インドネシアの結核感染状況と課題:大塚グループの取り組み

2025年1月17日

2億7,700万人の人口を有し、経済成長が続くインドネシア。今後も発展が見込まれるが、公衆衛生や国民の栄養環境などで課題は多く、2024年10月に就任したプラボウォ・スビアント新大統領も、栄養環境改善の取り組みを重要政策の柱に掲げている。

日本では適切な治療がなされれば治る可能性が非常に高いとされている結核だが、2023年の世界の結核患者数は推定で1,080万人を超える。このうちインドネシアは約109万人で、インドに次いで世界で2番目に多い。

インドネシア政府は2021年、結核を2030年までに撲滅する目標を掲げた大統領令2021年第67号を公布した。同目標を達成するため、労働省は2022年、職場での結核感染予防に関する労相規則2022年第13号を公布した。こうした公衆衛生の分野で、率先して取り組みを進めているのが、大塚グループのインドネシア法人2社だ。職場での結核撲滅にかかる取り組みについて、2024年3月に世界経済フォーラム(WEF)が設置した「職場からの結核撲滅(EWTB)」事務局から模範賞を受賞した。

ジェトロは、大塚グループのインドネシア法人で、医薬品や医療機器の製造販売を行う大塚インドネシアの西田洋平取締役社長と、健康食品・健康飲料を製造販売するアメルタインダ大塚の板東義弘取締役社長、スダルマディ・ウィドド取締役に、取り組みの状況や今後の展望などについて、インタビューを実施した(取材日:2024年4月30日、役職は取材日時点での役職で記載)。


