デジタル技術を活用した日本産錦鯉の価値普及
データと審美が融合する新たな海外戦略

2026年6月15日

農林水産省の「農林水産物・食品の輸出に関する統計情報外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」によると、2025年の日本からの錦鯉(ニシキゴイ)の輸出額は前年比37.9%増の99億7,300万円を記録し、堅調に推移している。日本からの輸出が拡大する一方で、一部の海外市場では他国産の鯉が市場に出回っているケースもある。こうした状況下で、錦鯉のトレーサビリティーの強化や共通の評価基準の普及を通じ、日本産ならではの価値をいかに伝えるかが課題となっている。そのため、全日本錦鯉振興会をはじめ関係団体は、日本産錦鯉のブランド訴求や普及活動に取り組んでいる(2025年11月27日付地域・分析レポート参照)。本稿では、第56回全日本総合錦鯉品評会外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを象徴的な事例として取り上げる。併せて、ジャパンコイサービス外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(本社:新潟県小千谷市)の須田ゆかり取締役への取材(2026年1月24日)を通じて、生産証明システムや人工知能(AI)品評会などのデジタル技術の活用について考察する。

日本産錦鯉が海外市場で直面する課題:優位性の訴求

東京流通センター(東京都大田区)にて、第56回全日本総合錦鯉品評会が2026年1月24日~25日に開催され、延べ4,700人が来場した。同品評会では、日本のみならず世界中のオーナーが参加し、約2,000尾の錦鯉が出品された(注1)。同品評会は、全日本錦鯉振興会が主催する中で最大規模を誇る品評会であり、「錦鯉のワールドカップ」とも称される国際的イベントである(注2)

同品評会は、国内外の錦鯉愛好家や生産者、流通関係者が一年間丹精を込めて飼育管理した成果を披露する場だ。同時に、飼育技術や鑑賞・鑑識の向上に向けた交流の場としても重要な役割を果たしている。また、一般公開を通じて愛好者層の拡大を図るなど、日本産錦鯉の普及・啓発や教育的な意義も大きく、国内外の錦鯉ファンをひきつけるイベントとなっている。さらに、日本産錦鯉のブランドを象徴する場であり、日本の生産者が大切に育んできた価値基準や審美文化を世界に向けて発信する場にもなっている。


第56回全日本総合錦鯉品評会のチラシ(全日本錦鯉振興会提供)

イベント会場入り口(ジェトロ撮影)

イベント会場内(ジェトロ撮影)

日本産錦鯉は海外市場において、日本の伝統文化や美意識の象徴として、高い人気を得つつあるが、その認知度やブランド価値の浸透には依然として課題が残っている。特に、海外の錦鯉事業者や愛好家の間で、品種の特徴や価値判断に関する理解が十分でない場合、価格の妥当性評価が難しくなる。これにより、安価な他国産鯉などに代替され、日本産錦鯉を選択する動機が弱まる可能性がある。結果として日本産錦鯉のブランド価値が相対的に希薄化するリスクがある。実際に、近年では中国や東南アジア産などの鯉も増えてきている。したがって、生産証明・トレーサビリティーの確保や共通の評価基準の普及など、日本産錦鯉の優位性を訴求するための施策が不可欠となる。また、市場における価格形成の透明性を高める観点からも重要だ。

進むAI技術の活用 錦鯉鑑識の進化

日本産錦鯉が海外市場で直面する課題に対し、全日本錦鯉振興会をはじめとする関連業界団体は、日本産錦鯉ブランドの価値向上に向けて、デジタル技術の活用を含むさまざまな取り組みを進めている。

品評会における錦鯉の評価基準は体型、色彩、模様だ。これらに大きく影響を与え、錦鯉の価値を決定する最重要要素の1つが血統だ。このため、血統・育成履歴・健康状態を含む情報を正確に示すトレーサビリティーの確保や、生体証明書による真正性の担保が必要となる。こうした状況を踏まえ、全日本錦鯉振興会では、個体情報を登録・管理できる生産証明書印刷システム外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを開発し、会員向けにサービス提供を開始した。

さらに、デジタル技術を活用した新たな共通の評価基準の普及施策も進んでいる。その代表例が、2026年2月21日に全日本錦鯉振興会が開催した「全日本錦鯉振興会AI品評会外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」だ。同品評会では、過去の品評会に出品された5万尾以上のデータを学習したAIが骨格・模様・ツヤを解析してスコアリングを行い、一次審査を実施した。その後、同振興会の会員がAIによって選出された錦鯉の最終審査を行い、順位を決定した。AIによる客観的なデータ解析と、長年の経験に裏打ちされた会員の審美眼によるハイブリッド審査方式が採用された。AI品評会は、錦鯉の移動や出品手続きといった品評会参加のハードルを下げるだけでなく、公平性と透明性の高い審査を目指すための新たな試みでもある。

