活発化する韓国の対インドネシア直接投資
金融と自動車が牽引

2021年9月3日

韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権は、ASEAN諸国やインドとの関係を強化する「新南方政策」を推進している。ASEANの中では、ベトナムとの緊密な経済関係が目立つ。そのベトナムとともに、インドネシアとの経済関係が深まっているのも特徴だ。

実際、韓国の対インドネシア直接投資(実行ベース、フロー)は近年、活発化している。韓国輸出入銀行の統計によると、2020年は13億1,875万ドルで、国・地域別で10位、ASEANの中でシンガポール、ベトナムに次ぐ3位の投資先となった。また、2020年は新型コロナウイルス禍で対外直接投資が停滞した中、対インドネシアは前年比34.1%増と、韓国の対外直接投資額上位10カ国・地域の中ではカナダ(約2.5倍)に次いで2番目に高い伸び率を記録した。

インドネシア側の統計にも、それは表れている。インドネシア投資調整庁(BKPM)によると、韓国からの直接投資額(実行ベース、フロー)は2019年に10億7,020万ドルだったのが、2020年には18億4,190万ドルに増加。国・地域別で、シンガポール、中国、香港、日本に次ぐ5位になった。さらに2021年上半期(1~6月)も10億7,720万ドルで、シンガポール、香港、中国、オランダに次ぐ5位。6位の日本を僅差で上回った(2021年8月10日付ビジネス短信参照)。

本稿では、韓国の対インドネシア直接投資について、統計と韓国企業の進出事例を基に、最近の状況を整理する。

2019年以降急増した韓国の対インドネシア直接投資

韓国の対インドネシア直接投資は、韓国の人件費が高騰した1980年代末から徐々に立ち上がってきた。当初は資源関連や縫製業など労働集約的な業種が中心だった。その後は、エレクトロニクスや建設業などの分野でもインドネシアへの進出がみられるようになった。ただし、当時は大型投資案件がなく、直接投資額は多い年でも年間2億ドル強にすぎなかった。

対インドネシア直接投資が本格化したのは、大規模な投資がみられるようになった2000年代後半以降だ(図参照)。具体的には、とくに以下の3案件が対インドネシア直接投資を底上げした。1つ目は、ロッテショッピング(商号はロッテマート)によるオランダ系大型スーパーマーケットチェーンのマクロ・インドネシアの買収(2008年)だ。これにより、ロッテショッピングは現地店舗網を一気に手に入れた。2つ目は、ポスコによる高炉一貫製鉄所の建設だ。これはインドネシア国営製鉄クラカタウ・スチールとの合弁事業として進められた。ポスコはインドネシアの潜在市場の大きさと豊富な天然資源を評価し、海外初の高炉を同国に建設、高炉は2013年末に完成した。3つ目は、ハンコックタイヤのタイヤ工場建設だ。天然ゴム生産国で原料調達に有利な点に着眼した案件で、第1期工事は2013年に完了した。しかし、これら大型案件が一段落した2010年半ば以降、対インドネシア直接投資は伸び悩んだ。

図:韓国の対インドネシア直接投資の推移
実行ベースの韓国の対インドネシア直接投資は2000年の1億1,880万ドルから、2011年には12億9,835万ドルに増加し、ピークを付けた後、しばらく停滞が続いた。しかし、足元で再び増加し、2018年6億7,806万ドルから、2019年に9億8,352万ドル、2020年は13億1,875万ドルと過去最高を更新した。

注1:対象は現地法人のみ。
注2:この統計は、過去に遡及(そきゅう)して修正され得る。当図の数値は、2021年8月13日に収録したもの。
出所:韓国輸出入銀行データベース

ところが、その後、状況が一転。2019年、2020年は2年連続で大幅な増加を記録した。では、足元の急速な伸びは、どの業種が牽引したのだろうか。

2018年から2020年にかけて、韓国の対インドネシア直接投資は6億4,070万ドル増加した。これを業種別(大分類ベース、製造業のみ中分類ベース)にみると、特に増加したのが「自動車・トレーラー製造業」(3億2,140万ドル増)と「金融・保険業」(2億9,282万ドル増)だった。これら2業種で全体の増加分の95.9%を占めた。また、2020年の投資額を業種別にみても、「金融・保険業」が4億7,600万ドルで全体の36.1%、「自動車・トレーラー製造業」が3億2,192万ドルで全体の24.4%を占め、これら2業種で全体の6割強を占めた。つまり、最近の韓国の対インドネシア直接投資は、金融と自動車の2業種が牽引しているといえる。