アメルタインダ大塚の板東義弘取締役社長(左)、スダルマディ・ウィドド取締役 (中央)、
大塚インドネシアの西田洋平取締役社長(右) (ジェトロ撮影)
質問:
貴社のビジネス概要は。
答え:
(西田氏)大塚インドネシアは、大塚製薬の子会社で、1974年、当時現地では輸液の製造企業が存在していなかったため、現地の要望に応えるかたちで、現地との合弁により会社を設立し、翌1975年に基礎輸液の生産を開始した。1989年にはポカリスエットの輸入販売を始め、翌1990年からは生産を開始した。現在では、基礎輸液だけでなく、臨床栄養製品や医療用医薬品、医療機器などをインドネシア国内で製造し、国内外向けに販売している。
1970年代はインドネシアに輸液の製造企業がなかったこともあり、売り上げは徐々に拡大した。人口増加や経済発展、また近年では、インドネシアの社会保障制度のBPJS拡大による医療アクセスの拡大に伴って売り上げは増加し、現在まで輸液市場のトップシェアを維持している。需要の拡大に応じて製造キャパシティーを拡大するとともに、水・電解質輸液のみならず、さまざまな病態や栄養状態の患者に使用できるよう、栄養輸液や輸液関連医療機器など幅広い製品ラインナップへ拡大することで、医療現場からのニーズに応えてきた。 
(板東氏)アメルタインダ大塚は、大塚インドネシアがポカリスエットを販売開始した後、流通やマーケティングのため、1997年に大塚製薬とローカル企業との間で設立した合弁会社Kapal Indah Otsukaが始まりだ。1999年に合弁を解消し、現在の社名に変更した。現在では「ポカリスエット」のほか、「ポカリスエット イオンウォーター」「オロナミンCドリンク」「ファイブミニ」「ソイジョイ」の製造販売を行っており、インドネシアのみならず、東南アジアを中心として世界各国へ展開している。
このうち、ポカリスエットは、2004年にインドネシアでデング熱が大流行した際に、水分・電解質飲料として需要が拡大した。2006年にペットボトル製品を市場に投入して以降、さらに需要が拡大し、インドネシア国内では現在、アイソトニック飲料カテゴリーでトップシェアを維持している。身体へのベネフィットについて、水分・電解質補給が必要なシーンで生活者に啓発を行い、製品のベネフィット・価値を理解してもらう活動に注力し、現在も継続している。
質問:
新型コロナウイルスの影響は。
答え:
(西田氏)新型コロナウイルスによるパンデミック当時は、病院側は感染リスクの恐れから訪問患者の制限を行い、患者側も病院訪問を控えていた。病棟で使用される輸液製品の売り上げには、入院患者数が直接的な影響を与える。新型コロナウイルス流行時には、社会活動低下による交通外傷などの減少で、売り上げは大きく減少した。現在では、病院のベッド稼働率は正常となったこともあり、売り上げはコロナ前の水準に比べても高い。
(板東氏)パンデミック当時は活動が規制され、購買力が減少していたが、収束後は消費者の健康志向の高まりにより、運動人口が増加し、栄養製品への関心が徐々に高まっている。また、オンラインの利用拡大とネットワーク技術の進歩により、遠方に住んでいる消費者ともコミュニケーションがとれるようになり、オンラインやハイブリッド形式でのサービス提供やイベント実施が可能となった。
質問:
結核撲滅の取り組みを始めた背景は。
答え:
(板東氏)結核の原因となる結核菌の完治のためには、数種類の薬で長く治療しなければならない。また、結核菌は変異しやすく、空気感染もするため、その取り扱いは難しく、治療薬の研究開発は容易ではないとされている。大塚製薬はもともと、輸液や栄養製品の販売会社として設立した企業だが、当社が1971年に創薬研究を開始した際、最初のテーマの1つを結核などの感染症とした。
1970年代当時は、結核の新薬が発売され、世界中の研究者や研究機関が開発を止めた時期で、結核の問題は終わったかのように思われていた。しかし、当社は、結核は世界の重大な公衆衛生上の問題であり、誰かが研究し続けなければならないとの思いで研究を開始した。研究は困難を極め、一時中断に追い込まれることさえあった。しかし、研究者は諦めることなく、数十年にわたって研究を続け、ようやく既存の抗結核薬に耐性を持つ結核菌にも効果を有する強い抗結核活性をもつ物質にたどりついた。そして、2014年、多剤耐性肺結核治療薬「デルティバ」として、欧州と日本で承認され、発売を開始した。世界で実に約40年ぶりという新薬の1つで、日本で初めての多剤耐性肺結核治療薬でもある。2015年には、WHO(世界保健機関)の必須医薬品モデルリスト(WHO Model List of Essential Medicines)に加えられた。
インドネシアでは、2014年に抗結核プロジェクトメンバー1人を駐在員として派遣し、本格的に国内の結核治療状況を確認するほか、結核予防の支援を開始した。当時(2013年)は次のような状況だった。
表:2013年のインドネシアにおける結核の状況
項目 内容 特徴
死亡数 6万4,000人 世界第3位
有病数 68万人 世界第3位
発病数 46万人 世界第5位
報告された患者数 327,103人 世界第4位
多剤耐性結核患者数 6,800人 世界第10位

