エネルギー成長が産業牽引(マレーシア)
サラワク州の今(後編)

2026年7月31日

エネルギー供給に比較優位を持つサラワク州では、再生可能エネルギーや水素などの新エネルギー関連プロジェクトが既にいくつか始動しており、現地企業だけでなく日系企業を含む外資系企業が関与している。こうしたエネルギー産業の強みは、半導体や電気自動車(EV)などの関連産業をも引き寄せている。同州への進出にあたっては、マレー半島部とは異なる特殊性もあるため、現地事情に通じたパートナーと組むことが円滑な交渉に不可欠となる(注1)

地場から外資系企業まで幅広いプロジェクトが始動

エネルギー産業が集積するサラワク州において、いくつかの大型プロジェクトが始動している。具体例として、総発電容量1,285メガワット(MW)の大規模水力発電所設置計画(バレ水力発電所)が挙げられる。サラワク州のグリーン電力供給・水素製造の主要基盤となる見込みであり、サマラジュ工業団地などへの電力供給源として、サラワク最大級のインフラプロジェクトの1つとして計画されている。同様に、サムスンエンジニアリング、ロッテケミカル、韓国石油公社およびサラワク州の政府系企業SEDC Energyによる、水素製造に係る共同研究プロジェクトも計画されている。

存在感を高めるエネルギー企業として、まず、 州営電力会社Sarawak Energyがある(表1参照)。同社は、発電・送配電・料金制度を一体的に担う州政府100%出資企業として、水力発電を基盤とした安定的な電力供給により、サラワク州の産業競争力とエネルギー転換を支える中核的存在となっている。同社は2030年に発電容量10ギガワット(GW)、2035年に15GW(現在約6GW)への拡大を計画している。水力、太陽光、バイオマスを組み合わせ、国内需要の増加に対応しつつ、余剰電力の輸出強化を計画する。

また、サラワク州政府が100%出資する州営石油・ガス会社のPETROSは、州の資源管理方針を実行に移す中核的な役割を担う。上流権益の管理に加え、下流供給や低炭素分野にも事業領域を拡大している。

日系企業・組織では、住友商事、ENEOSに加え、化学品商社兼メーカーのハイケムがサラワク州で事業に取り組んでいる。同社は2025年に、合成ガス由来SEGエチレングリコール(注2)のプラント開発に関して、サラワク州政府所有のサラワク・ペトケムとMOU(覚書)を締結し、実証事業を開始した。このほか、サラワク州沖合で二酸化炭素回収・貯留(CCS)事業の採算性調査を進めるエネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の取り組みもある。なお、表1は、本文で述べた企業のうち、水素・バイオマス分野における外資系企業を中心とした代表事例をまとめたものであり、州営企業(Sarawak Energy、PETROSなど)や個別プロジェクトの提携企業を網羅するものではない。

表1:サラワク州における新エネルギーに係る企業事例
企業 分類 事業動向
SEDC Energy 水素
  • サラワク州を「ASEANの水素ハブ」にするため、国際的な共同プロジェクトを主導。
  • 現地で進む「H2biscus」や「H2ornbill」プロジェクトのほか、日本企業と提携し、大規模な水素・アンモニア生産プラントの整備を推進。
  • 航空用藻類燃料:サラワク州独自の航空会社「AirBorneo」の立ち上げにより、藻類を原料としたバイオ燃料開発という新たなフロンティアに注力。
Sarawak Biodiversity Centre(SBC) バイオマス 2025年末からマレーシア・バイオエコノミー公社との協力が「実行フェーズ」に移行。州のバイオエコノミー・ロードマップ策定や、市場インテリジェンスの活用による具体的な案件創出が加速。
ボーイング
(米国)
水素 サラワク州政府などと提携し、2025年に海水由来の炭素除去とグリーン水素生産を両立する実証パイロットプロジェクトを開始。
シーメンス
(ドイツ)
水素 サラワク州政府およびエネルギー・環境持続可能性省(MEESty)と、2025年にグリーン水素生産に関する技術協議を開始。
Hydrexia Holdings Ltd
(中国)
水素
  • SEDC Energyの技術パートナーとして、固体金属水素貯蔵・輸送技術を提供。​
  • 水素製造プラントで生産したグリーン水素を「固体水素」として、2025年8月にシンガポールへ初めて輸出。
住友商事/ENEOS 水素 住友商事・ENEOS・SEDC Energyの共同開発契約(JDA)で、水素生産・日本輸出を目指す計画。

出所:各社プレスリリース、新聞報道からジェトロ作成

非エネルギー分野も誘致強化

サラワク州は、エネルギー産業をてこに、さらに非エネルギー分野で高付加価値産業への構造転換を進めている。具体的には、「持続可能性」「包摂性」「デジタル変革」を共通軸として、半導体、データセンター、電気自動車(EV)、オレオケミカル(石油化学)、アグリ分野、鉱業・資源加工などにおいて、設計・製造・下流工程の集積を重点的に誘致している(表2参照)。州政府は、天然資源に依存した経済構造を転換し、将来的な歳入の不安定化を回避するため、高付加価値かつ安定的な経済を目指す「ポスト新型コロナ開発戦略2030(PCDS 2030)」を2021年に策定している。

