浜松発「やらまいか精神」で海外市場に挑む次世代ものづくり企業
2026年7月10日
浜松・遠州地域は、繊維、楽器、自動車、光産業など多様な製造業が集積し、日本を代表するものづくりの一大拠点として発展してきた。多くのグローバル企業が前例にとらわれない発想と試行錯誤を通じて事業を拡大してきた。こうした地域性は現在も脈々と受け継がれており、既存の製造業のみならず、スタートアップを含む新たな挑戦者を生み出す土壌となっている。本稿では、海外市場に挑戦するスタートアップを含む2社へのヒアリングを通じて、浜松地域のものづくり企業に共通する挑戦のあり方やその背景をひもとく。
「やらまいか」精神が育んだ挑戦の土壌
静岡県浜松市・遠州地域を代表する言葉として、「やらまいか」という方言がある。「あれこれ考えすぎる前に、とりあえずやってみよう」という、まず挑戦することを重視する精神を表している。この地域では、「やらまいか精神」のもと、スズキ、ヤマハ、カワイ、トヨタ、ホンダ、浜松ホトニクスなどに代表されるものづくり企業が生まれ、成長を続けてきた。
例えば、スズキは織機の製造から事業を起こし、二輪車、四輪車の製造へと挑戦の領域を広げ、現在では日本を代表する自動車メーカーの1つとなっている。
同社は、多くの自動車メーカーが西欧諸国への進出を目指す中、当時の代表取締役社長・鈴木修氏のもと、「どこの国でもいいから一番になりたい」という方針を掲げた。そこで、国民所得が低く有望な市場と見なされていなかったインドに着目した。1982年には現地企業との合弁会社を設立し、継続的に工場建設に投資した。インド政府の政策とも合致したことで事業は拡大し、現在でもインド乗用車市場で約4割のシェアを占めている。2026年3月期の連結決算では、四輪の卸売り販売台数が186万2千台と過去最高を更新し、2026年度には新たな製造ライン(カルコダ工場第二ライン、ハンサルプール工場第四ライン)も加わる。
スズキの歩みは、前例がなくても可能性の大きな市場に挑戦し、試行錯誤を重ねながら市場を育てていくという、浜松らしい「やらまいか精神」を体現したものだといえる。このような背景のもと、浜松ではものづくりの現場で培われた技術や発想を起点に、国内外の市場へ挑戦する企業が生まれ続けている。
展示会を起点に海外市場を切り開くパイフォトニクス
スタートアップ企業として「やらまいか」精神を体現しながら海外市場を切り開いてきた代表的な企業が、パイフォトニクスだ。同社は2006年の創業以来、独自の光学技術を強みとし、高指向性LED照明「ホロライト」シリーズの開発・製造を手がけてきた。
池田貴裕代表取締役(CEO)は、前職の浜松ホトニクスでの経験を通じて、「視覚的に理解される光は、国や文化を問わず価値を伝達できる手段となり得る。光で人は感動し、その感動によって1つになれる」と実感した。これが創業のきっかけとなった。
加えて、同社で独自性を追求した製品を海外市場に自ら売り込んでいく経営層を目の当たりにした経験から、自社でも特許取得を含めた差別化戦略に取り組んできた。唯一無二の光技術を追求した結果、小型・軽量のキューブ型装置から遠方に視認性の高い光パターンを発生させる「ホロライト・シリーズ」という独自製品の開発に至っている。
同社の事業展開を特徴づけているのが、展示会を軸とした地道な市場開拓だ。池田氏は「まずは製品を知ってもらうこと」を重視し、創業間もないころから国内外のさまざまな業種の展示会に継続的に出展してきたと振り返る。来場者や顧客との対話を通じて現場の課題を学び、さまざまな用途に対応できる製品として磨き上げてきた。工場内のフォークリフト動線の可視化や危険区域の明示といった安全対策用途も、顧客からの逆提案を契機に生まれたものである。

池田氏によれば、販路開拓は短期間で成果が出るものではなく、「長く続けて初めて、進化し続けている企業として認識される」という。数年間は認知を高める段階にとどまるが、継続することで徐々に信頼が蓄積され、ようやく客先からの問い合わせにつながる。
現在では海外売上比率は20%を超え、特に北米市場では前年比2倍のペースで売り上げを伸ばしている。今後は現地法人の設立も視野に入れている。さらに、アジアや欧州、中東などで市場開拓を進めるため、ジェトロのジャパンパビリオンを活用して多くの展示会に出展し、さらなる挑戦を続けている。


