米ペンシルベニア州ライフサイエンス
東海岸の新たな革新拠点
2026年10月26日
米国ペンシルベニア(PA)州は、5つの重点産業の1つにライフサイエンス産業を位置付けており、同州の最大都市であるフィラデルフィアを中心に、製薬、バイオ、細胞治療関連企業が集積している。本稿では、ライフサイエンス産業におけるPA州の全米での位置付けやその特徴に加え、同産業の集積を促す州の支援策を紹介する。フィラデルフィアを中心とする研究開発基盤と、リーハイ・バレーなどの製造拠点を背景に、PA州は研究から製造までを担うライフサイエンス集積地として存在感を高めている。
ペンシルベニア州ライフサイエンス市場の投資環境
PA州は、米国有数のライフサイエンス・クラスターとして近年台頭している。特にモンゴメリー郡やリーハイ郡地域を含むフィラデルフィアを中心とする地域は、全米屈指のライフサイエンス・クラスターとして知られ(注1)、中でも細胞・遺伝子治療(CGT)の革新拠点として存在感を高めている(注2)。米国商業不動産の大手サービス企業コリヤーズが公表している2025年版「米国ライフサイエンス報告書」によると、フィラデルフィアはライフサイエンス分野のベンチャーキャピタル(VC)投資額で東海岸の主要拠点であるボストン、ニューヨークに次ぐ全米6位にランクインし、2019~2024年には総額65億ドル超のVC投資を獲得している(注3)。米国国立衛生研究所(NIH)の補助金受給額でも全米5位に位置する(図1、図2参照)。また、フィラデルフィアの経済推進組織であるCEO Council for Growthによれば、CGT分野におけるフィラデルフィアの2018~2022年のNIH補助金受給額は3億1,700万ドルで、ボストン、ニューヨークを上回り首位だった(図3)。特定分野ではあるものの、研究と資金動員の両面で高い競争力を示している。
出所:コリヤーズ「ライフサイエンス報告書」(2025)を基にジェトロ作成
出所:コリヤーズ「ライフサイエンス報告書」(2025)を基にジェトロ作成
出所:CEO Council for Growth のThe State of Cell and Gene Therapy in the Greater Philadelphia Region: A Comparative Analysis (2022年9月) (2022)を基にジェトロ作成
PA州への投資構造を見ると、常にVC投資件数が全体の7~8割を占める(図4参照)。一方で、2025年の同州における投資額の約85%は11件のM&A案件によって占められており、少数の大型案件が市場全体の資金調達額を大きく左右する構造がうかがえる(図5参照、2026年5月27日付地域・分析レポート参照)。また、同州へのライフサイエンス投資を牽引している分野には、医薬品、創薬、バイオテックが挙げられる(図6参照)(注4)。
出所:モーニングスター「ピッチブック」(2026年7月)を基にジェトロ作成
出所:モーニングスター「ピッチブック」(2026年7月)を基にジェトロ作成
出所:モーニングスター「ピッチブック」(2026年7月)を基にジェトロ作成
PA州が誇る研究基盤
なぜPA州はこうした投資を呼び込めるのか。その背景には、厚い研究基盤と多数の関連企業の集積がある(表参照)。
フィラデルフィア市には、ペンシルベニア大学(UPenn)、フィラデルフィア小児病院(CHOP)、トーマス・ジェファソン大学、ウィスター研究所など、世界的に著名な研究機関が集積している。UPennは、mRNAワクチンの基盤技術を生み出した研究拠点であり、新型コロナワクチン開発に直結する研究成果により2023年ノーベル生理学・医学賞を受賞したカタリン・カリコ氏とドリュー・ワイスマン氏が所属する(注5)。こうした研究機関の研究力と豊富な人材は、製薬・バイオ医薬品分野への企業や資金の流入を促し、強固な産業基盤の形成につながっている(注6)。
前述のとおり、フィラデルフィア地域は近年、CGTの世界的拠点としても注目されている。UPennとCHOPを中心にCAR-T細胞療法や遺伝子治療の研究開発が進められ、米国食品医薬品局(FDA)承認を受けた世界初のCAR-T細胞療法「キムリア(Kymriah)
」の開発にもつながった(注7)。こうした研究成果を背景に、スタートアップや医薬品受託開発製造機関(CDMO)、大手製薬企業が集積し、研究から製造までを域内で完結できるエコシステムが形成されている(注8)。
