観光収入増へ、イベント客に注目
シンガポールのMICE都市戦略(1)
2025年6月13日
シンガポール政府観光局(STB)は、2040年までの観光ロードマップを発表。その中で、国際会議・展示会・報償旅行(MICE)からの観光収入を3倍に拡大する計画を示した。
シンガポールは、MICE開催件数で世界有数の地位を占める。さらなる競争力強化のため、新たな展示会施設の設置も計画。その次世代MICE戦略について、前・後編で伝える。
来訪者の数より質
シンガポールで2025年4月、「観光産業カンファレンス2025」が開催された。登壇したグレース・フー環境持続相兼貿易産業省貿易担当大臣は、STBの観光ロードマップ「ツーリズム2040(3.3MB)」を発表し、2040年までに観光収入を470億~500億シンガポール・ドル(約5兆2,170億~5兆5,500億円、Sドル、1Sドル=約111円)へと拡大するとの目標を明らかにした(MTIウェブサイト参照
)。同国の2024年の観光収入は、297億8,100万Sドルで、過去最高だった。その水準の1.7倍を目指す。
2024年の外国人来訪者数は1,652万6,344人(前年比21.5%増)だ。とはいえ、新型コロナ禍前の2019年の水準を回復していない。
国・地域別では、中国からの来訪者数が大きく増加。2024年2月からの相互ビザの解禁により、同国からの来訪者数は前年比126.0%増の308万2,218人だった。ただし、2019年比では下回った(15.0%減)。

出所:STB
「ツーリズム2040」でSTBは、外国人来訪者数の目標を設定していない。フー大臣は発表の中で、「外国人来訪者数以上に、観光収入の伸びることを達成したい」と述べた。またロードマップでは、観光戦略の一環として「高成長で質の高い来訪者を追求する」方針を掲げている。
質の高い来訪者のセグメントとして着目しているのが、1人当たりの支出額の多いMICE目的の来訪者だ。同大臣は、「MICE目的の来訪者の支出額は、レジャー客の2倍」と指摘した。STBは、MICEからの観光収入を2040年までに3倍に拡大する目標だ。
国際会議の開催でアジア大洋州首位
国際会議協会(ICCA)が国際会議(注)の都市別開催件数を集計したところ、シンガポールは2024年に144件。ウィーン(154件)とリスボン(153件)に次いで、世界3位だった。アジア大洋州地域では前年に引き続き首位。アジア有数のMICE都市と知られる。

「セミコン東南アジア 2025」では2万8,000人以上が登録した(ジェトロ撮影)
シンガポールでは、2025年5月だけでも、半導体の展示会・国際会議「セミコン東南アジア2025」や、テック系大型イベント「アジア・テックXシンガポール2025
」が開催されるなど、1年を通じ国際会議や展示会が開催されている。また、毎年25万人以上が訪れる自動車レース「フォーミュラーワン(F1)シンガポール・グランプリ
」や、10万人以上が訪れる東南アジア最大級のアニメのイベント「アニメ・フェスティバル・アジア(AFA)
」など大型イベントも多い。
さらに、米国の有名歌手テイラー・スウィフト氏が2024年3月にコンサートを開催したことは、世界的な注目を集めた。このコンサートは、エドウィン・トン文化・コミュニティー・青年相(当時)が率いる一団が米国に飛んで、実現した。補助金を提供し、東南アジア唯一の開催とすることで主催者と合意したという。6回にわたり行われたコンサートでは、30万枚以上のチケットを完売。周辺国からも多くの来訪者を集めた。
なおSTBは、補助金を通じて国際会議や大型イベントの開催・誘致を支援している。例えば同庁のシンガポール展示会・会議局(SECB)が管轄する「シンガポールのビジネス・イベント(BEiS)」スキームは新規イベントを計画する際の市場調査費用や新たなターゲット顧客層の誘致活動などに活用できる。また、「シンガポールMICE優遇プログラム(SMAP)」スキームを通じて、シンガポール航空やチャンギ空港、セントーサ島など提携パートナーと連携。環境配慮型の優遇特典をイベント主催者や参加者に提供している。
都心部に新たなMICE施設を開発へ
シンガポールでは今後、MICE目的の来訪者の増加を想定。官民で、MICE施設の増設を計画している。マリーナベイ・サンズ(MBS)が一例だ。MBSは、都心部にあるカジノ併設型統合リゾート(IR)で、国内で2番目に大きい展示会スペース(約12万平方メートル)を擁する。拡張計画では、IRが隣接する土地に建設する4つ目の棟に、大型劇場(1万5,000席)や展示会・会議施設などを設置する(2029年7月完成予定)。さらにSTBは、現在、都心部に新たなMICE専用施設「MICEハブ」の開発を計画中だ。
MICE需要拡大に向け、期待に影を落とすのが経済先行きの不透明感の深まりだ。米国の関税措置などの懸念材料がある。フー貿易担当大臣も既述した講演の中で、「各国が、経済成長率の見通しを下方修正している。その中で、消費者信頼感も打撃を受けると予想している」と述べた。ただし現時点では、2025年通年の観光収入が「290億~305億Sドル」と堅調に推移すると予想している。なお外国人来訪者数は「1,700万~1,850万人」と2019年を依然下回る予想だ。
- 注:
- ICCAは、(1)参加者数が50人以上、(2)定期的に開催、(3) 開催に当たり3カ国以上でローテーションしている、条件をすべて満たす会議を集計した。
シンガポールのMICE都市戦略
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- 執筆者紹介
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ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ) - 総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。