保守派政策の日系企業への影響
トランプ米政権下のテキサス州議会(2)
2025年11月7日
米国の第89回テキサス州議会の特別会期では、7月の独立記念日の週末に起きたサンアントニオ地域の洪水被害を受け、災害対策が重要視された。ほかにも、今期成立した州法から、懸念事項や政治的論争が浮かび上がる。
成立した法案から見えるテキサス州の事情
州外での人工妊娠中絶のための移動支援を禁止する州法(89R-SB33)
人工妊娠中絶について、テキサス州は強い反対姿勢を堅持している。現在のテキサス州保健安全法第170条は、母体の生命や健康が危険にさらされない限り中絶を認めない。2021年9月施行の「テキサス州ハートビート法」によると、妊娠6週目以降の人工妊娠中絶は禁止だ。今期の州議会では、郡や市に対し、公的資金を用いた人工妊娠中絶の資金的援助や中絶が可能な州外への移動の支援を禁止する州法(89R-SB33)が成立した。オースティンやサンアントニオで住民投票の上で実施されていた中絶処置を州外で受けるための支援プログラムを禁止するものだ。
「スクール・チョイス」制度(89R-SB2)
グレッグ・アボット州知事(共和党)が推し進めた私立学校の授業料を補填(ほてん)する「スクール・チョイス」制度(89R-SB2)は今期、公教育への85億ドル歳出を決めた州法(89R-HB2)とともに、満を持して成立した。保守的思想のキリスト教系が多い私立学校への通学を奨励するため、前期にも法案は提出されたが、地方では私立学校数が少ないことなどを理由に党派を超えて反発があり、成立していなかった。
大規模施設への送電研究費支払いを義務付ける州法(89R-SB6)
「世界のエネルギー首都」のテキサス州では今期、75メガワット(MW)以上の電力を消費する大規模施設に対し、電力網整備コストの負担や、非常発電設備に関する情報開示、定額10万ドルの送電研究費の支払いなどを義務付ける州法(89R-SB6)が成立した。
また、3億5,000万ドルを歳出し、州知事室に「テキサス先進原子力エネルギー局(Texas Advanced Nuclear Energy Office)」を設立した。同局は軽水炉(LWR)や小型モジュール原子炉(SMR)、マイクロ炉などの第3世代以降・第4世代の先進原子力発電事業を所管しており、技術開発を促進する州法(89R-HB14)が成立した(2025年6月19日付ビジネス短信参照)。
外国人による不動産取得を一部規制する州法(89R-SB17)
米国では、外国人による不動産所有への懸念に対し、連邦法では禁止していないが、監視や管理をしており(注1)、州レベルでは28州で外国人による農地の購入が規制されている(注2)。今期のテキサス州議会では、中国、ロシア、イラン、北朝鮮の4カ国籍の個人や法人によるテキサス州の不動産取得を一部規制する州法(89R-SB17)が成立した。
成立しなかった法案も
保守的傾向の強いテキサス州だが、2019年に「テキサス農場法(86R-HB1325)」が成立し、乾燥重量ベースで0.3%以下のデルタ-9-テトラヒドロカンナビノール(大麻の向精神成分、THC)を含む作物の栽培や、製品の製造・販売が合法となっている。未成年者への規制が緩い点が懸念され、大麻成分を含む製品の購入・服用について、年齢などを規制する法案が今期、複数提出されたが、いずれも成立しなかった。アボット知事は9月10日、THC製品についての行政命令を発表し、テキサス州保健局(Department of State Health Services、DSHS)、テキサス州酒類飲料委員会(Alcoholic Beverage Commission、TABC)、テキサス州公安局(Department of Public Safety、DPS)に対して、各局の性質や権限をもって可能な限りTHC製品から未成年者を守るよう協力を要請した。
日本の東海道新幹線の車体N700系を用い、テキサス州ヒューストンとダラス間の約385キロを約90分で結ぶ計画「テキサス州高速鉄道プロジェクト」は4月14日、米国運輸省連邦鉄道局(FRA)が連邦助成6,390万ドルを撤回したため、民間主体事業への方向転換が求められている(2025年4月21日付ビジネス短信参照)。同プロジェクトへの影響が懸念されていた高速鉄道計画の道路工事に公的資金を用いることを禁止する法案(HB1402)は成立しなかった。ほかにも、同プロジェクトに限らず、州内の高速鉄道プロジェクトへの影響が懸念された5件の法案が提出されたが、いずれも成立しなかった。唯一成立したのは、州内での民間の高速鉄道プロジェクトに対し、テキサス交通局に財務情報の開示を義務付ける州法(89R-HB2003)のみだった。
州憲法の改正案投票と、州知事選挙を経る次回の州議会
11月4日にはテキサス州憲法に関わる17の改正案に対し、住民投票が行われた。改正案は大きく分けて、税金控除、課税阻止、公的資金の出資、権利の4つに焦点を当ていた。
- 税金控除:一戸建て所有者やビジネスなどの固定資産税関連、飼料の売上税、退役軍人の配偶者への税金の控除
- 課税阻止:資産の値上がり益、有価証券取引、相続に対する課税阻止
- 公的資金の出資:水道インフラ整備や技術専門学校、認知症の研究への出資