出所:WHO Global TB Report 2014、アメルタインダ大塚提供

質問:
インドネシアで結核患者が減少しない背景と課題は。
答え:
(板東氏)1つ目に、結核に対する差別や偏見がある。本来、結核は90%以上が治る病気だが、「不治の病」という差別や偏見が根強く、感染症であることを気にして発症後も病院に行かないため、周囲への感染が広まっていた。2つ目は、結核患者が服薬コンプライアンスを守れないためだ。結核治療では、服薬が不規則だったり、途中で中断したりすると、現在治療中の薬に耐性をもつ結核菌を生む可能性があり、継続的な治療が不可欠だ。しかし、これを守れない患者が多い。
質問:
インドネシアで具体的な結核撲滅のための取り組みは。
答え:
(板東氏、西田氏)大まかな役割分担として、医療関連事業を展開する大塚インドネシアが多剤耐性結核薬「デルティバ」を供給し、さらに、保健省やインドネシア呼吸器・感染症学会(PDPI)との連携による医師への啓発活動を実施している。そして、健康維持・増進をサポートするニュートラシューティカルズ関連事業(注1)を展開するアメルタインダ大塚が一般生活者への啓発活動や広報活動を支援している。
具体的な取り組み事例として、2015年には、大塚インドネシアの抗結核プロジェクトチームがイニシアチブを取りつつ、インドネシア病院協会、大学などの産学官連携で、治癒が困難な多剤耐性結核患者(MDR)のケアと予防啓発を行うNPOのIMTCを設立した。2016~2020年には、企業へ結核に関する啓発と栄養指導セミナーを開催するほか、IMTCによる啓発活動の拡大のため、METROTVやRCTIといった現地メディアなどとの連携も意識し、企業からの寄付金募集などを行った。2022年には職場での結核感染予防に関する労相令「2022年第13号」を受け、感染防止のための栄養改善や早期治癒のための治療支援プロジェクト「Otsuka Free TB @ Work Place」プロジェクトを開始。インドネシアで著名なニュースキャスター、ナジワ・シハブ氏の協力を得て、結核に対する偏見を排除する必要性を国民に訴求した。
質問:
労働省や保健省などインドネシア政府との連携の状況は。
答え:
(板東氏)2022年10月にアメルタインダ大塚と大塚インドネシアの2社が、インドネシア政府が目標として掲げた2030年までの国内結核撲滅を支持した。その上で、労働省や保健省などの関係省庁に対して、大塚の結核プロジェクトの発足と活動概要を説明してきた。2022年11月には、保健省が結核撲滅に向けてのロードマップを説明するHigh Level Meetingへの招待を受けた。
質問:
結核撲滅にかかる取り組み実施上の課題は。
答え:
(スダルマディ氏)従業員の健康への意識が比較的高い日系企業でさえ、結核の問題を重要視しているところは多くない。最初の一歩は定期的な健康診断の導入から。まずは、従業員の健康状態を適切に確認する文化が根付いていかないと、結核撲滅に向けた関心も十分には高まらないだろう。今後は日系企業などにとどまらず、欧米企業などへも声をかけていきたい。また、国民への普及啓発も引き続き実施していきたい。
質問:
プラボウォ新大統領が掲げる栄養改善にかかる政策(注2)は。
答え:
(西田氏)インドネシアでは幼児の4人から5人に1人が栄養失調だと言われている。結核菌保有者は、栄養失調になると結核を発症しやすい。結核に限った話ではないが、「予防」という概念は非常に重要だ。また、政府の国民の栄養改善に向けた政策について、大豆などの植物性タンパク質から、動物性タンパク質の摂取促進に焦点が移っていると認識している。当社としても、これに対応する取り組みを実施したい。
質問:
インドネシアの健康増進に向け、さまざまな取り組みを実施する中で、さらなる健康増進のために何が必要か。
答え:
(板東氏)インドネシア国家食品医薬品監督庁(BPOM)の食品登録管理には「機能性食品」のカテゴリーがない。身体への効能・効果に関する表示や広告が規制され、生活者に健康増進に必要な情報を伝えることが制限されている。「機能性食品」のカテゴリーが新設され、機能性の表示が許可されることで、さらなる生活者へ身体への機能メリットの啓発による、生活者の健康に関する知識の向上が可能となることが、健康増進につながることを期待する。

注1:
ニュートラシューティカルズ(Nutraceuticals)とは、栄養(Nutrition)と医薬品(Pharmaceuticals)から作られた言葉。1989年に米国のStephen L. DeFelice博士が発表し、人々の日々の健康維持に有用な科学的根拠をもつ食品・飲料をこのように呼ぶことを提唱している(大塚製薬ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますより)。
注2:
プラボウォ・スビアント大統領とギブラン・ラカブミン副大統領陣営は2024年2月の総選挙で、5年以内に早急に取り組むプログラムとして、「学校や寄宿学校での昼食や牛乳の無料提供、5歳未満の子どもや妊婦への栄養補助」「無料の健康診断を実施し、結核患者を5年間で50%減少させ、地域に質の高い病院を建設」などを掲げていた。
執筆者紹介
ジェトロ・ジャカルタ事務所
中村 一平(なかむら いっぺい)
2004年、財務省神戸税関入関。2019年に外務省へ出向後、財務省を経て、2022年から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ジャカルタ事務所
八木沼 洋文(やぎぬま ひろふみ)
2014年、ジェトロ入構。海外事務所運営課、ジェトロ・北九州、企画部企画課を経て現職。