粤港澳大湾区から広がる知財金融の最前線(中国・香港)
深センと香港がつなぐ無形資産の国際金融市場

2026年10月7日

2026年4月、国家金融監督管理総局深セン監管局、深セン市知識産権局、深セン市地方金融管理局の三者は共同で「深セン市推進知的財産金融エコシステム総合試行行動プラン(2026-2027年)(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(以下、本プラン)を公表した。本プランは、2025年3月に国家知識産権局などが公表した「知的財産金融エコシステム総合試行業務プラン(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」に沿ったものだが、ゲームやアニメなどのコンテンツIP(知的財産)に対する著作権金融の強化や、香港との連携による越境金融の推進など、深セン市ならではの特色も打ち出されている。

深セン市の知財金融に注目すべき理由は、その圧倒的なイノベーション創出力だ。世界知的所有権機関(WIPO)が公表するイノベーションクラスターランキングでは、「深セン市・香港・広州市」クラスターが2年連続で世界首位となった(2026年9月17日付ビジネス短信参照)。同ランキングは知財の創出(国際特許出願や学術論文の発表数)に加え、ベンチャーキャピタル(VC)取引件数などを総合的に評価したものだ。中国本土と香港の間では資本取引に一定の制限がある一方、金融市場の相互接続が段階的に進められ、香港市場は中国企業と国際資本を結び付ける重要な資金調達拠点として存在感を高めている。深セン市では知財担保融資(注1)や知財証券化(注2)の試行が進められ、全国有数の知財金融先進地域として制度と実績を蓄積してきた(2021年「深センにおけるイノベーション企業に対する知的財産に関する支援体制について―政策、支援機関、証券化、上場と知財―PDFファイル(3.0MB)」の第2章PDFファイル(3.0MB)を参照)。知財を投資対象として位置付けて活用する「深センモデル」と、国際資本を集める香港の連携が進めば、知財・コンテンツ・データといった無形資産を金融市場で取引・流通させる新たな市場が広東・香港・マカオグレーターベイエリア (粤港澳大湾区)(以下、大湾区)に形成される可能性がある。

本稿では、本プランの内容を紹介するとともに、大湾区を起点に世界へ広がる知財金融の概況を解説する。

イノベーションとコンテンツの発展を支える知財金融エコシステム

本プランでは、(1)知財公共サービス統合供給拠点の構築、(2)知財価値評価の標準化試験区の構築、(3)知財金融サービス先行モデル地区の構築、(4)知財取引・処分流通ハブの構築、(5)金融連携エコシステムの構築という5つの分野で施策が示された(表参照)。

これらの施策を見ると、中国における知財金融は既に制度として実装段階に入りつつあることがうかがえる。例えば知財価値評価については、専門評価機関だけに依存するのではなく、深セン市の実情に即した評価マニュアルの策定や評価業務の標準化、スマート評価モデルなどの活用を通じて、金融機関が融資実務の中で知財の価値を自ら判断できる体制の整備が掲げられている。また、知財に関する信託商品や資産運用商品の登録の仕組みづくりや、知財サービス機関による担保知財の流通メカニズムの強化などが示されており、融資の実行にとどまらず、担保とした知的財産の処分・流通市場を整備し、回収まで見据えた市場形成を目指していることがうかがえる。

また、知財担保融資の対象は、特許、意匠、商標、著作権に加えて、地理的表示(GI)、データ権益、ライセンス収益権へと拡大しようとしている。データ権益は日本ではなじみが薄いが、中国ではデータ知識産権の登録制度が試行され、登録証をデータの取引や融資に活用する取り組みも進む。 ライセンス収益権は、特許や著作権から将来得られるライセンス収入を受け取る権利を指す。本プランではこうした収益権を銀行の融資担保として活用することが検討されている。

また、本プランを見ると、深セン市はゲーム、アニメ、映像、音楽などを対象とした著作権金融サービスの充実にも力を入れていることが分かる。これは中央政府の政策とも方向性を同じくするが、深セン市は人工知能やロボット、デジタルコンテンツ産業の集積を背景に、特許や商標だけでなく、コンテンツIPやデータといった無形資産についても、資金調達や投資の対象として活用できる市場を先行して形成することを目指しているとみられる。