- 権利:裁判官による保釈の拒否権、保護者が子供について第1の決定権をもつこと、米国市民でない住民の地方団体選挙の投票禁止、司法委員会の構成について
投票の結果、すべての改正案が承認された。証券取引税を禁止する改正案6は、賛成率約55%と接戦での承認となったが、ほかはすべて賛成率75%以上だった。同州では、税制の軽減、教育投資、保護者の権利強化などに対する支持が強いことが表れた結果となった。
次回のテキサス州議会は2027年1月から開催の予定で、第90回の節目を迎える。アボット知事は2022年に再選を果たし、現在3期目を務めている。同州知事の任期は1期4年間で、任期や再選回数の限定はない。次回の同州知事選挙は2026年の予定で、アボット知事は再選を目指して立候補すると表明しており、再選の可能性が高いとみられている。第90回州議会も共和党の優勢が続く見込みだ。
州法成立に伴う日系企業への影響
州議会で成立した一連の州法は、ビジネス環境や外資企業の事業活動に一定の影響を及ぼす可能性がある。特に注視すべきは、(1)規制改革と行政効率化の推進、(2)先端分野(デジタル資産・原子力・エネルギー技術)への積極投資、(3)教育・労働政策の変化の3点だ。
まず、「Texas DOGE」の新設で、行政手続きや規制承認プロセスの見直しが進む可能性がある。これにより、製造業やインフラ、エネルギー関連分野で事業認可や補助金申請の迅速化が期待できる一方、既存制度の再編に伴う一時的な運用変更リスクにも留意が必要だ。
次に、「テキサス戦略的ビットコイン準備金」法などに象徴されるように、テキサス州は暗号資産や原子力エネルギーといった新興分野への制度的支援を拡大している。これは、日系企業が関与するエネルギー、素材、ITインフラ関連事業などにとって、共同研究や投資機会の拡大可能性を意味する。
一方で、移民政策の強化やDEI理念の撤廃など、人的多様性に関わる制度変更で、外資系企業が多様な人材を雇用・維持する上で組織文化面の調整を求められる可能性がある。これらの方針は州内での採用戦略や研修設計に間接的な影響を与える可能性もあるため、人事方針の改定や柔軟な運用が求められるかもしれない。
また、外国資本による不動産取得の一部規制は、日系企業の不動産投資や物流拠点開発などでも注意が必要な分野だ。現時点では中国、ロシア、イラン、北朝鮮籍の法人・個人に限定されているが、規制対象国や取引形態の拡大が検討される可能性もあるため、モニタリングが必要となる。
総じて、テキサス州は低税率、法制度の柔軟性、コストの安さといったビジネス環境の優位性(注3)と、それに伴う企業移転や人口流入が続いており、今後のポテンシャルに期待がかかる。一方で、州の政治的方向性が連邦政権と強く連動していることから、今後の政策変更には連邦レベルの動向(特にエネルギー、環境、通商政策)との整合性を踏まえた中長期的なリスク評価が重要となるだろう。
表1:第89回テキサス州議会で成立した法律の事例一覧
- トランプ政権に伴走するテキサス州
- 議席数過半数で推進する保守派
| 会期 | 法案番号 | 成立日 | 発効日 | 要旨 |
|---|---|---|---|---|
| 89R | SB14 | 4月23日 | 9月1日 | Texas DOGE:同州の規制や支出の見直しを行う機関を州知事室内に設立。 |
| 89R | SB12 | 6月20日 | 9月1日 | 州の公立の小・中・高等学校での職員雇用や訓練、学校の活動やプログラムに「多様性、公平性、包摂性(DEI)」 理念を用いないことを制定。 |
| 89R | SB8 | 6月20日 |
2026年 1月1日 |
287(g)プログラムの下、拘置所を所管する郡の保安官に連邦移民法を執行する権限を与える。 |
| 89-R | SB25 | 6月22日 | 9月1日 | 食品染料添加物や合成着色料など44種類を含む食品に警告表示を義務付ける。 |
| 89-(2) | HB 4 | 8月29日 | 未定 | 連邦議会選挙の選挙区変更。2026年の中間選挙で連邦下院の共和党支持の議席が5席増える見込み。 |
出所:Texas Legislature Online
表2:第89回テキサス州議会で成立した法律のうち、先端分野に対する事例
- 経済の強さを最先端の試みに生かす
| 会期 | 法案番号 | 成立日 | 発効日 | 要旨 |
|---|---|---|---|---|
| 89-R | HB4488 | 6月20日 |
6月20日/ 8月31日/ 9月1日 |
準備金を州の一般歳入基金に組み込むことを禁止。 |
| 89-R | SB21 | 6月20日 | 6月20日 | 「テキサス戦略的ビットコイン準備金」、ビットコインを公式な準備資産として公的資金で保有する枠組みを構築。 |
| 89-R | HB150 | 6月2日 | 9月1日 | 1億3,500万ドルを歳出して、州所管のサイバーセキュリティー統括部門「テキサス・サイバー・コマンド」をサンアントニオに設立。 |
| 89-R | HB149 | 6月22日 |
2026年 1月1日 |
Texas Responsible Artificial Intelligence Governance Act (TRAIGA) :人工知能(AI)を使用する上での規制や、政府機関の情報開示義務や、レギュラトリー・サンドボックスの設置など、AI関連の管理に関する州の枠組みを制定。 |
