特集:インフレ下の南西アジアにおける企業戦略・投資環境の再検証LDC卒業見据えた産業高度化、経済連携の強化がカギ(バングラデシュ)

2023年5月18日

世界銀行は、バングラデシュの2022/2023年度(2022年7月~2023年6月)のGDP成長率を5.2%とし、堅調な成長を見込んでいる。主要産業の縫製業の輸出は世界的な競争力を有する一方、輸出を上回る輸入拡大によって、慢性的な貿易赤字を国外就労者からの郷里送金で補填(ほてん)している。同国の市場規模や豊富な人口、低廉な人件費などが評価される一方で、為替変動や、原材料の現地調達の難しさ、電力不足・停電などのリスクも多い。今後は、後発開発途上国(LDC)からの卒業後を見据えた、産業の多様化・高度化、自由貿易協定(FTA)を含む経済連携の強化などが課題といえる。

慢性的な貿易赤字を郷里送金で補填

バングラデシュ経済は、政府発表によると、2010/2011年度(2010年7月~2011年6月)以降、過去10年のGDP成長率は平均6~7%程度を維持しており、2018/2019年度のGDP成長率は7.9%を達成した。2019/2020 年度には新型コロナウイルス禍に伴って多くの国々がマイナス成長に陥る中、主要輸出先である欧米諸国の需要低迷や、ロックダウンに伴う工場閉鎖の影響を受け、1991年以来の低い水準の3.5%に鈍化しつつも、プラス成長を維持した。縫製品輸出の復調により、2020/2021年度は6.9%、2021/2022年度は7.1%、とコロナ禍前の水準まで回復した。

バングラデシュでは、縫製品輸出の増加や、中東や欧州、イスラム圏を中心とした国外就労者からの郷里送金の流入による内需の拡大が経済を下支えしている。成長率の牽引役の縫製品は、織物(HS62 類)とニット(編物)(HS61 類)のみで輸出額全体の約8割を占める、同国の主要産業・縫製品の輸出総額は、2008~2018年の10年間で約3倍に増加した。WTOが2022年11月末に発表した「世界貿易統計レビュー2022」によると、衣料品輸出国のうち、バングラデシュは金額ベースで第1位の中国に次ぐ第2位で、世界のアパレル産業でも大きな競争力を有している。外需を取り込む輸出競争力の源泉は、低廉な労働コスト、人口の多さ、労働力供給のしやすさ、後発開発途上国(LDC)向けの各国の特恵関税(GSP)恩典などが挙げられる。

単価が低い縫製品が輸出の主力品になる一方、単価が高い機械・機器の輸入ウエートが大きく、輸入が輸出を上回っているため、必然的に貿易赤字を計上するマクロ経済構造(図1参照)を有しており、慢性的な経常収支赤字に陥っている。

図1:輸出入額・貿易赤字の推移
2021/2022年度(2021年7月~2022年6月)の輸出額は544億ドル、輸入額673億7,200万ドルに対し、129億7,200万ドルの貿易赤字となっている。このように、バングラデシュでは、単価が低い縫製品が輸出の主力品になる一方、単価が高い機械・機器の輸入ウエートが大きく、輸入の拡大が輸出を上回っているため、必然的に貿易赤字を計上するマクロ経済構造を有しており、慢性的な経常収支赤字に陥っている。

注:バングラデシュの年度は7月~6月。
出所:輸出振興庁、バングラデシュ銀行から作成

このため、バングラデシュでは、貿易赤字によるマイナス分を国外就労者からの郷里送金で補填している。郷里送金は農村部を含めた国全体の購買力を底上げしている。政府は 2019年8月、正規ルート(注)での送金を促すため、送金額に対する2.0%相当の現金インセンティブの付与を導入し、2020/2021年度の郷里送金額は、過去最高の約248億ドルとなった。2022年1月には現金インセンティブが2.5%まで引き上げられたものの、2021/2022年度の郷里送金額は210億ドル、前年比15%減となった。2022/2023年度はモバイル金融サービス(MFS)プロバイダーによる、国外事業者のプラットフォームを通じたオンライン送金に係る規制緩和が功を奏し、2022年11月以降、やや回復基調にある。郷里送金の伸び悩みは外貨準備高の減少にも直結するため、今後の関連動向が注目される(図2)。

図2:国外就労者からの本国送金額の推移
2020/2021年度(2020年7月~2021年6月)の国外就労者数617,209人に対し、郷里送金額は、過去最高額の約248億ドルを達成した。2021/2022年度(2021年7月~2022年6月)の海外就労者数691,017人に対し、郷里送金額は210億ドル、前年比15%減となった。

注:バングラデシュの年度は7月~6月。国外就労者数は略年統計。
出所:バングラデシュ銀行、海外雇用省から作成

高インフレ、外貨準備高減少、通貨タカ安など不安材料も、堅調な経済成長を見込む

他方、世界的なインフレの高進は成長の妨げ要因となっている。消費者物価指数(CPI)上昇率は、新型コロナウイルス感染拡大の影響によるサプライチェーンの混乱から上昇し、2021年10月からバングラデシュ中央銀行のインフレ目標値(+5.6%)を上回って推移している。2022年2月からのロシアのウクライナ軍事侵攻を受けて、さらなる資源と食料品価格の上昇、先進国の利上げによる通貨タカ安の進行からさらに急上昇し、2022年10月にCPI上昇率は前月比8.91%まで上昇した。インフレ抑止のために、中央銀行は政策金利(レポレート)を2023年1月には6%に引き上げた。ウクライナ危機以降、消費者の購買意欲が落ちており、貧富の格差もより顕在化しているという声も聞かれた。2013年から2022年の過去10年間のバングラデシュのインフレ率は5~7%と相対的に高いものの、長引くインフレにより、国民生活に深刻な影響が及べば、国民の不満が高まり、ハシナ政権への支持率の低下、ひいては持続可能な経済成長に不可欠な政局の安定が脅かされる可能性もある。2024年初頭に予定されている総選挙を前に、難しい政策のかじ取りが求められている。

