ドイツのイノベーションの支え、フラウンホーファー研究機構
その特徴と課題を追う
2026年2月26日
ドイツは2000年代後半以降、著しい経済成長を遂げた。2010年代までは、欧州の中で「一人勝ち」と称される状況だった。しかし、ロシアのウクライナ侵攻を契機にエネルギー価格が高騰し、それに伴って産業空洞化が進展。そうしたことなども相まって、ドイツ経済は2023~2024年、2年連続でマイナス成長を記録した。2025年はマイナス成長から脱するものの、低成長の予測になっている。
ドイツ経済の強みの1つとして考えられてきたのが、イノベーションだ。産業志向の研究を中心に長年積極的に取り組まれている。しかし、例えばドイツ研究・イノベーション専門家委員会(2025年)は「連邦政府が高い政策目標を掲げてきたにもかかわらず、変革に必要なイノベーションの推進力を喚起することに成功していない」と現状を評価している。
本稿ではドイツを巡る状況の変化を踏まえ、長年ドイツのイノベーションを支えてきた公的研究機関であり、応用研究分野で世界的にも著名なフラウンホーファー研究機構の特徴を概説するとともに、その活動の評価を紹介する。
なお、本稿の執筆に当たっては一部、技術開発系シンクタンクのAnalytica Orbisから協力を受けた。
フラウンホーファーの成功要因を探る
当機構は、科学技術分野における公的応用研究機関として欧州最大だ。研究だけでなく、技術を市場ニーズに適用し、開発成果を企業に移転することを目的に活動している。その成功の秘訣(ひけつ)と考えられる主な特徴を概説する。
特徴1:外部からの研究受託を促す収益構造
フラウンホーファー研究機構の収益構造上の特徴は「研究受託のインセンティブ」が働くこと。
その予算は、年間30億ユーロ超に上る。収益源は、主に(1)ドイツ政府から提供を受ける基礎資金(連邦政府が9割、州政府が1割拠出)、(2)ドイツやEUなどの公的事業から受託する収入、(3)企業から研究開発を受託する収入(ライセンス料収入含む)から成る。
(1)(2)(3)は、それぞれ3分の1程度の割合となっている。全体の3分の2が受託収入であることに加えて、各研究所の財源のうち(1)の基礎資金は前年の受託収入などに応じて増減する成果連動型である。そのため、当機構の各研究所は対外的にその存在価値を示し、外部研究を受託するインセンティブが働く構造になる。
同時に、研究予算に占める企業からの委託研究の割合が大きい(55%を超える)場合、基礎資金の配分が減少する仕組みになっている。長期的に基礎的な研究力がおろそかにならないよう、適切なバランスを維持できる設計になっている。この仕組みは「フラウンホーファー・モデル」と呼ばれ、各研究所の研究力を維持・向上させる仕組みとして、世界的な評価を受けている。
特徴2:分散型ボトムアップの組織構造
フラウンホーファー研究機構の組織構造上の特徴は「分散型」「ボトムアップ」である。機構の本部は基本的に、各研究所に対して助言などのサポートを提供するにとどまり、各研究所は研究テーマの選択や組織運営などについて相当程度の裁量を有する。
当機構は国内に76の研究所を有する。そのため、研究所間の競争を促す観点から研究所間の研究テーマの重複などもあり、また「フラウンホーファー・アライアンス」などを通じて複数研究所が共同研究することもある。ただし、やはり弊害はある。例えば、研究所間の競争を促す構造になっているがゆえに、分野を超えた学際融合領域の発達を阻害している面もある。事実、「産業・社会の複合課題への対処が困難になっている」との指摘がある。
当機構は、国外でも積極的に活動している。その地域は欧州内にとどまらず、米州(米国、チリ、カナダ、ブラジル)やアジア(シンガポール、台湾、中国、インド、日本、韓国)などに広がっている。
このように分散型で、国内外を問わずにボトムアップで活動することによって、多様なイノベーションを促している。
特徴3:大学や産業界との橋渡しを意識した人員配置
人員配置上の特徴は「大学や産業界との橋渡し」を意識していること。機構を構成する各研究所の所長は、大学教授を兼任していることが多い。そのため、各研究所は大学と緊密な協力関係を構築できており、このことは学生の採用でも有利に働いているとされる。
また、企業からの受託研究などを通じて産業界との接点も多い。そのため、職員が企業に転職することも少なくないが、当機構は、技術移転の一環として肯定的に捉えている。