半導体については、サラワク州の主要工業団地のサマジャヤ/ハイテクパークを中心に、設計・試作・製造を含む半導体関連エコシステムの形成が進展している。例えば、本社をベルギーに置くX-FAB社のサラワク拠点X-FAB Sarawakは半導体ウエハー製造を手掛ける。そのほか、州政府が100%出資し、2022年に設立したSMD Semiconductorがある。これらの企業の進出により、次世代化合物、半導体チップの設計・試作・少量生産分野で、同地域への参入余地が広がっている。特に、SMD Semiconductorは、持続可能性とサプライチェーン強靭(きょうじん)化を掲げたサラワク州独自のIC・パワー半導体設計・製造体制の確立と、GaNパワー半導体(次世代チップ)の自社開発・設計受託や人工知能(AI)電力コンバーターなどの展開を目的としている。

EVも期待される産業の1つだ。州政府も、自動車・EV関連の産業団地整備および投資インセンティブを強化している。同時に、車載電池、モジュール、電子部品など、組み立て・下流工程を中心とした現地生産やASEAN向け輸出拠点としての活用を想定している。

加えて、広大な土地面積や豊富なパームヤシの存在などを踏まえると、農業・アグリテックも期待される分野となる。精密農業、灌漑、ドローン活用など、生産性向上と環境負荷低減を目的とした技術導入が進んでいる。

表2:エネルギー以外の有望産業
有望産業 競争力の源泉・背景 事業機会・進出余地
半導体・
データセンター
  • 低炭素・低コスト電力(水力)
  • 高品質通信インフラ(海底ケーブル)
  • サマジャヤ/ハイテクパークを核に、設計・試作・製造を含む半導体関連エコシステムの形成が進展。
  • SMD Semiconductorの設立を起点に、次世代化合物半導体チップの設計・試作・少量生産分野での参入余地が広がっている。
  • 低炭素・安定電力と高速通信を背景に、データセンター関連の設備・運用分野でも周辺需要が見込まれる。
自動車(EV/部品)
  • 脱炭素電力の確保
  • バッテリー関連資源へのアクセス
  • 州政府は自動車・EV関連の産業団地整備および投資インセンティブを強化
  • EV車載電池、モジュール、電子部品など、組み立て・下流工程を中心とした現地生産やASEAN向け輸出拠点としての活用が可能。
オレオケミカル/
石油化学
  • パーム由来原料、副産物資源
  • 既存輸出産業としての基盤
  • パーム由来原料を活用した高付加価値オレオケミカルやバイオ化学品の開発余地が大きい。
  • 海外企業との技術提携により、機能性素材や環境配慮型製品への用途展開が期待され、輸出志向型の生産拠点としての可能性もある。
農業・アグリテック
  • 豊富な土地と資源
  • 油ヤシなどの基幹作物の栽培
  • 精密農業、ドローン活用など、生産性向上と環境負荷低減を目的とした技術導入が進む。
  • 加工・保存・物流を含む、農業バリューチェーン高度化への投資機会。
鉱業・資源加工
  • 石炭・ボーキサイト・シリカサンドなどの豊かな鉱物資源
  • 液化天然ガス(LNG)、原油の集積
  • 採掘に加え、精錬・加工など下流工程への投資を通じた付加価値創出を重視。
  • 電池素材や特殊材料分野で、技術パートナー需要が高い。
  • アジア市場向け輸出拠点としての展開が見込まれる。

出所:サラワク州政府資料からジェトロ作成

現地パートナーとの関係構築がカギ

サラワク州は、水力発電を中心とする低炭素電力を有し、州政府主導でエネルギーを軸とした産業誘致を進めている。安定的かつ比較的低炭素な電力供給により、電力多消費型産業や、グローバルで高まる脱炭素要求への対応を迫られる企業にとって、同州を立地検討対象とする意義は大きい。クリーン電力を前提とする製造業では、下流工程の高度化や高付加価値化を通じて、国際的なグリーン調達要件への対応が期待される。水素・アンモニア、二酸化炭素(CO2)回収・利用・貯留(CCUS)などの分野では、州として明確な方針や構想が示されていることから、現時点では実証・案件形成フェーズを中心とした参入余地がある。

参入検討にあたっては、PCDS 2030やSCORE(サラワク地域経済回廊)(注3)における優先分野を踏まえ、自社がどの形態で関与するかを明確化することが重要だ。連邦政府の投資優遇に加え、州独自の電力料金や土地条件などの優遇措置の適用可能性について、早期に条件確認・整理を行う必要もある。加えて、日系企業の進出が限定的なサラワク州への投資では、原料・資源の安定確保を前提に、政府関係者との関係構築を進め、現地事情に通じたパートナーと組むことが円滑な交渉につながりやすい。同州のエネルギー・脱炭素関連政策は、実行・運用段階にあり、制度解釈や実務運用が変化する可能性があることから、最新情報を継続的に把握しながら参入判断を行うことが重要となる。


注1:
本稿の詳細はジェトロ調査レポート「サラワク州のエネルギー概況と企業動向」(2026年3月)を参照。 本文に戻る
注2:
合成ガスを原料として、ポリエステル製造原料の一種であるエチレングリコールを製造する非石油由来のプロセスで、石炭、天然ガス、産業排気ガス、バイオマス原料、CO2などの幅広い原料を使用することができる。 本文に戻る
注3:
サラワク州で進む経済・地域開発計画。豊富で安価な水力発電を中心とした再生可能エネルギーを活用し、エネルギー集約型の重工業や先端産業の誘致、地域経済の活性化を目的とする。 本文に戻る

サラワク州の今

執筆者紹介
ジェトロ・クアラルンプール事務所次長
新田 浩之(にった ひろゆき)
2001年、ジェトロ入構。海外調査部国際経済研究課を経て、ジェトロ・クアラルンプール事務所勤務。その後、知的財産・イノベーション部イノベーション促進課、調査部アジア大洋州課を経て2023年8月から現職。