シミュレーション技術で製造DXを支える理研発ベンチャー(日本)
産業変革の潮流を読むアイ・ディー・クロスリンク

2026年3月3日

アイ・ディー・クロスリンク外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(旧:インテグレーションテクノロジー、本社:神奈川)は、自動車や光学機器分野において開発ソリューションを提供する、理化学研究所外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(以下、理研)発の技術ベンチャーだ。近年、製造業においては機能要件の複雑化や技術者の人材不足を背景にDX推進へのニーズが高まっている。同社はこうしたニーズに応えるべく、製品開発のテスト工程における効率を高める3Dシミュレーションツールの販売から運用、保守を提供している。

海外展開に向けては、光学機器分野で世界初となる、ガラスモールド専用のシミュレーションソフトウエア「V-Glace」を理研との共同研究により開発し、欧州の関連企業などを中心に高い関心を集めている。創業者の船田浩良氏(現参事)に、技術開発の背景や同社の歩み、海外展開の現状について話を聞いた(取材日:2026年1月6日)。


創業者の船田浩良参事(ジェトロ撮影)

本流は実験か、シミュレーションか 創業への思い

船田氏は一貫してコンピューターシミュレーションの分野でキャリアを築いてきた。1985年に本田技研工業(ホンダ)へ入社し、金型設計部門でCAD・CAM・CAE技術に出会った。当時の開発現場では、実物を用いた実験が重要であり、シミュレーションは本流ではないと揶揄(やゆ)されることもあった。しかし、開発が高度化・複雑化し膨大なデータや知識が蓄積されていく過程で、それらを統合するソフトウエアこそが将来のものづくりの基盤になると確信していた。「シミュレーション技術はこれからの企業を左右する存在になる」。そう考え、シミュレーションを自身のライフワークにしたいとの思いを抱くようになった。

その後、シンクタンクでソフトウエア開発・企画や営業を経験し、2001年に同分野で国内最先端の研究を担う理研ベンチャー外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(注1)の世界に飛び込んだ。当時の理研では、シミュレーション関連のソフトウエアを全て独自に開発する「10年×50人」体制の壮大なプロジェクトが進行していた。同氏は、海外製ソフトウエアが市場を席巻する中で、日本発のソフトウエア開発を使命とする理研の姿勢に共鳴した。同プロジェクトで開発された技術を基盤とした新たな商用ソフトウエアの開発を通じて、日本のシミュレーション分野に貢献したいとの信念から、2011年に創業し、同社は理研ベンチャーの認定を受けた(注2)

理研との共同開発で生まれたオンリーワン技術

新たな商用ソフトウエアの開発にあたっては、理研の産学連携プログラムを活用し、ガラス成形・光学研究開発チームを組成(注3)した。創業以降、ガラスモールド(光学ガラスを精密にプレス成型する技術)の研究を続け、6年が経過した2017年のことだった。同社開発チームの石山英二氏がチームリーダーとなり、理研の研究ディレクターである山形豊氏がチームの導き手となった。それからガラスメーカーのニーズにあわせたさまざまな解析を実施するベンチマークテストなどを重ねて、2022年にようやく販売開始に至った。足掛け10年にわたる研究が実を結んだ。


「ニホニウム発見のまち和光市」記念プレートが
設置された理化学研究所西門(ジェトロ撮影)

(左から)同社石山氏、理研山形博士、船田参事。
理研研究棟にて(ジェトロ撮影)

開発したソフトウエア「V-Glace」は、特殊形状のガラスレンズを高温環境下で金型プレスにより超精密加工するプロセスを、3D空間で高精度に再現するシミュレーションツールだ。理研が独自開発したソフトウエアVCADを応用しており、商用ソフトとしては世界初となる。同ガラスレンズに用いられる金型は、10センチメートル四方で数百万円と高額になるものもあり、試作でも失敗はできない。また、ガラスは400~700度の高温下で加圧して冷却する過程で不均一に変形するため、物性(物理的性質)そのものの測定が重要だが、試作を繰り返して解を見つける作業も現実的ではない。V-Glaceの強みは、そうした課題対応に特化し、粘弾性や構造緩和といったガラス物性を根本からシミュレートできる仕組みを実装している点だ。


金型(上下)でガラス(中央の球体)を圧縮し、レンズを成型するシミュレーション例(同社提供)

製造業は市場を問わず、スピード、品質、コストパフォーマンスの向上が常に求められる。特に、自動車向け光学センサーやスマートフォン、カメラなどに活用される高性能ガラスレンズの製造は、あらゆる分野で急速に自動化が進む現代においてその重要性を一層高めている。事前にシミュレーションで検証したいというニーズを捉えた同ツールの開発は、製造現場の高度化を支える必然性の高い取り組みだった。

欧州の引き合いを起点に、アジアも視野

V-Glaceの海外展開は、欧州市場へのアプローチから始まった。もともと販売初期段階での海外展開は時期尚早と考えており、英語版パンフレットすら用意していなかった。本来であれば拠点を設けて運用をサポートする人員を配置した上で段階的に進めるべきだと考えていたためだ。一方、当時からドイツや中国をはじめとする海外企業から問い合わせが寄せられ、海外にも商機はあると手応えを感じていた。