こうした大学や産業界との橋渡しを意識した人員配置は、単に研究して満足するのではなく、技術を市場ニーズに適用し、さらには開発成果を展開していくという、当機構の理念を実現する上で重要な機能を果たしている。
当機構に従事する職員数は、全体で約3万人に及ぶ。その雇用形態は、(1)無期雇用が約半数、(2)残りが有期雇用になっている。(1)で多くを占めるのは、企業からの受託研究の経験が豊富な博士号取得者だ。学部卒や修士号取得者は、基本的に(2)になり、有期雇用契約(最長6年間)期間中に博士号取得を目指す。その後改めて有期雇用契約(最長6年間)で雇用され、さらにその後、希望者が適性を満たす場合、無期雇用に転じることがある。有期雇用者に対しては、専門知識開発やキャリアプランニングなどについてさまざまな支援を提供している。
研究案件の端緒は、企業が当機構に相談を持ち込むかたちが大半だ。もっとも、既述したとおり各研究所は企業からの受託研究を獲得する必要がある。そのため、研究者自身からも案件開拓を進める。研究所によっては、ビジネス開発職員を数人配置して案件を開拓している。
特徴4:開発成果の展開を担う専門機関の存在
当機構は研究所とは別に、開発成果の展開を担う専門機関を設けていることも大きな特徴だ。
例えば1995年には、「フラウンホーファー特許センター」を設立した。現在時点で年間400~500件程度、特許出願しているという。これは、研究開発成果の知的財産管理に力を入れている表れといえるだろう。
また、研究成果の市場化を目指すスピンオフなどへの支援も行っており、2001年にはベンチャーキャピタル「フラウンホーファー・ベンチャー」を設立済みだ。その結果、2000年から2021年までに500社以上が、当機構からスピンオフした。(1) Enerthing〔IoT(モノのインターネット)機器や微小電子機械システム(MEMS)の電源に特化した小面積高効率の太陽電池を製造・販売する事業者〕や(2) Visometry〔産業用拡張現実(AR)とコンピュータビジョン技術を開発・提供する事業者〕などがその一例だ。また、2023年3月末までに187の企業に投資しているという。こうしたところにも、開発成果を展開するという理念の徹底がうかがえる。
機構は中小企業にどう向き合っているのか
当機構の活動は、日本で中小企業支援の手本という評価を受けることも少なくない。そこで、中小企業をどう支援しているのかについて概説する。
「中小支援ありき」ではない
当機構の企業支援は、事業者の規模を問わない。すなわち、その対象には大企業を含む。中小企業への支援は、顧客企業数ベースで約6割、契約額ベースで約3割を占める。地場の中小企業の中には、イノベーションを志向していながらも、独自の研究開発施設・設備や研究人材が十分にいない事業者も多い。特にそうした企業に対して、外部研究機関として支援を講じている。
このように、当機構が中小企業への支援を重視していることは事実だ。しかし、いくつか留意点がある。
- そもそも「中小企業」の定義が日本と異なる。
ドイツでいう「中小企業」の定義は、必ずしも従業員数などの企業規模に基づかない。
当機構が主な支援対象として想定しているのは、「ミッテルシュタント(Mittelstand)」になる。この用語には一般に「中小企業」という翻訳を当てることが多い。しかし実のところ、その定義は抽象的かつ定性的だ。
例えば中小企業研究所(IfM Bonn)は、「ミッテルシュタントは所有と経営の一体性によって定義される。従って、企業が中小企業に属するか否かは、その規模ではなく、その質的特徴によって決まる」と説明。その上で、「所有権と経営の一体性を特徴付けるのは、経営者が個人的な影響力を大きく発揮すること、経営リスクを負うこと、その企業が経営者の個人的な生計と生存の基盤を確保していること」としている。
この結果、ミッテルシュタントは、EUの企業規模によって定義される「中小企業」の大半が含まれるものの、一部には大企業を含み得る。 - 当機構は、ビジネスパートナーとして中小企業にもシビアに接する。
当機構では各種サービス料金について、一般的な民間機関よりも安価な設定にしている。しかし、企業規模にかかわらず企業に手数料などの支払いを求める。換言すると、中小企業に優遇措置を講じているわけではない。
実際、当機構を活用するための費用負担が高額で、中小企業にとって大きな障害になっているとの指摘がある。例えば、専門家からの助言料は、1回当たり1,000ユーロ以上に及ぶ。また、実用化に係る貢献手数料は権利収入の最低25%で、実用化に貢献がなくても発生してしまう。 - 役割が限定的
