サウジアラビアで抹茶が人気
リヤド発日本式カフェの挑戦

2026年7月13日

中東有数の経済規模を有するサウジアラビアでは、若年人口の増加や社会変革、都市化の進展を背景に外食市場、とりわけカフェ業態の成長が続いている。若年層を中心に、交流や自己表現の場としてカフェを利用する動きが広がっていることに加え、同国政府の経済多角化政策(ビジョン2030)による起業促進や規制緩和も追い風となっている。こうしたカフェ市場の拡大の中、差別化を図る新たな業態として、日本文化に着目した飲食サービスも広がりつつある。その一例が、リヤド市内のイマーム・ムハンマド・ビン・サウード・イスラーム大学(以下、イマーム大学)内で日本式カフェを運営する「アライ(Arai)」だ。日本式カフェ誕生の経緯や今後の取り組みについて、同カフェ代表の新井早苗氏に聞いた(取材日:2026年6月25日)。


日本式カフェ「アライ(Arai)」代表 新井早苗氏(ジェトロ撮影)
質問:
サウジアラビア・リヤドへの進出のきっかけは。
答え:
中東に関心を持ったのは2021年ごろだ。初めて訪れたアラブ首長国連邦(UAE)のアブダビで、同地域におけるビジネス機会の可能性を感じたことが出発点となった。その後、2022年にカタール、UAEのドバイ、サウジアラビアのリヤドを訪問し、各都市を比較する中で、リヤドの将来性に着目した。ドバイやカタールは既に成熟した市場であるとの印象を受けたのに対し、リヤドは成長途上にあり、今後の拡大余地が大きい市場であると直感した。このため、「このタイミングで参入しなければ後悔する」との思いから、サウジアラビアへの進出を決断した。
進出決定後は、現地の若年層と積極的に交流し、市場理解の深化に努めた。その過程で、アニメなどを通じて日本文化に対する認知度は高い一方、日本食については実際に体験したことがない層が多く存在する点に着目し、この「認知と体験のギャップ」にビジネス機会を見いだした。さらに、この仮説については、複数の現地消費者へのヒアリングや試食を通じて検証を重ねた。机上の情報だけでなく、実際に対話を重ねてニーズを把握したことが、その後の事業設計につながった。
質問:
運営開始に至るまでに尽力した点は。
答え:
出店にあたっては、ターゲット層の明確化と立地選定に特に注力した。出店先として選定したのは、リヤドのイマーム大学内の女子キャンパスだ。きっかけは、現地で交流した学生からの紹介という偶然の要素が大きかったが、その後の検討を通じて、戦略的に合理性の高い選択であったと判断している。
まず、日本文化に親しみを持つ層として、日本アニメなどに触れて育った10代・20代の若年層、とりわけ女性を主要ターゲットに設定した。現地でのヒアリングを重ねる中で、この層は日本文化への関心が高く、新しい消費体験にも積極的であることが確認された。同大学の女子キャンパスは、こうしたターゲット層が日常的に集まる場であり、効率的にリーチできる点で優位性があると考えた。このように、若年層の女性を中心に据えることで、購買頻度やリピート率の向上が期待できると判断した。
また、大学は将来の消費主体となる若年層が集まる場であることから、今後の店舗展開を見据えた顧客基盤の形成という観点からも有効な立地であると捉えた。加えて、イマーム大学内は当時、飲食店舗の数が限られており、学生の需要に対して供給が不足している状況であった。この需給ギャップは新規参入における大きな優位性と考えられ、ターゲット層への高いアクセス性と競合の少なさという二つの条件を同時に満たす立地として、同大学が適していると結論付けた。
出店準備において最も注力したのは、現地に根差した情報収集である。立地選定からメニュー開発に至るまで、実際の利用者のニーズを把握することを徹底した。具体的には、多数の現地消費者に対するヒアリングや試食を繰り返し、嗜好や購買行動の傾向を把握した。メニュー開発においても、試作と試食を重ねながら需要との適合性を検証した。例えば、当初導入を検討していたいなりずしは、甘い味付けに対する評価が大きく分かれたため採用を見送った。また、ラーメンについても検討したが、調理工程の複雑さや提供時間の長さといったオペレーション上の課題から、初期段階では導入を断念した。
こうした試行錯誤の結果、現在の売り上げを支えている主力商品は抹茶ドリンクだ。当初は日本食を中心とした商品構成を想定していたが、実際には抹茶の人気が非常 に高く、売り上げの大半を占めている。抹茶の需要は一過性の流行にとどまらず、既に現地の消費文化として定着しており、トレンドを超えて日常的な存在となっており、今後も需要は継続すると分析している。
質問:
抹茶が人気を集めている背景は。
答え:
サウジアラビアで抹茶が人気を集めている背景には、複数の要因が重層的に作用している。第一に、健康志向の高まりである。抹茶は抗酸化作用やリラックス効果を有するとされ、コーヒーに代わる飲料としても評価されている。第二に、若年層を中心としたカフェ文化の拡大である。第三に、SNSやインフルエンサーの影響が挙げられる。抹茶の鮮やかな緑色は視覚的な訴求力が高く、SNSを通じて拡散されやすい特徴を持つ。こうした視覚的魅力やブランド性に加え、抹茶を飲む行為そのものがライフスタイルの一部として受け入れられつつある点も重要である。特に若年層においては、抹茶は単なる飲料にとどまらず、自己表現やトレンドへの参加を象徴するアイテムとして位置付けられており、こうした要素が需要を押し上げている。