また、フィラデルフィア中心部から北へ60マイルほどに位置するリーハイ・バレーは、フィラデルフィア近郊の研究拠点と、米国東海岸の巨大資本・市場の中心であるニューヨークや首都ワシントンなどを結ぶ製造拠点として知られている。ボストンやニュージャージーなど、ほかの東海岸主要クラスターと比較して土地、建設費、賃金に優位性があることから、オリンパスをはじめとした外国の医療関連企業が進出している(注9)。近年は大手製薬企業によるメガディールも相次いでいる。2026年初頭にはイーライリリーがリーハイ郡に35億ドルの医薬品製造施設の建設を発表したほか、ジョンソン・エンド・ジョンソンはモンゴメリー郡で10億ドル超を投じた次世代細胞治療製造施設を計画していると発表した(注10)。これらの大型投資案件は、PA州が研究開発拠点としてだけでなく、高度製造拠点としても高い競争力を有していることを示しているといえよう。
| 機関名 | 機関種別 | 主な強み | 特徴・実績 |
|---|---|---|---|
| ペンシルべニア大学(UPenn) | 私立研究大学 | 細胞・遺伝子治療、mRNA、免疫学、がん研究 |
2023年ノーベル生理学・医学賞を受賞したmRNA技術の研究拠点。 ファイザーやモデルナの新型コロナワクチンにつながる基盤技術を創出。 ペレルマン医学部は全米屈指の医学部として知られる。 |
| フィラデルフィア小児病院(CHOP) | 小児専門病院・研究機関 | 遺伝子治療、希少疾患、細胞治療、小児医療 | 全米トップクラスの小児病院。UPennと連携し、遺伝子治療やCAR-T細胞療法の研究開発を推進。世界初の「キムリア(Kymriah)」の開発にも深く関与したことで知られる。 |
| トーマス・ジェファソン大学 | 私立研究大学・医療機関 | 臨床研究、トランスレーショナルリサーチ(橋渡し研究)、がん研究 |
同大学の医療システムであるジェファソン・ヘルスを通じて大規模な臨床研究ネットワークを有し、研究成果の臨床応用に優れる。 特にジェファソン・ヘルスのシドニー・キンメル総合がんセンター(SKCCC)は、全米でも上位2%に入るがんセンターとして評価されており、米国国立がん研究所(NCI)から総合がんセンターの最高位にあたる指定を受けている。 |
| ウィスター研究所 | 独立系非営利研究所 | がん、免疫学、感染症、ワクチン |
1892年設立の米国最古の独立系生物医学研究機関。風疹ワクチンや狂犬病ワクチンの開発に貢献。 NCI指定のエレン・アンド・ロナルド・キャプランがんセンターは、がん遺伝学、がん生物学、腫瘍免疫学、ウイルス学の分野で数々の重要な研究成果を挙げている。 |
| ドレクセル大学 | 私立研究大学 | バイオメディカル工学、医療機器、デジタルヘルス |
産学連携と実践教育(Co-op Program)で有名。 特に生物医学工学・科学学部は、ニック・ハウリー工学・コンピューティング学部の中核をなす組織として、世界的に評価される研究・教育拠点として知られる。 |
| テンプル大学 | 公立研究大学 | 神経科学、がん研究、創薬 | ルイス・キャッツ医学部は、心血管疾患、がん、呼吸器疾患、神経変性疾患、依存症などの複雑な疾患の基礎生物学を探究し、その知見を予防・診断・治療における新たなアプローチの開発へとつなげている。 |
出所:各機関の情報を基にジェトロ作成
ライフサイエンスを支える州政府戦略
PA州が全米有数のライフサイエンス・クラスターとして成長した要因の1つとして、州政府による戦略的なてこ入れが挙げられる。2023年に就任したジョシュ・シャピロ知事(民主党)のイニシアチブにより、州政府は2024年に「ペンシルベニア州10カ年経済開発戦略(2024-2033)
」を発表した。その中で州政府は、州経済の競争力強化と雇用創出を目的に、農業、エネルギー、ライフサイエンス、製造業、ロボティクス・テクノロジーの5つの重点産業へ集中的に投資・支援を行う成長戦略を掲げた。このうちライフサイエンス分野では、研究開発力や人材基盤を活用し、製薬・バイオ医薬品・細胞治療分野の製造拠点化を進めている。
その成果として、過去5年間で、同州の企業や研究機関は1万700件以上のライフサイエンス関連特許を取得しており、その数は全米で4位を誇る。前述のイーライリリーやジョンソン・エンド・ジョンソンによる投資だけでも少なくとも1,350人の恒久雇用と6,000人超の建設雇用が創出される予定だ(注11)。
これらの巨額投資は、州政府による積極的な企業誘致政策の象徴的な事例といえよう。州は1億ドル規模のインセンティブに加え、地元教育機関における製薬人材育成センター整備への支援も表明しており、投資誘致と人材育成を一体的に進めている(注12)。さらに、こうした取り組みは単なる企業誘致にとどまらず、大規模製造拠点の設立により、原材料、物流、設備、品質管理など関連サプライチェーン企業の一層の集積を促すことが期待される。州政府はまた、研究成果の事業化やスタートアップの成長支援を通じて、ライフサイエンスイノベーションの州内への定着を促している。シャピロ政権は、主にライフサイエンス分野のスタートアップ支援のため、同州が2026-2027年度予算の一環として2026年7月に打ち出した総額1億2,500万ドル規模のイノベーションおよび経済成長促進イニシアチブ(基金プログラム)「Innovate in PA 2.0