AI品評会の開催について、同振興会の瀬沼務氏は、「AIによる一次審査は、出品数が多い場合でも短時間で評価できるのが大きな利点。さらに、生体を出品せず画像による審査ができるため、海外で飼育される錦鯉も評価の対象となる。現在はAIが対応可能な5品種を審査対象としている」と語る。事業者からも、血統・育成履歴・健康状態に加え、AI識別技術による客観的な情報は今後さらに重要になるとの声がある。


AI品評会のチラシ(全日本錦鯉振興会提供)

個体管理技術が支える錦鯉ブランド

錦鯉産業の中心地である新潟県小千谷市に拠点を置くジャパンコイサービスは、「日本産の錦鯉を広く世界に広めたい」という思いから、2020年にロブ・デ・ヴォス代表取締役と須田氏によって設立された。同社は、仕入れ・販売・選別から輸出、さらには海外バイヤーの買い付けツアーの支援まで、広範な事業を展開している。輸出先は欧州、米国、カナダ、マレーシア、シンガポール、台湾など20以上の国・地域に及び、卸・小売りから個人取引まで幅広い販売実績を持つ。現在はドイツ、イタリア、オランダ、アラブ首長国連邦(UAE)に代理店を設置しており、日本産錦鯉の魅力を世界へと発信している。

須田氏は養鯉家(ようりか)の家庭に生まれ、幼少期から錦鯉に囲まれた環境で育った。その後、「新潟県発祥の錦鯉ブランドを守りたい」という強い思いから、2021年にヴォス氏が代表を務めるジャパンコイサービスに参画した。須田氏は「海外では、他国産の鯉を日本産と偽って販売されるケースがあると聞く。錦鯉は血統が最も重要であり、生産証明書やマイクロチップなどの活用は今後ますます重視されるだろう」と述べる。


ジャパンコイサービスのマシュー・サンドハム氏(左)(同社ドイツ代理店代表)、
ヴォス取締役社長(中央)、須田取締役(右)(ジェトロ撮影)

近年、一部の生産者・事業者の間では個体識別技術への関心が寄せられつつある。その一例が、マイクロチップ(ICタグ)を体内に埋め込み、専用リーダーによって固有番号を読み取る方法だ。この技術はペット分野では広く普及しており、改ざんが困難であることから、所有権や血統の管理、高額個体の真正性証明において有効とされる(注3)。特に、ベテラン生産者でも個体識別が難しい無地(単色)の個体や高単価個体への導入が検討されている。

また、非接触での個体識別や雌雄判別といったデジタル鑑識も検討されており、海外への不正流出や不正繁殖などへの対策として期待される。このように、データに基づく個体管理の高度化は、国際取引における信頼性の向上にも寄与する。

日本の錦鯉の海外での人気が高まる中、日本産錦鯉のブランド価値の訴求や他国産鯉との差別化のために、生産証明やトレーサビリティーの強化が不可欠となっている。職人の経験に基づく審美眼に加え、デジタル技術を活用した新たな取り組みを両輪として、日本産錦鯉のブランドと伝統を形作っていくことが期待される。さらに、こうした技術は錦鯉にとどまらず、日本固有の品種やブランドの保護、不正流出防止の観点から、他の農産物・畜産物にも応用可能性があり、フードテック領域での展開も期待できる。


注1:
海外の錦鯉オーナーの中には、所有する錦鯉を日本の養鯉家に預けているケースもある。 本文に戻る
注2:
このほか、錦鯉振興会が主催する代表的な品評会として、国際錦鯉幼魚品評会(開催地:新潟県)と錦鯉全国若鯉品評会(開催地:兵庫県)などが挙げられる。また、海外で開催される品評会として、All-American Koi Show外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(米国)やThe National Koi Show外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(英国)などがある。 本文に戻る
注3:
ペット業界では、動物愛護管理法により、販売される犬や猫へのマイクロチップの装着・登録が義務付けられている(詳細は、環境省「犬と猫のマイクロチップ情報登録」参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。また、ワシントン条約(CITES)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます外来生物法外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますなどに基づき、輸入される国際希少野生動植物種の一部にも、マイクロチップの装着が義務化されているケースがある。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ農林水産食品部 市場開拓課調査チーム
庄田 幸生(しょうだ こうき)
2025年、ジェトロ入構。現在、農林水産物・食品の輸出に関して、各国の市場情報や輸入規制、法令などの調査を担当。