特集:インフレ下の南西アジアにおける企業戦略・投資環境の再検証世界一の人口、旺盛な需要が見込まれるインドを自社成長に活かすには
カギはメーク・イン・インディア

2024年3月26日

世界最大規模の人口を有し、旺盛な内需が見込まれるインドは、比較的順調に経済成長を遂げている。日本企業は、成長市場であるインドを事業戦略にどう取り込めるかがカギとなる。本稿では、現地日系企業からの声(2023年2月取材)を踏まえ、今後の企業戦略のポイントを解説する。

ポストコロナ以降も堅調な経済成長

インドの実質GDP成長率は、2020年度(2020年4月~2021年3月)はコロナ禍の影響もあり41年ぶりのマイナス成長となったものの、2021年度はその反動が大きく、上半期は順調な成長を遂げた。下半期は世界的なサプライチェーンにおける半導体不足や物流の逼迫などの影響や、ロシアによるウクライナ侵攻に伴う物価上昇などの影響もあり成長は鈍化したものの、全体としては堅調な成長となった。しかし、在インド日系企業ではタイ、ベトナムなどASEANから部品を輸入しているケースもあり、物流の滞りは在庫の積み増し圧力となった。

2022年度第1四半期は、旺盛な個人消費や企業の設備投資などの投資活動に支えられ、実質GDP成長率は13.5%となった。ただし、内需の回復による輸入増加や原油価格の上昇、通貨ルピー安などの影響が、成長率を押し下げる要因となっている。2022年度(通年)の実質GDP成長率については、インド統計・計画実施省(MOSPI)は5月に推計値を前年度比7.2%と発表した。新型コロナウイルスの影響を受けた前年度からV字回復を果たした2021年度の成長率9.1%と比べると伸び率は鈍化したものの、年間GDP総額は過去最高となった。

世界銀行は、2023年度のインドの経済成長について、物品貿易の伸びは減速するものの、強固な公共設備投資とサービス輸出などが成長を下支えすると分析し、同6.3%(2024年1月時点)としている。なお、インド統計・計画実施省(MOSPI)の発表では、2023年度第3四半期の成長率は同8.4%と予測されている(2024年2月29日時点)。

金利の連続引き上げ、インフレの影響は限定的

2021年の消費者物価(CPI)は、インド準備銀行(RBI、中央銀行)が目標基準値とする2~6%の範囲内で概ね推移していたことから、同行は政策金利(レポレート)を4.0%に据え置いてきた。しかしながら、2022年1月以降は消費者物価上昇率が急上昇し、目標基準の上限値6%を超えて推移したことを受けて、2022年5月から段階的に政策金利を引き上げ、物価の安定化を図った。なお、2023年度に入りCPIが目標基準値の範囲内にとどまっていることから、以降の政策金利は6.5%に据え置かれている状況だ。

在インド日系企業からは、インフレについては原材料費や燃料は影響を受けているものの、元々インドのインフレ率は相対的に高く、給与も毎年10%程度上がっているため、消費動向への影響は少ないとの声がある。一方、今後金利が上昇する場合には、原材料、製品ともに在庫の積み増しをしているため、キャッシュフローに悪影響が出ると懸念する声も上がる。原材料費などの高騰による価格転嫁については、各社対応に苦慮しているが、地場企業との取引については価格転嫁に寛容という意見もあり、日系、地場の状況に違いはないようだ。また、物流コストについては、船便は下がってきたがコロナ禍前の水準よりはまだ高く、船会社の寡占化が進み船会社の価格決定力が強くなったため、この傾向は続くという見方がある。

深刻化する人手不足と貿易赤字

インドは14億人超の人口大国であり中間層の拡大に伴う巨大な国内市場を持つが、人口増加に対応するための雇用の確保および人口増大に伴う旺盛な内需拡大に製造業が追いついていない。このため、大幅な輸入超過による貿易赤字が課題となっている。2022年(暦年)の貿易(通関ベース)は、前年比14.6%増の4,532億6,440万ドル、輸入は25.7%増の7,202億3,310万ドルとなり、ともに過去最高を記録した。他方、貿易収支は2,669億6,870万ドルの赤字となり、赤字幅は前年比1.5倍に拡大した。

