低炭素で描く成長地図(タイ)
東部経済回廊のサステナビリティー戦略

2026年2月2日

タイ政府は、重点産業の誘致のため「東部経済回廊(EEC)」構想を推進している。バンコク東部の同地域にて、陸海空全てのインフラを刷新しつつ、投資企業に対して、煩雑な事業許可手続きを簡素化し、手厚い税優遇措置も提供している。EECにおける成長戦略の軸の1つが、「BCG(バイオ・循環型・グリーン)経済モデル」の推進である(注1)。同分野では特に、日本企業との協業による低炭素技術の導入が加速している。同地域は、国際的な環境規制対応も視野に、持続可能な経済成長を支える中核地域としての役割が強化されていくことが見込まれる。EEC事務局(EECO)のBCG経済推進部長を務めるアンストーン・ワススン氏に、EECOの持続可能性に向けた取り組みを聞いた(インタビュー日:2025年8月26日)。

質問:
東部地域の経済振興に関わるEECの役割は。
答え:
タイ政府は、先端産業を振興する国家ビジョン「タイランド4.0」の一環として、2017年にEEC事業を立ち上げた。ラヨーン県、チョンブリ県、チャチューンサオ県の東部3県の開発を担う機関として、東部特別開発区法(2018年成立)を根拠に設置。東部3県は約130万ヘクタールの土地を有し、タイのGDP全体の15%を占める。バンコク(同35%)と東部3県を合わせて国全体の半分の経済を構成する。
EECでは、工場設立に関わる許認可の一元的な付与など、投資手続きの簡素・迅速化が享受できる。また、建設や工場内の設備登録、外国人の労働許可など、14の法律に関わるライセンスについては、管轄するEEC事務局長、もしくはEEC委員会が認可の裁量を有する。2024年の閣議に基づく投資優遇枠組みの下、EECで認可された投資案件については、法人税免除(最大15年)や設備投資の控除(最大70%)、輸入関税の免除、外国人への労働許可(最大10年)などのインセンティブを付与することも可能だ。企業がこれらの恩典を得るには、EEC域内でも、特別区域(工業団地や経済特区など)に拠点を有することが必要だ。2025年12月時点で46カ所の特区があるが、EECOは、2026年第2四半期までに、これを50カ所にまで拡大する方針。
EECは、陸・海・空の全ての交通網が整備された戦略的な立地に位置している。EECOは、投資家のニーズに即したインフラ開発を自ら提案し、官民共同で推進している。通常、インフラ開発には、許認可だけで1年半程を要するが、EECではその期間を短縮できる。例えば、長期プロジェクトとして、国内の主要空港(ドンムアン、スワンナプーム、ウタパオ)を結ぶ220kmの高速鉄道整備が進められており、2030年の運行開始を目指している。同プロジェクトでは2025年、地元所有者からの土地の引き渡しが完了しており、今後、鉄道建設に向けた契約締結などの進展が期待されている。また、タイの主要貿易港であるレムチャバン港についても、コンテナ取扱能力を2027年までに年間1,800万個(20フィートコンテナ単位)へ拡張させる計画だ。加えて、マプタプット工業港の処理能力も、2028年までに年間3,100万トンに増強する予定だ。
質問:
東部の経済開発におけるサステナビリティーの位置付けは。
答え:
EECOが重視する5大産業クラスターの1つに、タイ政府が推進するBCG(バイオ・循環型・グリーン)がある。BCGにはバイオ燃料・化学や先端農業・食品が含まれる。この他のクラスターには、次世代自動車産業(電気自動車、バッテリー、スマートモビリティーを含む)があり、同分野も、サステナビリティーに関係する。BCGは東部地域の投資において近年一定のシェアを占めている(図参照)。
図:EECにおける投資額(認可ベース・産業クラスター別、2018~2024年)
2024年の投資額全体は1億2,464万バーツ。BCG7%、次世代自動車20%、デジタル29%、ヘルスケア1%、サービス11%、その他33%。2023年の投資額全体は7,441万バーツ。BCG22%、次世代自動車21%、デジタル21%、ヘルスケア1%、サービス9%、その他25%。2022年の投資額全体は7,968万バーツ。BCG10%、次世代自動車21%、デジタル21%、ヘルスケア8%、サービス5%、その他35%。2021年の投資額全体は6,134万バーツ。BCG17%、次世代自動車16%、デジタル12%、ヘルスケア3%、サービス4%、その他47%。2020年の投資額全体は8,587万バーツ。BCG21%、次世代自動車31%、デジタル12%、ヘルスケア2%、サービス2%、その他33%。2019年の投資額全体は5,723万バーツ。BCG8%、次世代自動車25%、デジタル12%、ヘルスケア1%、サービス9%、その他45%。2018年の投資額全体は1億2,464万バーツ。BCG7%、次世代自動車8%、デジタル3%、ヘルスケア1%、サービス17%、その他64%。

