある。
2021年は社会保険関連の財政支出2兆3,000億元(約46兆円、1元=約20円)のうち、約70%が年金関連となっており、財政的にも老後保障問題が大きな課題となっている。中国政府は社会の安定といった視点からも、年金給付を非常に重視している。物価の変動や高齢化の進展度合いなどに関係なく、年金給付額を毎年5%増やすよう求めており、地方政府財政を圧迫している。中国では年金財源を省レベルで管理している。以前は市政府レベルでの管理であったが、加入者数が少ない市単位では給付リスクの影響を受けやすく、行政単位で上位の省に管理が移った。

新型コロナを経て、年金積立金の地域間調整がスタート

質問:
中央政府はどのような対策をもって、地域間の差異、格差を調整しているのか。その課題とは何か。
答え:
まず、医療保険については、DX(デジタルトランスフォーメーション)などの進展によりオンライン上の医療アクセスや受診機会の多様化が進み、従前の問題の改善が進んだ。その一方で、年金や介護についてはなかなか具体的な進展が見られていない。
高齢化の進んだ地域における年金給付の確保は大きな課題であるが、中央政府から地方政府の財政移転に加えて、各省や地域で管理している年金財源を地域間で移転することで対処している。年金給付については、毎年、中央調整基金を設立し、一定割合に基づいて各省から徴収し、それを定年退職者の多い地域により多く分配している。結果として、広東省など高齢者が少なく、年金給付も少ない省・直轄市がそれ以外の高齢化が進んだ地域を支えている状況にある。現在の経済情勢や企業負担を考えると、年金給付の減額や企業保険料負担の増額、受給開始年齢の引き上げといった懸案事項は、以前にも増して実施しにくくなっている。
また、年金制度は過去の問題を引きずっている。2021年、都市部の就業者を対象とする都市職工年金向けの財政支出は1兆3,000億元(約26兆円)だった。うち、企業向け対象者約4億人の支出額は6,513億元(約1兆3,000億円)だったのに対し、公務員向けは対象者約4,000万人に6,150億元(約1兆2,000億円)が拠出されており、公務員向けがかなり手厚くなっていることが分かる。財政投入の調整などの対策をしなければ、年金財政はより一層厳しさを増していくであろう。
一方、自助の強化として日本の個人型確定拠出年金iDeCo(イデコ)に相当する「個人養老保険制度」の導入も進んでいる。公的年金制度の改革が進まない中で、自身が老後に備える新たな制度の導入はむしろ積極的に進められている。
質問:
少子高齢化が進む中国において、日本企業がビジネスを継続していく上で特に気を付けておくべきことは何か。その一方で、新たに注目すべきビジネスチャンスや今後の見通しについて伺いたい。
答え:
中国は、政府の政策意向に基づいて経済や市場が大きく動く仕組みになっている。しかも政府の市場への影響力は以前にも増して大きくなっている。ビジネスチャンスといえるかは分からないが、政府は少子化対策の1つとして、出産に関する政策に注力している。北京市や遼寧省では不妊治療が保険対象となるなど、変化も見られている。今後、こういった少子化対策面での市場拡大や需要は高まると考えられる。また、高齢化対策にも注力するとしており、これまでの介護サービスなどの需要拡大に加えて、認知症予防など、いわゆる「予防」(サービス・薬品)にも注目している。政策の強化や変化がどの分野で起きているのかをつぶさにみる必要があると思う。
略歴
片山ゆき(かたやま・ゆき)
2005年、ニッセイ基礎研究所入社。2022年より現職。研究・専門分野は中国の民間保険、社会保険制度。21世紀政策研究所「中国情勢に関する研究会」研究委員(2019-2020年度)、21世紀政策研究所「中国研究プロジェクト」研究委員(2023年度)、千葉大学客員准教授(2023年度)などを歴任。主な著書に『習近平の中国』(共著)、『アジアの生命保険市場』などがある。
執筆者紹介
ジェトロ調査部中国北アジア課長
清水 顕司(しみず けんじ)
1996年、ジェトロ入構。日本台湾交流協会台北事務所、ジェトロ・北京事務所、企画部海外地域戦略主幹(北東アジア)、ジェトロ・広州事務所長などを経て、2022年12月から現職。