投資目的をみると、対インドネシア直接投資は内需獲得を狙ったものが多い。ちなみに、2020年についてベトナムと比較すると、直接投資額全体に占める「現地市場進出」(注1)目的の直接投資額の割合は、インドネシアが87.6%、ベトナムが61.6%となった。ここから、第三国向け輸出のための生産拠点としての役割も担っているベトナムに対し、インドネシアは同国の内需獲得を狙った直接投資が中心であることがうかがえる。

金融機関や自動車関連の進出事例目立つ

次に、最近の韓国企業のインドネシア進出事例をみると、幅広い領域で進出していることが確認できる(文末の別表参照)。

まず目に付くのは、金融機関の積極的な進出だ。現地銀行に対する韓国の銀行の出資や買収の事例が多くみられる。銀行だけではない。リースや自動車ローンなど、その他の金融分野でもインドネシア進出事例がある。こうした金融分野の積極的な進出は、前述の直接投資統計の傾向を裏付けるものだ。

次いで、自動車関連では、現代自動車が完成車工場建設(2019年11月)を進めている。このほか、現代トランシス(2020年7月)といった自動車部品メーカや、KBキャピタル(2020年6月)、現代オートエバー(2020年10月)など、その他の自動車関連企業の進出も相次ぐ。直近では、現代自動車グループとLGエナジーソリューションによる車載電池工場建設計画(2021年7月)が発表されている。

さらに、発電所建設といったインフラ分野や韓流コンテンツ分野でも進出事例がみられる。

韓国金融機関の活発なインドネシア進出

前述のように、韓国の金融機関は、「4大市中銀行」(注2)をはじめ多くがインドネシアに進出済みだ。そもそも、韓国の金融機関の海外進出はアジア、特に中国・香港とASEAN諸国に集中するという特徴がある。そのASEANの中でも、インドネシアはベトナムと並んで進出実績が多い(表参照)。韓国の大手銀行はインドネシアの銀行を軒並み買収し、現地法人化している。資産総額はASEAN諸国の中で最大だ。さらに、証券会社や保険会社も現地法人を設けている。

インドネシアに進出した韓国の金融機関は、インドネシア企業や一般国民を主な顧客としている。現地韓国系企業や在インドネシア韓国人ではないのだ。例えば銀行の場合、インドネシアの中堅銀行を買収。それによって、早期に顧客基盤と拠点網を獲得し、市場規模・成長性ともに期待が大きいインドネシア内需市場に食い込んできた。ハナ銀行のビンタン・マヌンガル銀行買収(2007年12月)、ウリィ銀行のサウダラ銀行出資(2014年1月)などが初期の代表的な進出事例だ。こうした流れが近年も続いている。

表:韓国金融機関の国・地域別拠点数(2020年末現在)
地域 国・地域名 銀行 証券 保険
拠点数(カ所) 資産
規模
(億ドル)
拠点数(カ所) 拠点数(カ所)
現地
法人
支店 事務所 合計 現地
法人
事務所 合計 現地
法人
支店 合計
アジア 日本 1 7 1 9 169.0 0 2 2 1 1 2
中国 5 8 4 17 298.1 4 9 13 3 1 4
香港 4 5 1 10 200.3 8 0 8 1 0 1
ASEAN
階層レベル2の項目 インドネシア 8 0 3 11 132.7 8 0 8 4 0 4
階層レベル2の項目 ベトナム 4 9 5 18 117.1 7 2 9 3 1 4
階層レベル2の項目 シンガポール 0 4 0 4 81.0 6 0 6 2 1 3
階層レベル2の項目 タイ 0 0 1 1 N/A 3 0 3 1 0 1
階層レベル2の項目 マレーシア 0 0 1 1 N/A 0 0 0 0 1 1
階層レベル2の項目 カンボジア 7 1 2 11 68.2 1 0 1 0 0 0
階層レベル2の項目 ミャンマー 6 1 8 15 N/A 2 0 2 0 0 0
階層レベル2の項目 その他 N/A N/A N/A 7 N/A 0 0 0 0 0 0
インド 0 13 3 16 N/A 1 0 1 0 0 0
その他 N/A N/A N/A 18 N/A 1 0 1 0 0 0
米州 米国 5 8 2 15 227.2 11 0 11 4 5 9
その他 N/A N/A N/A 12 N/A 0 0 0 0 0 0
欧州 英国 2 6 0 8 145.5 3 1 4 3 0 3
その他 N/A N/A N/A 16 N/A 0 0 0 1 0 1
その他 アラブ首長国連邦 0 3 3 6 N/A 0 0 0 1 1 2
その他 N/A N/A N/A 2 N/A 1 0 1 0 0 0
合計 59 81 57 197 1,650.1 56 14 70 24 11 35