出所:EECO事務局資料からジェトロ作成

EECOでは、BCG経済の推進に向けた実行計画(2021~2025年)を掲げている。例えば、温室効果ガス(GHG)排出削減は、2021年比で10%削減する目標を設定している。また、2050年までに、発電比率の50%を再生可能エネルギーとする国家目標について、EECでは前倒しでの実現を目指している。その達成手段として、500メガワット以上の太陽光発電容量を確保し、その後、2030年に電力需要全体の30%を再生可能エネルギーで賄う計画だ。EEC域内の工場の多くでは、既に屋根置きソーラーパネルが導入されており、その導入比率は、実質的に75%に達しているとみられる。さらに、将来のカーボンクレジット取引市場の創出に向けて、タイ工業連盟(FTI)や、タイ温室効果ガス管理機構(TGO)との連携を強化している。ただ、現時点では、タイのカーボンクレジット市場は、TGOが管理する「タイ自主的排出削減プログラム(T-VER)」しかなく、当面は同制度の活用を促進する方針である。
BCG関連投資を促進するEECOの強みの1つは、投資家に付与するインセンティブを、案件ごとに、EEC委員会で協議して個別に決定している点にある。このため、柔軟な対応が可能だと言える。インセンティブの水準を判断する際には、事業の持続可能性やGHG削減効果、カーボンニュートラル実現への貢献度などが考慮される。また脱炭素に関する事業は、従来の産業区分では判断しにくいケースも少なくない。例えば、ビル内の空調効率を高める事業では、空調設備の製造だけでなく、空調の流れを最適化する設計や制御などのサービス(ソフトウエア)も必要である。このようなケースでは、製造とサービスを明確に分けることが難しく、タイ投資委員会(BOI)の投資優遇カテゴリーに当てはまりにくいかもしれない。しかし、EECOでは協議を通じて、こうした事業にも十分なインセンティブを付与することが可能だ。
質問:
日本企業などとのサステナビリティー推進に向けた協業は。
答え:
日本はEEC域内にて、過去7年(2018~2024年)で、約2,153億バーツ(約9,688億円、1円バーツ4.5円)の投資を行っている(投資認可ベース)。その中には、次世代自動車関連の投資(約842億バーツ)のほか、BCGに関する投資(約124億バーツ)が含まれる。
2022年に日タイ両政府で締結された「日タイ戦略的経済連携5か年計画」(2022年11月28日付ビジネス短信参照)においても、EEC地域における低炭素技術に関わる投資促進や、日系企業によるBCGに関する実証事業などの事業活動の支援に取り組む方針が合意されている。
具体例をいくつか挙げたい。ラヨーン県にある地場BLCPパワーの石炭火力発電所において、三菱重工と三菱商事、JERAが協業し、同発電所でのアンモニア混焼の導入に向けた事業化調査(FS)を実施した(2023年12月1日付ビジネス短信参照)。EECOとして事業化に際する投資恩典の付与を検討している。将来的に、アンモニア混焼率20%を目指していると聞いている。
また、日本企業はEECで水素の活用にも取り組んでいる。例えば、トヨタは、タイ国内で初めて、燃料電池車(FCV)向けの水素ステーションを設置した。トヨタのFCV「ミライ」を使用し、南部のウタパオ空港と、リゾート地として有名なパタヤ市との間で、リムジン送迎サービスを行う実証実験を行った。次の段階として、EECで開発が進むスマートシティーなどで、水素ステーションの設置を検討している。
さらに、制度面では、EECOと大阪市が提携し、二国間クレジット制度(JCM)案件の形成に向けた取り組みを進めている。タイと日本は2015年にJCMに関する覚書を締結して以降、2024年末時点で48件(CO2削減:約24万5,000トン相当)の案件をタイ側で組成してきた。これまでは太陽光プロジェクトが中心だったが、近年は消費活動や製造業、都市開発などにおける省エネ技術導入を対象とした案件も増えている。
質問:
サステナビリティーを取り巻く環境変化やそれを踏まえた今後のEECOの見通しは。
答え:
国際的には、2026年にEUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)が本格導入される予定だ(注2)。タイはEUとFTA交渉を進めており(2025年7月8日付ビジネス短信参照)、サステナビリティーを推進する規律が導入される可能性がある。タイ国内でも、気候変動対策法の制定を含めて、低炭素社会の推進が期待されている(2025年10月3日付ビジネス短信参照)。
こうした環境変化の中、エネルギーの使用効率を高めていく必要性がある。法律が成立・運用されるには、ある程度の時間を要すると思われるため、当面は現行の制度下で、省エネに取り組む。制度が改正された後には、再生可能エネルギーのさらなる普及に向け、バイオ燃料の導入などが加速するかもしれない。
省エネ技術については、日本企業に優位性がある。エネルギー使用効率を高める機械や設備、システムなど、日本の技術は有効性が高い。GHG排出量の可視化に取り組むスタートアップのゼロボード(2024年3月19日付地域・分析レポート参照)は好例であり、同社のような企業がソリューションプロバイダーとして果たす貢献にも期待している。加えて、工業分野だけではなく、スマートシティー関連のソリューションについて、低炭素社会の実現に取り組む日本の自治体との連携など、幅広いパートナーシップの構築が期待されている。