ジェトロ・ジャパンパビリオンで「やらまいかポーズ」を
とる池田氏(パイフォトニクス提供)
創業初期から海外を目指す浜松発スタートアップ
浜松の「やらまいか」精神は、創業初期からグローバル市場に挑むスタートアップにも受け継がれている。Magic Shieldsは、介護・医療現場向けの転倒対策用マット「ころやわ」を開発するスタートアップだ。代表取締役社長の下村明司氏は、介護という分野が国境を越えた共通課題であることを、2019年の創業当初から意識していた。そのため、海外展開を見据えて汎用(はんよう)的な素材や構造を選択し、どの国でも再現しやすい製品を開発してきた。

2022年以降、ジェトロが実施するアクセラレーションプログラムであるGSAPやJ-StarXなどの各種支援を活用することで、同社の海外展開は本格化した。下村氏は、現地の関係者との意見交換や壁打ちの機会を通じて、「現地市場の理解が深まり、グローバルに事業を捉えるマインドセットが育まれてきた」と振り返る。
特に転機となったのが、米国のイノベーションカンファレンスCESへの出展(2025年1月)だ。製品の認知向上や代理店獲得を目的に参加した同展示会では、展示手法に関する示唆を得られただけでなく、複数国でのメディア掲載や製品の試験導入、代理店との関係構築など、具体的な成果にもつながった。
現在では、世界10カ国で主に病院や介護施設を中心に製品の導入が進んでいる。特に米国市場では、現地人材の採用も進めながら、医療・介護分野に特化した展示会やカンファレンスでの営業を軸に売上を伸ばしている。
また、直近では台湾で開催された国際医療機器展示会MEDICAL TAIWANに出展した。アジア各国の来場者から高い評価を得るとともに、新たな販路開拓を進めている。

下村氏は、特別な海外バックグラウンドはなかったが、創業当初から海外展開を視野に入れ、「まずは現地に出てみる」という姿勢で挑戦を重ねてきた。
その過程では、異なる文化や商習慣のもと、外国企業として医療・介護施設へ製品導入を働きかける難しさにも直面した。現地で関心を持ってもらい、話を聞いてもらうための工夫として、ピッチの場で自ら転倒して製品の効果を体感的に示すなど、伝え方にも試行錯誤を重ねてきた。
こうした取り組みの積み重ねにより、海外市場での足がかりを築き、2023年には米国法人の設立につながった。展示会や現地での対話を通じて得た知見を次のアクションにつなげ、事業を発展させている姿は、まさに浜松に根付く「やらまいか精神」を体現するものといえる。

Magic Shields代表取締役社長の下村明司氏(Magic Shields提供)
挑戦を支える浜松市のスタートアップ支援とエコシステム
パイフォトニクスのように長年をかけて海外市場を切り開いてきた企業、そしてMagic Shieldsのように創業時から世界に挑もうとするスタートアップ。両者に共通するのは、海外展開の初期段階において、海外の現場に飛び込み、「まずはやってみる」という姿勢で挑戦している点だ。
浜松市は、こうした挑戦する風土が次の世代へと連なっていくことを目指し、早くからスタートアップ支援に取り組んできた。2020年に策定された第1期スタートアップ戦略では、スタートアップと地域のものづくり産業との連携を軸に、エコシステムの構築が進められている。
中でも、浜松市が認定した民間ベンチャーキャピタルの出資と同額を市が交付金として支給する「ファンドサポート事業」は、民間からの投資を後押しすることで、スタートアップが資金を調達する機会を広げ、その成長を支援している。
さらに浜松市は、内閣府のグローバル拠点都市として、インドをはじめとした海外エコシステムとの連携を進めるなど、グローバルに成長し続ける企業の創出を支えている。
こうした取り組みを通じて浜松では、「やらまいか」精神に基づく挑戦の文化が、企業による実践と支援の仕組みの双方によって育まれている。地域に根ざしたものづくりの強みを背景に、グローバル市場へと挑戦する動きは、今後も広がっていくことが期待される。
- 執筆者紹介
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ジェトロ浜松
杉山 希実(すぎやま のぞみ) - 2021年、ジェトロ入構。プラットフォームビジネス課を経て、2024年12月から現職。





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