炭素排出量を可視化する日系新興のゼロボード、創業1年半でタイ進出

2024年3月19日

ゼロボードは、2021年8月に東京で設立されたスタートアップだ。顧客企業のサプライチェーン単位での温室効果ガス(GHG)の排出量の算定・可視化を行い、GHG削減を計画していくためのクラウドサービスを提供している。2023年3月にタイに現地法人を設立、主要なタイ企業とパートナーシップを締結し、急速にタイ国内においてサービスを浸透させつつある。ゼロボード・タイの鈴木慎太郎代表とナッタワディ・リムサグアン事業開発責任者に、タイへの進出の経緯や今後の事業展開を聞いた(取材日:2024年1月31日)。


ゼロボード・タイの鈴木代表(左から2番目)、ナッタワディ事業開発責任者(右から2番目)、
ジンタパット マネージャー(左端)、ナパッソーン アソシエート(右端)(ジェトロ撮影)

GHG排出量を可視化するサービスを展開

質問:
日本でのゼロボードの創業の経緯は。
答え:
(鈴木氏)創業者の渡慶次(とけいじ)道隆代表取締役は、かつて金融業に勤めていた際、米国でグリーン・ファイナンス、サステナビリティ・リンク・ローン(サステナビリティ・パフォーマンス目標の達成状況に応じ金利など融資条件を優遇するローン)などが始まったことから、環境意識の高まりやESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みが潮流になりつつあることを感じていた。また、売り上げなどの経営指標のみならず、サステナビリティが企業価値・評価に含まれる傾向も感じていた。その後、大手商社を経て日系ベンチャー企業に転職。当時から脱炭素の機運が欧米だけでなく、日本でも高まりつつあったが、脱炭素の目標を立てる前に、「そもそも排出量の算定ができていない」という企業がとても多いことから、まずは日本国内で企業活動全体のGHG排出量を算定できるクラウドサービス「Zeroboard」の開発・提供を始めた。そして、この日系ベンチャー企業からZeroboard事業部ごとマネジメント・バイアウト(MBO)を実施して、「株式会社ゼロボード」を設立した。その後、日本でビジネスが拡大し、約2年半経った現在の顧客数は2,600社となり、またそのグループ企業までも含めると実際は6,000社以上にのぼる。
質問:
GHG排出量の算定・可視化のイメージは。
答え:
(鈴木氏)例えば、金融業界では、財務情報を管理するSAPなどの財務管理ソフトウェアが広く利用されている。当社のサービスは、分かりやすく言えば、GHG排出量算定可視化と削減管理を行うSAPの、グリーン・トランスフォーメーション(GX)や炭素会計(カーボン・アカウンティング)版のようなものである。Zeroboardは、ユーザー企業自身が、「活動量」と呼ばれる調達や電気の使用などにかかるデータの入力、またはデータ連携の設定をするだけで、企業のサプライチェーン上のGHG排出量の算定・可視化・削減管理ができるソフトウェアだ。
質問:
現在の人員体制は。
答え:
(鈴木氏)日本では、東京に約180人が勤務している。また、タイには2023年に法人を設立し、東南アジアの事業の取りまとめを行なっている。営業の人数は多くはないが、日本でも海外でも、「パートナー戦略」を取ることで顧客を増やしてきた。パートナーは金融機関や商社などが多い。例えば、金融機関であれば、二酸化炭素(CO2)排出量削減に取り組んでいる企業を優遇するローンを提供したいとも考えている。そのためには、投融資先のCO2排出量が見えている必要がある。また、商社は、CO2排出量削減のための原材料や部品、太陽光発電などの脱炭素ソリューションを取引先に提案することが重要になってきており、そのために、サプライチェーン全体のCO2排出量を可視化したいと考えている。このように、単なる代理店ではなく、Zeroboardを広めるインセンティブのあるパートナーと提携することで、多くの企業へのサービス導入拡大を目指している。