外貨準備高も、通貨安による輸入コストの増加やタカ安緩和のためのドル売り為替介入から、2022年11月末時点で約338億ドル(輸入の約5.5カ月相当)まで減少が加速した(図3)。政府は外貨準備高維持を目的に施策を講じ、(発電用)ディーゼル燃料の輸入抑制措置として、計画停電の実施に踏み切り、主として製造業のビジネス環境を悪化させた。また、2022年5月以降、信用状(L/C)開設時の預託金(マージン)に関する措置を講じ、さらに、一定金額以上の輸入にはL/Cを開設する商業銀行に対して、事前に中銀への通知を義務づけたところ、L/C開設に時間を要す、そもそも開設ができない、といった副次的な課題が生じている。

図3:外貨準備と為替レートの推移
外貨準備高も、通貨安による輸入コストの増加やタカ安緩和のためのドル売り為替介入から、2022年11月末時点で約338億ドル(輸入の約5.5カ月相当)まで減少が加速した。2023年1月末時点での為替レートは1ドル=91.747タカ、外貨準備高は約322億ドルである。

注:「外貨準備」の2022/2023年値は2023年1月末値。「為替レート」は年平均。バングラデシュの年度は7月~6月。
出所:バングラデシュ銀行、CEICから作成

IMFは2023年1月、総額47億ドルの拡大クレジット・ファシリティー(Extended Credit Facility、ECF)と拡大信用供与(Extended Fund Facility、EFF)、強靭(きょうじん)性・持続可能性ファシリティー(Resilience and Sustainability Facility、RSF)による融資を承認した。IMFは、支援は経済・社会の安定の維持と気候変動対策のための予防的・計画的措置と位置付け、財政危機への対応として、同様のIMF支援を受けているスリランカやパキスタンとは状況は異なるといえるだろう。

世界銀行は1月10日に発表した「世界経済見通し」で、南アジア地域(SAR)の2023年の実質GDP成長率を5.5%と予測し、前回2022年6月発表時の見通しから0.3ポイント下方修正した。世界経済が不透明感を増す中で、バングラデシュの2023年の成長率も5.2%(バングラデシュ政府は6.5%を見込む)とし、成長の鈍化を見通したものの、多くの新興国の成長率の減速と比較すると、堅調な成長が見込まれているといえる。

LDC卒業見据えた産業の多様化・高度化、経済連携の強化がカギ

ジェトロが2022年12月に発表した「2022年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(以下、日系企業調査)によると、在バングラデシュ日系企業の71.6%が今後1~2年の事業展開の方向性について、「今後ビジネスを拡大する」と回答した。同国の特徴としては、成長性・潜在性の高さを見越した高い事業意欲が挙げられる。他方、通関など諸手続きの煩雑さや、為替変動、原材料・部品の現地調達の難しさ、電力不足・停電など、投資環境には依然として解決に時間を要する中長期的な課題が残る(2023年3月31日付地域・分析レポート参照)。

バングラデシュは2026年に後発開発途上国(LDC)からの卒業が予定されている(2021年12月6日付ビジネス短信参照)。卒業後は、LDC向けの特恵関税制度の対象外となり、縫製品に対して関税が課される場合もあるため、価格面での競争力は明らかに低下する。輸出市場の維持に向けた対応の一環として、2022年12月には、日本との経済連携協定(EPA)締結を検討する共同研究が開始された(2022年12月13日付ビジネス短信参照)。他方、同国では、これまで工業化を積極的に推進するような対内直接投資(FDI)誘致策や法制度整備が十分ではなかったため、FDIを拡大し、他の産業育成を図ることが難しかった。FDIは拡大傾向にあるといえ、2022年6月末時点でGDPに占めるFDI比は0.4%程度にとどまる。しかし、縫製業依存の産業構造では脆弱(ぜいじゃく)であり、エネルギーを中心とした輸入の増加が今後も見込まれる。持続的成長のためには、雇用を創出し、輸出競争力のある高い付加価値品を提供する製造業を育成・発展させ、産業の多様化・高度化を推し進める必要がある。そのために、電力・道路などの基礎インフラ整備をはじめ、ハードとソフト両面で投資環境を改善し、外資の導入を促進することが不可欠だ。バングラデシュのインフラは高度な製造業を支えるにはまだ十分とは言い難い。

さらには、LDC 卒業後を見据え、貿易協定締結に向けた政策(RTA Policy)が打ち出される中、自由貿易協定(FTA)などによる経済連携の強化や、地域連結性を高める産業・通商政策の構築も課題といえるだろう。


注:
「カーブ・マーケット(kerb market)」や地下送金、現地では「フンディ(Hundi)」と呼ばれ、統計に反映されない違法送金は依然として大きな懸案となっている。
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課
寺島 かほる(てらしま かおる)
オークションハウス、出版社編集部などを経て2021年7月から現職。