機構は、あくまでも研究開発を受託するという立場であり、中小企業からの受託だったとしても、販路開拓など、研究開発以外の支援は行っていない。
ただし、さまざまな支援の中で培ったマーケットに関する知見などを踏まえ、付随的に助言することはあり得るという。
中小企業・スタートアップを意識した活動は確かにある
フラウンホーファー研究機構は、中小企業から受託して研究を行うことに加えて、主に中小企業(スタートアップを含む)向けに以下のような支援プログラムを提供している。また、一部の研究所は独自の中小企業支援プログラムも提供している
- フラウンホーファー・マッチ:
当機構および研究者と企業のマッチングを行うためのデジタルプラットフォーム。2023年6月から実施。 - ハイパフォーマンス・センター:
地域ごとに、当機構の研究所、大学、そのほかの研究所が、企業などと連携。地域固有の研究トピックに焦点を当てつつ、地域横断的に活動する。
当該センターは、全国に約20カ所設置している。 - フラウンホーファー・ベンチャー・Colab:
当機構・研究者とスタートアップの協業を支援するプログラム。
研究者とスタートアップのマッチングに加えて、アクセラレータープログラムや技術移転などの支援を実施。
肯定的な評価ばかりでもない
当地のイノベーション・モデルでは、科学・技術・工学を適用して、プロセスと技術を漸進的かつ継続的に改善していく。こうしたことを推進しつつ、大規模な商品市場よりも競争が激しくないニッチな分野を目指すものとされる。 これは短期的な成果を強調する当機構の研究姿勢に合致する。また、自動車や機械産業など、既存産業でドイツの競争力強化に貢献してきたともいわれる。 一方このようなモデルでは、新たな産業や技術分野を生み出す革新的イノベーションにつながりづらいという指摘がある。例えば、全米研究評議会の少し古い文献(2013年)では、当機構の課題として次の点が挙げたられた。
- 当機構は、既存産業からの研究ニーズに基づいて活動している。そのため、新規産業を創出するインセンティブが欠如する。
- また、低リスクで短期間のうちに上がる成果に重点を置くため、高リスクで、長期間の研究が必要になる技術分野(例えば、バイオテクノロジーなど)には合わない。
- 当機構を含めて、当地の公的研究機関は、国内の大学と資金面・人材面で競合する。その結果、国内で世界的な大学が育ちづらくなっている。
ちなみに、欧州中央銀行(ECB)前総裁のマリオ・ドラギ氏は2024年9月、欧州委員会に、EUの競争力強化に向けた報告書を提出した(いわゆる「ドラギ・レポート」)。当該報告書で、(1)欧州は「ミドルテクノロジーの罠(わな)」に陥っていること、(2)研究開発が自動車などの既存産業に偏った結果、デジタルなどのハイテク分野で米国や中国に大きく劣後していること、を指摘した。 欧州が直面するこうした現在のイノベーションの課題に対応するためには、当機構も新たな取り組みを講じる必要がありそうだ。この点、既述の「フラウンホーファー・ベンチャー」によるスピンオフ支援を、その一環として捉えることができるかもしれない。
ドイツモデルにならう制度構築は慎重に
これまで、日本を含めてさまざまな国々が、フラウンホーファー研究機構の成功モデルを自国に導入しようと取り組んできた。しかし、既述した全米研究評議会の文献(2013年)でも指摘されているように、当機構のモデルを他国で模倣するのは容易でない。というのもこれは、ドイツの文化的・制度的進化を長年かけて反映した結果だからだ。例えば、産業研究に対して継続的に公的な財政支援を講じることは、その一例だ。イノベーション志向・輸出志向を持ちながら、研究施設を持つのが困難なミッテルシュタントの層が厚いという事情もある。さらに、適切な協調領域を基礎として競争すべきという文化も根付いていた。
フラウンホーファー研究機構の成功モデルが自国の課題を解決するために有効なのかを検討すること、その上で、導入する場合に自国の環境や状況などに合った内容に修正することが重要だ。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ベルリン事務所 次長兼産業調査員
日原 正視(ひはら まさみ) - 2003年、経済産業省入省。エネルギー政策や中小企業政策などを担当した後、大臣官房会計課政策企画委員、中小企業庁財務課長を経て、2022年7月から現職。






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