パートナーや公的サービスを活用してタイに進出

質問:
タイ進出の背景について。
答え:
(鈴木氏)タイに進出した理由は2点ある。1点目は、日本の既存顧客企業からのニーズだ。日本の上場企業は、金融市場から財務諸表だけでなく、気候関連財務情報を開示することを迫られている。現在、日本での省エネの取り組みが一巡し、さらに排出量を削減するためには、取り組み余地が残されているサプライチェーン上の取引先または海外拠点の脱炭素化を進める必要があり、その排出量の可視化について多くの問合せが寄せられていた。タイには、自動車産業をはじめ製造業が多く立地し、顧客候補となる日本企業も多くの製造拠点を構えているため、当地への進出を決めた。2点目は、タイのローカル企業からのニーズの高まりであり、ジェトロと在タイ日本大使館が開催したピッチイベント「Rock Thailand」がきっかけだ。同イベントには、2022年に当社も登壇した(2022年11月17日付ビジネス短信参照)。この登壇以降、多くの問い合わせがあり、後にパートナーとなるタイ発電公社(EGAT)などの有力企業と知り合うことができた。また、タイ企業からニーズが高まっている背景には、企業へのサステナビリティにかかる情報開示要求もあるだろう。例えば、タイ証券取引所(SET)上場企業は、財務諸表のみならず気候変動関連情報の開示も義務化されている。そのため、主要株銘柄SET100に入るような企業では、世界レベルでみても脱炭素の取り組みが進んでいると言える。
質問:
タイ拠点の立ち上げで困難な点はあったか。
答え:
(鈴木氏)タイ投資委員会(BOI)に投資恩典を申請し、法人設立も同時並行で進め、2023年3月にタイ現地法人を設立した。様々なハードルがあったが、株主である日系大手銀行などからアドバイスや支援を受けながら進めることができた。また、スタートアップは初期の運転資金が限られているため、東京都中小企業振興公社タイ事務所外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますの無料税務相談サービスなど、利用できる公的サービスはたくさん活用させていただいて非常に助かった。ジェトロ・バンコク事務所からもBOIや税務、法務に関する情報を入手した。
質問:
従業員の雇用方法、また日系スタートアップに就職する魅力は。
答え:
(鈴木氏)タイに進出した日系企業からは、最初に雇用した従業員は1~2年で皆退職したというケースを時折聞く。当社は少数精鋭を考えていたため、最初のスタッフ選抜には妥協したくなかった。そのため、人材斡旋(あっせん)エージェントやLinkedInを利用し、数十人の候補者を選び、慎重に選考を重ねた。日系スタートアップの場合、本社も柔軟な経営マインドを持っており、人事や採用面でも固定慣習が少ないことがメリットだ。例えば、就業規則についても、大枠の制度は決めるが、詳細は従業員とすり合わせを行うため、従業員も働き方について意見を言いやすい点はメリットだと思う。
質問:
ナッタワディ氏(以下、ナット氏)が、ゼロボードで働くことを決めた理由は。
答え:
(ナット氏)サステナビリティや関連技術に関心があったからだ。大学では化学を専攻し、英国のビジネススクールにも留学した。太陽光関連企業などで勤めた後、ゼロボードのシステムに魅力を感じ、入社を決定した。ゼロボードの技術は、タイでもポテンシャルがあり、単なる再生エネルギーの利用にとどまらず、サプライチェーン全体として炭素削減に貢献できる。産業全体に影響を及ぼすことができる事業に参画することで、自身も成長できると考えた。最終的に、鈴木代表や同僚とも面談した上で入社を決めた。
質問:
タイの若い世代では、日系企業の古い体質が敬遠されるとも聞く。
答え:
(ナット氏)世代によって、そういう傾向はあるかもしれない。他の日系大手企業で勤務した経験もあるが、そうした企業においては古い慣習なども多々あった。自分の意見を表明することも難しかったとも感じる。その点、ゼロボードは柔軟性にあふれている。自分の意見を表明することができる。社内の階層間の隔たりも少なく、タイ人スタッフも鈴木代表や他の日本人メンバーと気軽に、直接、話ができる。
質問:
タイの若い世代に魅力的な会社と感じてもらうには。
答え:
(ナット氏)タイ人の求職者は会社の公式ウェブサイトを中心にチェックしていることが多い。そのため、どんな人が働いているか、また企業文化などが、ウェブサイト上で英語・タイ語に翻訳されているとよい。ゼロボードのウェブサイトを見たときに、そのプラットフォームに魅力を感じ、日本における評判も良いことも感じ取れた。

自分の意見を表明しやすいことはスタートアップの魅力だという(ジェトロ撮影)

重要となるプレーヤーとパートナーシップを的確に組んでいくことが重要

質問:
タイでの事業展開の状況は。
答え:
(鈴木氏)顧客数は非公表だが、タイにおける事業パートナー数は20社以上に拡大した。サプライチェーンのコアとなる企業と提携することで、サービス利用企業の拡大を図る。地場企業との連携事例では、サミット・グループ傘下で、自動車部品最大手のサミット・オート・ボディ(Summit Auto Body)が挙げられる。2023年12月に行われた経済産業省主催の「日ASEAN経済共創フォーラム」で、脱炭素化に関するパートナーシップにかかるMOU(覚書)を同社と締結し、「日本×タイ」の代表的な協業事例として注目された。サミット・グループは、ゼロボードが持つ脱炭素化に向けた知見やノウハウを最大限に活用し、サプライチェーンの上流下流にいる取引先企業の脱炭素支援、またタイ製造業全体の国際競争力強化に貢献していく方針だ。
質問:
タイ企業から選ばれる秘訣(ひけつ)は。
答え:
(鈴木氏)直接的な利益だけでなく、我々に「信頼性」があることで選ばれることが多いと感じる。多数のタイ企業から、当社サービスを導入、またはパートナーとして提携した理由として、当社の「信頼性」と聞いた。昨今、タイにおける日本のプレゼンス低下などの声も聞かれるが、先人たちが当地で積み上げてきた日本への信頼は今も確かに存在している。それ故に、日本の製品・サービスに対するタイ企業からの信頼度も高いと感じる。また、タイでは、スタートアップだからといって地場企業から軽く扱われたことはない。ジェトロや在タイ日本大使館のイベント経由でタイ企業と知り合った場合はなおさらだ。さらに、当社の場合、日本で2,600社以上のユーザーを獲得している実績なども評価されていると感じる。よって、当社は日本発のプラットフォームであり、多くの日本企業が本サービスを利用して脱炭素にアプローチしていること、日本で信頼されているサービスであることをタイでも伝えていくことが重要だ。
質問:
今後1~2年の展望について。
答え:
(鈴木氏)やはり、金融機関やサプライチェーン上で重要となるプレーヤーとパートナーシップを的確に組んでいくことが重要だ。製造業全般や物流、建設など各産業のキープレーヤーと提携を結んでいきたい。その際、日系だけでなく、タイ企業との連携強化にも取り組み、日タイ両方の企業へのサービス導入を進めたい。このようにして、最終的には、タイ全体の脱炭素化に貢献していきたいと思っている。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、大阪本部、ジェトロ・カラチ事務所、アジア大洋州課リサーチ・マネージャーを経て、2020年11月からジェトロ・バンコク事務所で広域調査員(アジア)として勤務。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
松浦 英佑(まつうら えいすけ)
2023年6月から現職。スタートアップ担当。