抹茶ドリンクを提供する様子(ジェトロ撮影)
質問:
サウジアラビアでの御社のビジネス動向や業界の特徴は。
答え:
サウジアラビアの飲食市場におけるビジネスの特性やポイントは主に次の3点だ。
1点目は、外食への支出が大きくエンゲル係数が高いこと。2点目は、話題性のある商品を試食する意欲が強いこと。3点目は、顧客の移り気が早いため、リピーターの獲得が勝負であることだ。
新規出店した店舗であっても、一度は来店してもらえるケースが多い。しかし、その後継続的に利用してもらえるかどうかが重要だ。こうした市場環境のもと当社は、価格戦略においては学生市場に適した設定を重視している。大学内の店舗という特性を踏まえ、外部の一般店舗より価格を抑える、あるいは同価格帯でも量を増やすことで、リピーターの獲得につなげている。差別化のためには、「本物志向」と「体験価値の提供」を重視している。具体的には、日本から直接輸入した抹茶を使用し、注文ごとに点(た)てて提供することで、品質の高さと新鮮さを訴求している。また、日本人が運営している点もブランド価値の一部として機能しており、「日本から直接仕入れている」という事実が信頼を生み、品質に対する評価を高めている。商品設計においては、ローカライズと本格性のバランスを重視している。基本はオーセンティック(本格的)なスタイルを維持しつつ、現地の嗜好に合わせて受け入れやすい形になるよう工夫している。本格性を損なわない範囲での部分的ローカライズを行うことが、顧客の満足度向上とリピート利用に寄与しており、こうした現地ニーズへの柔軟な対応と、日本発ブランドとしての価値の維持を両立させることが、事業展開の重要なポイントとなっている。
質問:
今後の展望について。
答え:
現在の店舗運営で得られた知見を基に、今後は事業の横展開と収益基盤の強化を進めることを検討している。これまでのカフェ運営を通じて、ターゲット層の明確化や商品構成の最適化に一定の手応えを得ており、今後は事業の拡大を図る。また、これまでの実績から、抹茶は一過性の流行ではなく、現地において継続的な需要が見込めるカテゴリーであることが確認できた。このため、商品ラインアップや提供方法のさらなる磨き込みを進めるとともに、抹茶を軸としたブランド構築を推進する予定だ。加えて、現地では単なる商品提供にとどまらず、店舗での体験への対する関心も高まりつつある。このため、抹茶の提供に加え抹茶を点(た)てる体験や、日本文化に触れられるサービスを導入することで、ブランド価値の向上と差別化を図る。今後は、店舗展開、ブランド強化、体験価値の創出を柱としながら、現地ニーズに適応した持続的な成長を目指したいと考えている。
執筆者紹介
ジェトロ・リヤド事務所
林 憲忠(はやし のりただ)
2005年、ジェトロ入構。市場開拓部、ジェトロ大阪、ジェトロ・プノンペン事務所、ジェトロ・チェンナイ事務所、農林水産部、国税庁、海外調査部中東アフリカ課を経て、2022年8月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・リヤド事務所
平田 若菜(ひらた わかな)
国際協力機関勤務を経て、2024年4月からジェトロ・リヤド事務所勤務。調査業務を中心に、日本・サウジアラビアの経済・産業・ビジネス環境に関する情報発信を担当。