スロバキアと結ぶ越境産業圏
ウクライナ・ザカルパッチャ州(2)
2026年8月5日
本稿は、2026年5月に実施したジェトロの現地調査に基づき、2回に分けてウクライナ最西端に位置するザカルパッチャ州の投資・産業環境を整理するものだ。前編「ウクライナ・ザカルパッチャ州(1)移転先から製造・物流拠点へ」では、ザカルパッチャ州が、ロシアによる侵攻を背景とする企業の「移転先」から、EU市場と接続する製造・物流拠点としての性格を強めている状況を整理した。チョープを中心とする複数のEU加盟国への鉄道物流網や国境物流インフラ、矢崎総業、ジェイビル(Jabil)、フレックス(Flex)などの外資系製造業の集積は、同州が欧州向け製造機能を持つ地域であることを示している。後編となる今回は、ザカルパッチャ州を単独で見るのではなく、ウクライナ西部の中核都市リビウ、さらに国境を越えたスロバキア東部の産業都市コシツェとの関係から、同州の広域的な位置付けを考える。また、ザカルパッチャ州が抱える人材不足や、日本企業にとっての事業展開可能性についても考察する。
ザカルパッチャ州は単なる「戦時下の移転先」ではなく、リビウやコシツェと結びついた越境産業圏の一部として、投資・産業面での重要性を高めつつある。
リビウとの補完関係
ザカルパッチャ州の投資環境を理解する上では、北に隣接するリビウ州との関係性も見る必要がある。リビウ州はウクライナ西部最大級の経済拠点(2025年6月10日付地域・分析レポート参照)であり、都市機能、ITエコシステム、人材などが集積している。ウクライナおよび外資系企業、国際機関、支援機関などの拠点も多く、戦時下においてもウクライナ西部のビジネスハブとして重要な役割を果たしている。
これに対し、ザカルパッチャ州はEU隣接地域として物流・製造面で補完的な役割を果たしている。同州はポーランド、スロバキア、ハンガリー、ルーマニアと国境を接するが、ポーランドとの国境は主に山間部であり、実際の物流・産業面での接続はスロバキア、ハンガリー、ルーマニア方面が中心となる。チョープを起点とする鉄道・道路網が、同州のEUとの接続性を支えている(図参照)。
出所:ジェトロ作成
リビウ州には、ITエコシステム、スタートアップ支援機関、投資誘致機能に加え、フジクラなどによる自動車部品や建材などの製造業も集積しており、ウクライナ西部で最大級の産業基盤が形成されている。一方、ザカルパッチャ州は、複数のEU加盟国と接する地理的条件を背景に、EU市場向けの製造、組み立て、越境物流に強みを持つ。とりわけ、矢崎総業のワイヤーハーネス製造、ジェイビルやフレックスの電子機器製造受託(EMS)、ユーロカー(Eurocar)の自動車組み立ては、EU市場に近い製造拠点としての具体的な姿を示している。
両地域は競合関係というより、機能の異なる拠点として相互補完的に捉えることが適切だ。リビウ州は投資誘致、ITエコシステム、人材、都市機能などの集積を担う。一方、ザカルパッチャ州は国境接続型の製造・物流機能を担う。これにより、ウクライナ西部全体としてEUと接続した産業ネットワークを形成する余地がある。

スロバキア東部コシツェとの接続
ザカルパッチャ州を理解する上で、前編で触れたスロバキア東部のコシツェとの関係は欠かせない。ザカルパッチャ州の州都ウジホロドとスロバキア第2の都市であるコシツェは、直線距離で約80キロメートル、道路距離で約100キロメートルに位置する。距離が近いだけでなく、チョープを介して鉄道・道路インフラで物理的に結ばれている点が重要だ。チョープからは貨物用の広軌路線が国境を越えてコシツェ近郊まで直接接続しており、ウクライナ発の貨物をスロバキア東部へ供給する物流インフラとして機能している。
コシツェは鉄鋼、自動車、物流、ITなどの産業基盤を有し、外資系企業の投資拡大も認められる。ボルボはベルギー、スウェーデンに加わる欧州3つ目の製造拠点としてコシツェで電気自動車専用工場の建設を進めている。投資額は12億ユーロ、年産能力は約25万台とされる。
日本の機械・電子部品メーカーのミネベアミツミは2024年6月、自動車市場向けの電子機器製品や産業機器市場向けのロボット製品の開発などを行う「ミネベアミツミ開発センター・コシツェ」の開設を発表した(2024年6月17日付ミネベアミツミ プレスリリース参照
