移転先から製造・物流拠点へ
ウクライナ・ザカルパッチャ州(1)

2026年7月31日

ウクライナ最西端に位置するザカルパッチャ州は、ポーランド、スロバキア、ハンガリー、ルーマニアの4カ国と国境を接する(図1参照)。2022年2月のロシアによるウクライナへの全面侵攻以降、企業移転の受け皿として注目されてきた同州は、単なる「比較的安全な移転先」にとどまらず、EU市場と接続する製造・物流拠点としての性格を強めつつある。背景には、400社超の企業移転に加え、EUと接続する鉄道物流網や外資系製造業の集積がある。

本稿では、2026年5月に実施したジェトロの現地調査に基づき、2回に分けてザカルパッチャ州の投資・産業環境を整理する。前編となる本稿では、同州の地理的特徴、企業移転先としての優位性、物流インフラ、外資系製造業の集積を中心に取り上げる。後編では、ザカルパッチャ州を単独で見るのではなく、ウクライナ西部の中核都市リビウやスロバキア東部のコシツェとの産業・物流面での関係性をはじめ、広域的な視点で概観し、日本企業にとっての事業展開可能性を考察する。

図1:ザカルパッチャ州の位置
ウクライナのザカルパッチャ州の位置を示す地図。ザカルパッチャ州はウクライナの最西部に位置している。

出所:ジェトロ作成

408社が移転—企業集積の現在地

ミロスラウ・ビレツキー・ザカルパッチャ州知事によれば、ロシアによる全面侵攻開始後、国内各地から408社が同州へ移転した。前線から離れている点に加え、既存の製造業基盤、EU市場への近接性、複数の国境へのアクセス、越境物流の利便性が立地判断の重要な要素となっている。

州政府はザカルパッチャ州を「ウクライナ南西部からEUへのゲートウェイ」と位置付け、自動車部品、電子機器製造受託(EMS)、再生可能エネルギー関連設備、建材、物流、農業加工、廃棄物処理などを重点投資分野に掲げている。

州政府の資料「Zakarpattia. The territory of winning investments 2026PDFファイル(5.83MB)」によると、戦時下においても5億ドル以上の投資が実現し、さらに17億ドル以上の投資計画が進行中とされる。個別案件の進捗や実行状況については別途確認を要するが、少なくとも同州が「戦後復興を待つ地域」ではなく、戦時下でも産業基盤の強化を進めようとしていることが分かる。また、7月時点でザカルパッチャ州は、ウクライナ国内で唯一夜間外出禁止令が発令されていない地域であり、戦時下における事業継続性や物流面での相対的な優位性がある。

鉄道・港湾が支える西部物流回廊

ザカルパッチャ州の物流上の強みは、複数のEU加盟国と直接国境を接する立地にある。スロバキア東部との広軌路線の接続や、近隣国港湾との連携強化などにより、同州はEU向け物流の中継地点として機能している。

中でもチョープは、ウクライナとEUを結ぶ鉄道物流の要衝であり、ウクライナで採用される広軌(1,520ミリ)と欧州の標準軌(1,435ミリ)が接続する重要地点だ(図2参照)。スロバキア、ハンガリー方面への旅客・貨物輸送の双方において重要な役割を担う。チョープからは、スロバキア側のチエルナ・ナド・ティソウ、ハンガリー側のザホニ方面へと路線が接続している。

図2:ウクライナ西部および接続する東欧諸国との関係図
ウクライナ西部および接続する東欧諸国との関係図。ウクライナの西側には、北からポーランド、スロバキア、ハンガリー、ルーマニアが隣接している。ウクライナの都市リビウは同国西部に位置する。最西部のザカルパッチャ州には、スロバキアとの国境に近いウジホロド、スロバキア・ハンガリーとの国境に近いチョープが位置している。スロバキアの東部には、コシツェが位置する。

出所:ジェトロ作成

特に重要なのは、チョープから貨物用の広軌路線が国境を越えてスロバキア東部の工業都市コシツェ近郊まで接続している点だ。これにより、貨物は台車交換をせずにスロバキア側の工業地帯近くまで到達できる。この路線はソ連時代に、コシツェ近郊の東スロバキア製鉄所へ鉄鉱石などの原料を輸送するために整備された(注)。現在もウクライナ産の原材料をスロバキア東部の鉄鋼産業へ供給するルートとして機能しており、ザカルパッチャ州とコシツェ圏の産業・物流連携を支える基幹インフラとなっている(2026年3月6日付地域・分析レポート参照このため、ザカルパッチャ州は単独の投資先というよりも、コシツェ圏を含む越境産業圏の一部として捉える必要がある。

今回ジェトロが視察したコシツェのハニスカ地区にある貨物鉄道ターミナル「インターポート・ターミナル」は、広軌と欧州標準軌の双方に対応し、ウクライナからの貨物輸送において最大の鉄道積み替え拠点だ。広軌から欧州標準軌への積み替え設備、穀物・バルク貨物のサイロ、コンテナ用デポを完備する。EUの支援を受け、コンテナヤードの拡大、ガントリークレーンの導入など、大規模な近代化が進行中だ。