」を推進している。PA州は、巨大市場へのアクセスを生かし、継続的な投資環境と人材育成、豊富な研究機関や州政府戦略により、次世代のライフサイエンスイノベーションを牽引する地域として存在感を高めている。
- 注1:
-
PA州全体のライフサイエンス産業は3,100社の企業と、10万人を超える雇用を有する。フィラデルフィア地域にはライフサイエンス産業に関わる人材が約5万5,000人おり、そのうち約1万9,000人が研究開発に携わる。ケンブリッジ・イノベーション・センター(CIC)「ライフサイエンス・イノベーターがフィラデルフィアを選ぶ理由」2025年6月5日、ペンシルベニア州経済開発局「ICYMI:Under Governor Josh Shapiro, Pennsylvania’s Life Science Industry is Growing at Record Speed」2026年2月20日、CBRE「フィラデルフィア市場:グローバル・ライフサイエンス・アトラス、2025年4月11日参照。
- 注2:
-
フィラデルフィア商工会議所(2024年)「Chamber Report Highlights Region's Journey to Become Nationally Recognized Cell and Gene Therapy Hub」、2024年7月2日。
- 注3:
-
同上、注1 CBRE資料。
- 注4:
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なお、図6では一部案件が複数業種に重複計上されているため、図4の投資件数とは一致しない。ただし、医薬品、創薬、バイオテック分野が投資の中心であることに変わりはない。
- 注5:
-
ペンシルベニア大学医学部「Katalin Kariko and Drew Weissman, Penn’s historic mRNA vaccine research team, win 2023 Nobel Prize
」2023年10月2日。 - 注6:
-
セレクト・グレーター・フィラデルフィア「Fact Sheet: Greater Life Science Ecosystem (Talent, Research, Result)
(1.81MB)」 2024年5月。 - 注7:
-
CAR-T細胞療法(CAR-T therapy) は、患者自身の免疫細胞(T細胞)を遺伝子操作し、がん細胞を強力に攻撃できるようにして体内に戻す治療法で、フィラデルフィアのエコシステム(UPenn/CHOP)が世界的に先導してきた遺伝子改変免疫療法の1つ。がん治療の中でも最も革新的な治療法として評価されている。ペンシルベニア大学医学部「FDA approves personalized cellular therapy for advanced leukemia developed at Penn and CHOP
」2017年8月30日。 - 注8:
-
ABZENA「BioBuzz: Exploring Philadelphia’s CDMOs
」、Select Greater Philadelphia「The Birthplace of Cell and Gene Therapy
」フィラデルフィア市「A National Life Science Leader
(3.0MB)」2024年。 - 注9:
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リーハイ・バレーには日系企業オリンパスの他、ドイツ系医療機器企業ビー・ブラウン・メディカル、分散型診断を推進する米系オラシュア・テクノロジーズなどが拠点を置く。
- 注10:
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同上、注1ペンシルベニア州経済開発局。
- 注11:
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同上、注1ペンシルベニア州経済開発局。
- 注12:
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「ウォールストリート・ジャーナル
」紙2026年1月30日。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ニューヨーク事務所
久峨 喜美子(くが きみこ) - 英国オックスフォード大学にてPh.D.(政治学)を取得後、国連機関でのガバナンス交渉、労働権及び女性の権利保護に関するプログラム・マネジメントに従事。ビジネスと人権、サステナビリティ分野が専門。2025年から現職。








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