概要とウィンストン・セーラムの取り組み
米NC州ライフサイエンス産業(1)

2025年4月25日

全米屈指のバイオクラスターとして、ライフサイエンス関連企業を中心に集積が進むノースカロライナ州のリサーチ・トライアングル・リージョン(以下、リサーチ・トライアングル)。州政府などが1950年代から取り組んできた環境整備の努力の成果だ。一方で、州内の他地域でもライフサイエンス分野の新しいエコシステムが形成されつつある。本稿の前編では、州内ライフサイエンス産業を概観するとともに、研究成果の医療への応用に積極的なウィンストン・セーラム地域の概要を紹介する。中編「米NC州ライフサイエンス産業(2)中心部の再開発と再生医療分野の取り組み」では、ウィンストン・セーラムのダウンタウンの再開発により整備が進む「イノベーション・クォーター」の取り組みを紹介し、後編「米NC州ライフサイエンス産業(3)カナポリス、食と健康分野に強み」では、近年、整備が進められている、食と健康分野に強みのあるリサーチパーク、ノースカロライナ・リサーチ・キャンパスを取り上げる。

リサーチ・トライアングルを中心に産業が集積

ノースカロライナ州の州都ローリーやダーラム地域に位置するリサーチ・トライアングルはライフサイエンス産業の集積地として注目を集めている(2024年3月28日付地域・分析レポート参照)。図1は米国の州別のライフサイエンス関連製造業の雇用人数を示しており、ノースカロライナ州は2万7,828人で全米4位だ。特に、全米で5本の指に入るライフサイエンス・クラスター(注1)のリサーチ・トライアングル近郊には、デンマークの製薬大手ノボ・ノルディクスが2024年6月に41億ドルの投資を発表するなど投資が集まっている。日本企業でも、アステラス製薬や協和キリン、富士フイルムが投資を発表している。

図1:米国におけるライフサイエンス産業の州別雇用人数(2023年)
ノースカロライナ州の雇用人数は2万7,828人で、カリフォルニア州、ニュージャージー州、ニューヨーク州に次いで全米4位だ。

注:北米産業分類システム(NAICS)の325411、325412、325413、325414、334510、334516、334517、339114、339115をライフサイエンス関連製造業として集計。
出所:米国労働省労働統計局資料からジェトロ作成

リサーチ・トライアングルが選ばれる理由として、全米でトップクラスの研究機関に分類されるデューク大学、ノースカロライナ大学チャペルヒル校、ノースカロライナ州立大学の3校の存在がある。図2は米国国立衛生研究所(NIH)の2023年の助成金交付件数と金額を州別に示している。ノースカロライナ州は3,018件(全米6位)で23億4,427万ドルの助成金(全米5位)を獲得している。

図2:NIHの州別助成金交付件数・金額(2023年)
ノースカロライナ州は3,018件で23億4,427万1,577ドルの助成金を獲得している。件数は全米6位、助成金額は全米5位だ。

出所:NIHデータベース「RePORTER」からジェトロ作成

表1は州内の交付先別の件数と金額を示している。ノースカロライナ大学チャペルヒル校の交付件数が最多で、1,053件のプロジェクト(機関別全米13位)が採択されている。助成金額では、デューク大学が約715万ドル(同全米6位)で最大だった。州内で採択されたプロジェクトの件数、助成金額ともに約80%を、リサーチ・トライアングルに立地する機関が獲得しており、NIHの研究資金獲得において州内で突出している。

表1:ノースカロライナ州内機関へのNIHの助成金交付件数・金額(2023年、上位10機関)(単位:件、100万ドル)(-は記載なし)
機関名 プロジェクト数 助成金額 備考
件数 金額
ノースカロライナ大学
チャペルヒル校
1,053 34.89% 594.91 25.38% リサーチ・トライアングルに立地
デューク大学 1,047 34.69% 715.02 30.50% リサーチ・トライアングルに立地
ウェイクフォレスト大学 285 9.44% 161.75 6.90%
ノースカロライナ州立大学ローリー校 123 4.08% 41.93 1.79% リサーチ・トライアングルに立地
リサーチ・トライアングル・インスティチュート 114 3.78% 553.89 23.63% リサーチ・トライアングルに立地
退役軍人保険局
ダーラムメディカルセンター
56 1.86% リサーチ・トライアングルに立地
ノースカロライナ大学
シャーロット校
34 1.13% 9.36 0.40%
イーストノースカロライナ大学 27 0.89% 8.59 0.37%
ノースカロライナ大学
グリーンズボロ校
22 0.73% 6.72 0.29%
ノースカロライナ
アグリカルチュラル&テクニカル州立大学
15 0.50% 4.67 0.20%
ノースカロライナ州全体 3,018 2,344.27

