アリババに聞く、中国版IIOTの現在地と日本企業の課題
2025年6月17日
中国では、インダストリアルインターネット(IIOT)が急速に発展、進化し、中国企業の新たな競争力強化につながっている。一般的にIIOTとは、産業分野の機械や設備、システムなどをインターネットで相互に接続し、データを収集・分析・制御することで作業・管理の効率化や見える化を実現する技術を指す。中国では、工業情報化部が「ヒト、機械、モノ、システムなどの包括的な接続によって、全産業チェーンと全バリューチェーンをカバーする新たな製造・サービスシステム」と定義して、その発展を支援する産業政策を推進。その中では、5G(第5世代移動通信システム)など次世代通信ネットワークインフラとの融合や、人工知能(AI)の応用も進められてきた。
こうした中で、中国企業のIIOT化は、生産ラインの自動化・省人化にとどまらない。ものづくりの川上(設計図の作成や部材の調達など)から川下(販売、メンテナンスなど)までをシステムで一体化した、データドリブン(注1)による「中国版」IIOTとも言えるものづくりのスマート化が進展している。
「中国版」のIIOT化を支援するシステム・プラットフォームの提供企業であるアリババクラウドの事業および支援事例、同社からみた日本企業の課題などについて、アリババ日本法人で技術責任者を務める大和田健人氏に話を聞いた(取材日:2025年3月5日、取材地:アリババ集団本社・浙江省杭州市)。大和田氏は、日本法人と中国本社との間を行き来しており、日本と韓国のアパレルブランドの商品企画・生産発注システムのデジタル化(DX化)支援も手掛けている。
- 質問:
- アリババのIIOT事業への参入の狙いは。
- 答え:
- アリババクラウドは、2009年に設立された。アリババ集団が運営する淘宝(Taobao)、天猫(Tmall)などのEC(電子商取引)プラットフォームを通して、中国最大のECイベント「双十一」(ダブルイレブン、注2)の際に発生する膨大なデータを処理する必要性が生じたのが設立の起源だ。このビッグデータをリアルタイムで処理する技術が、製造にも応用できるとみて、2014年にIIOT事業にも参入した。
- アリババクラウドのデジタル技術を駆使し、あらゆるデータソースから取得したデータをリアルタイムでクレンジングすることで、データのサイロ化を防ぎ、「安価」かつ「使いやすい」ビッグデータに処理して蓄積し、提供できる基盤を構築。データの分析・企画から、サプライチェーンの管理、製造、販売・マーケティングというモノづくりの川上から川下までのデータを統合したプラットフォーム化を支援している。
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アリババ集団本社(同社提供)
アリババ株式会社 Principal of Technology
大和田健人氏(同社提供) - 質問:
- アリババクラウドによるIIOT化支援の主な事例は。
- 答え:
- 代表的な導入先としては、アパレル製造分野が挙げられる。BOSIDENGやLI-NINGなど中国のアパレルブランドと共に取り組んだものだ。
- これら中国のアパレルブランドでは、データドリブンによる製造小売りモデルを確立している。消費者のニーズを迅速に捉え、それに応じた製品を生み出すのが、今の中国の製造業だ。具体的には、SNSでのトレンド情報や、属性ごとのきめ細かい販売動向などから分析したデータを基に、三次元コンピュータ支援設計(3D CAD)を活用してサンプルを製作。さらにそのサンプルの製品イメージCGをSNSに投稿し、評価を検証しながら設計や生産計画に反映。多品種・小ロット・短納期生産を実現している。従来のモノづくりでは、アパレル製品のサンプル製作には1件に約1カ月を要していたところ、5日でサンプル製作が可能となった。少ロットの多様なデザインの商品の提供が可能となることで、希少性が生まれ、消費者が製品に価値を見いだし、より高い価格で販売できることとなる。すなわち、製品の付加価値向上につながっている。加えて、端境期の読みにくい需要リスクをヘッジし、少ない枚数を生産して、実際の店舗で顧客の反応を見た上で生産判断を行うなど、従来の勘と経験に基づく経営から、データドリブンな経営へと中国のアパレル企業は進化を遂げている。
- また、アパレル工場における製造のスマート化の事例としては、裁断工程におけるAIの活用などが挙げられる。同工程では、まずテキスタイル全体をスキャンし、傷の有無や、傷がある箇所を自動検知。それぞれに傷の箇所が異なる複数枚の布を重ねて、パターンを切り出すのに最も無駄が生じない最適な位置を自動で割り出したうえで裁断する。
- 縫製作業ラインのスマート化も進めている。例えば、従来は熟練者による指導と長期間の訓練が必要だったミシンを用いた縫製作業について、作業員の手の微妙な角度などをセンサーが検知・スコア化し、適切な指示を出すシステムを開発・導入することで、技術習得を効率化している。また、縫製ラインの作業計画の策定、タスクと部材のマッチング、資材の動的手配といった業務をAIが担うことで、マネジメントの省力化を実現した。