インド政府は新規雇用の創出や貿易赤字の縮小を目的として、GDPのうち製造業が占める割合を現在の15%から将来的に25%にまで引き上げる目標を掲げ、2014年から「メーク・イン・インディア」や「自立したインド」といったスローガンの下、国内製造業の振興を進めている。その一環として、2020年から導入した生産連動型優遇策(PLI)では、特定の14分野における投資誘致が推進されている。PLIの仕組みは、政府の承認を得た新規投資の実行後、新たに製造された製品の売り上げの増加額に対して、複数年にわたり一定割合の補助金が製造者に支払われるというものだ。自動車部品分野を中心に、PLIに応募した在インド日系企業も20社以上に上る。従来はタイで生産していた部品を内製化するためにPLIを活用し、工場増設、設備投資などの投資額の過半の回収を見込む企業もある。

日本の取り組みとしては、マハーラーシュトラ州のスパ工業団地内に設定されている日本企業専用エリアにおいて、2023年3月に複数の日系企業の工場が竣工し引き渡されている。同時期に訪印した岸田首相とモディ首相の会談においても、2022年3月の会談で出されている日本からの5兆円の投資について再確認されるなど、引き続き協力姿勢が打ち出されている。

ビジネス環境は改善傾向も引き続き厳しい現状

表:投資環境上のリスクの状況
順位 投資環境上のリスク 割合(複数回答)
1位 税制・政務手続きの煩雑さ 69.1%
2位 行政手続きの煩雑さ(許認可など) 57.2%
3位 人件費の高騰 56.5%
4位 従業員の離職率の高さ 52.2%
5位 現地政府の不透明な政策運営(注) 47.8%

注:政策運営とは産業政策、エネルギー政策、外資規制などを指す。
出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」

インドにおける投資環境上のリスクとして税務面での問題点が多く聞かれた。代表的な課題としては、ジェトロの海外進出日系企業実態調査でも例年多くの企業が指摘する「税制・政務手続きの煩雑さ」(69.1%)がある。インドでは税関職員の権限が強く、通関を巡るトラブルが絶えない。例えば、日本・インド包括的経済連携協定(日印CEPA)などを活用した輸入において、税関当局から原産地証明書以外の追加書類の提出を求められたり、申告する関税分類が適切でないとして、関税率がより高い関税分類の適用を主張されたりといった事例などがあるという。また、税制の改正や法解釈の変更などを機に、企業が当初想定していなかった追加納税が求められ、税務当局との交渉が負担との声も多い。これら税制の問題については、在インド日本大使館、商工会、ジェトロ含む関係機関なども協力して、建議書、官民対話など様々なチャンネルからインド政府に申し入れを行っている例もある。それらに加え、昨今では、製品の輸入にあたり、インド標準規格局(BIS)が定めるインド標準規格(IS、注1)認証取得を義務付ける動きが加速している。IS認証取得を義務付ける通達の多くが、発出から適用開始日までの期間が短い一方、認証取得には半年以上の期間を要するケースが多く、「行政手続きの煩雑さ(許認可など)」(57.2%)に見られるように日系企業のサプライチェーンに大きな影響をもたらす看過できない課題となっている。

また、国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)では2070年までのカーボンニュートラル達成を宣言するなど、中長期的なグリーン成長を目指すインドでは、ディーゼル発電機の使用制限やプラスティック使用規制など環境規制について整備を進めており、今後日系企業の課題となってくる可能性がある。一方で環境規制により、自動車など追加でセンサーなどの部品を取り付けることになるなど、日系企業のビジネスチャンスとなっている例もある。