注:プロジェクト数と助成金額の割合は州全体の値に占める割合。
出所:NIHデータベース「RePORTER」からジェトロ作成

臨床研究はウィンストン・セーラムはじめ他地域でも実施

一方で、臨床研究という観点では、州内のリサーチ・トライアングル以外の場所での実施も少なくない。表2は、2023年に米国で開始された臨床研究の件数を示している。2,000社・団体以上が同年に米国で臨床研究を開始しており、米国の医療機関のメイヨークリニックが実施件数1位だ。ノースカロライナ州では、デューク大学が94件で全米7位となったほか、ウェイクフォレスト大学が81件で全米12位にランクインした。ウェイクフォレスト大学は、州都ローリーの西部に位置するウィンストン・セーラムに立地しており、医学部が有名だ。

表2:2023年に米国で開始された臨床研究の件数(上位15機関)(単位:件)(-は記載なし)
機関名 臨床研究
実施数
臨床研究を実施する主な州
メイヨークリニック 179 ミネソタ、フロリダ、アリゾナ
スタンフォード大学 119 カリフォルニア
マサチューセッツ総合病院 113 マサチューセッツ
M.D.アンダーソン
がんセンター
102 テキサス
退役軍人保険局
研究開発局
100 カリフォルニア、ニューヨーク、テキサス
ミシガン大学 95 ミシガン
カリフォルニア大学
サンフランシスコ校
94 カリフォルニア
ジョンズ・ホプキンス大学 94 メリーランド
デューク大学 94 ノースカロライナ
ペンシルベニア大学 83 ペンシルベニア
エール大学 83 コネチカット
アラバマ大学
バーミンガム校
81 アラバマ
ウェイクフォレスト大学 81 ノースカロライナ
コロラド大学デンバー校 77 コロラド
メモリアルスローン
ケッタリングがんセンター
72 ニューヨーク、ニュージャージー
全米 9,484

出所:米国国立医学研究所データベース「ClinicalTrials.gov」からジェトロ作成

表3は、2023年にノースカロライナ州内で開始された臨床研究について、実施地域・都市別の件数を示している。デューク大学が立地するダーラムを中心にリサーチ・トライアングルが612件(州内実施臨床研究の57%)、州内で最も人口が多いシャーロットが242件(同23%)、ウィンストン・セーラムが220件(同20%)と続く。過半数の臨床研究が、実施場所としてリサーチ・トライアングルを選んでいる。ただし、州内へのNIHの研究資金の約8割をリサーチ・トライアングルの機関が獲得したことに比べると、臨床研究の実施場所は分散している。

各地域・都市での臨床研究実施数上位3機関のシェアは、リサーチ・トライアングルが27.5%、シャーロットが13.2%、ウィンストン・セーラムが36.8%、アッシュビルが10.7%だ。シャーロットやアッシュビルは実施機関が分散している一方で、ウィンストン・セーラムはウェイクフォレスト大学に比較的集中している。

表3:2023年にノースカロライナ州内で開始された臨床研究の実施都市別件数(単位:件、機関)(-は記載なし)
地域・都市名 臨床研究実施数 臨床研究実施機関数 上位3機関のシェア 臨床研究を実施する主な機関
※カッコ内は件数
リサーチ・トライアングル 612 297 27.5% デューク大学(88)、ノースカロライナ大学チャペルヒル校(54)
階層レベル2の項目ローリー 81 61 13.6%
階層レベル2の項目ダーラム 349 187 29.8%
階層レベル2の項目チャペルヒル 228 113 37.7%
シャーロット 242 148 13.2% ウェイクフォレスト大学(15)
ウィンストン・セーラム 220 116 36.8% ウェイクフォレスト大学(68)
アッシュビル 169 119 10.7% イーライリリー(6)
グリーンズボロ 53 31 24.5% ノボ・ノルディクス(6)
ファイエットビル 32 25 25.0% アストラゼネカ(4)
ノースカロライナ州全体 1,074 486 20.7% デューク大学(91)、ウェイクフォレスト大学(77)、ノースカロライナ大学チャペルヒル校(54)

注1:本稿では、ローリー、ダーラム、チャペルヒルで実施された臨床研究をリサーチ・トライアングルで実施された臨床研究とする。
注2:複数都市で実施される臨床研究もあるため、ローリー、ダーラム、チャペルヒルの実施件数の合計はリサーチ・トライアングルの実施件数に一致しない。同様の理由で、各都市・地域の実施件数の合計は州全体の実施件数に一致しない。
出所:米国国立医学研究所データベース「ClinicalTrials.gov」からジェトロ作成