)。同社はコシツェ県内に車載モーターや自動車部品の製造拠点を有しており、研究開発・生産体制を強化している。また、USスチール・コシツェ(USSK)は日本製鉄のUSスチール買収により、2026年10月に「Nippon Steel Slovakia(ニッポンスチール・スロバキア)」へ社名変更する予定だ(2026年5月13日付日本製鉄プレスリリース資料参照
(272KB))。こうした動きは、スロバキア東部における日本企業の存在感の高まりを示している。
コシツェは「工業都市」から「ハイテク・宇宙産業のハブ」への転換も進めている。2025年9月には、東スロバキア宇宙クラスター(ESSC)、コシツェ工科大学(TUKE)、ジリナ大学などの地域の学術・研究機関が結集し、欧州宇宙機関(ESA)のビジネス・インキュベーションセンター「ESA BIC Slovakia
」が開設された。今後5年間で有望な宇宙関連スタートアップ25社を支援する計画であり、スロバキア東部で宇宙エコシステムの構築が進んでいる。鉄鋼や自動車に加え、こうした先端分野の事業展開事例もコシツェ地域の産業構造の厚みを示している。
ザカルパッチャ州とコシツェの関係は、物流・製造面の補完関係にとどまらない。ウジホロド市政府は、コシツェ市との越境協力を通じてEU基金へのアクセスを高めることを重要なテーマとしている。市同士の関係がEU制度への接続窓口として発展し始めていることから、コシツェを中心とする産業集積は今後さらに高まる可能性がある。ザカルパッチャ州を単独で見るのではなく、スロバキア東部と一体の越境産業圏として捉える視点は、同州の投資環境を考える上で重要だ。
人材不足-拡大する産業基盤の制約要因
企業移転と製造業の拡大が進む一方、人材不足は深刻な課題だ。動員や国外避難により労働人口が減少する中、熟練工、技術者、物流人材の確保は容易ではない。ザカルパッチャ州政府によると、2025~2026年には、職業・技術教育機関13校に5,270人、高等教育前専門教育機関21校に9,315人、高等専門教育機関9校に1万9,671人の学生が在籍している。一定の教育基盤はあるものの、製造業の拡大需要に対応するには、企業と教育機関の連携、職業訓練、リスキリングの仕組みをさらに強化する必要がある。国際協力機構(JICA)の支援のもと、矢崎ウクライナ(矢崎総業の現地拠点)が取り組む職業訓練の枠組みは、産業界と教育機関が連携した人材育成モデルとして参考になる。
日本企業にとっての可能性
ザカルパッチャ州政府およびウジホロド市政府は、日本企業との協力に強い関心を示している。製造、人材育成、再生可能エネルギー、農産品加工・冷凍保存、環境インフラなど、日本企業の技術・知見が生かされる領域は広い。
また、ウジホロドは桜並木で知られ、日本との文化的な親和性を持つ。2026年4月には、ウクライナ鉄道、在ウクライナ日本国大使館、JICAの連携により、首都キーウとウジホロドを結ぶ「桜列車(ウクライナ語)
」が運行され、両国で広く報道された。文化的な接点が官民対話の入り口となっている点も、この地域における日本の関与を考える上で重要だ。
今回の現地調査を通じて、ザカルパッチャ州は企業の「移転先」から「EUゲートウェイ」としての産業・物流拠点へと性格を変えつつあることを確認した。EUに接続する物流インフラや外資系製造業が集積する産業基盤を保有し、スロバキア東部のコシツェとの連携を通じてEU制度や資金への接続も模索している。人材不足、物流コスト、国境での手続き、戦争リスク、投資案件の実行可能性など課題は多いが、ザカルパッチャ州を「戦時下の移転先」としてだけ見るのは実態とそぐわない。ウクライナとEUをつなぐ産業・物流プラットフォームとして新たな段階に入りつつある。日本企業にとっては、慎重な事業環境確認を行った上で、復興支援という視点に加え、欧州市場と接続した将来的な事業展開候補地として検討し得る地域だ。
ウクライナ・ザカルパッチャ州
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- 執筆者紹介
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ジェトロ・ワルシャワ事務所次長
余田 知弘(よでん ともひろ) - 貿易開発部、海外調査部、大阪本部、ルーマニア・ブカレスト事務所、イスラエル・テルアビブ事務所等を経て、2024年9月より現職。ワルシャワを拠点に、ポーランド、ウクライナ、バルト三国を担当。





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