海外展開を本格的に後押ししたのは新型コロナウイルス感染症の拡大によるウェブ会議の急速な普及だった。海外企業とのコミュニケーションにおける心理的・物理的ハードルが下がり、商談や技術打ち合わせに加え、データの受け渡しやアフターメンテナンスまで、ウェブで完結できる環境が整った。対面の機会が限られる状況でも商談の効率は大きく向上した。こうした流れの中、同社はまず、レンズ技術において日本と共通点が多く、世界的にも高い評価を受けるドイツを軸に欧州市場での認知拡大を目指すことにした。

転機となったのは、2024年にドイツ・フランクフルトで開催された光学分野の展示会OPTATEC(オプタテック)への出展だ。ここでスイスの光学先進メーカーからV-Glaceに関する引き合いを獲得した。地理的に近い欧州の研究機関や既存プレイヤーの成果ではなく、同社独自の技術が評価されたことは自信につながった。一方、それまで海外での事業経験は無く、商談の進め方や契約面に不安があった。そこで同社はジェトロのハンズオン支援(注4)を活用し、ソフトウエアについて海外取引に明るく、欧州での貿易実務経験が豊富な元大手カメラメーカー出身の専門家から手厚いサポートを受けた。V-Glaceは専門性の高いソフトウエアであるため、ライセンス形態、責任範囲の明確化、技術サポート体制など検討すべき点は多岐にわたる。日本であれば暗黙知や職人技で解決してしまうような場面でも、海外では理論的かつ丁寧な説明が求められる。多角的かつ大量の質問に1つひとつ向き合う作業は容易でなかったものの、違いを理解し、相手目線に立ったニーズ分析を行い、着実に擦り合わせを進めた。その結果、ソフトウエアライセンス利用に加え、通年保守をオプションとした契約の締結にも至り、継続的なビジネスにつながった。現在は同スイス企業に加え、ドイツ企業から数千ドル規模のベンチマークテストの依頼を受けるなど、欧州での事業が少しずつ広がりを見せている。

さらに視野に入れているのがアジア市場だ。日本のガラス材料、精密金型、物性測定器などは高品質で世界的にも評価が高く、レンズ生産の集積地であり地理的に近い東アジア地域に向けても成長余地がある。既に台湾や中国でも需要の芽が生まれている。特に台湾は日本と同様に開発力があり、技術的な親和性も高いことから重要な市場として位置付けている。

同社は2024年、日本のシミュレーション技術でリーディングカンパニーを目指すIDAJへの完全株式譲渡が成立し、子会社として新たな体制へ移行した。これを機に、事業規模拡大に向けた動きにも一段と弾みがついた。親会社は中国ビジネスの経験を持ち、輸出規制への対応など、技術系ベンチャー単独では対応が難しい領域において支えとなる。また、知的財産保護への対応も重要だ。中国市場は材料品質やコスト競争力の向上が著しく大きな潜在力を持つ一方で、CADソフトの海賊版が流通するなど知財リスクの高い地域でもある。市場としての魅力は大きいものの信頼できる商社を介し慎重に進める必要があるため、まずは台湾向けの商社ネットワークを構築し、それを足掛かりに中国市場に向けた輸出管理体制の整備を進めていく方針だ。

産学連携の成果を世界へ

同社はシミュレーション技術の研究開発を通じて、理研と継続的な協力関係を築いてきた。同技術に精通する山形博士は「レンズメーカーには熟練技術者が多い。長年の経験から感覚的に掴んできた成型の勘所は再現が難しく、言語化や体系化も容易ではない。しかしシミュレーション技術を活用すれば工程の可視化が進み、若手技術者が技術理解を深める一助にもなる。製造現場で金型の成型技術を継承していく上でも、シミュレーション技術は教育的価値の高いものだ」と話す。V-Glaceは、0から1を生み出した研究開発フェーズを経て、その価値を1から100へと広げ、より多くの現場と人材に届けていく段階に入った。産学連携という開かれた環境の下で育まれた技術を基盤に、海外展開と人材育成、知の継承を同時に進めていく。アイ・ディー・クロスリンクの挑戦は、世界の製造業の在り方がシミュレーション技術によって大きく変わりつつある今、ものづくりの未来を支える取り組みとして着実に存在感を高めている。


注1:
理研の研究成果を中核技術として社会実装することを目的に、理研から認定を受けて起業した企業のこと。 本文に戻る
注2:
2023年12月をもって理研ベンチャー認定制度の新規受付は終了した。2024年1月以降は新制度として拡充された新たなスタートアップ支援策を開始している。支援内容の詳細、ライセンス条件などは理研ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを参照のこと。 本文に戻る
注3:
理研の産業界との融合的連携研究制度(バトンゾーン制度外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)の一環として作られたチーム。理研と企業が一体となる研究チームを作り、社会課題の解決につながる研究成果の実用化に取り組む。同社チームは2017年度に設置された。 本文に戻る
注4:
海外展開を目指す中堅・中小企業に対してジェトロが提供するプログラムの1つ。海外ビジネスに精通した専門家(パートナー)が継続的な支援面談・海外出張同行を通じて、海外展開の計画策定支援から海外販路開拓、立ち上げ、操業支援まで一貫して支援する。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ調査部調査企画課
田中 友香莉(たなか ゆかり)
2015年、ジェトロ入構。総務部人事課を経て、2023年8月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ埼玉
宮﨑 悠矢(みやざき ゆうや)
2019年、埼玉県産業振興公社に入社。2025年からジェトロに出向、同年から現職。