インターポート・ターミナル内の広軌と標準軌の
ハイブリッドレール(ジェトロ撮影)

インターポート・ターミナル内の穀物・バルク貨物用の
サイロ(ジェトロ撮影)

2025年5月には、物流企業のPST CLC Mitsui-Soko(三井倉庫のグループ会社)がコシツェに支店を開設した。ザカルパッチャ州とコシツェ圏の連携は、単なる越境協力の構想ではなく、既存の鉄道・産業インフラに裏付けられている。

海上輸送の面では、ザカルパッチャ州政府はスロベニアのコペル港、ルーマニアのコンスタンツァ港との接続性強化を重視する。コペル港はアドリア海側の中・東欧向け物流港湾であり、コンスタンツァ港は黒海側の主要港湾だ。ウクライナ向け輸送では、ロシアによる黒海港湾への攻撃により黒海経由の物流に制約が生じ、輸送ルートの多様化が求められる中、ザカルパッチャ州は西部国境を経由する代替ルートの1つと位置付けられており、今後その重要性はさらに高まる可能性がある。

ニアショアリングの最前線—外資系製造業の集積

ザカルパッチャ州には、既に複数の外資系製造企業が拠点を構えている。日本企業としては、矢崎総業がウジホロド近郊で自動車向けワイヤーハーネスを製造している。同社の欧州市場向け自動車用ワイヤーハーネス生産拠点は、これまでルーマニア、セルビア、モロッコ、チュニジアなど、仕向け地への近接性と競争力のある労働力を兼ね備えた周辺国へと移転・集積を続けてきた。筆者自身、ルーマニア駐在時(2007~2012年)に矢崎総業のルーマニア拠点を視察した際、その高度な製造ネットワークと物流の機動力を肌で実感した。ザカルパッチャ州における同社の事業展開は、まさに「欧州とその周辺部における一大製造ネットワーク」の戦略的延長線上に位置し、EU市場とウクライナをつなぐ国境接続型の製造拠点として捉えることができる。

図3が示すとおり、ウクライナに進出している日系自動車部品製造業は、主として同国南西部に集積している。フジクラはリビウ州、矢崎総業はザカルパッチャ州、住友電工はテルノーピリ州、フメリニツキー州、チェルニウツィ州など、西部から南西部にかけて複数の生産拠点を展開している。

図3:在ウクライナ日系製造業(2026年5月時点)
在ウクライナ日系製造業の拠点(2026年5月時点)を示す図。フジクラは同国西部のリビウ市近郊にワイヤーハーネス工場を有する。矢崎総業は最西部ザカルパッチャ州のウジホロド市近郊にワイヤーハーネス工場を有する。住友電工は同国中西部の都市、バイキウツィ、チョルトキウ、フメリニツキー、チェルニウツィにワイヤーハーネス工場を有する。日本たばこは同国中東部のクレメンチュークにたばこ工場を有する。

出所:ジェトロ作成

ザカルパッチャ州で事業を行う日本以外の外資系として、ジェイビル(Jabil)やフレックス(Flex)は、EMSを手がけ、通信機器、コンピューター関連機器、産業用電子機器、自動車向け電子部品などを製造している。ハンガリー国境・スロバキア国境に隣接するソロモノボ工業団地では、ユーロカーがシュコダ車の組み立てを行う。このほか、熱管理システムのジェンサーム(Gentherm)、自動車向けワイヤーハーネス・ケーブル関連部品のフォルシュナー(Forschner)、セキュリティー機器やスマートホーム関連製品のアヤックス(Ajax)なども同州内で事業を展開している。

ジェイビルのウジホロド工場では、EU側との連携を前提とした生産モデルを展開する。EUから部材や半製品を持ち込み、ウクライナ側で加工・組立を行い、再びEU側へ輸出している。管理、物流、顧客対応をEU側が担い、製造・組立をウクライナ側が担う構造は、EU市場に近い低コスト製造拠点としてのウクライナ西部における事業展開の代表的な事例といえる。ザカルパッチャ州は、戦時下における企業移転の受け皿として注目されてきた。しかし現在では、EU市場と接続する物流インフラや外資系製造業の集積を背景に、西部国境地域を活用した生産・物流拠点としての性格を強めている。同州の動向は、戦時下の企業移転先という側面だけでなく、EU市場と接続する産業・物流拠点としての変化を読み解く上でも示唆に富む。


注:
この広軌貨物鉄道路線は、旧チェコスロバキアとソ連の協力により、ウクライナからコシツェ近郊の東スロバキア製鉄所へ鉄鉱石を輸送する目的で整備され、1966年に運用が始まった。現在も、ウクライナ産の鉄鉱石を東スロバキアの鉄鋼産業へ供給する重要インフラとして機能している。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ・ワルシャワ事務所次長
余田 知弘(よでん ともひろ)
貿易開発部、海外調査部、大阪本部、ルーマニア・ブカレスト事務所、イスラエル・テルアビブ事務所等を経て、2024年9月より現職。ワルシャワを拠点に、ポーランド、ウクライナ、バルト三国を担当。