有名大学医学部と大規模病院が立地するウィンストン・セーラム

ノースカロライナ州中央部に位置するウィンストン・セーラムは、1913年にウィンストンとセーラムが合併して誕生したことから、「ツインシティ」とも呼ばれる。人口約25万人で、リサーチ・トライアングルやシャーロットよりも小規模な都市圏だ。同地では、800床以上の病床を有するアトリウムヘルス・ウェイクフォレスト・バプティスト病院とウェイクフォレスト大学医学部が連携して、研究成果の医療への応用に積極的に取り組んでいることが特長だ。

ウェイクフォレスト大学医学部は独立採算制で運営されている。アトリウムヘルス・ウェイクフォレスト・バプティスト病院と提携し、アトリウムヘルスのアカデミック・ラーニング・ヘルス・システム(注2)における学術的中核組織として機能している。同病院と同医学部は統合され、1つの組織として運営されている。同医学部のテリー・ウィリアムス氏によると、両者が密に連携していることがユニークな点だ。ウィンストン・セーラムに立地する企業によると、大学や病院との関係構築が容易な点が同地の魅力という。

ウィンストン・セーラムは、たばこ製造大手のR.J.レイノルズ・タバコ・カンパニーが設立された場所で、たばこ製造が産業の中心だった。 ウェイクフォレスト大学の医学部は、同社の社長だったボウマン・グレイ・シニアが残した遺産の寄付でウィンストン・セーラムに誘致された。たばこ産業による地域への貢献は大きい。

ウェイクフォレスト大学は、州都ローリー近郊のウェイクフォレストに1834年に設立された私立大学だ。1941年に同大学医学部の前身のボウマン・グレイ医学校がウィンストン・セーラムに移転。その後、R.J.レイノルズ創業者一族の財団から同大学に寄付の申し出があり、1956年には同大学の全学部がウィンストン・セーラムに移転した。

ウィンストン・セーラムには、1923年に設立されたノースカロライナ・バプティスト病院があり、同病院との連携強化も、ボウマン・グレイ医学校の同地への移転の理由の1つだった。1997年には、同病院と同医学校の再編が行われ、それぞれ、ウェイクフォレスト・バプティスト病院、ウェイクフォレスト大学医学部へと名称が変更された。2020年には、大手医療システム(病院のグループ)のアドボケイトヘルスが所有するアトリウムヘルスと同病院の経営統合が発表され、アトリウムヘルス・ウェイクフォレスト・バプティスト病院へと名称が変更された。


ウェイクフォレスト大学医学部(ジェトロ撮影)

米国保健福祉省(HHS)によると、2023年時点で、同病院は813床の病床を備え、収入額は約27億1,900万ドルと全米上位1%(全米37位)に入る大規模病院となった。なお、HHSのデータで収入額が示されている634の病院グループのうち、同病院が属するアドボケイトヘルスの2023年の収入額は全米4位だ。

ウェイクフォレスト大学やアドボケイトヘルスなどの知的財産を管理する組織が、ウェイクフォレストイノベーションズ(WFI)だ。WFIによると、ウェイクフォレスト・バプティスト病院は、老化とアルツハイマー病、がん、心血管疾患、糖尿病・肥満・代謝疾患、神経内科・脳神経外科、再生医療の6つの分野で全米でも有数の研究機関として知られている。

中編「米NC州ライフサイエンス産業(2)中心部の再開発と再生医療分野の取り組み」では、たばこ産業からの転換に向けた、ウィンストン・セーラムのダウンタウンの再開発により整備が進む「イノベーション・クォーター」と、特に注力されている再生医療分野の取り組みを紹介する。


注1:
総合不動産サービス会社のJLLが2024年9月に発表した「2024年ライフサイエンス産業と不動産見通しPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.5MB)」のライフサイエンス・クラスターの全米トップ10で、リサーチ・トライアングル(ローリー・ダーラム)は5位になった。1位はボストン、2位はサンフランシスコ・ベイエリア、3位はサンディエゴ、4位はワシントン首都圏およびボルチモア。
注2:
病院グループのラーニング・ヘルス・システムの中核機関として大学病院を活用する仕組み。ラーニング・ヘルス・システムとは、医療を実施して得られた臨床データから知識を獲得し医療を改善する仕組み。大学病院と連携することで、学術的専門知識を活用しやすくなる。基礎研究から公衆衛生に関するものまで、橋渡し研究(基礎研究の成果を医療の開発に結び付ける研究)に幅広く取り組めるなどの利点がある。
執筆者紹介
ジェトロ・アトランタ事務所
檀野 浩規(だんの こうき)
2015年、ジェトロ入構。ジェトロ福岡、特許庁(出向)などを経て、2023年6月から現職。