出所:金融監督院「2020年国内銀行の海外店舗経営現況および現地化指標評価結果」、同「2020年国内証券会社海外店舗営業実績」、同「2020年保険会社海外店舗営業実績」を基に作成

ただし、韓国国内では、インドネシア金融機関の買収について慎重に検討すべきとの指摘もある。例えば、やや古いが、「毎日経済新聞」(2019年3月3日、電子版)は特集記事の中で「韓国市場が飽和状態なため、韓国の銀行が海外に関心を持ち過ぎている」「インドネシアは人口は多いものの、銀行が乱立。収益を確保できるかどうか不透明」「インドネシアは財務体質が弱い銀行が多い。金融機関の構造改善のため、外国銀行に対して参入障壁を低めている面がある」「インドネシアという国の成長性だけをみて性急に投資してはならない」と警鐘を鳴らした。実際、金融監督院の「2020年国内銀行の海外店舗経営現況および現地化指標評価結果」によると、2020年の韓国の銀行の海外拠点のROA(総資産純利益率)を主要国・地域別にみると、インドネシアは0.14%。8カ国・地域(注3)の中で最も低い。これは、韓国の銀行にとって、インドネシアで一定の収益性を確保するのが必ずしも容易ではないことを示唆するものだ。

最近の2大投資案件は自動車関連

最近の大型投資案件は、いずれも自動車関連だ。現在建設中の現代自動車の完成車工場と、現代自動車グループ(注4)とLGエナジーソリューションによる車載電池工場建設計画の2つが挙げられる。

前者に関して、現代自動車グループ全体で過去を振り返ってみる。インドネシアの自動車市場は、日本企業にとって「牙城」と言える存在だ。その中で、1990年代後半、起亜がインドネシア国民車構想に参画。また、2000年代後半から2010年代初めまで、現代自動車の商用車委託生産などが進められた。しかし、こうした事業展開の試みは、いずれも失敗に終わった。現在、インドネシア自動車市場で現代自動車・起亜の販売シェアは1%にも満たないようだ。他方、1990年代末以降、現代自動車と起亜は海外生産拠点の構築を進めてきた。今や世界の主要な自動車市場の中で本格的な生産拠点がないのはASEAN諸国くらいといっても過言でない。今回、インドネシア市場に事実上、再挑戦することとなる。しかし、今までとは異なり、現在はIT技術の発達、電気自動車(EV)化の急速な進展など、競争環境が一変しつつある。そのため、日本企業の強みが今後とも維持できる保証はない。韓国企業にしてみると、従来に比べて市場への新規参入がしやすい環境になっている。