注1:
BCG経済モデルとは、バイオ産業・循環型産業、グリーン経済において、イノベーションを通じて資源を有効活用し、外的要因に対して強靭(きょうじん)、かつ持続可能な成長を図る戦略。本文に戻る
注2:
EUのCBAMは、2023年10月~2025年12月の移行期間(輸入事業者などがGHG排出量を報告)を終え、2026年1月から規制対象の製品輸入に対して炭素価格に相当する賦課金を納付(CBAM証書を購入)する制度が開始される。CBAMの制度概要については、ジェトロ調査レポート「EU炭素国境調整メカニカル(CBAM)の解説(基礎編)」(2024年2月)を参照。本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所 広域調査員
藪 恭兵(やぶ きょうへい)
2013年、ジェトロ入構。経済産業省通商政策局経済連携課(日本のEPA/FTA交渉に従事)、戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員、調査部国際経済課(経済安全保障)などを経て、2024年10月から現職。主な著書:『グローバルサプライチェーン再考:経済安保、ビジネスと人権、脱炭素が迫る変革』(編著、文眞堂)、『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(共著、白水社)、『NAFTAからUSMCAへ-USMCAガイドブック』(共著、ジェトロ)。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
松浦 英佑(まつうら えいすけ)
2023年6月から現職。スタートアップ担当。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所 サステナブルビジネスデスク・ディレクター
近添 優子(ちかぞえ ゆうこ)
2024年7月から現職。