アートの力で岩手の魅力を世界に発信
久慈のマルヒ製材が欧州市場に挑む

2026年4月16日

NHKの連続テレビ小説の舞台として一躍有名になった岩手県久慈市に所在するマルヒ製材。太平洋沿岸に位置する同社は、2011年の東日本大震災時に津波により会社の1階部分は半壊、それ以外の設備は全壊したものの、全国の木材業界からの手助けもあり、その後半年で会社を復興した。これまでは国内市場での販売、輸入のみを手掛けていたが、現在は初めての輸出に取り組んでいる変革に前向きな企業だ。時代に合わせて形態を変えながらも不屈の精神で事業を続ける、日當(ひなた)和孝社長と娘の日當麻利氏にこれまでの取り組みや今後の展望について聞いた。(取材日:2025年11月11日)


マルヒ製材の日當麻利氏(左)と日當和孝社長(右)(ジェトロ撮影)

岩手産のアカマツを活かす

同社は主に岩手県産のアカマツを製材している。アカマツは杉やヒノキに比べ、硬く丈夫な木材であるほか、特に岩手県で採れる南部アカマツは、目が通直(注1)で均一、ヤニが少なく加工しやすいという特徴がある。アカマツは元々全国に植林されていたが、松食い虫の被害などがあり、国内に残る天然木は主に岩手県久慈地域に集中している。

こういったアカマツの特性を活かし、住宅資材として製造・販売を手掛けるのが、現在のマルヒ製材社長の日當和孝氏だ。同氏は2代目として、先代が始めた木材の伐採業を発展させ、現在は住宅資材としてプレカット材の製造・販売や、リンゴ箱などの非住宅産業資材の加工を手掛けている。


伐採後、同社で加工する前のアカマツ(ジェトロ撮影)

今回初めて輸出に挑戦したのは、社長の背中を見て育った娘の日當麻利氏。岩手のありのままの自然を海外に届けたいという思いを持ち、2022年にブランド「Mill the A.」を立ち上げた。

同氏は、高校卒業まで久慈市で育ち、大学卒業後、東京の新聞社などでの経験を経て、2021年に同社に入社。新聞社での経験から、温暖化に伴う環境問題への取り組みが急速に進む欧州の問題意識を目の当たりにし、家業である木材を使ったビジネスに興味を持ったという。同社入社後、今後の国内市場の縮小を見越し、すぐに海外市場に目を向けた。SNSを通じて、自ら海外のバイヤーを探し直接コンタクトするなど積極的に活動を開始していった。


「Mill the A.」のSHIKAKUシリーズ(マルヒ製材提供)

アドバイザーとの出会い

輸出に向けた取り組みを進める中、同氏が活用したのは、ジェトロ岩手の紹介による「よろず支援拠点」の専門家サービス(注2)だ。月に1回専門家と面談し、バイヤーとの交渉の仕方から小口商品の発送方法に至るまできめ細かなアドバイスをもらうことで、輸出経験がない中で不安な点の解消に役立ったという。

海外展示会への挑戦

もう1つの大きな転機は、立て続けに海外の展示会に出展したことだ。2024年2月には、モナコで行われた「Made in Japan展」に初出展。展示会で実際に来場者から生のフィードバックを受けた経験を経て、欧州市場への挑戦を決意した。翌年、ジェトロが2005年から日本企業の出展を支援している「メゾン・エ・オブジェ・パリ」ジャパン・ブースに出展。「メゾン・エ・オブジェ・パリ 2025」への出展前には、ジェトロの「個別課題に対応するスポット支援」サービスを利用し、物流面の課題を整理していった。

世界最大級のインテリアとデザイン関連の国際見本市としては、イタリアの「ミラノサローネ」やフランスの「メゾン・エ・オブジェ・パリ」などが挙げられる。「ミラノサローネ」は家具などの出展が主なのに比べて、「メゾン・エ・オブジェ・パリ」は、よりインテリア・アートの出展が多く、インテリア業界の「パリコレ」とも称される。住宅用木材を扱ってきた同社のこれまでの経歴を踏まえると、「ミラノサローネ」に出展し木材と親和性の高い家具を出展するのが自然に思えたが、同氏はあえて木材のアートオブジェで「メゾン・エ・オブジェ・パリ」に挑戦することで、他社との差別化を意識したという。特に同展に出展されるアートの多くは陶磁器製であることから、木製のアートは目を引き、他の作品に埋もれることなく際立つことができたと語る。

同展示会への出展にあたって、岩手県の企業きみづかエイチアールイーとともにアートオブジェ「メディテーショントーテム」を製作した。きみづかエイチアールイーは、木製食器の製作などを手掛けており、同氏が目指す木材の質感を活かした製品づくりのコンセプトを一緒に進めていけると確信した。

展示会中には、事業者のみならず、一般の来場者からも作品の持つストーリー性について問われ、一貫したコンセプトで作品作りを手掛ける手ごたえを感じた。初出展ながらバイヤーから引き合いがあるなど十分な手ごたえを感じ、「メゾン・エ・オブジェ・パリ 2026年1月展」に2回目の出展をした。


「メゾン・エ・オブジェ・パリ 2025」に出展したメディテーショントーテム(マルヒ製材提供)

ブランディングへの思い

マルヒ製材で扱う木材は全て機械加工で、高精度で安定した品質を訴求ポイントにしている一方で、手作業で加工された商品のように1つ1つ異なる微妙な味わいは感じにくい。そのため、唯一無二性を求められるアートオブジェに対して、ブランディングを持ち込む重要性があると同氏は語る。掲げたのは「今日一日を積み重ねていく」というコンセプトで、一年ごとに年輪が刻まれ、どれ1つとっても同じ木はないという自然の摂理と重ねあわせている。

今後もさまざまなコラボレーションを通じた作品作りを模索しているというが、一方で扱う木材はあくまでも岩手産木材にこだわりたい考えだ。「岩手は全世界的に見ても豊かな自然が残っている土地であり、岩手県の自然が生み出す“静けさ”を自身の作品に投影させていきたい」と語る。

南部アカマツを扱い続けてきたマルヒ製材は、その歴史と技術を背景に、ブランド「Mill the A.」で海外市場へ挑戦した。岩手産木材の魅力と静けさを、アートを通じて世界に届ける新たな一歩を踏み出している。


注1:
木材において、年輪によって形成される木目や、繊維方向の変化によって現れる模様の木理(もくり)が、軸方向にまっすぐ並行に通っている状態を指す。 本文に戻る
注2:
国が全国に設置している無料の経営相談所「よろず支援拠点」からの専門家派遣。専門家派遣のサービスは既に終了している。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ岩手
狩野 奈津子(かのう なつこ)
民間企業などを経て、 2023年にジェトロ入構。調査部中東アフリカ課、企画部企画課海外地域戦略班(アフリカ)を経て、2025年9月から現職。