こうした競争環境の大きな変化の中、現代自動車は2019年11月、インドネシアに完成車工場を建設する計画を発表した。ジョコ大統領の韓国訪問に時宜を合わせたかたちだ。同社の発表(2019年11月27日)によると、概要は次のとおり。ジャカルタ近郊の西ジャワ州ブカシ市で、総額15億5,000万ドルを投じて完成車工場を建設する。2021年末の工場稼働を予定し、生産規模は当初、年産15万台、最終的には25万台に拡大する。生産車種は小型のスポーツ用多目的車(SUV)、小型の多目的乗用車(MPV)などの予定。EVについては「ASEAN戦略モデルも検討する」とした。同社の狙いは成長機会の獲得だ。インドネシアは世界4位の人口規模を有し、人口構成が若く、潜在市場が大きい。同時に、インドネシアだけでなくASEAN市場全体を狙い、ASEAN域内への輸出も予定している。このタイミングでのインドネシア市場参入について同社は、(1)韓国インドネシア包括的経済連携協定(CEPA、注5)が発効すれば、韓国からインドネシアへ輸出する自動車部品などの関税撤廃効果が見込まれる、(2)オンラインによる自動車販売が拡大しつつある、(3)IT新技術に慣れた若年層を主要ターゲットとし、先端的なコネクテッドサービスを軸に差別化が図れる、(4)同社のベトナム生産拠点や同社が出資したシンガポールの配車大手グラブとのシナジー効果が見込まれる、ことなどを挙げた。同社の発表では必ずしも明示的に書かれていなかったものの、今後、インドネシアのEV市場の急速な立ち上りが見込まれることも当然、このタイミングでの参入の理由だろう。ちなみに、インドネシア政府は2025年までに生産台数の2割をEVにする目標を掲げている(2019年8月23日付ビジネス短信参照)。

もう1つの大型投資案件が、現代自動車グループとLGエナジーソリューションによる車載電池工場建設だ。この計画について、現代自動車グループ・とインドネシア政府は2021年7月28日に投資協約を締結した。翌日のLGエナジーソリューションの発表によると、概要は次のとおり。まず、現代自動車グループとLGエナジーソリューションの折半出資で、現地法人を設立。その後、約11億ドルを投じ、西ジャワ州カラワン工業団地に年産10ギガワット時(GWh)規模の工場を建設する。2021年第4四半期(10~12月)に着工、2023年上半期に完工し、2024年上半期に量産開始の予定。製品は、当面は現代自動車・起亜に優先的に搭載する。ただし、将来的にはインドネシアに限らず世界のEV市場開拓を目指していく。インドネシアでの工場建設の狙いとして、(1)車載電池素材のニッケルやマンガンといった天然資源に恵まれていること、(2)インドネシア政府がEV関連産業の育成を進めていて各種インセンティブ享受が期待できること、(3)現地EV市場の急速な拡大が見込まれること、を挙げた。


注1:
「現地市場進出」目的の直接投資は、現地企業向け販売や現地消費者市場向け販売を主な目的とした直接投資を意味する。現地企業向け販売には、販売先企業で中間財として組み込まれた後に、最終的に輸出される間接輸出が含まれる。
注2:
「4大市中銀行」は新韓銀行、ウリィ銀行、ハナ銀行、KB国民銀行をいう。「市中銀行」とは韓国全土に拠点網を有する銀行を意味する。2020年末現在、新韓銀行は2行、その他の市中銀行3行はそれぞれ1行の現地法人をインドネシアに持っている。
なお、4行にNH農業銀行(インドネシアに拠点なし)を加えた「5大市中銀行」、さらに、IBK企業銀行(インドネシアに現地法人1行、事務所1カ所あり)を加えた「6大市中銀行」という言い方もある。
注3:
金融監督院「2020年国内銀行の海外店舗経営現況および現地化指標評価結果」でROA(総資産純利益率)が掲載されているのは、中国(0.34%)、米国(0.33%)、香港(0.60%)、日本(0.29%)、英国(0.27%)、カンボジア(1.24%)、ベトナム(1.27%)、インドネシア(0.14%)の8カ国・地域(カッコ内はROA)。
注4:
韓国の公正取引委員会(2021年4月29日発表)によると、現代自動車グループは、現代自動車、起亜、現代モービスなど53社で構成する企業グループ。資産総額規模で、サムスン・グループに次いで韓国2位。 注5:韓国インドネシア包括的経済連携協定(CEPA)は、2019年11月に交渉妥結。2020年12月に署名された。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 主査
百本 和弘(もももと かずひろ)
2003年、民間企業勤務を経てジェトロ入構。2007年7月~2011年3月、ジェトロ・ソウル事務所次長。現在ジェトロ海外調査部主査として韓国経済・通商政策・企業動向などをウォッチ。