- アリババは自社でも、アパレル製品を製造するIIOT工場「迅犀」を建設した。2018年から秘密裡(り)で進められたこの「迅犀」工場プロジェクトは、2020年に公開され、世界経済フォーラム(WEF)のグローバル・ライトハウスにアパレル分野で初めて選出された。「迅犀」工場は浙江省杭州市のほか、安徽省宿州市にも開設した。
- 質問:
- その他の業界におけるIIOT化の支援事例は。
- 答え:
- 某中国大手自動車メーカー(A社)の生産工場のIIOTシステムも支援した。上述のような工場の自動化支援のみならず、サプライヤーとの受発注および物流をつなぐシステムのプラットフォームも、アリババクラウドおよびアリババ傘下の物流企業である菜鳥網絡科技(Cainiao、菜鳥)が構築している。
- 具体的には、A社の工場敷地内にティア1のサプライヤーにスマート倉庫を建設させ、生産・販売状況に応じたオンデマンド発注をかけているというものだ。これにより、A社は、部品在庫を持たず生産・販売状況に基づく資材利用のスケジューリングの最適化が可能となる。スマート倉庫の建設費は菜鳥が負担し、貨物の輸送費にのせてサプライヤーに請求する形をとっている。あくまで輸送費として支払うので、顧客(サプライヤー)側のバランスシートへの影響を最小限に抑える工夫がされている。
- 質問:
- 貴社からみた中国進出日系企業のIIOT化の現在地と課題は。
- 答え:
- 日系企業も、各所でIIOT導入に取り組まれており、製造現場ごとの改善や効率化の積み重ねは非常に印象的。一方で、各拠点や工程単位での最適化が中心となっており、全体最適の視点から統合的に推進されている例はまだそれほど多くないように感じている。その背景として、中国現地法人の裁量範囲が限られているケースが考えられる。製造拠点の責任者の多くは、いわば工場長のような立場で、管轄内の最適化にはたけていても、 ビジネス全体の画を描いて実行するとなると、組織上の制約を伴うことがある。また、大規模な工場の場合、それぞれの製造領域ごとに、細分化された本社のレポートライン下にあることが多く、工場の全体最適を議論するためには構造的な課題を抱えているように思われる。
- こうした傾向は日系企業に限らず、グローバル企業全体に共通する構造的な課題でもあるが、特に中国ではIIOTの進化が非常に速く進んでおり、部分最適の延長線だけではそのスピードに対応しきれない場面も出てくる。商品のライフサイクル全体を見据えた上で、総合的なグラウンドデザイン(全体コンセプト)を描いてそれらを支えるプラットフォームを構築することが、今後ますます重要になると考えている。
- また、そうしたグラウンドデザインを実現していくための専門人材の確保も鍵となる。サプライチェーンを重視する中国企業では、サプライチェーン部門に高度な人材を配置する傾向が強く見られるが、日本企業では営業や販売部門を重視する体制が中心となっているケースもあり、サプライチェーン関連の体制整備が今後の強化ポイントとなりうる。人材確保の具体策としては、現地の合弁パートナーのリソースを活用することも1つの選択肢になるだろう。
- 質問:
- 日系企業がIIOT化を進めるには、どのような方法が有効と考えられるか。
- 答え:
- 既存事業の延長線上では、なかなか大きな変革は難しいのではないか。 韓国の某アパレルブランドの中国事業のDX化の支援事例では、中国のアパレル業界で導入が進む「小单快反(スモールオーダー、クイックレスポンス)」モデル(注3)を取り入れるために、新たなブランドの新会社を立ち上げた。同モデルの実現にあたっては、販売データやSNSなどのビッグデータ分析に基づく企画・設計を行い、生産委託先との受発注システムを連携させる必要が生じたが、従来のシステムや体制を変更することに対して、既存事業部からの反発が大きく、続行が困難な状況に陥った。そこで、打開策として、中国人社員を中心とした新たなブランドの新会社を立ち上げて計画を遂行。結果、新会社は設立後1年で収益化を達成し、2年目に入った現在は、既存ブランドのライセンスも受けて業務を拡大しているところだ。
- このように、社内に競合会社を立ち上げ、あるいはまずは同業他社と共同でアパレルなど異業種の(中国版の)IIOT工場を設立し運営してみることで、経験値を高める方法も考えられる。有用性を認識できるはずだ。いずれの場合にも、経営者が投資と環境づくりにコミットすることが重要だ。
- 注1:
- データに基づき意思決定する手法。売上データや、顧客データなどを収集・分析し、分析結果を基に戦略や施策を立案・実行する。
- 注2:
- 中国の一大ECセールイベント。ダブルイレブンは11月11日を指す。アリババが2009年に「ネットショッピングを楽しむ日」として始めた。2024年には10月14日~11月11日を期間として開催された(2024年11月21日付ビジネス短信参照)。
- 注3:
- 少量の注文を迅速に処理し、短期間で市場の需要に応じた製品を提供する戦略を指す。消費者のニーズに応じた商品提供を実現できるメリットがあるとされる。

- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部中国北アジア課 課長代理
小林 伶(こばやし れい) - 2010年、ジェトロ入構。海外調査部中国北アジア課、企画部企画課事業推進班(北東アジア)、ジェトロ名古屋などを経て2019年6月から現職。