表:深セン市推進知的財産金融エコシステム総合試行行動プラン(2026-2027年)の主な施策
分野 主な施策 特徴と狙い
(1)知財公共サービス統合供給拠点の構築 知財担保登記の電子化、関連サービスプラットフォームの整備とデータ連携。 知財データや信用データを電子化し連携することで、手続きの効率化と知財活用コストを低減。
(2)知財価値評価の標準化試験区の構築 銀行自身による知財評価の推進、知財価値評価基準の整備。 スマート評価モデルの活用や、企業全体の知財力を評価する方式の模索。
深セン市の実情に適した評価マニュアルの策定。評価業務の標準化。
(3)知財金融サービス先行モデル地区の構築 知財金融管理体制の整備と新たな知財金融商品の開発。
知的財産権保険保障の強化。専門機関と専門人材の育成。
ゲーム、アニメ、映像、音楽などの著作権金融サービスの充実。
銀行による地理的表示、データ権益、ライセンス収益権の担保化の検討。
「保険+サービス」の一体運営体制を構築し、リスク識別から解決策提示までの全プロセスを支援。
(4)知財取引・処分流通ハブの構築 知財取引市場の活性化、担保知財の処分・流通体系の整備。 知財に関する信託商品や資産運用商品の登録の仕組みづくり。
知財サービス機関による担保知財の処分・流通への参加を奨励。
(5)知的財産権金融協同エコシステムの構築 リスク分担・補償制度の整備、銀行・企業マッチングと政策支援の強化、深セン・香港間の知的財産協力の強化。 政府・銀行・保険・保証会社による融資リスク分担制度。知財企業ホワイトリストやマッチングイベントの活用。越境金融の推進と国際資本市場との接続。

出所:「深セン市推進知的財産金融エコシステム総合試行行動プラン(2026-2027年)」を基にジェトロ作成

世界に広がる中国の知財金融

そして、深セン市の知財金融政策の最大の特徴は、知財金融の仕組みそのものよりも、それを香港の国際金融機能と接続しようとしている点にある。

その代表例が、2025年に深セン証券取引所で実現したとされる、河套深港科技創新合作区における資金調達の事例だ。特徴は、中国特許ではなく香港子会社が保有する香港特許を担保として活用した点と、香港系金融機関が適格国外機関投資家として証券を購入し、融資に直接参加した点だ。これは、「海外知財の中国本土での融資活用」と「海外資金による中国本土の知財証券購入」を組み合わせた中国初の「ダブル越境モデル」であると報じられた(「香港商標網」2025年11月3日)。

一方の香港も、単なる資金調達の場ではなく、知財の評価や資金化を支える国際的な取引基盤の整備を進めている。2024年7月に導入された「パテントボックス」税制は、香港で開発された特許やソフトウエア著作権などの知財から生じる適格所得に対し、5%の優遇税率(一般の法人税率は16.5%)を適用する仕組みだ(2024年7月16日付ビジネス短信参照)。さらに香港政府は2025年、知財を活用した資金調達を促進するため、「IP融資サンドボックス(IP Financing Sandbox)」を立ち上げた。これは銀行、投資家、知財評価機関などが参加し、実際の案件を通じて知財評価や融資手法を試行する枠組みで、評価手法やリスク管理のノウハウを蓄積することを目的としている(2025年12月25日付ビジネス短信参照)。

深セン市は、知財を資金調達に活用する市場の形成を進め、香港を通じた国際資本市場と中国本土企業の接続を模索している。

日本企業への示唆

2026年7月に公表された「十五五知的財産保護・運用計画」(ジェトロ仮訳PDFファイル(426KB))では、知的財産金融の積極的かつ着実な発展や、知的財産金融エコシステム総合試行の展開が明記されるとともに、著作権金融サービスのイノベーション促進も掲げられている。中国の知的財産金融は既に地方試行を経て、全国的な総合試行の段階に移りつつある。コンテンツIPやデータ権益も含めた知財の総合的な金融活用を進める深セン市の取り組みは、中国が国家戦略として目指す知財金融発展の方向性を先取りするものといえる。

知財を生み出し、評価し、資金化する仕組みが整う大湾区は、無形資産の活用・投資機会を生み出す市場として注目される。特許や商標だけでなく、コンテンツIPやデータ権益、ライセンス収益権などを、いかに評価し、事業や資金調達に結び付けるのか。大湾区で進む知財金融の取り組みは、日本企業が無形資産の活用戦略を見直す契機となり得る。


注1:
特許権や商標権などの知的財産を担保として資金を調達する手法。 本文に戻る
注2:
知的財産から生じる収益権や、知財担保融資による債権を裏付け資産として証券を発行し、投資家から資金を調達する手法。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所
南川 泰裕(みなみがわ やすひろ)
経済産業省 特許庁で特許審査/審判、特許審査の品質管理や研究者の知財支援などを担当。2025年9月ジェトロに出向、同月から現職。