| 89-R | HB4751 | 6月20日 | 9月1日 | TEXAS QUANTUM INITIATIVE:量子コンピューティングの州の戦略的計画や産業の促進のため、州所管の諮問機関や助成金を設立。 |
| 会期 | 法案番号 | 成立日 | 発効日 | 要旨 |
|---|---|---|---|---|
| 89-(2) | HB1 | 9月5日 | 9月5日 | 「ユース・キャンプ法」、夏期年少合宿所が洪水被害を受けた事件に鑑み、緊急避難計画と毎年の見直し、職員の訓練などを義務付け。 |
| 89-(2) | SB1 | 9月5日 | 9月5日 | 連邦緊急事態管理庁(FEMA)の水害ハザードマップ内に位置する合宿所に営業許可を与えない。 |
| 89-(2) | SB3 | 9月5日 | 9月5日 | 鉄砲水警報装置を設置するための助成金。 |
| 89-R | SB33 | 6月20日 | 9月1日 | 郡や市に対し、公的資金を用いた人工妊娠中絶のための資金的援助や移動面での支援を禁止。 |
| 89-R | SB2 | 5月3日 | 9月1日 | 2026年~2027年度で10億ドルを歳出し、私立学校の授業料を補填(ほてん)。 |
| 89-R | HB2 | 6月20日 |
6月20日/ 9月1日 |
85億ドルを公立学校の資金として歳出し、うち40億ドルを教職員の給与増に充てる。 |
|
89-R 89-R 89(2) |
SB3(知事が拒否権を行使) HB309 HB36 |
ー | ー |
デルタ-9-テトラヒドロカンナビノール(THC)を含む製品に対する規制について、複数の法案が提出されるも、いずれも成立しなかった。 州知事は9月10日、THC製品から未成年を守ることへの協力を要請する行政命令を発表。 |
| 89-R | SB6 | 6月20日 | 6月20日 | 電力を大量消費(75MW以上)する施設に対し、電力網整備コストの負担や、非常発電設備に関する情報開示 、定額10万ドルの送電研究費の支払いなどを義務付け。 |
| 89-R | HB14 | 6月20日 | 9月1日 | 3億5,000万ドルを歳出し、州知事室に「テキサス先進原子力エネルギー局(Texas Advanced Nuclear Energy Office」」を設立。同局は、軽水炉(LWR)や小型モジュール原子炉(SMR)、マイクロ炉などの第3世代以降・第4世代の先進原子力発電事業を所管し、技術開発を促進。 |
| 89-R | SB17 | 6月20日 | 9月1日 | 外国籍(中国、ロシア、イラン、北朝鮮)の個人や法人によるテキサス州の不動産取得を一部規制。 |
| 89-R | HB1402 | ー | ー | 高速鉄道計画のための道路工事に公的資金を利用することを禁止。 |
| 89-R | HB2003 | 5月29日 | 9月1日 | 民間の州内高速鉄道プロジェクトに対し、テキサス交通局へ財務情報の開示を義務付ける。 |
出所:Texas Legislature Online
- 注1:
- 農業外国投資開示を義務付ける連邦法「Agricultural Foreign Investment Disclosure Act:AFIDA」が1978年に発効し、農地の外国人所有のモニタリングを開始。1980年には外国人不動産投資税(Foreign Investment in Real Property Tax Act:FIRPTA)が定められ、外国人が米国内の不動産を売却する際、売却価格の15%を源泉徴収する。2020年には米国政府が外国からの直接投資を審査する際の新たな法律「外国投資リスク審査現代化法(Foreign Investment Risk Review Modernization Act:FIRRMA)」が施行され、米国の国家安全保障上センシティブな米国政府施設に近隣する不動産などでCFIUSの権限を拡大した。
- 注2:
- アラバマ、アーカンソー、フロリダ、ジョージア、アイダホ、インディアナ、アイオワ、カンザス、ケンタッキー、ルイジアナ、ミネソタ、ミシシッピ、ミズーリ、モンタナ、ネブラスカ、ノースダコタ、オハイオ、オクラホマ、ペンシルベニア、サウスカロライナ、サウスダコタ、テネシー、テキサス、ユタ、バージニア、ウェストバージニア、ウィスコンシン、ワイオミングの28州。
- 注3:
- 「エリア・デベロップメント」誌による全米州別ビジネス環境ランキングで、テキサス州は、ビジネスコスト全般、ビジネスインセンティブなどの項目で上位となっている(2025年10月6日付ビジネス短信参照)。
トランプ米政権下のテキサス州議会
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- 執筆者紹介
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ジェトロ・ヒューストン事務所
キリアン 知佳(きりあん ちか) - 2022年9月からジェトロ・ヒューストン事務所勤務。




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