成長をどう取り込めるかが課題

ジェトロの調査によれば、2023年の営業利益見込みを「黒字」とした在インド日系企業の割合は70.9%となっており、過去からの推移をみると、「黒字」と答える企業の割合は徐々に増加傾向となっている。ただし、黒字の規模としては各社濃淡があるように見える。しかし、人口増大、今後の所得向上への期待から、今後1~2年の事業展開の方向性について、「拡大」と回答した在インド日系企業の割合は75.6%とアジア・オセアニア地域内でトップであった。インドは国内需要の回復により、新型コロナ禍前の2019年度調査(65.5%)を10.1ポイント上回った。実際、「成長するのは間違いない。それをどう自社に取り込んでいくのかが課題。本社側も気にしている」といった声が多数あると同時に、「過去の中国、ASEANのような発展スピードは期待できない。まだ当時のように気軽に進出できる国ではない」という声も現地にはあるのが現実だ。

また、米中摩擦などにより注目されるサプライチェーンへのインドの取り込みについては、日系企業の物流は従来のインド-日本よりもインド-ASEAN間が増加傾向という。インド-中国関係に左右される懸念から中国からの調達を避けるよう顧客から要望があるケースもあるという。また、今後もコロナ禍のロックダウンのような極端な規制が入る可能性がある中国からの調達について、慎重になる傾向があるようだ。

しかし、実際にインドで製造するにあたっては、「化学原料については中国ありきのものもあるので、中国からシフトしきれないエリアをどう開拓するかが課題」、「インドは調達のエコシステムが脆弱で、1次サプライヤーや2次サプライヤーまでは現地化できていても、さらにその先の細かい原材料の現地化を進めないとコスト面でメリットが出ない」といった声もある。一方で、コロナ禍による物流の混乱で国外からの調達が困難になり、やむなくインド国内で調達先を模索したことにより、地場サプライヤーが開拓できたケースもあるという。さらには従来、ASEANから調達していた部品のインド国内における内製化を、この機会に進めるといった動きも出ている。

IT大国でもあるインドとは、日本の大手小売企業ではインドIT企業と組んで店舗在庫管理の効率化を図ったり、日本のIT企業がインド工科大学と提携してビッグデータ分析、IoTやAIの領域での共同研究などを進めたりしている。製造業においてもR&D施設をインドに設置する傾向があり。R&Dセンターでアプリケーション、ものの移動や在庫管理、エンジニアの管理システムなどを開発するなど、人材活用でインドの力を取り込もうとする傾向となってきている。

ビジネス環境の変化

日本企業の進出としては現状、大企業、製造業が中心となっている。中小企業においては、金利が高いことを背景にキャッシュフローへの負担が大きくなる点や、日本人担当者および現地人材の確保・登用が難しいといった面があり、進出は難しいと言われている。進出形態としてもインド人パートナーとの合弁という方法も大企業、中小企業ともにあるが、信用できる自社に合ったパートナー探しは難しく、独資の方が経営層のコミュニケーションや、インド側の介入、技術流出などの問題が少ないという意見もある。また順調であった合弁も、インド側の経営層の代替わりで関係が悪化し解消といったケースもみられる。

インドは増え続ける世界最大の人口を抱えるが、それを補う雇用創出、製造業がその消費需要に見合った成長をしていないことに起因する輸入増に伴う貿易赤字があり、これらの解決がモディ政権の至上命題となっている。そのため今後も製造業振興、企業誘致のための「メーク・イン・インディア」路線は続くとみられ、インドへの輸出ではなく進出が求められる傾向は続くであろう。そのため、インド進出日系企業は日本、中国、ASEANからの部品調達よりは、国内調達、内製化を求められることになる。しかし、コア部品、原料についてはまだインド国内での調達は難しいとの声は多く、インド政府が自国の製造業振興策を進める中、この分野での調達をどう進めるのかが今後の日系企業のインド進出、在インド日系企業の成長、そしてサプライチェーン構築のカギと言える。

執筆者紹介
ジェトロ海外展開支援部フロンティア開拓課
北村 寛之(きたむら ひろゆき)
2004年、ジェトロ入構。総務部経理課、ジェトロ大分、企画部事業推進班(東南アジア・南西アジア)、ジェトロ・ニューデリー事務所(アーメダバード駐在)、調査部アジア大洋州課を経て、2023年7月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課
深津 佑野(ふかつ ゆうの)
2022年ジェトロ入構。海外調査部海外調査企画課を経て2023年8月から現職。